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迦楼羅の一族  作者: 不破 夜
第一章
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9 ◆ メルリーン

9 ◆ メルリーン


 コンコン、コンコンコンとリズミカルなノックの音がして私は書きかけの日記から顔を上げた。私は日記を閉じて扉のほうへ向かった。

「なに?」

 あのふざけたノックはロザリンデしかありえない。日記を書くときの習慣でかけていた鍵を外して扉を開けると、その通り、ロザリンデが立っていた。

「ねね、見て見て」

 ロザリンデは興奮した様子で部屋の中へ押し入って来た。腕に陶製の人形を抱えている。

「ご飯のときに言ってたの、それ?」

 私は扉を閉めて、勝手にベッドの上に上がりこんでいるロザリンデの後を追った。

「そうよ。綺麗でしょう?」

 ロザリンデは両手で頭上に掲げた。

私が午後いっぱい弓を射ている間、ロザリンデはおばあさまに呼ばれてコレクションを見せていただいていたらしい。その話を夕食の時にしていたが、私は父上と弓や狩のことを話すのに夢中で、あまりきちんと聞いてやれなかった。きっと話したくて仕方ないんだろう。

大人たちは大事な話し合いがあるとかで、夕食の後私たちは早くに自室へ追いやられてしまっていた。まったく、人形だのの話をするなら母上にすればいいのにと思うのだが、そうも行かないみたいだ。

「どれ、見せてごらんよ」

 私はベッドの上に胡坐をかいて人形を取り上げた。それは顔と手だけ白い陶器で出来ていて、身体は布で作ってある乙女の人形だった。目にメノウがはめ込んであって、生き生きとした表情をしていた。つやのある薄い青っぽいピンク色の布に、青いふち飾りのリボンと桃色の糸でハナミズキの刺繍がしてある。非常に正確な幾何学模様の刺繍が、ぱっと見ると幅の広い模様織りのリボンのように見える。ところどころにカットした硝子が縫い取ってあって、蝋燭の光を反射してきらきら輝いていた。肩にかかる大きな白いレースの襟が昔の流行を感じさせる。

「こんにちは、エーリックさま。私はメルリーン姫です」

 ロザリンデが人形をこちらに向けて気取ったお辞儀をさせた。

「なんだいそれ。それがその人形の名前?」

 ロザリンデが膨れた。

「もう。せっかくメルリーン姫がご挨拶しているのに!」

「だって姫なんて自分で名乗るかい? おかしいだろう」

「わかったわ。じゃあやり直しよ」

 そしてロザリンデは声音を変えてもう一度挨拶をした。

「はじめましてエーリックさま。私はメルリーンと申します」

 私はゴホン、と咳払いをしてかしこまって見せた。

「ごきげんよう、メルリーン姫。お会いできて光栄です」

「私こそ、お招き頂きまして感謝しておりますわ」

 招いたというかどちらかと言えば勝手に押し入ってきたんじゃないかと思ったが、もう少し妹に付き合ってあげることにした。

「この様な田舎の城では不調法があるかと存じますが、どうぞご容赦下さい」

「とんでもありませんわ。訳あって世界中を旅してまいりましたが、こちらの方々ほどに丁寧な扱いをしていただいたことはありません」

「世界中を旅していらっしゃったのですか?」

「ええ。西の海から東の砂漠へ。南の平野へ下ってそれから北の森へやって参りました」

 ロザリンデはメルリーン人形を台詞に合わせて左右に躍らせた。

「どうして旅をなさっているのですか?」

 私はいささか興味を持って、メルリーン姫に尋ねた。

「私はある方をお探し申し上げているのです」

「ある方?」

「はい。とても大事な方なのです」

 何かこの人形にはお話があるらしい。私は続きを聞いてみることにした。

「よろしければお聞かせ下さいませんか。私で力になれましょうか」

「ありがとうございます」

 メルリーン姫を深々とお辞儀させてから、ロザリンデは台詞につまり、素に戻ってえっと……と言った。

「なんだよ、お話があるんじゃないの?」

「あるわ。ちゃんとおばあさまにお聞きしたもの。だけど、どうお話したら良いのかしらって少し考えてしまったのよ」

「ローザじゃなくておばあさまが考えたお話なの?」

「もちろんそうよ。メルリーン姫を下さるときにお話してくださったの」

「へえ!」

「何からお話ししたらいいのかしら……」

「それでいいや」

首を傾げて考え込んだロザリンデに私は言った。

「メルリーン姫、いったいどなたを追いかけていらっしゃるのですか」

「妖精の王様です」

「妖精の王様? それではあなたも妖精なのですか」

「いいえ。私は人間の国の王女です。あの方と出会った時はあの方も同じ寿命を持つ人間の王子様だと思って疑いもしませんでした。時々思いも寄らない時、思いも寄らない場所から姿を現したり、普通の人で走りえないことを良く知っていたりしていましたが、それは彼がとても高貴な方だからだと思っていたのです」

「いつ妖精だと判ったのですか」

「私たちが結婚の誓いを交わした日、父がわたくしの元へやってきて言ったのです、彼が人間とは全く別の時間を生きている妖精の王なのだと。彼ら妖精は神様に反逆したものに仕えていて、許されない命を生きているのだと。そして父は言いました。『お前は彼と一緒に生きることは出来ないよ』」

「それでどうしたのですか」

「わたくしは『そんなこと信じられないわ』と父に言いました。『それなら、このレンズ豆を渡してご覧。妖精は神様に祝福されたこの豆が嫌いで、手に取ると火傷をしてしまうから』そう言って何粒かのレンズ豆をわたくしに下さいました。それから、銀の短剣も一緒に手渡したのです。『火傷をしたり怖がったりしたら、この剣で心臓を一突きにしてしまいなさい』」

「それで」

「それで次の日、わたくしは馬車に乗って迎えに来た彼に言いました。『どうかここから離れる前に、最後にわたくしの国のものを一緒に食べてください』そしてあのレンズ豆を取り出して見せました。彼は何も言わずに手を差し出しました。

わたくしはその手のひらにぽとりと豆を落としました。そのとたんに、彼の手のひらが赤く焼けて、煙が立ちました。そして彼はその豆を口に入れました。口から煙が漏れても何も言いませんでした。わたくしは銀の短剣で彼の心臓を一突きに刺しました」

「彼は死んでしまったの?」

「いいえ。彼は妖精でしたので、死にはしませんでした。心臓に穴を開けたまま、馬車でどこかへ行ってしまいました。彼の心臓から流れ出た血は地面で固まって赤い暗い宝石になりました。父はわたくしを褒めましたが、わたくしは彼を失った後、どれだけ彼が大切だったかに気がついたのです。けれど、神様や父を置いて国を離れることは出来ませんでした」

「だけど旅に出た?」

「はい。父を裏切ることは出来ませんでしたが、神様は別でした。わたくしは人形を一体作り、それに魂を移したのです」

「つまり……それがあなた?」

「はい。わたくしは人形になり、彼の心臓に開けてしまった穴をふさぐためにあの赤い宝石を持って、彼を探して世界中を旅しているのです」

 メルリーンは襟のあわせに縫いとめてある一際大きなビーズを手で覆った。

「魂が抜けちゃった身体はどうしたの?」

「どうなったでしょう。きっと父や家族のために過ごしていつか老いて死んだでしょう」

「聞かせてくださってありがとう。メルリーン姫」

 私は人形にお辞儀をして、ため息をついた。

「何だか、本当にその人形に魂が宿っているみたいに思えてきた」

「ええ、そうでしょう?」

 ロザリンデも目をきらきらさせて頷いた。

「どこか遠くから旅してきたみたい。ローズやノーマが作るのと感じが違うし。だけどこれ、おばあさまがつくったんだろう?」

「ええ、そうよ」

「お話を聞くと余計綺麗に見えるな」

「そうねぇ。だけど本当にとってもお上手なのよ。この格子の縫い取りを見て。定規で測ってもこんなに綺麗にできないわ」

「ふうん……こういう布なのかと思った。ローザが縫い物が得意なのはおばあさまの血なんだね」

ロザリンデはうふ、と笑った。

「兄上も縫い物してみたら? 兄上だって孫なんだものきっと上手いわよ」

「冗談。何を縫うって言うんだよ?」

「それはもちろん人形よ。決まってるじゃない」

 私は想像してみた。考えて見たこともなかったけど、確かに細かいものを作って形にするのは面白そうだった。だけど人形を作るのに熱心になれそうにはない。

「人形なんか作っても喜ぶのはローザくらいだろう」

 ぬいぐるみを妹と作っている姿を父上が見たらきっと卒倒してしまうだろう。

私は今日の午後に見た父上やオルヴァの誇らしげな顔と、的を射るときのわくわ

くした感じを思い出した。もっと上手くなりたい。

「もっと上手くなりたいわ」

 一瞬、考えていたことを声に出して言ってしまったのかと思ってはっとした。

「こんなのとても作れないもの」

 ロザリンデが人形を撫でてそう言ったので、私はほっとした。

「おばあさまに教えてもらったらいいじゃないか」

 ロザリンデはパタン、と顎を支えていた腕を外して顔を伏せた。

「私もそう言ったのよ。だけどもう手元がよくご覧になれないんですって」

 人形をぐるぐる回して見ていた私は、それを足の間に置いた。

「それさ……本当かな?」

 人形を取り上げようと手を伸ばしたのを止め、ロザリンデは私のほうを見た。

「本当かな……って?」

 私の顔を真剣な表情で見たままゆっくり人形を取り返して抱え、聞き返す。

「この前もそう言っていたけれど。そんなに目がお悪いとは思えないよ」

 ロザリンデは私の顔から人形へ視線を移して、その髪をなでた。

「……私もそう思うわ。だってお話しているときお母様が何かの帳面を持っていらっしゃって、おばあさまに何かご相談なさってたのね」

「うん」

「その帳面にはとっても細かい数字が並んでいたけど、おばあさまはお母様に読んで貰ったりはしていなかったもの」

 人形の髪やスカートの皺を整えながらそう言ったロザリンデは、言い終わると

私の顔を見た。しばらく目を合わせていたが、私は肩をすくめてベッドに突っ伏した。

「どうしてだと思う?」

 ロザリンデは人形に視線を戻した。

「どうしてかしら」

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