136.中等部三年 バレンタインデー 3
「姫奈!」
綱が教室の入り口から駆けてくる。両手にはチョコレート。けっこう本気な感じのものだ。去年もいくつか貰っていたけれど、今年は本気度がマシマシな気がする。
……桝さんだけじゃなかったのか。そうだよね。特待生で芙蓉会で執行部なんだもん。だんだん皆が本気を出してくるのは当たり前だ。
でも、綱の良いところはそんなところじゃないのに。そう思ってしまう。肩書なんかなくたって綱が素敵なのは私が一番知っているのだ。
肩書だけで綱が選ばれているみたいで、少しだけ不愉快な気分になった。でもそれを押し殺す。仕方ないじゃないか。
だって、私は言えないんだもの。綱の未来を奪ってはいけないと、お母さまにも言われた。
「もう終わったの?」
「面倒事に時間をかけたくありません」
綱はゲッソリとした顔で吐き出した。これでは私が邪魔しなくても、自分でチャンスを潰しそうな勢いである。
私はなんだか複雑な気分だ。嬉しいような、嬉しいような……。あれ? 複雑ではない?
「ふーん? 本命はなかったわけ?」
少しだけ調子にのって、白々しく探ってみる。
「そう言われたら受けとれません」
「そうなの!? って言うか、言われたのね!?」
思わず問えば、しまったという顔をした。これは隠そうとしていたに違いない。というか、今までも隠していたのでは!? 綱のヤツ、本当にモテているらしい。それにしたって。
「何で受け取らないのよ?」
「お応えできないからです」
「え!? もしかして彼女がいるの!?」
思わず聞いてしまえば、綱は瞳を大きく見開いてから、肩を窄めた。八坂くんと氷川くんまで小さく笑う。
「え!? なに? 私だけが知らないの? どういうことなの?」
「男同士のひーみーつー」
八坂くんが笑う。その様子に軽くパニックになる。昔は綱に芙蓉で彼女を作れと言っていたくせに、現実に彼女がいるとは考えたこともなかったからだ。
「え? いるの? いるのね? ぬけがけしてリア充なのね!? 酷い!!」
おもわずなじる。
「これだけ姫奈にかまけていて、いるわけないじゃないですか」
「かまける? かまけるって使い方、間違ってない?」
「あってます。馬鹿なこと言っていないで帰りますよ」
綱は呆れたように笑った。
なんだか悪口みたいに聞こえるんだけど。彼女がいないなら、まぁ、いい。いいことにしよう。
「……彰仁も終わったかしら? あの子もモテるんでしょう? ああいやだ。周りは敵ばかりね!」
「何ですか、敵って」
「『リア充しない同盟』の敵よ!! 校門で待ちましょうか」
むっつりとして席を立つ。
「あ! 姫奈ちゃん! クッキーの件よろしくね。数が決まったら正式にお願いするから」
八坂くんが声をあげた。
「ありがとうございます! よろしくお願いします」
「なんですか? クッキーって」
綱が怪訝な顔をする。
「ホワイトデーのお返しの注文を受けたのよ」
「ああ、そういう……」
綱は八坂くんを見て笑った。八坂くんは綱を軽く睨み返す。
喧嘩するほど仲が良いもほどほどにして欲しい。
「ではごきげんよう」
私たちは教室を後にした。
家に戻って今日の戦利品を整理する。けっこうたくさん貰えていた。ほぼ、八坂くんのマネージャー業に対するお駄賃のようなものだ。私にしてみれば、どんな理由であれホワイトデーにお返しができるのが嬉しい。公然と白山茶房の宣伝ができる。
去年のホワイトデーで白山茶房のアラレを配ったら、売り上げが伸びたのだ。さすがに学院で試食品を配るわけにはいかないけれど、ホワイトデーのお返しならば咎められない。
さすがに芙蓉のお嬢様がくれるチョコレートは、義理でも素敵なものばかりで勉強になる。食べてみたかった海外ブランドや、知らなかったお店のものなど、見ているだけでとても楽しい。
これぞという品物は写真を撮って保存した。今後の資料になると思ったのだ。
綱はどんなのもらったのかな?
本命に見えたチョコレートのバッグ。告白まではされなかったのかもしれないが、義理ではないと見ればわかる。
考えて頭を振る。氷川くんだって、八坂くんだって、みんな受け取っているのだ。当たり前だ。そもそも彼女でもないのに、受け取らないでなんて言えっこない。
八坂くんからも注文の打診も受けたし、これから少し忙しくなりそうだ。余計なことは考えないようにしよう。
今年の白山家バレンタインはティラミスにした。昨晩のうちに冷蔵庫に入れてある。夕飯のデザート用だ。
こっそり作ったつもりでもバレバレなのだから、もうみんなで一緒に食べようと開き直った。
美味しいフィンガービスケットにマスカルポーネチーズ。エスプレッソマシンで入れたコーヒーは薫り高い。お酒では痛い目を見たから、ラムは抜いてかわりにコーヒーを多めにした。自分も一緒に食べるのは前提である。
評判は上々で、お父様も生駒も喜んでくれた。相変わらず彰仁は無愛想だったけれど、文句を言われなかったのだから良しなのだ。
「とても美味しいですよ」
綱はそれはそれは珍しく裏のない顔で笑った。くちなしの花が綻ぶような、まるで香り立つような微笑。キリと胸がきしむ。
他の子のチョコを受取ったときも、こんな笑顔を向けたんだろうか。そんなことしたら、女の子たちはもっと好きになってしまうじゃないか。
綱のバカ。
「あたりまえじゃない。この姫奈子様が作ったんですからね! 味わってお食べなさい!」
そんな考えを打ち消すように、私は憎まれ口をたたいた。
「そういうところだぞ! 姫奈子!」
スプーンを咥えたまま彰仁が突っ込む。生駒が笑って、お父さまが笑って、綱も笑った。お母様も。いつもどおりの夕食だ。
私も綱だけにあげたかったな。
残念に思いながら、私はティラミスを口に運んだ。いつもよりコーヒーの香りが苦く感じられる。
コーヒーシロップ入れすぎたかな。
少しだけ苦いチョコレート色の夜だった。







