129.中等部三年 初詣
今日は初詣だ。紫ちゃんのお家でリムジンを用意してくれて、みんなで有名な神宮に行くことになっている。
二年生のときに約束した袖きりの行事のため、めいめい振袖を用意したのだ。せっかくの振袖を着られないのは寂しいからと、一緒に初詣に行くことになった。今日が着物の初披露なのである。
朝から美容師さんに来てもらい、華子様が見立ててくれた振袖を着付けてもらった。
菜の花畑を思わせる黄色い生地に、金泥で描かれたアゲハチョウと、プラチナグレーのクロアゲハが舞っている大胆な柄だ。帯は黒地に花丸文でモダン。癖のある髪は柔らかく結い上げて、蝶の髪飾りを付ける。
着付けが終わってすぐ綱へ見せに行った。綱の家の玄関先で綱が出てくるのを待つ。
「ねえ! 見て!」
「ええ。よく似合っておいでです」
「本当?」
綱に褒められ機嫌を良くする。クルリと回って見せれば、綱は可笑しそうに笑った。
「とってもお綺麗です」
突然の言葉に驚いて、顔がボンと音を立てて赤くなった。綱に綺麗だなんて言われたのは初めてではないだろうか。
「写真を撮っておきましょう。帯の結びも素晴らしいですから」
「……あ、うん。そうね」
綺麗なのは着物の方だったらしい。綱はいそいそとカメラを取りに戻った。
生駒やお母さまが変なことを言うから意識してしまったじゃないのー!!
真っ赤になった顔を両手で押さえる。お正月の空気は冷たくて、指先はヒンヤリとしていた。
「お写真撮りますよ」
「あ、待って! お稲荷様の前で撮って?」
私にとってお稲荷様は、おじい様みたいなものなのだ。おじい様と一緒に写真に残したかった。
「ああ、一層風情が出ますね」
綱はそれに賛同して、お稲荷様の前で何枚か写真を撮った。
「……本当について行かなくても大丈夫ですか?」
綱が心配そうに尋ねる。
「大丈夫よ。沼田家で車を出してくれるし、みんなと一緒だもの」
「初詣はとても混んでいるんですよ」
「大丈夫よ。もう三が日は過ぎているし。今日は女子会なんですから。ついてこないでね!」
女子会デートが楽しみ過ぎて、ウキウキと答えれば、綱は小さくため息をついて、わかりました、と答えた。
紫ちゃんが用意してくれたのは、小さめのリムジンだった。すでに皆が乗っている。私が最後のようだ。
明香ちゃんの着物は、緑色で花萌葱というのだと教えてくれた。あしらわれた物語文は手書き友禅らしい。ところどころ煌めいているのは螺鈿細工で、知的なイメージの明香ちゃんにぴったりの伝統的な優美さがある。
紫ちゃんは、豪華な刺繍の檜扇文で、紅藤色が上品で育ちのよさが伺える。ただ大人しかっただけの紫ちゃんでは着こなせなかったであろう堂々としたもので、今の紫ちゃんにはぴったりなあでやかさだ。
詩歌ちゃんの着物は、可愛らしい撫子色だ。辻が花だという絞りの花柄は、柔らかな春霞のように儚げで可憐。白い帯には小蝶が舞っている。優雅で品格がある風情がよく似合っている。
きっと蝶子様と華子様で相談したのだろう。私の帯は花柄で、詩歌ちゃんの着物は花の絞り。私の着物は蝶の柄で、詩歌ちゃんの帯の柄も小蝶だ。イメージは古典とモダンで真逆だが、遊び心でリンクしているのだ。
リムジンを神宮の近くで止めてもらい、私たちは四人で参道を歩いた。
女の子四人の振り袖姿は、言うまでもなく目立つ。参拝者たちの視線が集まり、外国人観光客からは写真をねだられた。それらに笑顔で答える。
百年の森に囲まれた、長い玉砂利を抜ける。本殿前の石畳は広々として荘厳だ。私たちは、並んで参拝する。
お賽銭をそっと入れて、鈴をカラコロと鳴らす。九十度のお辞儀をゆっくり二回。そうしたら、拍手を胸の前で二回打つ。もう一度深々と首を垂れ、願う。
華子様が一日でも長く元気でいられますように。
そして、私が道を誤ったら早めに教えてください! できればドS仕様ではない形で!! やんわりと教えてください!!
ウンウンと念を込めてから顔を上げれば、皆参拝が済んでいて小さく笑った。
「ずいぶん熱心なのね」
詩歌ちゃんが笑った。
「ええ、良い年でありたいから!」
「だったら、お守りを授けていただきましょうか」
明香ちゃんの提案で皆でお守りを見に行く。珍しい木のお守りをお揃いで授けていただく。コロコロと音が鳴ってとても可愛らしい。
紫ちゃんは、葵先輩と淡島先輩のために夫婦のお守りをいただいていた。これは二体で一組になっているのだ。少し気が早いとも思うけれど、気持ちはわかる。
私は、華子様に病気平癒のお守りと、彰仁には学業のお守り、綱には幸福のお守りを授けていただく。綱は最近黄色いものを良く身に着けているので、黄色いお守りにした。
ペアの縁結びのお守りがあって、皆で羨ましいねと笑いあう。いつの日か私もペアのお守りを持てるだろうか。
「おみくじが引きたいの」
紫ちゃんの声で、皆でおみくじをひいた。
「げ」
思わず呟く。思いっきり凶をひいてしまった。
それを見て明香ちゃんが笑った。
「凶はそれ以上悪くならないって意味らしいから、あまり心配しなくてもいいわよ」
「持ち帰って見直すと良いそうです」
紫ちゃんが教えてくれた。
「本当? だったらそうするわ」
そんな話をしながら参道を帰っていくと、ふと見慣れた人たちを見つけた。目深にかぶったニット帽に、マスクと眼鏡、それでもイケメンオーラが駄々洩れの八坂くんと、顔を真っ赤にした氷川くん。それに珍しく、黒縁メガネにマフラー姿の綱がいた。
「あけましておめでとう」
八坂くんが晴れやかな顔で挨拶をする。
「今年もよろしく」
赤い顔で氷川くんが言えば、綱は小さな声で気まずそうに眼をそらし、新年のあいさつをする。
「凄い偶然ね」
明香ちゃんが笑えば、本当に、なんて八坂くんが白々しく笑った。
「なんだか珍しい組み合わせですね?」
紫ちゃんが言えば、綱はマフラーの中に顔を隠した。
「生駒は、さっきここで偶然バッタリ会ったんだよ。せっかくだから合流したんだ。ほら、僕たち仲良しじゃない?」
八坂くんが綱の肩を組めば、綱は嫌そうに手を払う。それが本当に気の置けない仲間のようで微笑ましい。
「で、姫奈ちゃんは生駒を見て何か言うことないの?」
「言うこと?」
キョトンとして綱を見れば、綱は気まずそうに眼をそらした。
外で会えるなんて嬉しいな、とか? いやいや。それは恥ずかしい。
他に特に言うことはないけれど。そうだ。
「眼鏡、初めて見たわ。悪かったの?」
言えば、八坂くんは噴き出して、綱はあんぐりと口を開いた。
「それ? 今それ聞く?」
八坂くんが大うけなんである。なぜ?
「え? だって、知らなかったんだもの!」
「視力は悪くありません」
綱は憮然として答えた。
「じゃあ、なんでかけてるの? オシャレ? まぁ、似合ってはいるけれど」
「そうですか……そんな感じです」
綱が力なく答えれば、八坂くんが意味ありげに綱を見た。
「まさか。そんなわけないじゃない。生駒、姫奈ちゃんつけてきたんでしょ?」
「え? 綱、それ本当?」
「……心配だったもので」
綱は気まずそうに答えた。
「だって、ゆかちゃんの車で来たのよ? 心配なんかないじゃない?」
「心配だったもので」
綱は重ねてそう言った。
「本当に生駒は心配性だよね。過干渉というか……」
「保護者ではありませんよ」
綱が八坂くんの言葉を遮った。
私はそれを見て、困ったものだと肩をすくめる。
「来ちゃったなら仕方ないけれど、女子会には付いてこないでね」
「ええ。人混みが心配だっただけです。やっぱり来て良かったです」
綱は八坂くんと氷川くんに何か言いたげに視線を流した。それを受けてか、なんなのか、氷川くんが唐突に切り出す。
「あっ、そ、それでだな! 皆で、その、病院にこないか」
ぽかーん、である。何のことだ。
八坂くんが可笑しそうに笑った。
「和親、唐突」
「とても美しくて驚いて。あ、いや。祖母が姫奈子さんと浅間さんが並んだ着物姿を見てみたいと言っていてだな。たまたま、ここであったから、丁度、いいかと思ってだ」
氷川くんがアタフタと答える。こんなに不器用になるときは大体恋愛がらみだと気が付いてきた。もしかしたら、この中に氷川くんの好きな子がいるのかもしれない。
詩歌ちゃんではないと言っていたけれど、それって照れ隠しなのだろうか。それとも、明香ちゃんが好きなのかも? 確かに執行部では、会長、副会長の仲だ。そんな思いが芽生えても可笑しくはない。
流石に紫ちゃんは二階堂くんの彼女だと知っているはずだ。もしかして横恋慕? それで告白をためらってるとか?
なんにせよ、きっと好きな子の晴れ姿を華子様に見せたいのだろう。
だったら、協力してあげないと!
それよりなにより、私の自慢の友達を華子様に見て欲しい!! ついでに綱のことも紹介したい!
「女子会までまだ時間があるかしら?」
詩歌ちゃんに聞いてみる。
「ええ」
「それならちょっとだけ病室によってもいい? 華子様には着物の相談にのって頂いたの。みんなの着物を見れば、病室で気が晴れるんじゃないかと思って」
「氷川の大奥様にご挨拶できるなんて、断る理由はないわ」
明香ちゃんが答える。紫ちゃんも頷いた。
氷川くんは明らかにホッとしたようで、赤い顔を擦った。
「それで三人はお参りが済んだの?」
「ああ。このまま病室へ行けるか?」
氷川くんが問えば、紫ちゃんが頷いた。
「うちの車を回しますから、病院で合流すればいいですか?」
「そうだな」







