125.中等部三年 クリスマスパーティー 1
今日は氷川家主催のクリスマスパーティーだ。華子様の病室で着物の打ち合わせをしていたこともあり、当然断ることなどできなかった。
華子様は一見元気なように見えるが、たぶん病状は進んでいるのだ。忙しいはずの氷川くんも、時折病室に顔を出しては、私たちのやり取りを笑いながら見ている。
執行部になった綱は、今回初めてクリスマスパーティーに招待された。私の両親が保護者がわりである。彰仁も今回は呼ばれている。
お母様が相変わらず「八坂くん合わせ」だの「氷川くん合わせ」だのと浮かれていたので、今回は彰仁と綱と合わせたいと主張した。彰仁のクリスマスパーティーデビューなのだからと言えば、お母様は気を良くして、今回はそれが通った。
深緑のミモレ丈ドレスは、上半身だけ柊の刺繍がされている。黒いベルベットのリボンでキュッとウエストを強調し、ストンと落ちたスカートはいつもより少し大人っぽい。夏に修吾くんから貰ったワンピースがとても評判が良かったので、同じような落ち着いた形をエレナ様御用達のブランドで選んだ。
彰仁と綱は黒いスーツにタイとチーフは深緑で、私と同じ柊の刺繍が刺してある。三人でゴールドのベル型ピンをつけてそろえる。
会場は、すでに熱気にあふれていた。一歩足を踏み込めば、一斉に視線が集まる。それに彰仁がたじろぐのを感じた。綱は選挙で身に着けたのだろう。初めての癖に、悠然と受け流している。私はそれを見て眩しく思った。
やっぱり綱は、執行部の経験を経て随分と大人になった。
気にかかるのは大黒さんだ。体育祭でも見かけなかったが、文化祭でも見かけなかった。夏以降、学院に来ていないのではないだろうか。少し不安になってしまう。
しかも、大黒商事がライセンス契約を結んでいた有名ブランドの日本撤退が決まったことで、ファッション業界におけるパワーバランスも崩れつつある。これが八坂くんの広告拒否の結果なら怖すぎる。ライセンス契約を解除した有名ブランドは、八坂くんがイメージキャラクターを務めていたからだ。
別に大黒さんと仲良くしたいだとか、そういう気持ちはない。そんなにいい子ではない。だけど、後味は悪い。
動画の件は、直接大黒さんと話をしたわけでもないし、やり方は卑劣だが本当にPTSDだった可能性がないわけじゃない。それにどうやって動画を手に入れたのかも気になるところだった。二階堂くんを信じている。綱を疑うなんてありえないし、学校はそもそも動画の存在を知らなかったと言っていた。……桝さんだって、できれば疑いたくはないのだ。
かといって、私から何かのアクションを起こすのは、かえって問題を引き起こすと思うので、結局は静観しかない。
お母様と、珍しくクリスマスパーティーに出席したお父様と、私たち三人でつつがなく氷川家との挨拶をすませば、芙蓉銀行の桝頭取が娘の桝淑子さんを連れて近づいてきた。満面の笑みで、綱に話しかけてくる。桝さんは頭取の後ろから、控えめに綱の顔を伺っている。その目線が何だか癪に障った。
「生駒君は副会長になったんだと聞いたよ。おめでとう」
「こちらこそありがとうございます」
綱はそつない笑顔で答えた。
「外部生なのに凄いじゃないか。いくら特待生でも例がないよ!!」
頭取の大きな声に、周囲の耳が集まってくるのがわかる。意図された会話で嫌だと私は思ったが、私の両親は黙って笑っているだけだ。
「皆さんの応援のおかげです。私一人ではなし得ませんでした」
綱がそつなく答えれば、頭取は満足げに頷いた。
「ああ、しかし、芙蓉会の信認を得たのは紛れもなく君自身だ。それに淑子を執行部に入れてくれてありがとう」
綱が桝さんをベストに誘ったわけじゃないのに! 私はカチンときた。
「いえ。私はお声掛けしただけで、氷川くんの人選です」
「そうか。氷川くんか。しかし、君からの声がかからなければ淑子は執行部には入れなかったと思う」
頭取が愛おしそうに桝さんを見れば、桝さんは赤い顔でコクリと頷いた。その姿はまるで小鳥みたいで、私ですら庇護欲を掻き立てられる。
「……わ、わたし、い、生駒君がいなかったら、とても無理だったと思うの。だから、あの、ありがとうございます!」
必死に言葉を紡ぐ桝さんがいたいけで、私の両親も微笑んだ。
「いえ。桝さんが執行部を受けてくれたおかげでとても助かっています」
綱もニッコリと笑う。それを見て桝さんはより一層顔を赤らめた。まるで柊の実のようだ。
動画を作ったかもしれない子に平気な顔で、そんなことを言える綱が憎々しく思う。綱には味方でいて欲しいのに。私を一番にして欲しいのに。
わかってる。綱が事を荒立てて良い相手じゃない。トラブルになれば不利になるのは綱の方だ。わかってるけど、心はさざめく。
「淑子、生駒君を誘って何か食べて来ればいい」
頭取が言えば、桝さんは大胆にも綱の手を引っ張った。
「あ、あの、向こうで……」
綱は桝さんの誘いに戸惑った顔で私を見た。断りたいのに頭取の手前断れない、そんなふうに見えた。
だから私は綱を助けようと足を一歩踏み出したら、お母様に窘められる。
「姫奈子。二人の邪魔をしてはダメよ?」
邪魔! 私が邪魔!! 二人の、ってなによ? 綱と桝さんに何があるっていうの!!
顔が真っ赤になる。唇を噛んだ。
その様子を頭取が笑う。それすらも苛立たしい。
「時に、白山さん。生駒君とはどういうご関係で? 後ろ盾になられているとは聞いていますが、伺ってもよろしいですか? ほら、淑子が懇意にしていますので少し気になって」
桝頭取が両親の顔を見た。
「それは気になって当然ですわ。親心ですものね」
お母様がニッコリと笑う。
「綱守は私が子供のころから当家の子供と一緒に育てましたの。桝頭取もご存知でしょう? 秘書の生駒の子供ですわ。生駒も先代の書生でしたのよ」
「二代続けて白山家のお目に叶うとはすばらしいですね」
桝頭取の言葉に、いつもは寡黙なお父様が答えた。
「綱守はどこに出しても恥ずかしくないよう育てている」
「どこに出しても……ですか? 出すつもりがあると?」
「男子の親なら当然だろう?」
「そうですか。白山さんは自分の子供の様に思っているんですね」
頭取は満足げに微笑むと私を見た。ゾッとするような、値踏みするような目だ。
「姫奈子チャンも綱守君の妹みたいなものかな?」
バカにでもしたようなあからさまなチャン付け。
「淑子に優しくしてやってください」
釘を刺す、ように聞こえた。
妹なんかじゃないもん! 仲良くしてくれないのは桝さんの方なのに!
「……モチロンです。こちらこそそう願っております」
言葉はグッと飲み込んで、彰仁の腕を引っ張る。
芙蓉銀行は白山グループのメインバンクでもある。融資も受けている。悪印象を持たれるのは良くない。子供のいざこざが大人の仕事に響くことはないとわかってはいるが、敢えて弱みを作る必要もない。
わかるから、もうここにはいたくない。笑ってそつなくこなせる自信なんかない。フォローしてくれる綱もいない。だったら、何かしでかす前に逃げるしか手はないのだ。
「それでは、私たちはこれで」
彰仁は驚いたように私を見た。私はそれを無視して大人たちに頭を下げる。
そして彰仁を連れ、そそくさとその場を後にした。







