113.銀河鉄道を探しに
夏休みである。夏休みである―!!
芙蓉学院では、高等部進学の受験がないので、三年生と言えども夏は満喫できる。
去年と同じように某ブランドのレセプションパーティーへ招待され、無事にエレナさまにお会いすることもできた。エレナさまは、ますます美しさに磨きがかかり、私もあんな風になりたいななんて、憧れが止まらない。すき。
その席では八坂くんにも会ったけど、今年は去年のようにしょぼくれていなかった。そしてなぜか、八坂くんの事務所のマネージャーにも正式に紹介された。何度か挨拶はしたことがあったが、きちんと話すのは初めてだ。去年のネットへの写真流出の件の謝罪と、学校でのフォローについて感謝されてしまったから慌ててしまう。
今後もお願いしますだなんて、マネージャーに言わせていいのか? 八坂くんよ。まぁ、感謝され慣れていない私は、悪い気はしなかった。
今年の夏も順調な滑り出しだと思う。
そして今日、私たちは天文部の合宿へ来ている。中央線を乗り継いで、芙蓉寮へ向かうのだ。芙蓉寮のある地域は、星空が綺麗で有名な高地だ。
スーツケースに荷物を用意していたら、綱に呆れられたので、ボストンバッグにした。綱は機動性の良いリュックにTシャツとジーンズだ。私は半袖ブラウスにフレアスカート姿である。
もちろん駅だから、綱と手を繋いだ。電車に乗るときは綱と手を繋ぐ、そういう決まりなのだ。しかたがない。しかし、片手にボストンバッグだとなんとも不便だ。見かねた綱が持ってくれると言ったが、さすがに断った。
今度私も可愛いリュックが欲しいな、なんて思う。
集合場所に集まれば、天文部のみんなにニヨニヨした目で見守られる。顧問の先生もチラリとこちらを見たが、深くため息をついただけで何も言わなかった。
ねぇ何かやらかしているなら教えて? 神様の罰が怖い。
こっそり紫ちゃんに何か変かと尋ねたら、ニッコリ笑って「私も仁くんと来たかった」と答えられた。全然意味がわからない。
平日、帰宅ラッシュ前の電車は空いていた。電車が好きな男子たちが、青春十八きっぷを配ってくれる。自慢するつもりだったペンギンのカードは使えないらしい。
目的地は、冬の天文部の観測会で言っていた、銀河鉄道がみえる公園だ。
トコトコと鈍行に揺られて目的地を目指す。最寄りの駅についたところで、タクシーに分乗して公園へ向かった。ビックリするほど小さな公園には、気持ちばかりの小さな物見櫓が立っていた。
夕暮れの公園で電車が来るのを待つ。時折、虫の音が微かに響く。
眼下には仄かに光が灯り始めた町の景色が広がる。駅は公園より下なのだ。
天文部なのになんで電車を待っているんだろう、ハタと気が付いて可笑しくなって思わず笑えば、みんなが私を見た。気まずくなって俯く。
「どうしました?」
綱が問う。
「え、なんかね、天文部なのに皆で空じゃなくて地上を見てるの面白いなって」
答えれば、紫ちゃんも笑った。
「言われてみればそうね」
「そろそろ時間だぞー」
「19時丁度に地球に停車」
鉄道に詳しい男の子が声をあげる。
指さした方向に目を向ければ、まるで空を飛んでいるような九両編成の特急電車だ。窓の光が煌々と輝いて、黒々とした山影を分断する。まだ夏の光が残る薄い闇をわたる。
あの中には、どこかへ行く人も、どこかへ帰る人もいるのだ。
「本当に銀河鉄道みたいですね。子供のころに乗ってみたいと憧れていました」
綱が感嘆して言った。
きっと子供のころ、一緒に読んだ絵本の挿絵を思い出しているのだろう。キラキラと箔押しされた星が瞬く贅沢な絵本。あの頃は意味もわからずに、大きくなったら一緒に乗ろうね、なんて約束をしたこともあった。
同じ日を思い出している。
光の粒が遠くなって、なんだか物悲しい気分になった。青と紫の混じった空の中を光を帯びて飛んでいく電車。まるで帰らない旅へむかうようだ。確かに、絵本の中の銀河鉄道の旅は眩しかった。けれど、帰って来たのは一人だった。
なんだかそれがすごく寂しくて、無造作に下ろされた綱の右手の小指を小指でチョンとさわって確認する。大丈夫。綱がいる。
綱が驚いたように私を見る。
「どうしました?」
「銀河鉄道、降りるときも一緒なのよ? おいていかないでね?」
確認するように言えば、綱はちょっと驚いて小さく笑う。
「約束を思い出しましたか?」
「ええ」
「姫奈こそ、私をおいていかないでくださいね」
綱はそういうと、触れあった小指と小指をそっと絡ませた。
「うん」
私も小指をギュッと絡ませる。暖かさが確かに伝わる。スカートの陰に隠れた小さな約束に、私は一人安心する。
小さく泣く夏の虫は、いったい何という名前なんだろう。
「おーい! 車に戻るぞ」
顧問の先生の声が響いて、私たちはタクシーに戻った。
それから駅で夕食をとり、パン屋さんで明日の朝食を買って、もう一度鈍行に乗り、芙蓉寮へ向かった。
芙蓉寮では満天の星の中で、観察会をする。丁度流星群がやってくるそうで、一旦寝てから、夜中にもう一度集合することになった。
天文部の女子は少ないから、一部屋に全部の学年が集まって眠る。みんなで体操服で就寝だ。
突然のタイマーに起こされて、ぼんやりしたまま体操服姿で庭へ向かえば、レジャーシートが敷かれており、そこへみんなで寝そべった。
ペルセウス座流星群だ。
ぼんやりと空を見上げていれば、星に吸い込まれそうだ。虫の音が大きくて少し怖い。生い茂った木の間から、夏の生ぬるい風が吹いてくる。
寝そべった地面が温い。草の匂いがする。
キラリ、小さな尾を帯びて流星が落ちる。
「なんで流れ星は願いをかなえてくれるのかしら?」
思わず紫ちゃんに問う。
「流れ星が叶えてくれるわけじゃなくてね。流れ星は『天の扉』が開いた時に漏れた光なんだって。だから、天のドアが開いているとき、要するに神様が私たちを見ているときに、お願いをすれば聞いてもらえるかもしれないってことね」
願いを叶えてくれるわけじゃない。聞いてくれるかもしれない、そんなわずかな可能性に私たちは思いをこめる。空を仰ぐのだ。
「紫ちゃんは何を願うの?」
「姫奈ちゃん、願いは人に言ったら叶わないのよ」
紫ちゃんは人差し指を唇に当てて、イタズラっぽく笑った。
「そうなのね」
銀砂のまかれた天をじっと見上げる。こうやって大地に背をつけて、宇宙を見ていると、地球に抱かれている気持ちになる。
キラリ、また星が落ちる。
天のドアが薄く開く。
紫ちゃんは胸の前で両手を結んで、何かを願っているようだ。
私はいったい何を願おう。
ああ、でも。
もう、大きな願いは、人生のやり直しは、神様に叶えてもらった。
これ以上を望んだら、罰が当たるかもしれない。
だから、神様。
もし、その薄いドアの隙間から私を見ることがあったなら。
過ちを繰り返していないか、見守っていてください。







