彼女は無職(ニート)である。職(ジョブ)はまだない。
この世には様々な職業があふれている。
いったいどこまでを職業と呼んだらよいのか見当すらつかない。
その中でも一番曖昧な職業が冒険者であろう。
パン屋や鍛冶屋や農家と違い決められた仕事がなく、
領主やギルド、はたまた宿屋の女将さんから受けた
依頼を粛々とこなし日銭をえたり、
もしくは、どこぞのダンジョンに潜り未知なるお宝を見つけ出すレジャーハンターや、
聞こえは悪いが地に埋もれた古代都市の墓を暴くような墓荒らしでさえ、
立場的には立派なトレジャーハンターであり、彼らもまた冒険者の一人と言えよう。
言い換えれば日銭を得ていれば誰もが冒険者なのだ。
そんな彼らをまとめ、管轄するのが冒険者ギルドである。
意外にも冒険者ギルドの歴史は浅く、今を遡ること100年前。
当時名をはせていた冒険王ギルバード・ヴァンドルツが引退後
パーティーの仲間と立ち上げたのが始まりとされる。
その仕事の幅は広く、冒険者への仕事の斡旋から始まり、
新人冒険者への指導・支援。武器屋や道具屋の運営。冒険者個人への金銭の貸付。
街から街への手紙の配達など多岐にわたる。
またギルド王都本部では、プロの冒険者を育成するための学校を
運営しようという計画も上がっているらしい。
いったい何をもってプロというのか謎ではあるが、上層部は本気らしい。
確かにプロの冒険者資格は必要だ。
10代そこそこの若者が無謀にもダンジョンに挑み未帰還者となったり
調子に乗った中堅が魔物討伐に挑み帰らぬ人となることは多い。
冒険者は誰でもなれる一方で意外に専門的知識を必要とする場合が多いのだ。
この事がベテランと呼ばれる冒険者の数を少なくする要因であり、
中堅とベテランの技術力の圧倒的差を生み出す一因でもある。
「でも先輩?
お金がないから冒険者になるのに、お金を払ってまで学校に行く人いるのでしょうか?
どうやって学校なんて運営するんでしょうね?
学校の運営は慈善事業ではないのですよ?
そんな無駄なお金使うくらいなら私の給料を上げてほしいものです!
それに、冒険者なんて、机に座っている暇があったら、
薬草の一本でもむしり取ってた方がマシって人たちですよ。
そもそもお金がある人は、無名な新設校より。
かの英雄王の出身校である国営騎士学校や、先の大戦で活躍した大魔導師が
学園長を務める魔法学園に行くはずではないですか?
あぁ~ 憧れちゃいます!未来の騎士様とのラブロマンス!甘い学園生活!
青春って感じですね!!そう、こんなかび臭いギルドや泥臭い冒険者と違ってね!」
フォークに刺した食べかけのソーセージをゴクリと飲み込むと、
かわりに吐くようにギルドへの毒と己の妄想を語り始めたのは、
先日の無職観察の同行者ことクリスティーナ・ヴァンドルツである。
「君は先ほどから冒険者ギルドを馬鹿にしていますが、そもそも君は
初代代表のご子孫ではないですか?言ってみればギルドは君のお家の家業。
その初代様が苦心されて立ち上げた組織を、そんな風に言うなんて
私は君をそんな風に育てたつもりはありませんよ?」
「先輩に育ててもらった記憶はございませんよ!」とぷぅーっと膨れて横を向く。
同年代の女性と比べると、やや小さな背丈の彼女が
冒険者用に作られた比較的大きな椅子に腰かけ足をブラブラとさせながら、
ぷっくり膨れている姿は非常に微笑ましい。
しかも、黙っていれば私から見ても、それなりに可愛らしい容姿をしているし、
育ちも良いからギルド職員や冒険者の男ならず、どこぞの貴族のご子息からも
熱烈なアピールを受けたとか受けないとか、そんな噂話は絶えることがない。
しかしながら、いかんせん一言、二言多いし、口が悪いところがある。
だからだろうか……これまでお付き合いをしたとか、恋人がいたとか
そんな浮いた話の一つも出てこないのは。
そんな彼女を苦笑いで見つめながら
「まぁ……
クリスティーナ君の言っていることは遠からず的を得ているとは思いますがね」
と一人ごち食事に戻るのであった。
冒頭に戻るが、シエロ・サンターレは無職である。
一見仕事をしているようでも、彼女の行為に金銭の授受は発生しないし
そもそも趣味で行っている園芸レベルである。
庭先で野菜や花を育ている人を農家とは呼ばないだろう。
故に無職であると言える。
そんな彼女がご馳走してくれた、あの料理は本当にお美味しかった。
素朴な料理でありながらしっかりと野菜の旨味を引き出しており、
素材そのもの食感や味を楽しむことができたのだ。
そう、今現在クリスティーナ君と食べているギルドの食堂よりもよっぽど味わいがあった。
いっそのこと、彼女は採れた野菜を使って料理屋でも開いたら良いのではないのだろうか?
それに、シエロ・サンターレの人となりに対して、私は好感を持っている。
そう考えると、彼女が店を出すための敷地探しや店員の手配などの面倒みても良いかもしれない。
食堂だけではない、あの野菜がこの街の特産品となり、ギルドが専売することができたら……
「あれぇ 先輩どうしたんですか?ぼーっとしちゃって。
じゃがいもを切り分ける手、止まってますよ!?
まさかっ!! シエロさんのことを考えていたんですか!!」
先日のことを思い出していたら、しばらくほおけてしまっていたらしい。
ナイフとそれによる切れ込みの入ったジャガイモから顔をあげると
先ほどよりほっぺたを膨れさせ真っ赤になったクリスティーナ君が目に入った。
「そうですね、あの野菜は美味しかったですね」
そう微笑んでクリスティーナ君を見つめると、「う、うんそうでしたね」と小さく頷く
彼女の顔は膨らみは消えたものの、顔はまだ真っ赤のままであった。