135.中等部三年 バレンタインデー 2
長いと思われた八坂くんの列もようやく途切れ、私は八坂くんと教室の席に戻り二人で名簿を整理する。
「姫奈ちゃんのおかげで、今年はスムーズだったよ。手際よくてびっくり」
八坂くんが笑う。
「それは良かったわ。今後こうしたらいいわよ」
「えー、だって、毎年人気があるとは限らないし、自分でやってたら自意識過剰じゃない?」
「まぁ、それはそうね」
「でも、このおかげか重い感じがなかったから楽だった」
「……えっと、それはごめんなさい? せっかくの告白チャンスを私が潰したのかしら?」
「ううん? チョコをくれるくらいならいいんだけどさ、告白されたら断らなきゃならないでしょ? お断りするのも胃が痛いもんだよ」
「お断りするのが前提なのね」
「まぁ、ね?」
そうか。モデル様が特定の彼女を作るのは難しいのかもしれない。
「もしかして、八坂くんも彼女いない系?」
「そうだね」
「やったわ! これだけモテモテの八坂くんに彼女がいないなら、私に彼氏いなくても問題ないじゃない! そう、モテないからじゃないわ! 作らない方向なのよ! わたしは!」
グッとこぶしを作って力説をすれば、教室に残っていたモテない系男子が噴出した。朝、喧嘩をした子たちだ。腹が立って、ビシッと指をさす。
「なによ! あなた達だってそうでしょう!! いっそ私と同盟を組むべきよ! リア充しない同盟!! そうよ! できないんじゃないわ! 『しない』のよ!!」
「俺たちはしないんじゃないよ! したいんだよ!! 一緒にしないで」
「っ! ちょ! 正直とかズルくない? 抜け駆けする気ね?」
「ひ、ひなちゃん……。もう止めて、おかしすぎる」
八坂くんがお腹を抱えて笑った。
そこへ氷川くんが顔を出した。両手に高級そうな紙袋を持っている。コイツもリア充しない同盟の敵だ。
「あれ? 和親?」
「晏司、……姫奈子さん」
氷川くんがモジモジとして変な感じだ。
「氷川くん、どうしました?」
「……いや、そうだな、通りかかったついでに、晏司の笑い声が聞こえたから二人で何をしてるのかと思って」
「八坂くんのチョコレートを整理してるんです」
机の上の名簿を見せれば、氷川くんが瞬きをする。
「チョコレートの整理……」
「名前とクラスをまとめておくんです。私のはスマホにまとめておきました。ほら、ホワイトデーのお返しに漏れがあってはいけないから」
スマホのシートを見せれば、氷川くんと八坂くんが黙った。
「? え? なにか可笑しいですか?」
「いや、意外に思っただけだ」
氷川くんが言う。ああ、量が多いのか。
「私もこんなに貰えるとは思って無かったです。でも大体は八坂くんのおこぼれですよ」
「そうではなく。シートで管理しているんだな」
「ああ! そうです。淡島先輩に教えてもらったんです。お店の管理とかにも使えて便利なんです」
「そうか」
ふむ、と氷川くんは考える様に顎に手を当てた。
「姫奈ちゃんは淡島先輩の子飼いだから」
八坂くんが笑う。
「コガイ? なに? 悪口ね?」
「いいえ、褒めてます」
八坂くんは微笑んだ。
「風雅先輩は先見の明があるな」
「本当に。入学してきたばっかりの姫奈ちゃんなんて、ピヨピヨしてたのにね」
八坂くんが肩をすくめる。
「それは悪口よね? それはわかるわ!」
「いいえ、褒めてます」
なんだか釈然としない。
「そうだ、姫奈ちゃんちにホワイトデーのお返し発注してもいい?」
八坂くんが尋ねる。
「もちろんです!!」
この数を発注してもらえたら嬉しいし、八坂くんのファンに宣伝できるなら効果がすごくありそうだ。
「どんな感じがいいですか? 『晏司くん』のイメージだと洋菓子がいいですよね?」
「そう?」
「白山系列には洋菓子店も何店かありますけど、どんなものがいいですか?」
「女の子はどんなものが欲しいの?」
「そうですね……。好きな人から貰うなら、日持ちがするものの方がいいかもしれないです。ずっと眺めていたいし。でも、数が多いからかさばったり重いものは大変ですよね」
何か良い物がなかったか考えてみる。私は白山茶房のアラレの予定だから被るのは良くない。金平糖も可愛いけれど、金平糖は入れ物が焼き物だから扱いにくいかもしれない。そもそも和風だ。
ギモーブは定番だけれど、綱が去年使っていた。綱は……綱は今年はどうするんだろう。
考えてちょっと気分が落ちた。それを振り払うように考えを切り替える。
「そうだ! 大きめのクッキーとかどうでしょう? 天使のクッキーをクリスマスオーナメント用に作っているお店があるんです。オーナメント用なら少しの間は飾っておけるし。クリスマス用とは別にレモンのアイシングをお願いして……」
思い付きを勢い良く話し出せば、八坂くんが嬉しそうに目を細めてウンウンと頷く。なんだか、孫を見るおじいちゃんのようである。
「……八坂くん……バカにしてます?」
「いいえ? いいなぁって思って」
「何がでしょう?」
「食べ物のこと考えている姫奈ちゃん、可愛いね」
「! ……! ……!!」
久々かつ不意打ちの攻撃に言葉を失う。晏司君スマイルとは別の笑顔で机に突っ伏した。だからイケメンは暴力なんだって自覚してほしい。
「ところでなんで天使? ホワイトデーって天使なの?」
「だって、八坂くんの名前って天使って意味でしょう? それにみんなの天使様だし」
私にしてみれば、堕天使ルシファーだけれどそれは言わなかった。
今度は八坂くんが言葉を失って、顔を赤くして俯く。さすがに十五歳男子に天使は可愛すぎただろうか? 恥ずかしかっただろうか?
慌ててフォローを試みる。
「あ、でも! レモンのアイシングでサッパリ酸っぱくして、レモンの皮で苦みを足せば、八坂くんのちょっと意地悪で悪魔な感じ……じゃなくて、えーっと、大人っぽいかなって!!」
八坂くんが俯いたままクスクス笑う。
「蜂蜜レモン?」
あの芸術棟での話を覚えていたらしい。
「そう、八坂くんのイメージが蜂蜜レモンだから」
とりあえずは怒ってないようで良かった。
「姫奈子さんは……晏司に……その、チョコレートをやったのか?」
氷川くんがモゴモゴと問う。ああそうか、去年友チョコが欲しいそぶりをしていたっけ。すっかり忘れていた。
「いいえ。友チョコ欲しかったですか?」
「いや! そうではなく……その、他に男子には?」
「一年生に一人あげましたけど。それだけです」
「「だれに!?」」
二人の声がリンクしてビックリする。
「弟の友達です。恒例行事なんです」
「ふーん……義理チョコなんだー」
八坂くんが意地悪な目で睨んでくる。またなんか私地雷踏んだ?
「ええ。本命なら学院で渡したりしないですもの」
「そうなの?」
「だって、目立たないわ」
当たり前じゃないか。どうせ勇気を振り絞って渡すなら、それなりの効果が欲しい。気持ちを伝えられたらいいの、なんてかわいいことは思わない。きっちりアピールしたいし、ただ受け取ってもらうだけでなく、あわよくば付き合いたい!
「じゃあ、どうすんのさ」
なんだか八坂くんが不貞腐れている。
「私だったら自宅にお届けに上がります。お店では売っていないような特別なものを用意して!」
ドヤァ! 前世は氷川くんにそれをして婚約者になったのだ。……まぁ、私の計算が功を奏したわけではないのだが。
あ、思い出したら恥ずかしくなった。しかも氷川くんがここにいる。ここで、それは迷惑だとか言われる? 言われるかもしれない。ドヤ顔止めとけばよかった!
「それは効果的だな。それだけ特別だと思われているなら嬉しいだろう」
氷川くんが答えてびっくりした。あの時の氷川くんも喜んでくれたのだろうか?
恐る恐る氷川くんの顔を伺う。
「あの、迷惑ではない?」
「まぁ、突然来られたらビックリすると思うが、でも、嬉しい方が勝るだろうな」
そう言われてホッとする。
「でもさー、嫌いな子ならひくよね?」
八坂くんが正論の刃を剥く。まったくだ。嫌いな子なら迷惑だ。
思わず乾いた笑いが漏れる。ほんと、そうですよね、相手の迷惑考えてないですよね。
「で、姫奈ちゃんは学院以外であげる人いるわけだ?」
「いませんよ。八坂くんと一緒のリア充しない同盟ですから!」
綱と彰仁にはあげるけれど、あれはノーカウントだろう。家族に手作りのお菓子をあげるだけだ。
未だ闇黒な晏司に適当に答えた。おっかないんだもん。この人。
「うーん、僕はしたくないわけじゃなくて、できないんだけどね」
「あー、はいはい、わかりました。仕事の事情ですもんね。できない私が『しない』って意地張ってるのとは違いますよねー」
半目棒読みで答えれば、氷川くんと八坂くんは顔を見合わせて笑った。







