300円で人形を買いました。
「300円で人形を買いませんか?」
道化師のような彼は、唐突にそう切り出してきた。
学校帰りの昼下がり。
特にこれと言った用事のない俺は、コンビニで立ち読みしたりゲームセンターで遊んだりしていた。
そんな暇つぶしも尽きて、そろそろ家に帰ろうかと思った矢先にそれは起こった。
「300円で人形を買いませんか?」
得体のしれない人物からのそんな申し出に、不信感を抱くはずなのだが今回はそれがなかった。
もしかすると、それがあまりにも日常からかけ離れてしまっていたからかもしれない。
300円。
そのリーズナブルな価格に、僕はなんの疑念も持たずに契約書にサインしてしまった。
書いてからふと思う。これは詐欺だったのではないかって。
こんなうまい話……いや現物を見てすらいないからうまい話かはわからないが、怪しい商談にまんまと引っ掛かかってしまった感がある。それを察したのか、道化師のような彼は、
「大丈夫、詐欺などではございません。ほら、人形ならあなたの隣にもう佇んでいるではないですか」
そう言って僕のとなりを指差した。
いやいや、僕は誰かと外出した覚えもないし、今いる此処は人通りの少ない道。
運良く通りかかった人を人形だというには無理があるぞ?
そんな事を思いつつ、彼の指し示す先を首だけで見てみた。
そこには赤いドロドロとした肉の塊のような何かがあった。
それが何かを考えたくなくて、僕は瞬時に目を背けていた。
「こんなもの……こんな得体の知れないものは金をもらってもいらない」
「困りますよ、契約ですから。返品は不可ですよ?何かあっても私は一切の責任を負いませんって書いてあるじゃないですか」
ニヤついた本心のわからない笑顔を貼り付けて、彼は契約書をぴらぴらと靡かせた。
「いや待て、おかしいだろ!これは人形なんかじゃない!だからこの契約は成り立ってないはずだ」
「そんな事を言われましても……だってそこにあるではないですか」
かれは面倒くさそうに肩を竦めてこう言った。
「ヒトノカタチヲシテイタモノガ」