4 ◆ ハンス
4 ◆ ハンス
自分の部屋に入るとそこにはカンカンに怒ったハンスがいた。ハンスは私の教育係で、乳母の弟なんだそうだ。僕が生まれる前から館にいて、姉弟揃って丸っこい。全体的にだ。
「どこにいらしていたんですか!」
「……悪かったよ」
「悪いとお思いならこのハンスの異がきりきり痛むようなまねはなさらないでください!」
「今日の分の勉強はご飯の後にやるよ」
「そういうことではありません!」
晩餐の後に果たして勉強をする時間があるか疑問だったが、私はとにかくハンスの怒りをかわさなければならなかった。目を合わせないようにしながら、とりあえず机の上にハンスが戻しておいた綴じ本をパラパラと捲って見た。
「……じゃあ明日の分の予習もするよ。印をつけておいてくれたんだろう?」
「予習のなさるのは当たり前です。……が、きちんとなさるのなら大奥様に報告申し上げるのはまたの機会にいたしましょう。ええ、またの機会なんてもちろんありませんでしょうけれどもね」
「恩に着るよハンス。きちんとやるよ」
ハンスがどういうつもりなのか解らなかったが、とにかくこの場はしのげた。
「そうでしょうとも、小さな公爵閣下。さあ、お召し変えなさらなければもう時間がありません」
「靴はこのままでいい? 絹のやつはちょっときついんだ」
私はほっとしながら衣装棚の前に進んだ。
「おやまあ、もうですか?」
「うん」
「でもいけません、若様。明日か明後日仕立て屋を呼びますから、今日は少し我慢なさって下さい」
「うん……わかったよ」
「まさかお着物のほうは大丈夫でしょうね? ノーマが春に仕立てたあの若草色の揃いをお着せするようにと申していましてね」
「皆どうして着る物について色々言うんだろう。何だって良いじゃないか」
「私どもの若様をいつでも素敵に可愛らしくしていて差し上げたいと思わないものなど、この城にはおりませんよ。はい、右手を通して」
「可愛らしいは余計だよ」
「ええ、ええ、もちろん大公家の男子らしく凛々しくあっていただきたいですけれどね、……動かないで下さい、いくら窓の外を見たってここからじゃ見えやしませんよ……これは母が言っていたのですがね……可愛らしいのはほんのちょこっと、チョコレートの粒が口の中で溶けるくらいの間だってね。……はい、出来ました」
手際よく私を着替えさせると、出来栄えを確かめるように一歩離れて眺めた。
「今日はうずらパイあるかなぁ?」
「厨の若い者が籠に入れているのを見ましたよ。さあ、行ってらっしゃい。お嬢様をきちんとエスコートなさって下さいね」
着替えなければならない夕食のときはいつもロザリンデを迎えに行って一緒に食堂まで行くことになっていた。いつか未だ誰とも知らない大事な人の前で紳士らしく、淑女らしく振舞えるよう小うるさく躾けられているのだ。