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中等部三年

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103.シンガポール修学旅行 3


 二日目は、現地の大学生の案内で市内観光と現地企業の見学である。班別の行動になっている。移動には大型のタクシーを使い、みんなで移動することになっていた。

 私たちのグループには、二人の大学生が付いてくれた。一人は男性のジャック。もう一人は女性のフォンだ。二人とも黒髪に黒い瞳で日本人には親しみやすい。ジャックはとてもフレンドリーで、英語でドンドン話しかけてくる。フォンは八坂くんのファンだったようで、主に八坂くんと男子を案内している。

 ジャックは代わりに私たち女子三人の案内をしてくれていた。


 出発地点は大学だ。そこから班別になって各企業に移動する。私たちは、食品関連会社の見学へ行った。ここは日系企業で氷川財閥関連でもある。

 工場見学をしてから、オフィスの見学をする。思ったほど大きくはない。少人数の日本人と、シンガポールの人たちで回している工場は、日本のものと同じだ。ただし、作られている製品は海外向けで、パッケージなどが目新しくターゲット層を変えるだけでこれほど変わるのかと勉強になった。パッケージだけでなく、味も変更しているらしく、その辺の難しさも色々と教えてもらった。同じ食品を扱う白山家にとっても他人事ではない話だった。


 工場見学を終えた後は、ジャックとフォンに連れられてカトン地区をめぐる。プラナカン文化を勉強するのだ。まずはランチとしてラクサを食べる。


『ヒナコ、ラクサは初めて?』


 私の隣に座ったジャックが独特の英語で話しかけて来た。


『初めてです』


 私も慣れない英語で返す。


『こっちのは辛いソースだから、自分の好みでスープに入れるんだよ』


 丼の横に添えられた小皿に入った赤茶色のソースを指さして教えてくれる。シンガポールではレディファーストが徹底されているのか、ジャックはとてもやさしかった。


『こうですか?』


 少しスープを味見してから、ソースをスープに溶かした。


『そうそう、ヒナコは上手だね』


 ニコニコとジャックは笑っているが、日本人より顔が近い。この距離間に慣れていない私は、少し怯む。食事風景をまじまじと見られるのは恥ずかしくて食べにくい。


『麺は米なんだよ。短いからレンゲですくってどうぞ!』

 

 戸惑っていれば、さあ食べろと言わんばかりにじっと見つめてくるから、フウフウとレンゲに息を吹きかけて、おずおずと口に運んだ。


 ココナッツミルクのスープの中に、海老や鶏肉などがたっぷりと乗っている。出汁は魚介らしい。ココナッツミルクのまろやかな甘さの中に、ピリリとしたから辛さが癖になる。


『おいしっ!』


 思わず声を漏らせば、ジャックは嬉しそうにニッコリ笑った。


『よかった!』


 そう言ってまた私を見つめる。


『あの?』

『ヒナコ、美味しそうに食べるの可愛い』


 突然の可愛い宣言にボッと顔が赤くなる。言われ慣れていないから、アタフタとレンゲを落とす。


『ほんと、可愛い』

『あ、ありがとうございます……』


 羞恥で顔があげられなくなって、ひたすらにラクサを口に運んだ。スパイスのせいなのか、顔がドンドン熱くなって汗が出る。それを見られているかと思うと、さらに恥ずかしくて顔が熱くなる。


『ヒナコのほっぺみたいなピンクの壁のプラナカンハウスがあるんだ。後で見に行こうね』

『は、はい……』

『ヒナコは何が好き? 何に興味があるの?』

『食べ物が好きです』

『じゃあ、美味しいお菓子のお店に連れてってあげるね』


 何しろ私はこんな風に可愛いと言われたことはない。自分の趣味を聞かれたことすらないから、舞い上がってしまう。

 

『白山さんばっかり特別?』


 三峯くんが嫌味っぽく問えば、ジャックはおどけたように肩をすくめた。


『ヒナコが可愛いから、怒られちゃったよ』

『~~~!!』


 私はもうレンゲをおいて、両手で顔を覆った。


 その後もジャックは手とり足取り色々なことを私に教えてくれた。カラフルなプラナカンハウスを見学する。プラナカン雑貨のお店によって、パステルカラーの陶器などを見て回った。

 白山茶房では無理かもしれないが、エキゾチックなレンゲはお店の色どりになりそうだった。カラフルなタイルやマスキングテープを買い込む。何かに使えるかもしれない。

 クロサンという民族衣装のケバヤを止めるブローチは、三つのモチーフが鎖でつながって独特だ。金色の葉脈に朝露のようなダイヤが光る美しいものを見つけ、私はそれを購入することにした。

 そして、理子さんと芽衣さんと一緒にビーズ刺繍のサンダルを選ぶ。手作りの繊細なサンダルは夜のディナーに使えそうだった。


『ヒナコ、ここへ座って?』


 ジャックにお店の椅子を指され腰かけると、ジャックは膝をついて私の足を持ち上げた。羞恥で思わず足を引っ込める。


『やだ!』

『おすすめのサンダルだよ』


 そう言って靴を脱がす。


『自分でできます!』

『ヒナコ、かわいいね』


 そう言われてしまうと怒る気がうせてしまう。失礼だと感じるけれど、文化の違いなのかもしれないとも思った。

 ジャックはニコニコと笑うと靴下の上からサンダルを履かせた。ピンク色の花がいっぱい刺繍された可愛らしいサンダルだ。


『綺麗ね』

『似合うよ』


 ジャックにそう言われて、私はそのサンダルに決めようとした。


「姫奈ちゃんには絶対・・こっちの方が似合う」

「ちょっと!」


 八坂くんがジャックの履かせたサンダルを奪い取り、私に別のサンダルを履かせた。金のソールに黄色のビーズでつま先まですっぽり覆われている。足の甲の部分には、カラフルな蝶が刺繍されていた。


「絶対こっち。ド素人と僕どっちを信じる?」


 言われてみれば、こちらの方がしっくりくる。黄色のサンダルは、綱のリボンとも合わせやすいかもしれなかった。


「そうね。こっちにする」


 八坂くんが日本語で言ったから、私も思わず日本語で答える。

 八坂くんは不愉快そうに私を睨んだ。


 こ、怖い。暗黒晏司の降臨である。私が何をした?


「かわいいとかさ、真に受けない方がいいよ」


 冷たい声に息を飲んだ。心臓にまで冷気が落ちてくる。


 確かにそうだったかもしれない。


 どうせ、私は可愛くない。


 キュッと唇を噛み俯く。楽しかった気持ちが一気にしぼんで、瞳の奥から涙が滲みそうになる。慌ててきつく目を閉じた。


「……やっぱり買うの、やめるわ」

「! そう言う意味じゃなくて」

「サンダルより茶器の方が興味あるからそっちにするだけ」


 私は静かに靴を履き直して、目の前に並んだ二足のサンダルを棚に戻した。

 日本語のわからないジャックが不思議そうな顔をした。


『やっぱりやめておくことにしました。似合わない気がするから』


 簡単に説明する。


『ピンク、似合ってたよ』


 ジャックはそう言ってくれたけど、私は笑って頭を振った。


『何を話してたかわからないけど、元気出して?』


 ジャックは私の頭をポンポンと撫でた。それがとてもやさしくて、胸の奥がキュッと締め付けられる。


『かわいいヒナコ』


 ジャックの「かわいい」という言葉が、洗脳の様に私の中に沁みこんで来ようとする。

 自分が可愛くないだなんて知っている。だからこそ、そんな私を可愛いと言ってくれる人がいる。そのことがどうしょうもなく嬉しくて、小さく頷いた。


 それからニョニャクエというプラナカンのお菓子がそろうお店に案内してもらった。日本に比べれば簡素なパックに入ったお菓子が店先に積み重ねられている。

 お店の人に許可を取り、写真を撮る。どんなお菓子なのかの説明を聞いて、写真に書き込んでおく。聞き取れなくて苦戦していると、三峯くんが日本語でかみ砕いて教えてくれた。三峯くんはシンガポールにとても詳しいのだ。


『これ美味しいよ。ココナッツのお菓子。口を閉じて食べないと蜜が出ちゃう』


 ササの葉に包まれたココナッツのお菓子をジャックが買って手渡してくれた。

 そこから一粒ジャックは自分の口に放り入れ、食べ方を見せてくれる。


『ありがとう』


 素直に受け取ってポンと口に入れる。口の中にココナッツの甘みと、黒蜜の甘みが広がって一気に幸せな気分になった。

 思わず自然と微笑む。


『うん、そういう顔のヒナコが好き』


 しっとりとした目でジッと見つめられて、ドキリと心臓が跳ねた。私のことを気遣ってくれる優しい人だ。


 この人だけは本心でそう言ってくれてるのかもしれない。

 

 ジャックはホテルまでずっと私の側にいて、何度も可愛いと言ってくれた。私はその度に、今まで感じたことのない喜びで満たされた。





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