112.コンサート
修学旅行が終わって、浅間家の菖蒲の花合わせも終わった。結局、白山茶房はお店を閉めて、みんなで浅間家の庭で三食団子を焼くことにしたのだ。私もお店の制服姿でお邪魔すれば、詩歌ちゃんと蝶子様に可愛いとほめられた。
しかも、華子様までその会に出席されていて、招待客はどよめいていた。華子様と蝶子様の不仲は有名だったうえ、華子様が体調を崩されてからは公の場に出ることはなかったからだ。
二人の和解については、その日のうちに財界を駆け抜けたらしい。
さて、今日は待ちに待った水谷千代子のコンサートである。私は華子様と一緒に少し早めに会場についた。入り口には、大きな花輪が贈られており、もちろん芸能人の花輪に混じって、華子様と蝶子様の花輪もあった。
私は花より団子なので、スタッフルームにお稲荷さんとたい焼きを差し入れした。
きちんとグッズ販売に並び、全種類買いをする。苦笑いする詩歌ちゃんに、グッズ販売で売っていた大きな芍薬のヘアゴムを買って渡し、四人でお揃いにして手首につけた。
歴史ある劇場は座席数は少ないが、重厚な座席で歴史を感じさせる。三階席の一番奥には、ガラスで区切られた席があり、そこは乳幼児同伴が可能なのだ。私も小さい頃は良くお世話になった。
私たちの席は関係者席と言うだけあって、二階席最前列のど真ん中だった。二階席と言っても前に迫り出しているので、一階席の真ん中あたりと変わらない。
蝶子様と華子様を隣り合わせて、詩歌ちゃんと私で挟んで座る。
「ドキドキするわぁ」
緞帳の下りた舞台を見ながら華子様がつぶやく。
「本当に久しぶりよね」
蝶子様も頷く。注意事項のアナウンスを聞きながら、ウキウキとペンライトを揺らし、開演を待つ二人があまりにも微笑ましい。まるで女子高校生のように、手首には大輪の花のゴム。絶対に、社交の席で見ることはできない姿だ。
昔ながらのブザー音が鳴り響き、会場の電気が消える。重そうな緞帳がゆっくりと上がっていけば、舞台はもう夢の世界だ。
会場が歓声に包まれる。
蝶子様も華子様も手すりに身を乗り出して、水谷千代子に手を振った。私と詩歌ちゃんは慌てて二人の背中を掴んだ。だって、落ちてしまいそうなほどだったから。
それからの二時間は瞬く間に過ぎた。昔からのヒット曲から、最新アルバムまで網羅されたリスト。小気味よいトークには、少しの毒とそれを上回る愛と笑いがあって、やはり水谷千代子は別格なのだと知らしめるコンサートだった。
コンサート終了後、嫌がる二人を無理やり連れて、私は水谷千代子の楽屋へあいさつに向かった。
楽屋入り口には、立派な胡蝶蘭の鉢が一対になっておいてある。蝶子様と華子様は、花輪だけでなくこちらにもお花を贈っていたらしい。
「やっぱり無理よ、いくらひーちゃんでも、むりよ」
「そうよ、怒ってらっしゃるわ。私たち酷いことをしたもの」
華子様と蝶子様が、楽屋前の暖簾を見て怯む。
「だから、謝るんでしょう? いけない事をしたら謝るんですよ?」
偉そうなことを言えた口ではないが、私は二人の背中を押して、無理やりに楽屋へ入った。詩歌ちゃんはその様子をあっけに取られて見ていた。
「失礼します!」
声をかけて暖簾をくぐる。事前にお邪魔することは、マネージャーの六角さんを通して伝えてあった。
「ひーちゃん! ……それに、大奥様がた。お久しぶりです」
水谷千代子は、優雅に立ち上がってお辞儀をした。それを見て、華子様と蝶子様がスッと頭を下げる。
「先には……とてもご迷惑をおかけしました」
華子様が言えば、蝶子様もそれに続く。
「私たち、そんなつもりではなくて。でも、本当にすみませんでした」
水谷千代子は笑った。
「お二人とも顔をあげてください。悪意のないことなど存じておりました。コンサートにいらっしゃらない間も、陰ながら応援いただいておりましたもの」
「「水谷さん!!」」
二人は顔を上げた。またハモっている。
「お許しくださる?」
「許すも何も、怒ってなどおりません」
さすがの水谷千代子である。堂々としたものだ。
華子様と蝶子様はホッとしたように微笑みあった。
「それより、ひーちゃん、ありがとうね。私も気になってたのよ」
「チョコちゃんこそありがとうございます! チョコちゃんがいたから私はお二人とコンサートに来れたんですもの!」
「まー! ひーちゃんは可愛いこと言うわ!!」
チョコちゃんはそう言って、私をぎゅっと抱きしめてくれた。白粉と香水の混じった独特の香りが懐かしくて、鼻がツンとした。
それからみんなで、よもやま話などをした。八坂くんとの撮影の話だとか、コンサートの裏話。帰るころにはすっかりわだかまりは解けたようだった。
「ひーちゃん」
帰り際にチョコちゃんに呼び止められる。
「今日は本当にありがとう」
「こちらこそ、無理を言って席をお願いして」
「いいえ。あのお二方の希望なら、ひーちゃんが望まなくてもあの席は用意できるの」
それはそうかもしれなかった。こんな成金娘とは格が違うのだ。
「でも、あのお二人は望まれなかった。過去の一件以来、足が遠のかれていて。何度かコチラからお声をかけたこともあったけど、頑なに辞退されていたのよ。それは『演歌歌手 水谷千代子』としては大きな痛手だったわ」
「……そうなんですね」
「だから、きっかけを作ってくれてありがとう」
チョコちゃんは、私の手をぎゅっと握りしめた。
「それに、スタッフルームへの差し入れ、いつもとっても助かっているのよ。体力仕事だからお腹がすくのね。気兼ねなく食べられるものはありがたいみたい」
「それなら良かったです。私こそ雑誌で紹介していただいてありがとうございました! ファッション雑誌の連載楽しみにしてるんですよ」
「八坂晏司目当てでなく?」
水谷千代子はちょっと意地悪に笑った。
「もちろん、チョコちゃん目当てです!」
二人で笑いあう。
「また来てね」
「ええ、是非!」
大輪の芍薬のような優雅な微笑を浮かべた水谷千代子は、まごうことなく演歌界の女王だった。







