5 ◆ ノーマ
5 ◆ ノーマ
「ローザ?」
ロザリンデの部屋の扉をノックすると、扉を開けて顔をのぞかせたのは乳母のノーマだった。
「まぁまぁ若様、素敵なこと」
「ローザは?」
「すぐ行くわ! だけどちょっと待って!」
部屋の奥の方からロザリンデが叫んだ。
「お嬢様、お待たせしてはいけませんよ」
「だってノーマ、やっぱりベリルより紅水晶のほうが良いと思うの」
「はいはい、つけて差し上げますからこちらへいらして」
まったくノーマの言うとおりだ。何故こんなに支度に時間が掛かるのだろう。
ロザリンデはスカートの裾を大仰に掴んで駆けてきた。
「まあお嬢様! そんな走り方はこの部屋の中だけにしてくださいましね。大体貴婦人というものは走ったりしないものなのですよ」
「ねえ、髪を上げちゃやっぱりだめ?」
小言をくらいながらもそんなことはまったく気にしない様子でロザリンデは髪飾りをノーマに渡す。
「まだ早うございますよ」
「でもリネーアがこの前来たときは髷を結っていたわ」
「リネーア様は十五歳でいらっしゃいますよ。ほら、出来ました」
私は二人のやり取りを扉に寄りかかって眺めていたが、痺れを切らして足踏みをした。
「早く行こうよ。髪を結ったり梳いたりしてる間にデザートが終わっちゃう」
「シャーベットも大事だけど髪型だってとっても大事なことなのよ」
「うずらのパイより大事なことがあるとはとっても思えないけどな」
「うずらのパイ?……確かにそれはとっても大事なことだわ」
「だろう?」
「うん」
真剣な顔でロザリンデは頷いた。それからくるりと回って棚の上から何かを取り、それを両腕で私のほうへ突き出した。
「……ほら、アンナよ、見て!」
件のぬいぐるみだった。ロザリンデが今着ているドレスと大きさ以外はほとんど変わらない若草色のドレスを着ている。本当に良く出来ていた。
「へええ! ほんとに一人で縫ったのか?」
「そうよ」
「ふうん、たいしたもんだね」
私は本当に感心して手渡されたアンナを眺めた。
「はいこれ」
「……え?」
唐突にアンナと私の間に新たなぬいぐるみが出現した。
「エーリックのよ。ミカルの服も作ったって言わなかったかしら」
ロザリンデは私に無理やりにミカルというぬいぐるみを渡し、自分は茫然自失している私からアンナを奪い取ってにっこり笑った。冗談じゃない。私はぬいぐるみを見た。奴は私が着ている揃いとそっくりな服を着てすましている。
「まさか、まさかまさかぬいぐるみを抱えて晩餐の席に行けって言うんじゃないだろうな?」
「そうよ。そうしたら良いって言ってたじゃない?」
「両方ともローザが持って行けば良いだろう。可笑しいよ、ローザ……」
「両手がふさがっちゃうのじゃスカートのすそが捌けないわ」
すまし顔のロザリンデは片手でスカートをつまんでみせた。私は助けを求めようと乳母の顔を見たが、ノーマは取り合ってくれそうもなかった。
「さあさ早くいらっしゃらないと! メイド頭に嫌味を言われたくありませんからね」
扉を開けて追い立てるノーマは多分ロザリンデの味方なのだ。
「ほらちゃんと持って。ミッシェルの袖が千切れたりなんかしたら泣いちゃうんだから」
「ローザ……」
「ねえ、ほんとにうずらのパイ出る?」






