7 ◆ 異邦人
7 ◆ 異邦人
デザートのプティングを食べ終えてしまうと、私たち家族は食堂を後にして居間へ移った。窓の無い食堂と違って、居間は中庭に面した気持ちの良い部屋だ。
この時期、漸く日は地平線の下へ落ちるようになったが、この時間でもまだまだ昼と変わらず明るかった。
父上が持ち帰ってきたお茶を飲みながら、女性陣はさっそくロザリンデの作ったぬいぐるみを見ている。母上がロザリンデと私があのぬいぐるみを持っている絵を描かせたいわなどと言っているのが耳に入って、私はあわてて父上に言った。
「父上、珍しい土産というのはどんなのですか?」
口ひげを指でつまんで、父上は得意そうに私を見た。
「見たいか?」
私はうんうん、と頷いた。
「ホルムグレンは気に入らん奴だが……おっと内緒だ、あれは面白いな」
フラン伯父上は片目をつぶった。
「呼びにやらせましょう。彼も食事が済んだでしょうしね」
リンネが立ち上がってベルを鳴らし、やってきた家令に言付けた。しばらく大人たちがホルムグレン伯の話をしているうちに家令が戻ってきて、外に待たせてあるとリンネに告げた。リンネが入るように言うと、異邦人は姿を現した。
「紹介しよう。ホワンだ」
黒い髪をきっちりと一まとめに結い、色鮮やかな長い上着を着ている。腰をベルトなどで締めない姿はなるほど奇妙だった。
「お会いできて光栄です、若様」
異邦人は少し硬いがそう破綻しない言葉遣いで挨拶をした。顔つきは同じ人とは思えないほど変わっているが醜いとは思わなかった。ただ仮面を被っているかのように動きがなくて、冷たい感じがした。衣装の鮮やかさが逆に恐ろしげに見える。
「よろしく、ホワン」
私は恐る恐る右手を差し出した。異邦人は手を差し出して握り返した。
「彼の生国では握手をする習慣は無いんだそうですよ」
リンネが笑って言った。
「そうなの?」
異邦人は頷いた。
「はい。私の国では無いのです、めったに。他人の身体に触れること」
「へえ!」
語順はおかしかったが、ゆっくりと単語を正確に話そうとしている様だった。
「立つ位置も、距離をおきます。特に身分の高いものは」
「親しい間柄でもかい?」
ソファからパイプの手入れをしながらフラン伯父上がきいた。
「はい。慣れませんでした、初めは、こちらに来てから」
ふうん、と私は言って一歩下がってみた。
「人々と親密です、こちらの王族は。私の国では警戒します、毒や針など」
私はもう一歩下がってそのままスツールに腰をかけた。
「毒?」
「毒でも針でも、触っただけでよもや死んだりするとは思えんが」
異邦人は首を振った。
「古くから利用されてきました。私の国の歴史は語れません、毒無しには」
言葉の抑揚も平坦で、表情も読み取り難い。人ではないような不気味さが一層その話を恐ろしく感じさせた。
「おっと、怖がらせすぎですよホワン。かの国は薬の知識に長けているのです。人を殺すより生かす技術ですよ。彼は薬師で、珍しい材料を求めて世界中を旅していたのだそうです」
リンネが安心させるように私の肩に手を置いた。
「それで、どうしてホルムグレンに仕えるようになったんだい?」
葡萄酒を勧める召使いに手を振って断りながら伯父上は尋ねた。
「海賊に乗っ取られました、私の乗っていた船。私が捕らえられた船が海賊の島についたとき、伯爵が攻めました。私助けられ、伯爵は私、面白がった」
「わあ、海賊だって? 運がいいんだ!」
私は冒険譚を聞きたくてうずうずした。ロザリンデもいつの間にか父上の隣に座って異邦人をまじまじと見つめている。座って異邦人をまじまじと見つめている。
「近頃は船も丈夫になってきたからなぁ。港を領地に持つ者は金回りがいい」
「うむ」
大人たちはそのまま港や貿易のことなどに話を進めたけれど、私とロザリンデは異邦人の話を聴きたがった。時々リンネが補足してくれながら、海の旅の話や不思議な国の話などを聴いた。そのうちローザがこっくりこっくりしだしたので、私とロザリンデは部屋に帰された。