114.夏休み 1
今年も恒例の別荘に遊びに来ている。修吾くんは今年も海外へテニス留学をしてきたらしく、真っ黒に焼けた姿で遊びに来た。
背も伸びて徐々に大人っぽくなる修吾くんは、だんだんと光毅さまに似てくる。光毅さまは何かと忙しく、別荘で暇をしている修吾くんは、私の家の別荘に入り浸っていた。
朝、彰仁とテニスの練習に行き、お昼は一緒にご飯を食べ、午後は夏休みの宿題を一緒にする。そのほとんどを彰仁と一緒に過ごしているのだ。もちろん私も自然と顔を合わせる機会が多くなり、写真を撮らせてもらっては光毅さまに送っていた。
そうですよ! もちろん、写真は口実ですよ!! だって光毅さまから可愛いスタンプとか来たらキュンとしちゃうじゃない?
「姫奈子お姉さん、午後はお時間ありますか?」
修吾くんに声をかけられて、笑顔で返事をする。
「ええ。綱と彰仁は自由研究に行ってしまうから、私は暇なの」
自転車で二人は自然観察に行くのだという。私もついていきたいのだが、自転車に乗れないので仲間はずれだ。彰仁はずるい。
「オレも暇だから一緒に町に行きませんか?」
「いいわね!」
別荘地の駅前に広がる商店街は、色々なお店があって賑やかなのだ。私たちは連れ立って、商店街へ行くことにした。
鮮やかなグリーンのワンピースには、スカートだけ白い大きな水玉模様になっている。それがクリームソーダみたいに見えて、夏休みにはぴったりだと思う。お気に入りの日傘をさして、商店街の地図を貰って修吾くんと街を歩き始めた。
中学生になって、やや明るくなった修吾くんの髪色が夏の日差しに透けて光った。髪も肌のように日に焼けるのかもしれない。出会った頃よりもずっと背が大きくなって、腕の筋肉なんて隆々としている。流石去年全国大会で優勝しただけはあった。
有名な教会に向かって伸びてゆく道。両側に小さなお店がいっぱいあって、可愛い雑貨が所狭しと並べられている。
こういうお買い物は彰仁が嫌がるから、あまりゆっくり見たことはなかった。修吾くんは同じように並んで歩いてくれる。まぁ、姉弟ではないから遠慮もあるのだろう。
「修吾くんは何か見たいものある?」
「うーん……オレは教会に行ければいいです。中にゆっくり入ったことがなくて」
「私もじっくり見たことはないの。今日は時間があるからのんびりしましょう」
そう言えば、修吾くんは嬉しそうに笑った。
白山家は特段何かを信仰しているわけではない。家にはお稲荷様があるが、おじい様のお墓はお寺にあるし、お父様とお母様はチャペルで結婚式を挙げたらしい。だから教会に行きたいとは言っても、それは観光目的だ。
小さな広場ではジャズセッションが始まった。どこかで聞いたことのある曲が、夏の風に乗って髪をスイングさせる。
修吾くんのおススメだというコロッケを食べながら歩いて、帰りにはアイス食べたいねなんて話をする。
教会の前に行けば大きな人だかりができていた。修吾くんがつま先立ちして、様子をうかがう。
「結婚式みたいです」
「わぁ! 素敵ね」
私たちは人垣が途切れる場所へ移動して、フラワーシャワーを一緒に眺めた。
純白のウエディングドレスに、純白のタキシード。幸せそうな花婿にお姫様抱っこされる花嫁。親族や友人たちは口々に言祝ぎ、花びらを撒く。
うっとりとしてその様子を眺めていれば、修吾くんが柔らかく微笑んだ。
「姫奈子お姉さんまで幸せそうですね」
「幸せな結婚式を見ると、私まで結婚したくなっちゃうわ」
やっぱり綺麗な花嫁さんには憧れてしまう。ステンドグラスの光の中で、素敵な旦那様と将来を誓いたい。
「姫奈子お姉さんは教会がいいんですか?」
「そうねぇ……ドレスもいいけれど、白無垢も素敵よね。でも、こればっかりは旦那様の意見も聞かないとね」
「結婚式の主役は女性です。みんな聞いてくれると思いますよ」
修吾くんてなんて完璧なイケメンなんだろう。昔から天使だとは思っていたけれど、天使なまま大きくなったら人間ではいられないんじゃなかろうか。尊い。尊すぎる……。彰仁とは大違いだ。弟交換してほしい。
「修吾くん! うちの子にならない?」
思わず口にだす。
「あの? お姉さん?」
「あっ! ごめんなさい変な冗談言って。彰仁もかわいいけれど修吾くんが弟だったらなって思っちゃっただけなの」
修吾くんが困ったように眉を下げる。
困らせてしまった。私は慌てて話題を変えることにした。
「えっと、暑くておバカになってるみたいね。ごめんなさい。どこかで冷たいものを食べましょうか?」
「そうですね」
「ジェラートと、モカソフト、かき氷。修吾くんは何が好き?」
「お姉さんの好きなものにしましょう」
「私は全部好きだもの! 修吾くんが好きなものを知りたいわ」
結局有名なジェラート店に行くことにした。自然な素材を使ったオーガニックのお店で、白砂糖の量は少なめだと聞いている。身体に気を使う修吾くんでも罪悪感は少なめだろう。
二人でダブルを注文して二階の窓側の席に座った。窓からは教会と、いつものテニスコートがみえる。
私は夏イチゴとアーモンド、修吾くんはスイカとメロンにしたようだ。お互いに違う味を頼んだので、スプーンで一口ずつ味見をする。
「あー! スイカは本当にスイカね!」
「そうですね。アーモンドはアーモンドチップが入っていて食感が面白いです」
二人でウフウフとジェラートを食べる。
「さっき教会には入れなかったから、後でもう一度行ってみましょうか?」
「お姉さん、たくさん歩いて疲れてないですか?」
「私は大丈夫よ?」
「オレはこういうの慣れてないし、自分は体力あるから女性がどれくらいで疲れるかわからないんです。疲れたら教えてくださいね」
真面目な顔してそんなことを言うから、ズッキュンと胸を射抜かれてしまう。ああ、本当に天使すぎる。
「修吾くんってモテるんでしょうね」
思わず感嘆すれば修吾くんは照れたように笑った。
「オレよりお姉さんの方がモテるでしょ?」
「そんなことないわ」
「八坂先輩のオキニだって聞きました」
突然の言葉に咽る。夏イチゴが鼻に入る。慌てて水を飲む。
「それは誤解です!」
「八坂先輩へのファンレターはお姉さんに渡せば届くって」
それでか! 最近ブロンズの子に八坂くん宛のプレゼントを預かることがたまにあるのだ。確かに八坂くんには届けているが、そんな噂があったのか。
「それって、マネージャー扱いよね?」
「恋人じゃない?」
「ありません」
「氷川先輩は?」
「そんな、恐れ多い」
「修学旅行の最終日デートしてたって噂です」
「!! な! ど! え!?」
なんでそんな噂になっているのだ。
「嘘ですか?」
キュルンと子犬のような瞳を向けられて言葉に詰まる。
「デートではないです! デートでは!!」
思いっきり否定する。
「デートじゃない?」
「確かに、最終日に少しお会いしましたが、デートではないのよ。誤解だわ」
「デートじゃなくて? 何したんですか?」
「ええ、何だか知らないけどヘリに乗せてくれたのよ」
「ふぅうん?」
修吾くんがジト目で見る。そのジト目すら可愛い。いやどんだけなんだよ天使。
「氷川先輩が? 姫奈子お姉さんと二人っきりで? ヘリに?」
「二人っきりじゃないわよ! だって機長さんだっているし!」
「それはそうですけど」
「ね?」
「それで、その後どうしたんですか?」
「どうもしないわ? 頭グチャグチャだもの。そのまま別れたわよ? だからデートでも何でもないわけ」
「……そうですか」
修吾くんはジッと私を見つめた。私はその視線の意味がわからずに見つめ返す。
すると修吾くんはニッコリと笑った。
「よかった」
「?」
何が良かったのだろう。
「ちょっと心配してたんです。姫奈子お姉さんが氷川先輩とお付き合いするのかなって」
「それはないわよ」
「ない?」
「ええ、だって、修吾くんが一番知ってるじゃない。私は立派な奥様にはなれないから氷川くんなんて無理よ」
修吾くんは覚えていないかもしれないが、一昨年の夏のパーティーで修吾くんが言ったのだ。
『姫奈子お姉さんは社交向きじゃないですね』
社交性は、セレブ奥様に必要とされる資質の一つだ。私は上手く立ち回れる自信がない。現にトラブルばかり起こしているのだ。日本の財界を背負う人たちを支えていく自信などない。
「……氷川先輩がそれでもって望んだら?」
「氷川くんは私なんか望まないわよ」
肩をすくめて見せる。修吾くんがどうして氷川くんにこだわるのか理解できなかった。
「あの、じゃあ、生駒先輩は?」
急に綱の名前が出て、カッと顔が火照った。
「は? 綱? 綱がなんで……」
「仲が良いから」
「それは幼馴染だし」
「ふうぅん?」
修吾くんはアイスを舐めながら、テニスコートを眺めた。今日も白いテニスウエアの蝶々たちが華麗に舞っている。相変わらず楽しそうだ。
「修吾くんこそいい子はいないの?」
「好きな人はいますよ?」
「好きな人がいるの!」
思わず驚いてしまう。
「えっ! えっ! 芙蓉の子?」
修吾くんはアイスを舐めながら頷く。
「うそ、私の知ってる子?」
「それは秘密です」
「ええー」
「彰仁に話すでしょ?」
「彰仁にも内緒なの?」
「内緒、です」
そうか、それならあまりしつこくは聞けないな。
「でも、修吾くんなら告白すれば付き合えるんじゃないの?」
「うーん……、どうかなぁ……。オレ、テニスばっかだし」
「それが修吾くんの魅力でしょ?」
「将来が見えないですよね?」
「そんなの誰だって同じよ」
私だっていきなり没落したのだ。
「女の人はそういうの嫌でしょう?」
「うーん……そうねぇ、安定を求める人もいるかもしれないけど。二人で頑張ればいいじゃない。普通に生きていくのって難しいのかしら?」
正直私にはよくわからない。没落しても生きていけるようにと思っているけれど、実際没落後の生活を知っているわけではないのだ。
「姫奈子お姉さんはどんな人と結婚したいんですか?」
「私? 私は普通の人と普通に生きていければいいわ。旦那様にお弁当を作ってね、行ってらっしゃいっていうの。できたら子供も欲しいわ。おむすびもって公園で遊んだり。ねえ、団地って知ってる? マンションとは違ってね、小さなお部屋がいっぱいあるビルが密集してるんですって!」
修吾くんは笑った。
「団地ですか? オレもアメリカ留学した時は寮生活だったけどそんな感じかな?」
「アメリカで寮生活も素敵よね!」
「海外でもいいの?」
「楽しそうじゃない」
想像したら楽しくなってきた。海外だったら、ダーリン、ハニーと呼ぶのだろうか。
「でも、そうすると白山茶房はどうするの?」
修吾くんの言葉がいきなり現実を見せつけた。ヒヤリ、胸の奥が凍る。
「……白山茶房は……いつまでもつかわからないわ。そうなった時のために、一人で生きていける資格を取らないとダメね」
「そんなことないでしょ?」
「ううん。ダメよ。没落したら困るもの。でも、そうしたら何の資格がいいのかしら……。何に向いてるのかわからなくて」
テニスコートを見ながらため息をつく。
「バレンタインのチョコレートをもらって思ったんですけど、管理栄養士とかはどうですか? オーガニックなチョコレートをくれたのは姫奈子お姉さんだけでした。そういうことに興味があるなら、スポーツ栄養士なんていいかもしれないですよ」
「!! それいいかも! 修吾くんありがとう! 相談して良かったわ!」
思わぬアドバイスに未来が開けた気がした。そうか、将来の夢と問われて、有名な職業ばかり考えていたが、食べものに関わるという進路もあるのだ。調理師や栄養士など食に関わる仕事はいろいろありそうだ。今度しっかり調べてみよう。
「そんなことないです」
「ううん。やっぱり早くから色々な体験をしているだけあって、世界が見えているのね。彰仁よりずっと頼りになるわ」
そう言えば、修吾くんはニッコリと笑った。
「オレは彰仁とは違うから」
なんだかその言葉に棘を感じて、私は慌てた。
「あ、比べたみたいに感じたらごめんなさい。そうじゃなくて」
「冗談です。お姉さんがオレを弟扱いするから意地悪言ってみたくなっただけ」
「それなら修吾くんだって、私のこと姉扱いしてるでしょ?」
「……そうですね」
修吾くんは一瞬何かを考えるように口を噤んで、そして笑った。
「そろそろ結婚式が終わったみたいです。行ってみますか?」
「そうね」
空っぽになったカップを修吾くんが重ねてダストボックスに入れる。幼いながらに身に着けた、そのスマートなレディファーストはアメリカ仕込みなのだろうかと、惚れ惚れとして見つめた。







