6 ◆ 家族
6 ◆ 家族
私たちの部屋がある東の棟の三階から、館の中央一階の食堂へ辿り着くまでの間に何人の使用人に会って、その度に「あらあら」とか「おやまあ」とかにっこりされたりくすくすささやきあったりされたと思う?
私はどんな顔をしていたら良いのか判らなかった。きっと五歩歩くごとに違った表情をしていたことだろう。
男……少なくとも男の子である自分が剣や本や望遠鏡でなく、こともあろうにぬいぐるみなど持って歩いている……しかもお揃いの服を着てだ……なんて可笑しいし、そもそも男の子の好むものだとしてもだ、おもちゃを持って食事の席に向かうなんて子供じみていて恥ずかしかった。
けれど、ロザリンデはとても満足そうだった。歩きながら時折私とミカルを見て、アンナを抱えなおしてにっこり笑うのだ。ロザリンデが喜んでいるならそれでいいかという気もした。
それに、昼間のおばあ様とリンネの会話が頭の中でぐるぐる回っていた。王宮にロザリンデを連れて行くって?
ロザリンデをどこかへやるなんて駄目だ。ロザリンデはまだ子供で、大人たちのいいようにされてはいけないということを思い出させなければならない。
だけど私は……私自身はどうなるのがいいのだろう?
全く解らなかった。
ロザリンデではなく、私を王宮に上げるという話だったか?
いや、王宮に召し上げるのを防ぐ為に元服を急がせようという話だった。
私を皇太子が気に入って、どこかの美姫のように望んでいるって?
そんなことがあるんだろうか。それってどういうことなんだろうか。
そして、それが私の家の権勢にどう影響するのだろう?
ロザリンデと同じように、子供っぽく振舞ってまだ無理だと思わせた方が良いだろうか?
だけど、早く元服をして胸を張りたい気持ちもある……。
そもそも私の様子など考慮される余裕があることなのだろうか。
きちんと系統立った思考は出来なかった。そもそも、私には知らないことが多すぎる……。
久しぶりに会う父上にどんな印象を与えればいいのか決められないまま、食堂の扉の前にたどり着いてしまった。おばあさまの前に姿を現す前に方針を決めたかったのに、召使たちは私たちの足音を乱さない完璧なタイミングで扉を開いた。
私はためらう間も与えられないままロザリンデの手をとって食堂の中へ歩いていかなければならなかった。
「こんばんは」
「こんばんはエーリック」
「こんばんは! おばあさま。こんばんは、リンネ!」
「こんばんは、ロザリンデ」
「こんばんは、エーリック、ローザ」
一体どんな顔をして挨拶をしたのか全く覚えていない。私は二人の反応を見る勇気がなくて、とにかく挨拶をし、ロザリンデを席に着かせた。気を利かせた家令がいつの間にか私たちがもっと幼かった頃に使っていた椅子をそれぞれ私たちの隣に用意させていたので、私もロザリンデもその椅子にぬいぐるみを座らせることができた。席についてしまうと、おばあさまの顔を見ないわけにはいかなかった。私の正面に座っているのだ。おばあさまはいつもと何の変わりもないように見えた。少しだけ白い筋の混じったオーク色の巻き毛を完璧に結い上げ、ぴんと伸びた首を琥珀のイヤリングとチョーカーが飾っている。濃い眉の下の紫色の目と合って、私は慌てて話しかけた。
「母上は?」
「スティーナはカールをエントランスで待つと言っていましたよ。もうそろそろ到着しても良い頃ですからね」
「そうなんだ。私も出迎えしたかったな」
「私も!」
「大勢で出迎えてはかえってお邪魔ですよ。それに食事が遅れてしまうのは良いことではありません」
給仕たちが前菜を運んできたそのタイミングで家令がおばあさまに何か囁いた。
「さあ、今ちょうど到着なさったようですよ。思ったよりは早かったわね?」
「そうですね。夕食前に着ければとおっしゃっていましたけれど、それまでの進行速度から考えるともう少しかかるかと思っていました」
リンネとおばあさまは、温室での話し方と違っていつもの丁寧な……適度な距離のある話し方だった。
「おとうさまは決めたことはそうなるようになさる方なんだわ」
ロザリンデが胸を張ると、おばあさまは笑顔を向けた。
「ええ、そうね。たとえ結果は同じだとしても努力したかそうでないかではまったく別の意味を持つのですよ」
「結果は同じでも?」
「そうですよ、エーリック。人のなすことですからね。見ている人がいるということを忘れてはなりません」
「はい」
「ところで、晩餐の席にぬいぐるみを持参するというのは誰のアイディア?」
「私……です」
しゅんとしてしまったロザリンデの様子を見て私はあわてて補った。
「いいえ、ローザは躊躇ったんです。だけど、私が持っていくといいって言ったんです」
「マナーに適うと思ったのですか?」
「……いいえ」
「あなたは年長なのですから、どうすべきなのか考えてあなたの妹を導かなくてはいけませんね?」
「はい」
「ではなぜ持って行くべきだと判断したのですか?」
「ローザがその服を新しく縫って、とてもよく出来たと言っていたので……」
私はたじたじとなった。少し無理があるような気がする。そもそも私とて普通
なら持って行けばいいなんて言わないのだ。
しかし、その後に発せられたおばあさまの声が心なしか弾んで聞こえて、私は
おばあさまのいつもと違うところを探そうとさらにまじまじとその瞳をみつめた。
「この服はローザが縫ったの?」
「ええ、そうです!」
ローザが弾かれたように顔を上げた。
「すばらしい出来だ」
リンネがにこにこと言った。私はそれに勇気付けられて続けた。
「私もそう思います。咎められてもみんなに見せる価値があると思いました。あの……とても可愛いでしょう?」
おばあさまはため息をついた。
「ええ、ええ。あなたたちがその衝立の陰から現れたときに、叱らなければならないなんて何て損な役回りかしらと我が身を呪いましたよ」
「すみません」
「良いのです。それがわたくしの役割なのですからね。そしてあなたもですエーリック」
「……はい」
私は長い間実質的な家長であるおばあさまに認められたような気がして、少しだけ誇らしいような気持ちになったが、同時に息苦しくも感じた。
「ローザ、食事が終わったらおばあさまに良く見せてくださいね」
「はい!」
「知ってたかい?大奥様はそういう小さな縫い物がとてもお好きだって?」
私たちはおばあさまの顔を見た。おばあさまが縫い物をしているところなんて見たことがなかったのだ。おばあさまは懐かしむような表情で首を振った。
「もう針の穴が良く見えないのですよ。昔は人形の着物など縫ったものです」
「まあ、どんなのを!」
「そうね、お気に入りは兎のアンドレアス=ダールベリ伯爵や狐のフィン=フィン嬢や……」
「もしかしてそれって菫の刺繍がしてある紅茶色のドレスの?」
「その通りですよ、ローザ」
「おばあさまがお作りになったなんて知らなかったわ!」
「明日にでもわたくしの部屋へいらっしゃい。まだ仕舞いこんでしまったままの人形がいくつかあります」
「わあぁ!」
「お行儀が悪いですよ、ロザリンデ。そんな風に匙を振り回すなんて」
「はぁい」
注意されたというのに、興奮してきらきら輝かせた瞳のままロザリンデがお行儀を正したそのとき、ふいに笑いを含んだテノールが聞こえた。
「まさかそんなおてんば娘は私の娘じゃないだろうな?」
「お父様!」
「父上!」
「おかえりなさい、カール。フランもご苦労様」
扉を隠している透かし彫りに飾り織りを張った衝立の陰から、父上と母上が現れた。その後ろから姿を現したのは伯父のフランだ。
「一分だけ、子供たちがお行儀を忘れても良い時間にしません?」
母上がそう言うと、ロザリンデが席を立って父上に飛びついた。
「後でうんと怒られたとしても今抱きしめてお帰りなさいを言うわ!」
「ただいま、ローザ。……お嬢さま、タカイタカイしてもよろしいか?」
「もちろん!」
父上はロザリンデを軽々と持ち上げてくるりと回った。
「少し重くなったな!」
「成長したと言ってくださいな。重くなっただなんて! 小さくても貴婦人ですのよ。ね、ローザ?」
「そうよお父様。そんな率直な物言いをなさっていたらモテなくてよ」
ロザリンデのおしゃまな台詞に父上は苦笑した。
「まいったな。私はお前とお前の母上にモテればそれでいいんだがな。さあ、まさか息子にまで重くなったと言って怒られはしまいな?」
父上はそう言うと私のほうに向き直り、あっと言う間もなく私を持ち上げた。
もう抱えられると思ってはいなかった私は、驚いてとっさに何も言えなかった。
「ふぅ! まだまだ持ち上げられるぞ。エーリックは年頃にしては小さいからな」
「おかえりなさい、父上。……今日はご機嫌ですね!」
「ただいま、エーリック。それはそうさ。久しぶりに子供たちの顔を見たんだからな」
にこにこと私に笑いかける父上の目はいつもより明るい色合いに見えた。
「若公爵もじきにぐんと伸びますよ。3年もすれば大公より大きくなっているかもしれませんよ。アドルフ公に似ていらっしゃいますからね」
リンネは自分の席の前に立って主の帰還に敬意を表していた。
父上はうむと頷く。
「アドルフ公?」
私は父上の顔を見た。
「先祖さ。当家が大公位を賜った時の当主アクセル大公の父だよ」
「肖像画があるでしょう? 地下の廊下に」
リンネが言うのはきっと『開かずの間』と私とロザリンデが勝手に呼んでいる部屋の前にかけてある肖像画のことだろう。確か、ずいぶん古い様式の服装をした青年が描かれている。地下には近づいてはいけないと言われているので良く見
たことはなくて、似ているのかどうか良く判らなかった。
「アドルフ公は当家中興の祖だよ。彼に似ているとは、わが未来の総領は大物になるな」
フラン伯父上が豪快に笑って言った。
「さあ、せっかくの食事が冷めてしまいますよ。もうお行儀良くして、続きはいただきながらにしましょう」
「はい!」
母上の言葉で一同が席に着くと、すでに遅れてきた父上たちの食事の支度も整えられていた。父上は母上をおばあさまの隣の席に座らせてから家長の席に着いた。伯父上は母上の隣だ。
フラン伯父上は母上の兄で、母上と伯父上は父上のいとこに当たる。母上とはまっすぐな髪が同じくらいで、がっちりした体躯をしている伯父上は母上とはあまり似ていないように思えた。伯父上は体格が良いので軍関係で期待されていたらしいのだけれど、本人は馬に乗るのも戦うのもあまり好きではないらしい。今は得意の算術を生かして父上の右腕として働いている。
「それで、小さな貴婦人が怒られていたのはそのぬいぐるみのせいかな?」
父上が食器を取り上げながらアンナとミカルを見遣った。
「ええ、そうなの。でもお父様、どうしてもお見せしたかったの。きっと今回もお忙しいのでしょう?」
「そうだな。裏の森の様子をよくよく調べたり、近郊の狩人や犬飼いたちに話を聞かなくては。あまり寒くなってからでは貴族たちが狩をするには適当ではないからな。準備は結構大掛かりになるぞ」
「狩? 裏の森で狩をするの?」
ロザリンデが首を傾げた。
「そうだよ。ただ狩をするだけじゃないぞ。今度の狩は皇太子主催ということで力のある貴族たちが皆この城に集まってくる。ローザがきちんと出来るなら、歓迎の舞踏会に出ても良い」
大きな目を零れそうなほど開けて、ロザリンデは父上の顔を見た。
「舞踏会に? 私も出てもいいの?」
「きちんと振舞えると太鼓判を押されたらだよ。たくさんお客が来てローザはきっと目を回すぞ」
「新年のお祝いのときよりたくさん?」
ハッハッハとフラン伯父上が笑った。
「領民たちとは訳が違う。怖気づいておかあさまの陰にずっと隠れてることにならないとは限らないぞ」
「フラン、ローザを怖がらせないでくださいな。私のローザが他のどんな貴族にも引けをとるなんてことありませんのよ」
母上が伯父上をねめつけた。
「これは失礼した。まあ、狩の後は手紙が山と来ることは保障するよ。今から書き取りの練習をしておかないと、いくら可愛らしくても字で幻滅させては気の毒だ」
神妙に聞いているロザリンデがおかしくて私はくすりと笑った。伯父上は褒めたつもりなのだろうけれど、ロザリンデは社交界に初めて顔を出すことに必死で、書き取りの練習をしなくてはならない事しか頭に入っていないのだろう。
「エーリックはどうかな。パーティもそうだが狩のほうは?」
ロザリンデの様子に気をとられていた私は突然に話を振られて背筋を正した。
「まあ、エーリックも狩に参加させるのですか?」
心配そうに言う母上に父上は穏やかに言った。
「ハンスの報告では弓もなかなかの腕前になってきているというじゃないか」
確かに弓は無難な成績だった。武術の教師は初老の衛兵長で、無口な彼とひたすら的を射る時間は結構気に入っていた。
「でもまだ一回り小さい弓を使っています。それに動くものを射る練習はまだしていなくて……」
「オルヴァにも良く話を聞かなくてはな。犬は好きか?」
はい、と私は答えた。父上の犬が数匹飼われていて、一昨年生まれた二匹の犬が私に与えられていた。彼らを訓練するのはなかなか根気の要ることだったが、意思が通じるようになるのはとても嬉しいものだ。
「イチジクの鼻の周りの毛がだいぶ白くなってきました。真っ黒だったのに」
イチジクと言うのは父上の犬の名前だ。父上は犬に果物の名前をつけている。
「ああ、さっき見てきたよ。やつも貫禄がついてきたな」
「私の犬たちもやっぱり白い毛が生えてくるかな?」
私の犬は二匹ともイチジクの子供で、黒は瞳、こげ茶はオークという名だ。単色でつやつやした毛並みが気に入っていた。
「どうだろうな? 野イチゴやカリンはあまり白くはならなかったな」
父上はリンネを見た。
「雌のほうが若いうちから白い毛が生えてくることが多い気がしますよ」
動物や植物のことはリンネは詳しいのだ。
「そうか。しばらく狩をしていなかったからなぁ。まあ、早く報告を済ませてしまえば犬たちと遊ぶ時間も出来るかな……」
ふむ、と父上は頷いた。
父上の目の色が少し暗くなった気がした。まだ若公爵と呼ばれていた頃は暇ができると犬たちと一緒に弓を持って森に出かけていたらしい。ため息をついて気を取り直すように言った。
「まあ、今夜は食事の後に団欒の時間を設けるくらいは出来るぞ」
「まあ本当?」
「本当さ。今日は変わった土産もあるしな」
「楽しみ! 早くご飯頂いちゃわなくちゃ」
匙を忙しく口に運び始めたロザリンデに母上は呆れて言った。
「まあローザ、そんなに慌てて食べては駄目よ」
「はぁい」
「私もそのかわいらしいぬいぐるみを早く手にとって見たくて仕方ないのですからね。だけど、お食事はゆっくりいただかなくてはいけません」
きれいに整えられた眉を寄せて、母上はおばあさまのように厳格に言って見せたけれど、そんな妹を茶化すようにフラン伯父上は言った。
「それにしてもローザは器用だなぁ。スティーナがこれくらいのときは靴下さえまともに縫えたかどうか……」
「フラン!」
母上は目をむいた。
「不器用なのは内緒よ」
「内緒だったとはね?」
「まぁ! カールまで」
母上は面白がって言った父上を振り向いた。確かに母上はあまり器用ではない。
良く指を切るので、母上が手紙の封を切ろうとすると侍女が慌てて封切りナイフを取り上げたりしているのを見かける。
「そういえばスティーナ、輿入れの前に突然暗算を始めたことがあったわね」
そのやり取りを見ていたおばあさまが可笑しげに言った。母上の頬がさっと赤くなる。
「覚えていらしたなんて……恥ずかしいわ。若かったのです……あのころは手袋が手放せない手になるくらい乳母に縫い物の練習をさせられていて。縫い物が出来ないなんてお嫁に出せません! なんて言われて」
「まあ……それで暗算を?」
興味津々にロザリンデが尋ねた。
「ふふ、『縫い物は不得意ですが数字の計算は得意です。私はきっとカールを助けることができますわ!』って言ったのよ。そうすればあの針の山とさようならできると思ったのね」
「きっとそっちのほうが役に立ってるよ! ね、父上」
「ああ、そうとも」
母上の娘時代の武勇伝にわくわくして父上を振り返ると、父上は頷いた。それを見てロザリンデは声を上げた。
「大変! 私暗算なんて出来ないわ」
「はは、ローザ。良いんだ……そんなのは皆おまけみたいな物なんだからね」
「おまけ?」
ロザリンデは首をかしげた。
「そのとおり。裁縫が得意だろうが暗算が得意だろうが、お母様と結婚したかったのはそういうことじゃなくて……そうだね、いっぱい血豆が出来るくらい頑張ってくれたりね、それでも駄目なら他の事をって発想だったり、こわ~いおばあさまに訴えてしまう斜め上の勇気だったりね。そういう心の動かし方が好きだったからなんだよ」
「フゥ! おなかいっぱいだ!」
私はこういうときどうしても照れてしまう。そんな私に向かってフラン伯父上は目配せした。
「もう?まだ魚が残っているわ」
その点ローザはまじめだ。いや、幼いというべきか。
「これはまいったな。……ああ、全部食べるよ。この館の料理は絶品だしね」
「王都のご飯はここよりおいしくないの?」
「そうさなぁ、王宮の食事会などはそれはそれは豪勢だけどね。やっぱり故郷で気心知れた方々と食べる食事が一番さ」
「向こうではゆっくり食べられることもないからなぁ」
父上がぼやいた。
「最近は南のほうの鴨猟師の食べ物が忙しい紳士の間で流行っていますね」
「猟師の?」
興味をそそられて私はリンネの方を見た。
「ああ、あれはいいな」
父上が言うと、伯父上が肩をすくめた。
「大奥様のお耳に入ったら怒られますよ」
私とロザリンデは思わずおばあさまの顔を見た。表情には出さないがおばあさまも興味を持っているようだった。私はリンネに聞いた。
「どんな料理なの?」
リンネはにこにこと答えた。
「叩いて伸したパンに鴨肉や野菜を置いてくるくる巻くんですよ。それを柏の葉で包んで素手でつかんで食べるんです」
「素手で? まさかあなた達は、手づかみで食事をするなんて事はありませんね?」
おばあさまが三人の大人たちの顔を見渡すと、彼らは互いに顔を見合わせた。
おばあさまはその様子を見て、眉を寄せた。
「まったく……」
「くいっぱぐれるよりは良いでしょう? 書き物をしたりしながらだって食事をすることが出来るんですよ」
何とか弁護を試みる父上に、おばあさまはぴしゃりと言った。
「余計いけません!」
父上は肩をすくめた。
「ねえお父様、それ美味しいの? 都で流行ってるなら食べてみたいわ」
助け舟のつもりか本当に興味があるのか、ロザリンデが言うと、父上は楽しげに答えた。
「なかなかのものだよ。果物やらなにやら煮込んだ少し甘酸っぱいソースをかけてあってね」
「うちで作らせようと思って作り方のメモを持ってきたから、こちらのコックにも渡しておこうか」
伯父上は城下の街に館を構えている。レシピを持ってくるくらいだからかなり気に入っているのだろう。
「私も興味があります。……が、いいこと、ここでは手づかみで食事をすることは許しませんよ」
「手づかみじゃなかったら美味さ半減なんだけどなぁ……」
父上は私に向かってぼやいて見せた。今日は本当に機嫌がいい。






