111.白山茶房でロケ撮影 2
「店員さん、おねがいしまーす!!」
スタッフの声にビクビクとしながら、まずはトコロテンを運んだ。シャッターの音が響いていて、どこを撮っているのかわからない。オズオズと水谷千代子の前にトコロテンを用意する。透明のガラスの器に、酢醤油と刻み海苔、ゴマのかかった関東風だ。
「姫奈ちゃん、かたーい!」
八坂くんが茶化す。
「だって、緊張するわよ! プロの二人と違って、私はド素人なんですからね!!」
「んー、でも、レッスンしたじゃない? あのレッスン、芸能人でも一部の人しか受けてないからね。自信持っていいよ」
八坂くんが言えば、水谷千代子が私を見た。
「あら、ひーちゃん、八坂先生のサロンでレッスンを受けたの?」
「ええ、ちょっとだけですけれど」
「なかなか予約が取れないんでしょ?」
「そうなんですか? 私はいきなり連れていかれました。しかも、かなーり厳しいです。その上、八坂くんは私を置いて逃げたんですよ!!」
思い出して思わず睨めば、八坂くんと水谷千代子が笑った。
「千代子ママ、聞いて! その時の姫奈ちゃんたら最高なんですよ! あのサロンで『平凡な結婚がしたいんです!』って言ってたんです」
「ま、それは無理でしょ。ひーちゃん諦めなさい」
水谷千代子はコロコロと笑った。
「なんで無理なの! 高望みなんてしていないのに!!」
「ひーちゃん、そうじゃないのよ、ああ、おかしい」
水谷千代子は目じりに涙をためて笑う。
「もう知らない! かき氷! 持ってきますからね!」
プンとしてかき氷を取りに行く。
八坂くんに用意したのは、あざとくも苺ミルクのかき氷だ。イチゴの果肉たっぷりのシロップに、白い練乳が惜しみなくかけられている。
向かい合って楽しそうに食事をとる姿は、なんとも微笑ましい。本当の親子のように見えるから、二人ともプロだなと感心した。今のところ、水谷千代子の演技の話はあまり聞かないが、これからはそんなオファーが増えるんじゃないかな、なんてファンとしてワクワクする。
撮影が終わって、お皿を片付けていれば、八坂くんに呼び止められた。
「姫奈ちゃん、ちょっと見て?」
べーと舌を出す。その顔が何とも幼くて笑ってしまった。
「赤い?」
「赤くないですよ。うちのシロップは苺と砂糖だけですから」
「そうなの? かき氷ってあんまり食べないけど、舌に色がつくイメージあるよね」
「そうですね。多分合成着色料のせいなんです。落ちにくいみたいですよ」
「へぇ……勉強になる」
「私も最近知りました」
お皿を片付けながら答えれば、スンと静かになった。その間に驚いて顔をあげる。八坂くんはモデルではない真顔で、片づけをしている私の指先を見ていた。
「? どうかしました?」
尋ねれば、ハッとしたように顔をあげた。
「ううん。なんか、うん、そう、ちょっと意外だったなって」
「何がです?」
「食器、丁寧に扱うんだね」
「壊れたらいやでしょう?」
「高価なの?」
「昭和の大量生産品です。でも、おじい様が集めたもので、昔からこのお店にあるから」
答えれば、ふわりと笑った。
「なんですか?」
「なんか、姫奈ちゃんて、もうちょっと大胆なイメージがあったから」
「オブラートに包んでくださってありがとうございます。ガサツと言いたいんですね?」
フフ、と八坂くんが笑った。
否定しないんだ? 否定しないのね? 一回ぐらい否定しておこう?
「……そういうの、本当にいいよね。好きだよ」
落とされてからの、いきなり悪魔のエルボーに倒れそうになる。
これ間違いなく晏司くんファンなら、心肺停止案件だから! だれか救急車呼んで!!
お皿を持っているがためにバリアも張れない。言葉も出ずに、パクパクと息をするだけだ。この悪魔、絶対石化の魔力を持っている。身動きができない。
「ひーなーちゃん?」
私の無様な反応に、八坂くんが満足したように微笑みながら顔を覗き込む。
「あ、真っ赤。すっごくかわいい」
八坂くんはイタズラな瞳をして、ほっぺをツンと突いた。
悪魔降臨である。悪魔降臨である。悪魔降臨なんである!
「お嬢様ー!!」
厨房から店長の声がして、ホッとした。神の声だ! おかげで、石化の魔術がとけた。
「あ、あ、よ、呼ばれてるからっ!!」
私はお盆をギュッと握りしめ、慌てて厨房へ入った。
「お嬢様……、大丈夫ですか?」
店長さんが心配そうに声をかけてくれる。
「ええ。助かりました」
「店内おさわり禁止の貼り紙でもしておけば良かったですね」
「……おさわり……。なんか嫌ね? それ」
思わず脱力した。
撤収するスタッフさんに、白山茶房のタイ焼きを差し入れし、本日の営業は終了だ。
いつもは店員さんとのやり取りでハラハラするのだと、水谷千代子のマネージャー六角さんが教えてくれた。若い店員さんたちが八坂くんを見ようとザワツク空気で、水谷千代子がヘソを曲げるのだ。店員役は別のモデルを用意し、極力お店にはスタッフを入れないように配慮してもらっていたのだと笑った。
だから、八坂くんも綱の同席を断ったのだろう。
「今日はすごくいい雰囲気で撮れました」
六角さんが心底ほっとしたように笑って、私もつられて笑った。
「ひーちゃん! 写真撮るわよ!!」
水谷千代子に呼ばれて店の前に行く。お店の前では、カメラマンが待機していた。
「え! こんな本格的に?」
「あったりまえじゃない」
チョコちゃんが笑う。
「ひーちゃんは真ん中。ほら、晏司くんも入んなさい!」
水谷千代子に呼ばれて、八坂くんも隣に並んだ。三人で笑いあって写真を撮る。
こうして、初めての雑誌ロケはつつがなく終わった。
七月発売の八月号に、白山茶房でのロケが掲載されていた。お店の前と店内で楽しそうにすごす母子の姿。まさに理想の親子だ。私の姿も、端っこにちょっとだけボンヤリと映っていた。あんなに緊張したのが馬鹿らしいくらいのモブ加減だった。
モデルの一言コーナーでは、八坂くんが舌を出している写真が使われていた。あの、かき氷で舌が赤くなったか確認した時の写真である。あんな一時まで撮られていたのかと、ちょっとびっくりした。しかし、八坂くんが「舌が赤くならないかき氷」と宣伝してくれたおかげで、白山茶房でかき氷を食べて舌を出した写真をSNSにあげるブームが起こったらしい。
ついでに、浴衣で来たお客様には、アラレを一皿サービスすることにしたら、連日大盛況だ。
浴衣姿の乙女たちが集まることで、周辺も賑わっているらしい。
さすがの八坂晏司なのである。手を合わせて拝みたい。合掌。







