131.スケート教室 1
今日はスケート教室である。
初めてのスケート靴にワクワクして、ゴムっぽい床の感触にソワソワとする。綱は手慣れているので、私の靴を綺麗に編み上げてくれた。
「肩を掴んでいていいですよ」
不安定なスケート靴でへっぴり腰になっていれば、綱が笑った。綱の言葉に甘えて、思いっきり綱に寄りかかる。綱は少し驚いた顔をして、小さく笑った。甘えているのがばれたらしい。
こんなこと前世ではした記憶がない。
だって仕方がないではないか。執行部で忙しい綱とはなかなか一緒の時間が取れないし、帰りの車も彰仁がいるときは綱は助手席に座るし、家ではお互いの部屋は出禁だし、全般的に綱が足りていないと思う。
許されたことに気を良くして、鼻歌だって出てきてしまう。
「綱はスケート得意なの?」
「普通に滑れますよ。父の実家で昔から連れていかれるので」
「凄いわね。私なんて今でもグラグラなのに、氷の上に立てる自信がないわ」
「大丈夫ですよ。お手伝いします」
綱がニッコリ笑うから、私は安心した。
前世では当然ずる休みをしたのだ。おかげでスケートは初体験である。前世では両親も「姫奈子が怪我をしたら大変だ」といって、反対もしなかった。ここまでくれば、親バカでなくバカ親である。子供は大バカだったけど。
スケート教室は楽しかった。初めに先生に基本を教わり、生まれ立ての小鹿のような私たちが、必死に壁を伝いながらも滑れるようになって来れば、自由時間である。
もちろん先生が付き添って指導はするが、上手な子が苦手な子を手伝ったりもする。
二階堂くんは当然のことながら甲斐甲斐しく紫ちゃんをサポートし、他のリア充どももキャッキャウフフしている。ぐぬぅ。
八坂くんと氷川くんは当然のように滑り出し、なぜか二人で追いかけっこのように競いだした。スケート靴の刃が氷を削ってキラキラと舞い散る。天然のエフェクトである。同じジャージのはずなのに、なぜかそこだけ輝いてみえる。それにスケートが得意な三峯くんたち男子ズが混ざっていく。賑やかな集団が出来上がって、とても楽しそうだ。
周りの女の子たちは、大きなため息と熱い眼差しで、氷上の二人を見つめていた。さすがイケメンは違いますねとやっかむ気持ちが芽生えもする。
綱は私の両手を取って、バックで滑りながら引っ張ってくれる。
一見ラブラブカップルに見える? 残念でした。そんなわけなどありません。綱はいつでもスパルタです!
「ほら、姫奈! 腕に頼らない!!」
「だって!」
「自分の足で氷を蹴らないと」
「だって!」
「ほら、腰が引けています。ちゃんと体を立てて」
「だぁぁぁってぇぇぇ!!」
「だってじゃありません!」
ピシャリとスケートリンクに響く声。ギョッとして振り向く詩歌ちゃん。
……スパルタである。
休憩時間の放送が鳴って、思わず氷上に座りこめば非情な声で窘められる。
「氷の上に座らない!!」
「だって……もう疲れたんだもん!!」
私も半ギレである。
綱はそれを見て呆れたように笑い、手を差し伸べた。
「ほら、立ってください。向こうまで私が押して行ってあげますから」
「……ココア飲みたい」
「いいですよ」
私が綱の手を取れば、グンと引き上げられる。氷のせいで勢いがついて、ピンと立ち上がった。綱が私の背中にまわり、右手で私の右手を取った。そして背中に左腕を回す。
「体を預けてください」
疲れすぎてしまって綱にグッタリと背中を預ければ、曲がりっぱなしだった膝が自然と伸びた。スケート靴の中で縮こまっていた指先から、力が抜けてホッとする。
「力を抜いて、何にもしないで、私が押していきますから」
言われた通り何もせずに綱に押されるがままになる。自分で滑らないでいることはなんて気持ちがいいのだろう。すっかり綱に身を任せ、良い気分で氷の上を滑る。今まで敵だったはずの氷が味方みたいになっている。
「気持ちいいわ」
「でしょう? 姫奈は体に力が入りすぎなんですよ。バランスを取ったら後は普通でいいんですから」
「口で言うほど簡単じゃないわ」
「でも、今はできてますよ」
「だって、それは綱がいるからだわ。絶対安心だもの」
綱のことは自分より信頼している。自分の両足で立つよりも、綱に背中を預けていたほうが絶対安全だと思うのだ。
「困った人ですね」
そういう綱はなんだか嬉しそうで、ちっとも困ったようには見えなかった。
私たちは自動販売機でカップのココアを買って座る。フウフウと息を吹きかけてココアを冷ました。運動して熱くなってしまった身体には、ホットココアは熱かったかもしれない。綱の顔もなんだか少し赤かった。
「今度は片手だけで引っ張りますね」
「無理よ!!」
「さっきみたいに力を抜けばいいんですよ」
「無理よ!!」
「絶対手を放しませんから」
「……絶対?」
「絶対」
「絶対よ?」
「絶対です」
少しの休憩のおかげで、なんだか力が湧いてくる。もしかしたらもう少しマシに滑れるようになるかもしれない。
そうしたら、綱ともっと楽しく滑れるのだろうか。スケート場へ一緒に遊びに行ってくれるだろうか。そんなふうに思った。







