123.中等部三年 文化祭 1
今年の文化祭は穏やかだ。
今までの生徒会執行部の働きもあったのだろう。外部生の綱が生徒会副会長として立派に勤めを果たしているからか、学院全体に外部生に対する差別感が薄まってきていた。それどころか、綱は内部生の憧れにもなりつつある。
その上、私のクラスでは八坂くんが指揮者になってくれたので、注目はそちらだ。三峯くんが伴奏担当で、なんだかんだと彼は何でもそつなくこなす人なんだなと感心する。
「三峯くんて万能よね」
「全部中途半端だよ。俗にいう器用貧乏」
三峯くんは軽い感じで返した。
「謙遜もするのね?」
「まさか! オレは『ラ・カンパネラ』で女子口説くとか無理だからね。白山さんに弾いてあげられるのはせいぜい『子犬のワルツ』くらいかな」
三峯くんはニヤニヤと笑った。去年の氷川くんを揶揄っているのだ。
「別に口説かれたわけじゃないわよ! 一曲だけ弾いてくれるっていうから、私が無理に頼んだの!」
「へー? じゃあオレも一曲だけ弾いてあげようか?」
「子犬のワルツ?」
「うん。子犬のワルツ」
そう笑って、子犬のワルツをサラリと流す。軽妙な鈴の音は、氷川くんの鐘の音とは違って三峯くんらしかった。子犬が教室の床を走り回るような音楽に、クラスのみんなが拍手した。全然器用貧乏じゃない。ただの芸達者である。
一条くんの配慮により、私は目立たないパートに分けられたので、上手いこと集団にまぎれることができた。芙蓉館ではなく、みんなと一緒に教室で合唱練習する毎日は楽しかった。帰りの車の中で綱と合わせて歌っていれば、彰仁には嫌な顔をされてしまった。テノールとアルトでハモられても曲がわからなくてイライラするそうだ。さすがの反抗期である。
合唱コンクールは、氷川くんのクラスは当然のごとく優勝し、彰仁と修吾くんの雄姿も見た。なにげに二人が指揮者として壇上に現れた時は、母心がハラハラして胃が痛かった。八坂くんの指揮は言うまでもなくオンステージだった。
さて、文化祭の午後である。今回も桜庭の友達を呼んでいる。彼女たちは制服姿でやって来た。美佐ちゃんは身長も伸びすらっとし、百合ちゃんのフワフワ加減はセクシーな感じに移行していた。みんな大人っぽくなっているのだ。
ザワザワと視線を集める桜庭の子を引き連れ、鼻高々に彼女たちを案内して回る。
どうだ! 私の友達可愛いかろう!! 思わずふんぞり返ってしまう。
それを見て一緒に歩いていた綱が笑う。
「ごきげんですね」
「そうよ! 私の友達可愛いんだもん! 自慢したいでしょう?」
ドヤ顔で威張れば、美佐ちゃんと百合ちゃんが苦笑いする。
「ええ、皆さん麗しい方々ですね」
綱がゆったりと笑えば、桜庭の女の子たちがバババと赤面した。なにそれ!!
「ちょ! 麗しいだなんて、私言われたことないのに!!」
「そうなんですか?」
しれっとした顔で綱が答える。
「悔しい! 私も誰かに言われたい~!!」
地団太を踏めば、よしよしと美佐ちゃんが慰めてくれる。
「姫奈ちゃんは可愛いわよ」
「本当?」
「本当よ」
その言葉に機嫌を直して、美佐ちゃんと手を繋いで歩きだす。
「でもね、綱はダメよ? あんなに外面はいいけれど、意地悪なのよ本当は! いっつも怒ってばっかりなんだから!!」
言えば、美佐ちゃんと百合ちゃんがクスクス笑う。
「私なんてね、麗しいはもちろんだけど、可愛いすら言われたことないのよ!!」
「それはいけないわね?」
美佐ちゃんがチラリと綱を睨む。綱はそれを見て余裕に微笑む。暗に『嘘はついてません』そういう顔だ。くそう!!
「姫奈ちゃんは、生駒くんに『可愛い』って言われたいの?」
百合ちゃんがキュルンと聞いてきた。
「や、べ、べつにそんなんじゃないけど!!」
「ふーん?」
ニヨニヨ笑うな桜庭女子軍団め!!
今年も茶道部で詩歌ちゃんのお手前をいただき、ディベート部に寄ってみる。今年の演目は『勇者は市民の家に勝手に入っていいのか』という議題で、面白おかしく、しかし真面目に議論しているのがとても意外だった。
途中でおとり巻きを連れた八坂くんにすれ違う。その中には大黒さんがいなくて少し不思議だった。おとり巻きのメンバーが変わっているのだ。リボンが青から黄色に変わっている。今年の体育祭は赤だったはずなのにな、なんてぼんやりと思った。
「姫奈ちゃん、今年もお友達と一緒?」
「ええ」
「華やかでいいね。楽しんでいってね!」
桜庭の子たちに向けて、八坂くんがモデルスマイルを振り撒けば、美佐ちゃんも百合ちゃんも顔を真っ赤にする。
乙女、かわいいな?
その後、彰仁のいる生物部で展示を見る。
学院内で飼っている生物を展示しているのだ。入り口に展示してあるハムスターやウサギに歓声を上げる。桜庭の制服が可愛らしく騒いでいれば人が集まって来た。
そこへ彰仁も顔を出す。
「きゃー! 彰仁くん!! 夏に見た時より大きくなって! しかも芙蓉会なの?」
目ざとく胸の花を見つけて、百合ちゃんが歓声を上げる。まるで親戚のおばさんだ。
彰仁は怯んで一歩下がった。生物部の男子が彰仁を見る。彰仁、桜庭と知り合いなのか、そんな声が聞こえる。
「そうなの! 自慢の弟よ!」
私が言えば、忌々しそうに彰仁が睨んだ。
うひひ、わかってやってますよ、お姉さまはね!
綱が、止めなさいと袖を引っ張る。
「中等部になって背も大きくなったし、芙蓉会の仕事もきちんとこなしているのよ。午前中は指揮もしたし!」
「姉貴! 止めろって!!」
彰仁が怒る。
わーい! 姉貴頂きました!! ありがとうございます!
「今日の展示のおススメはなんですか?」
見かねた綱が彰仁に助け舟をだした。彰仁は、水のペットボトルを綱に手渡す。
「これ」
「なんですか?」
マジマジとペットボトルを見る。
「ボルボックスの生体展示」
駄洒落なのか、ミネラルウォータはボルボックだ。
彰仁がパソコンを触ればプロジェクターに緑の球が映し出された。透けた緑の玉が水の中をユラユラと揺らめいていて、幻想的で美しい。水の中に揺らめく姿は涼し気でゼリーみたいだ。
「顕微鏡の拡大画像流してるんだけど、こうやって光を当てると光に集まる」
顕微鏡の下にあるシャーレに小さな光を当てれば、右回転しながら光に集まってくる様子が見えた。
「え? 動いてる?」
「当たり前だろ? 生きてるんだから」
驚いて声をあげれば、彰仁が笑った。
「面白いですね」
綱が笑えば、桜庭の女の子たちもウンウンと頷く。
「興味があるなら出口でボルボックス分譲してるからもってけば。飼うのは比較的簡単……です」
彰仁は、最後だけ丁寧語を使い、ちらっと桜庭の子たちを見た。桜庭の子たちが、キュンと胸を高鳴らせたのがわかった。
「ね? 可愛いでしょ? これ私の弟!」
「姫奈、さすがにもう止めてあげましょう?」
綱に引っ張られて、生物室から連れ出された。出口のボルボックスの分譲はそこそこにぎわっていた。生物部がアフターフォローをするということで、生物部男子狙いの女子も貰っている。
私はどうせ彰仁が飼っているだろうから貰わなかった。絶対失敗する自信もあった。
廊下を歩いていれば、修吾くんが同級生の女の子に囲まれていた。やっぱりモテるわねぇなんて近所のおばさんよろしくニヤニヤすれば、目が合った。修吾くんがパッと手をあげる。
「姫奈子先輩!!」
周りにいた女の子たちも振り返って私を見る。姫先輩、桜庭連れてるとコソコソ声が聞こえるので、しめしめと思う。芙蓉の女子から見ても、桜庭はお嬢様学校なのだ。
前世では『外部生』と陰口を言われて、隠してしまいたかった桜庭の過去。今では、自慢できることがとてもうれしい。
美佐ちゃんが修吾くんに気が付いて小さく頭を下げた。
修吾くんもそれに応えてお辞儀する。
「お友達ですか?」
「ええ、前の学校の同級生で案内しているの」
嫌らしく『前の学校』を強調してみる。私だって桜庭だったんだから。お嬢様だったんだから!
……いや、まって? 今だってお嬢様よ?
「姫奈子先輩、桜庭だったんですね!」
「そうなの。私、中等部からの外部生なのよ」
答えれば、修吾くんの周りにいた女の子たちが驚いた顔で私を見た。一年生は、去年の騒ぎを知らないのだ。
「姫先輩、外部生だったんですか?」
中の一人がオズオズと答える。
私は鷹揚に頷いた。
「そうなの。『きたりの方』ってよく言われたわよ?」
笑えば、女の子たちは気まずそうに笑った。
「姫奈子先輩はこれからどこへ行くんですか?」
「天文部へ。私、これでも天文部なの。占いやっているからみんな遊びに来てね!」
手を振れば元気いっぱい、行きます!と返ってきた。
「オレも一緒に行ってもいいですか?」
修吾くんに問われて、少し周りを見渡した。こそっと耳打ちする。
「修吾くん、好きな子に誤解されたら困らない?」
いえば修吾くんが薄く笑う。あ、知ってるその顔。光毅さまが、淡島先輩に見せた怖い顔にそっくりだ。
「誤解、してくれそうもないんです」
脈なし、なのだろうか。だったら、桜庭と、ということだろうか?
「えっと、なら、かまわないけど。一緒に行く?」
「おねがいします」
そんなわけで修吾くんを連れて天文部へ向かうことになった。







