137.中等部三年 ひな祭り
毎年恒例のひな祭りである。ホテルへは綱と彰仁と一緒に行った。氷川くんが主催するのは今年で最後になるそうだ。
そもそもこの会は、芙蓉会中等部のパーティー経験を積むために企画されているものだったのだ。その為、中等部以外で出席していたのは、芙蓉会で人気のある人や招待者の親族など特別な人だけで、来年からは次の主催者に引き継ぐらしい。
前世の私は、高等部になって呼ばれなくなったひな祭りにショックを受け、恨み嫉み勘ぐった。引継ぎの話は聞いてはいたが、私を呼ばないための言い訳だと思ったし、呼ばれた詩歌ちゃんに婚約者の地位を奪われるのではないかと疑心暗鬼になったのだ。結果醜悪な嫌がらせだ。……言葉もない。
今回は、詩歌ちゃんたちとみんなで振袖を着て参加することになっていた。
満開の桃の花は詩歌ちゃんの家で毎年用意するのだという。今年は緑の葉が青々とした橘も用意されていた。黄色い橘の実がまだ肌寒い春の日差しを受けて、キラキラと輝いている。
会場の入り口で四人でと待ち合わせをして、揃って会場へ入る。ザワリと空気が揺れるのがわかった。その後ろで、彰仁がひるむ。いくら芙蓉関係者のパーティーでも振袖を四人であわせてくるのは珍しいらしい。
それが少しおかしくて、四人で笑いあう。
着物姿でこの庭に立てば三年前が思い出されて、なんだか少し懐かしかった。
「姫奈ちゃんにジュースをこぼしちゃったのよね」
詩歌ちゃんも同じことを考えていたようだ。
「あの頃は、こんな風に仲良くできるなんて思ってなかったわ」
私も感慨深く思う。少なくとも、前世では私は彼女を忌み嫌っていたのだ。
「本当に」
明香ちゃんが答えれば、紫ちゃんも頷いた。
形ばかりの挨拶を氷川君にしてから私たちは会場を回る。もう、新しい執行部が決まったから、詩歌ちゃんも明香ちゃんも今日は自由なのだ。
もちろん綱も自由だ。でも側にいてくれた。それがなんだかうれしい。些細なことだけど、恋を知った私にはとても大きなことだった。
彰仁は修吾くんを見つけそちらへ行ってしまった。
グラスを持ちながら話をしていれば、次々と下級生たちがやってきて挨拶をしていく。さすがに元執行部が三人も揃っていれば目立つのだ。
四月に中等部に入学してくる新入生らしき小さな女の子が、フラフラとしながら目の前を横切ろうとした。無理してハイヒールを履いてきたのだろうか。まだ瑞々しくて少し心もとない。
危なっかしいわね、なんて思いながら見ていれば案の定、足を取られる。持っていたグラスからブドウ色のジュースが零れ、側にいた女の子のワンピースを濡らした。同じくらいの年なのだろう。ジュースを零された女の子の、幼い顔が蒼白になる。
ガシャンとグラスの落ちる音。静まり返る弥生の空。零してしまった女の子は、言葉もなくただ震えるばかりだ。
すると、ジュースをかけられた女の子はイライラした様子で右手を振り上げた。
私は慌てて、手を振り上げる女の子の右手を掴んだ。
ドレスを濡らされた女の子は、怒りの眼差しで私を見た。そして私を認めると、サッと目をそらす。
「良かったわね」
「橘の君?」
女の子は驚いた声で問い返す。
ちょっとまて、橘の君って! どこで、そう使われてるの?
私は笑顔を引きつらせながら、ようやく答える。
「この会でドレスにシミを付けられると運が良くなるのよ」
「運が?」
「私も三年前、同じブドウのジュースでシミを作ったの。そうしたらね、あそこの方々とお友達になれたわ」
詩歌ちゃん達、振袖の三人に目を向ければ、女の子は目を輝かせた。彼女たちは下級生の憧れだったからだ。
「そうなの。私が姫奈ちゃんにジュースをかけちゃったのよ」
詩歌ちゃんは、ジュースをこぼした女の子の脇に立って笑った。
「桃の君が……そんな……?」
詩歌ちゃんもそう呼ばれてるの? そうなの? まぁ詩歌ちゃんは似合っていると思うけどね。
「そうよ、失敗は誰にでもあるものだわ。でも、その時にどうするかが重要よ」
詩歌ちゃんが柔らかく言えば、ジュースをこぼした女の子は、気が付いたように深々と頭を下げた。
「慣れない靴で……足を取られてしまいました。ジュースを零してしまって申し訳ありません」
ジュースをかけられた女の子は、振り上げた手を下ろした。
「……いえ、幸運のシミだとお聞きしました。気になさらないで?」
優雅に笑う。流石のレディだ。
「二人とも素敵ね。私のドレスで良ければ替えがあります。使ってちょうだい」
振袖しかないのが不安だったから、一応着替えのドレスを持ってきていたのだ。
丁度、綱がホテルのスタッフを連れてやって来た。相変わらず察しがいい。
恐縮する女の子をスタッフに預け、ドレスの件をお願いした。
「シミを付けられると運が良くなるだなんて、とっさにしては良い嘘でした」
綱が感心したように言うから可笑しい。
「嘘じゃないわよ。本当じゃない。あんなことがなかったら、私、皆とお友達になれなかったと思うもの」
そう言って三人を見れば、三人とも頷いた。
「まるであの日を思い出したわ」
詩歌ちゃんが笑う。
「私もよ。だからドキドキしちゃったわ」
手を振り上げた女の子は、あのまま相手を叩いていたら、きっと前世の私と同じ道を歩くことになっただろう。そんなことになったら悲しい。同じ出来事でも、選択が違えば未来は変わるのだ。
「姫奈ちゃん、相変わらず女タラシだねー」
八坂くんがやってきて冷やかすから、軽く睨む。
「あ、いいね、その目。着物と相まって迫力満点」
「だれが極道の妻ですって?」
相変わらずなのは八坂くんの方だ。こうやって、バカにする。
「姫奈子さん、祖母の選んだ着物を着てくれてありがとう」
氷川くんが合流する。
「いいえ。華子様はこの日を楽しみにしていましたから」
ちょっとしんみりする。
「ねぇねぇ、皆で写真撮らない? こんなに豪華絢爛なんだからさ」
八坂くんが珍しくそんなことを言って、皆で写真を撮った。綱と一緒に正装で写るのは珍しいからすごくうれしかった。あとで焼き増しして、一枚は机にかざり、一枚はおじい様の仏壇にお供えしよう。
他にも一緒に写真を撮りたいという女の子たちと写真を撮った。振り袖四人が集まることは珍しいのだろう。いつになくたくさんの人たちに囲まれて、中等部最後のひな祭りを終えた。







