110.白山茶房でロケ撮影 1
結局、綱は当てにならなくて修学旅行のお礼は八坂くんに直接聞いた。すると、その答えは意外なものだった。
「今度、千代子ママとの雑誌の撮影、白山茶房でさせてくれない? 姫奈ちゃんが店員さんで!」
っていうか、八坂晏司よ。水谷千代子を、千代子ママ呼ばわりですか。その距離の詰め方スキル、私にも分けて欲しい。
「それは構いませんけど……どちらかというと、それでは私の方がお得では?」
「僕が店員さんの姫奈ちゃんが見たいから」
にっこり晏司くんウインクを飛ばされても……と思いつつ、わかりましたと答えた。
白山茶房にとってはありがたい話だ。私が店員役をするだけでいいなら、こちらからお願いしたいくらいだ。
そして今日は撮影の日だ。平日の放課後に撮影することになった。
綱も同席したいと言っていたが、仕事だからと八坂くんにすげなく断られていた。意外に綱もミーハーなんだな、なんて思う。
白山茶房は臨時休業にした。店長さんには出勤してもらい、料理を作ってもらう。私は縞の着物にエプロン姿で、店員役だ。もちろんモブなので、雑誌に載る分には顔も写らず、風景の一部となる。
水谷千代子と八坂晏司が、親子で夏着物デートという設定らしい。花火大会に行く前に、白山茶房で少し休憩というシーンだ。
六月ではあるが、八月号の撮影ということで、お店の内装も夏向きに変えた。シニヨンにまとめた髪にトルコ桔梗のヘアピンを挿す。
テーブルに出す食べ物は夏を意識して、かき氷とトコロテンにした。
お店のスタッフルームから着付けの終わった八坂くんが出てきた。
「うぁぁ! カッコいい!!」
思わず感嘆する。初めて見るのではないだろうか。八坂くんは白い麻の浴衣姿だった。薄っすらと全体にクリーム色の縞模様が入っている。帯は黒い角帯で、しかも麻の帽子まで被っている。
ハッキリ言って、八坂くんだから着こなせる。これ、ファッションの参考にならないやつ。他の中坊男子が着たら、ただのコスプレである。
八坂くんは、ちょっとびっくりしたように瞬きして、それから嬉しそうに笑った。容姿を褒めてこんなに素直な反応をされたのは初めてで、こちらが面食らう。
「和装初めてだからさ、ちょっと自信ないんだ」
はにかんで笑われれば、耐性ない系女子は胸撃ち抜かれるからやめろ。
「わかるわ。私も着慣れてないから自信ないの。でも、エレナさまが胸を張ればいいって、背中を伸ばしてくれたのよ!」
あの日のエレナさまを思い出してうっとりとする。
「姫奈ちゃんの制服もすごく似合ってる。かわいい。後で一緒に写真撮ろう?」
八坂くんがニッコリと微笑んだ。こういうフォローの抜け目のなさが、モテる男だと思うが。
「あ、私にはそういうの大丈夫なんで!」
きっぱり答えれば、奥から水谷千代子が笑いながら出てきた。
水谷千代子は淡い水色の着物だ。透ける紋紗に手描きの柳が揺れている。足もとに芝露が点々飛んでいる様子は、夜を越えての逢引を連想させる。白い帯にはカラフルな団扇が描かれていて、しっとりとした風情だ。
「っチョコちゃん!! すっごくきれい!!」
おもわず駆け寄る。普段のステージ衣装に比べればグッと地味だが、だからこそ真似てみようと思える。
「あら、アリガト」
さすが、水谷千代子は余裕である。八坂くんと並びあってもかすむことはあり得なかった。
「晏司くんもひーちゃんの前ではかたなしね?」
「そうなんです。千代子ママ! ちゃんと聞くように言ってください」
八坂くんが、ふくれっ面して訴える。
「男の子なんだから、自分でがんばんなさいよ」
無責任に水谷千代子が言うから慌ててしまう。
「頑張らなくていいです! 私にはファンサいらないんですって!!」
「こうなんですよ?」
八坂くんは私を横目でにらむ。
「これは、手ごわいわね?」
「でしょう? だから、ママからも言ってください!」
「なんて言えばいいの?」
「晏司くんは姫奈ちゃんを好きなのよって」
八坂くんが言えば、水谷千代子は愉快そうに笑う。
「だって、ひーちゃん。『晏司くんはひーちゃんのこと好きなのよ』 これでいい?」
「だめ! チョコちゃんは、私のチョコちゃんなの!! 八坂くんのママはダメ!」
思わず憤慨すれば、水谷千代子は満面の笑みを浮かべた。
「ひーちゃん。可愛い! 後で一緒に写真撮りましょう?」
「ええ! チョコちゃんお願いします!」
答えれば、八坂くんが肩をすくめる。
「この違い……ひどくない?」
スタッフもみんな笑いだした。
二人はお店の表での撮影に入る。店長に店先に水を打ってもらった。クレマチスが水を浴びて生き生きと光る。
日傘をさした水谷千代子と、麻の帽子をかぶった八坂晏司が並びあう。八坂くんが、千代子ママと呼びかければ、チョコちゃんは柔らかく微笑んだ。
……確かにこれは世の奥様が喜びそうだ。自分の息子が八坂くんだったら、そんな妄想をかきたてるのだろう。
撮影風景を横目に、私は中に入った。テーブルのチェックだ。食べ物は最後に用意する。
古い一枚板のテーブルは少し武骨だから、藍染めのセンタークロスを敷いた。詩歌ちゃんからわけてもらった竹を半分に割って作った器に水を張り、カラフルなガラスの浮き球を入れる。小さいときにおじい様から習った笹船を二艘浮かべた。
テーブルに黒いお盆をのせ、竹かごに入れたおしぼりを置く。赤い金魚の箸置きに、漆塗りの黒いスプーンをのせる。
表の撮影が終わったところで、スタッフ全員にお冷を出す。六月と言えども、着物での撮影は大変だ。動き回るスタッフさんたちも、汗をにじませていた。
一息ついてから中での撮影である。八坂くんも店内では帽子を取って、髪を直してもらっている。いつもとは違った真面目な様子に、しみじみと仕事が大切なんだなと感じた。
真剣な顔の八坂くんは新鮮だ。働く男は三割増しなんて聞くけれど、八坂くんの場合は五割は増してる。ファンがきゃーきゃーいうのも良くわかる。
そんな大切な仕事場の一つに白山茶房を選んで貰えたことが、とても光栄に思えた。







