第3話
「達弥さん、優しいね。」
「うん。」
「幸せ者だ。」
「うん。」
そう、達弥さんは優しすぎる。
突然現れた元カノの陽子に達弥さんの優しさの意味を履き違えられないだろうか?
多分、達弥さんはほっとけないから陽子が何度も呼び出せば達弥は出向いてしまうだろう。
「舞輝?」
「ん?」
「ぼーっとしてるから。」
「ごめん。」
「あたし、まだ死にたくないんだけど。」
「神経はきっちり運転に使ってますよ!!」
舞輝の運転する車は近くのイタリアンレストランに入っていった。
窓際の席に案内されると、舞輝はメニューを広げた。
「いらっしゃいませ。本日、良質の国産和牛が入りまして、コースのメインでお出ししております。よろしかったらご賞味ください。」
「肉・・・」
舞輝の目は輝いた。
「じゃぁ、コースにしよっか。」
「うん!」
「ではコース料理でご用意いたします。」
「おねがいしまーす!」
「ワインなどのご用意はよろしいですか?」
「愛海飲んだら?あたしは車あるから。」
「お客様、ノンアルコールのビールを当店ではご用意してございますが。」
「凄い!舞輝、乾杯しようよ!あたし赤ワインを。」
「そうだね、それでお願いします。」
「かしこまりました。」
他にパスタや食後のドリンクをチョイスしてウェイターは一礼して下がった。
「ここのパスタは絶品!」
愛海が言った。
「よくくるの?」
「幼稚園のママさんとね。お茶会があるの。」
「へぇ。」
「入るか入らないかで、態度が全然違うんだから!」
「なにそれ。仕事持ってて入れない人だっているでしょ?」
「うん。はぶられてる。見てて辛い。」
「大変だねぇ。」
「舞弥ちゃんのとこはない?」
「聞かないなぁ。あるのかもしれないけど。愛海のとこは有名私立幼稚園じゃん。だからじゃない?」
「まさかお受験戦争に巻き込まれるとは・・・進学率都内トップ3だって。」
「知らなかったの?」
「全然。」
「知らないで入る人も珍しい。」
前菜と、ワインとノンアルコールのビールが運ばれてきた。
「では、久しぶりの夜に乾杯!」
「乾杯!」
舞輝はビール大好き。
ビール離れしていく若者が多い中、とりあえずビール組の一人。
ノンアルコールでも一気飲み。
「んー。どうなんだ?飲まないほうがよかったか?」
「マジ?つか早っ。」
「ビールは一日の終わりに飲む自分へのご褒美だからね。」
「いつの間にそんなにおっさんになったの?免許とってたのもだけど。」
「作者が”愛海 篇”書いて、しばらく違う作品書いてる間に。」
「そうなんだ。随分時間かかったんだね。あたしら再登場までに。」
もう、二人ともすっかりママになって、話す内容も子供の話しばかりだった。
愛海の子供はいちを”お受験”をするらしい。
メインの国産和牛が出てくると舞輝は目を輝かして頬張った。
「おいひぃ〜!!!!」
「達弥さんに見せてあげたいわ。」
デザートも綺麗に平らげて、二人はドライブがてら愛海の家に向かった。
「いつも、こんな遠くから来てくれてんのね。」
「そうよ。楽しいから気になんないけどね。」
「ありがと。評判は上々だよ!」
「ほんと?嬉しい。」
「これからもよろしくね。」
「出来る限り協力する!」
「そう、翔や聡太をワークショップの講師に招こうと思うの!」
「ほんと!受けてみたい!」
「是非。翔はアダジオだから、バレエ中級者以上しか受けられないけど、聡太のモダンやコンテンポラリーは興味あれば誰でもOK。愛海も好きそうじゃない?」
「うん!コンテンポラリーは一度やってみたかったの。」
「だと思った。日程決まり次第教えるね。」
車は愛海と廉の愛の巣の門の前に止まった。
しっかりセキュリティーも完備されている豪邸。
「ありがと、付き合ってもらっちゃって。」
「いいよ。こちらこそ誘ってくれてありがと。いい気分転換になった。旦那様によろしく。」
「OK!じゃぁ、おやすみ!気をつけて帰って。」
「うん。おやすみ!」
舞輝は車を走らせた。
「さようなら・・・達弥さん。」
「舞輝?どこいくんだ?」
「今までありがとう・・・一緒にいれて楽しかった。」
「舞輝!待って!」
「待って!」
飛び起きると、舞弥の部屋だった。
またか・・・?
この前見た夢に似ていた。
舞弥を寝かしつけていたら一緒に寝てしまったようだ。
まだ舞輝は帰ってきていない。
舞輝が去っていく夢。
これで2回目だ。
二度あることは三度ある・・・か?
舞輝が言うように三度目は正夢だったりしないか本気で思った。
達弥は、頭をくしゃくしゃとして、舞弥がすやすや眠るベッドから出た。
キッチンに水を飲みに行くと、玄関で鍵の開く音がした。
「ただいまぁ〜」
寝てるかもしれないと思ってか小声で舞輝は入ってきた。
達弥はキッチンから顔を出した。
「おかえり。」
「ただいま!今日はありがとね。」
「いいよ、楽しかったか?」
「うん。愛海とご飯なんて久しぶり。」
「そっか。」
舞輝は寝室に行って荷物を置いて部屋着に着替えてカバンを開けた。
「舞輝、もう寝るか?」
「うん、顔だけ洗って寝ようかと思ってるけど。」
カバンの中から洗濯物を出していると、後ろから達弥に抱きしめられた。
「達弥さん?」
「疲れてる?」
疲れていないわけがない。
でも、これは二人の”合言葉”。
「やっぱり、シャワー浴びてこようかな。」
「うん。」
舞輝は洗濯物と新しい下着を持ってお風呂場へ行った。
あんな夢を見たせいで、舞輝が急に恋しくなった。
舞輝の温もりが欲しい。
夢で見た不安をかき消したかった。
ベッドで横になってテレビを見ていると、舞輝がシャワーから戻ってきた。
「おぃ、風邪ひくぞ。」
「だって、手っ取り早いかなって思って。」
舞輝はタオル一枚だった。
「脱がす楽しみあった?」
「特にない。」
「ならいいじゃん。」
舞輝はベッドに腰掛けた。
「きっと達弥さんがあっためてくれるって思ったから。」
達弥は舞輝の頬を触った。
「舞輝。」
「ん?」
「愛してる。」
突然の告白に舞輝は目をパチクリさせた。
「どしたの?急に改まって。」
「改めて舞輝が好きだって思ったから言ったんだけど。」
「あたしは、改めなくても達弥さんのこと大好きだし、愛してるけど?達弥さんに恋したときからなんにも変わっていない。」
「そうだね。俺ちょっと変だな。」
舞輝は首を横に振った。
「たまに言われると嬉しいかも。」
「ホント?」
「うん。達弥さん、愛してる。」
「俺も。」
唇を重ねると、そのまま二人は布団に入った。
大理石のお風呂からでてバスローブ羽織って愛海が出てきて、廉が座るソファに一緒に腰を沈めた。
「ねぇ?廉くん」
「何?」
「最近達弥さんどぉ?」
「達弥?なんで?」
「舞輝がちょっと変。」
愛海とは中学のときからの親友。舞輝の様子を見ればすぐにわかる。
一方、廉も達弥の相談相手。なんかあれば廉に相談してくる。
「気のせいなんじゃないか?」
「そうかなぁ??」
「まだ俺に話してないだけかもしれないけどな。」
「まぁねぇ。」
廉は愛海の頭に手をポンっと乗っけた。
「舞輝ちゃんのことになるとすぐそうなんだから。」
「だって・・・」
愛海は少しうつむいた。
「わかるよ。愛海は悩みないのか?自分のことそっちのけにしなきゃいいよ。」
「今は、ヨガのインストラクターとして気道に乗ってきてる。廉くんや子供たちに不満はない。」
「そっか。達弥からなんか話しあったらすぐに教えるよ。」
「うん。なんか嫌な予感がするの。」
「大丈夫だよ。何度も乗り越えてきてるじゃないか。」
「そうだね。」
廉は肩を落とす愛海を引き寄せた。
舞輝はケータイが鳴っている音で目覚めた。
アラームかと思ってケータイを取ると、メールであった。
何時?
メールのチェックしながら時間を確認してびっくり。
8時!?
飛び起きて、達弥を起こそうと横を見ると達弥の姿がなかった。
寝室を出ると、舞弥を着替えさせ朝ご飯の準備をしていた。
舞輝が起きてきたのに気づき、
「おはよ。」
「ママおはよ〜!」
「お、おはよ。ごめん、寝過ごしちゃった。起こしてくれればよかったのに。」
「いいよ。昨日は疲れてるのに引き止めちゃったから。」
「そんなのお互い様じゃん。」
「たまには手伝いたいんだよ。お互い様だから。顔洗ってこい。」
「うん。」
洗面所に行って、顔洗って戻ると達弥が作った朝ごはんが並んでいた。
普段もキッチンに立つことはあるが、あまりにも豪華すぎていた。
「すごい・・・」
「パパすごいねぇ!おいしそう!」
「そうか?いっぱい食べて幼稚園行けよ。」
「うん、いただきまーす!」
「舞輝も。」
「うん。」
舞輝は席に着くと、「いただきます」と言って達弥の作った朝ご飯を食べた。
「うん、おいしい!」
舞輝は目を輝かせた。
「パパおいしいよ!」
「そうか!よかったぁ。ママには負けるけどな。」
「そうだね。」
「・・・」
舞弥のひょんな一言でがっくしの達弥。
舞弥はもちろん悪気があって言ったわけではない。
それには舞輝も苦笑い。
「まぁまぁ、ホントおいしいし!今日もがんばれる!」
「サンキュー。」
舞弥を幼稚園に送り届け、家に戻ると、達弥と分担して家の掃除。
全てが終わると、今度は各自の車でスタジオへ。
今日は舞輝が一日スタジオにいる。
二人でスタジオの準備をして、達弥は仕事にでかける。
「今日一日頼むね。」
「うん。」
「今日は少し遅くなる。舞弥頼んで平気か?」
「大丈夫だよ!心配しないでいってらっしゃい!」
「わかった、いってくるよ。」
達弥は某スタジオに向かった。
一般オーディションで選出された新人アイドルグループの振り付けと指導。
彼らは達弥がデビューが決まって必死に踊ってた頃と同じ顔をしている。
希望と不安でいっぱいで、一時一時全てが精一杯。
怒鳴ってしまうときもある。でも、出来たら褒めまくる。
もうすぐ、デビュー曲の発表。
何日ぶりかのレッスンだから、今日は怒鳴ることになりそうだ。
ハードなスケジュールをこなしながらダンスレッスンの彼ら。
疲れはピークに違いないが、もう仕上げ段階だった。
そして・・・これが終わったら陽子と会う約束がある。
言ってくればよかっただろうか?
きっと無理してでも舞輝は笑って送り出したに違いない。
それを見るのが辛かった。
「おはようございます!」
新人アイドル達が、スタジオに入ってきた。
「おはよう!疲れてないか?」
「大丈夫です!」
「そうか、軽くストレッチしてから始めるぞ。」
「はい!」
達弥は音楽を流して、曲のカウントに合わせて一通りのストレッチをやる。
始めから踊ったり、派手なストレッチはしない。
徐々に筋を伸ばしていく。
そうしないと怪我のもとになるからだ。
ストレッチが終わると、今度はヒップホップの基礎になるリズムの取り方の練習をする。
「よぉし!じゃぁ、一回音でやってみせてくれ。」
「はい。」
全員が位置につくと、達弥は音を流した。
踊りだす彼らを見て、達弥は固まった。
嘘だろ?
見違えるほど上達しているではないか。
何日か空いたうちに練習をしていたようだ。
前回の稽古で「なめてんのか!」と怒鳴った。
注意点を見事克服している。それどころか、息もぴったし合わせている。
曲が終わると、達弥は拍手をした。
「すごい上達しているじゃないか!!練習したのか?」
「あの日、達弥さんに凄い怒られて、改めて自分たちの立場を考えました。そしたら自然に空いた時間でも、みんなで踊るようになって。」
達弥の目に涙が浮かんだ。
「そっか!よく頑張ったな。」
涙する達弥につられて彼らも涙ぐんでいた。
デビュー前の新人アイドルのダンスの指導をするのは始めてだった。
達弥自身、できるか不安だった。
たんに楽曲を渡され振りを付けて教えるとはわけ違う。
きっとお披露目のときも達弥は感動するのだろう。
レッスンは夕方まで続き、稽古を終えると、達弥は渋谷向かった。
陽子とは18時に待ち合わせている。
待ち合わせたカフェに入ると陽子は窓際に座って達弥に手を振った。
達弥はカウンターへ行って、カフェ・ラテを注文した。
手早く店員がカフェ・ラテを作ってくれた。
それを持って席に戻ると、陽子はタバコを吸っていた。
「お待たせ。」
「あたしもさっき着たとこよ。」
「お前、その顔どうした?」
口のとこに殴られたような痕があった。
「ちょっと・・・」
陽子はタバコを取り出して火をつけた。
「タバコ吸うのか?」
「うん。」
「体に悪い、止めたほうがいいぞ。」
「そうね。達弥が言うならやめようかしら。ストレス溜まってるのね、なかなか止められない。」
「そうか。彼氏は戻ってこないのか?」
「えぇ。ちっとも。彼には女がたくさんいるの。」
「傷が深くなる前に、終わりにしたほうがいいんじゃないか?」
「そうね・・・。ねぇ奥さんとはどこで知り合ったの?」
陽子は話題を変えた。
もうそれだけ傷はふかいのかもしれないと、達弥は思った。
お互いの近況報告を13年分して、陽子と別れた。
達弥は自宅マンションの駐車場に車を停めると、廉に電話をした。
「達弥か?」
「遅くにすまない。ちょっと話しあって。」
「くると思ってたよ。」
「は?」
「愛海が舞輝ちゃんの異変に気づいて、俺に達弥からなんか聞いてないかって。」
「そっか。さすが愛海ちゃん。」
それだけ舞輝が気にしているのがわかった。
「もしさ、廉の元カノが突然現れたらどうする?」
「簡単だ。俺には元カノはいない。初めての女は愛海だと思ってる。」
「ハハ、なるほど。思っているか。」
「現れたのか。」
「あぁ、話したことあったか?デビュー前にフラれた女の話し。」
「聞いた。達弥がすげぇ惚れてた女だろ?」
「こないだ偶然再会してさ。相談あるって言われて・・・ほっとけなくて、さっきまで会ってたんだ。」
「お前まさか・・・」
「廉の心配するようなことはしてないよ。たださ・・・会ったこと舞輝に言うべきか言わぬべきか迷ってて。」
「知ってるんだな?再会したことは。だから愛海が舞輝ちゃんの異変に気づいたんだ。」
「だろうな。再会したことは話した。いつか会う話しも。舞輝は力になってあげたらって。」
「なんで断らなかった。」
「俺にもわかんないよ。ほっとけなかったんだ。」
廉が苛立っているのが感じてとれた。
「悪い、こんな話し。」
「いや、こっちこそすまない。俺だって実際どうなるかなんてわかんないもんな。」
廉は自分に置き換えても愛海を選ぶ自信があった。
でも、実際と置き換えるではまったく違ったりする。
「舞輝ちゃんは、お前を信じて言ったんだ。ホントはそれが一番無理していることなのかもしれないな。だから裏切っちゃいけないと思う。ちゃんと報告しよろ。」
「そうだな・・・そうするよ。」
達弥は電話を切ると、車を出て部屋に向かった。
「ただいま。」
「おかえりー」
居間から舞輝の声がした。
「遅くなってごめんな。」
「ううん。昨日はあたしが自由な時間過ごしてきたんだし。達弥さんだって息抜きが必要でしょ?お風呂入ってきちゃえば?」
「そうするよ。でも、その前に話しとくことあるんだ。」
「なに?」
「舞輝が俺を信じてくれてるから裏切れない。」
「どうしたの?」
「さっき・・・こないだ話した陽子と会ってた。カフェで13年分の近況報告して帰ってきた。」
「そっか!」
舞輝はそう言ったままテレビの続きを見だした。
その姿が気にしないフリしているように感じた。
達弥は舞輝を抱きしめた。
「もう、会わないから。心配かけてごめん。」
「言ったでしょ?信じてるって。話してくれてありがとう。」
ホントに、会わない?
そんなこと言い切れる?
声に出して言いたい。
達弥も望んでいるかもしれない。
でも、言えなかった。
達弥にお風呂に入るように促して舞輝はソファに座ったまま深くため息をついた。
舞輝の予想は的中していたようだった。
あの日以来、陽子からのメールや着信が頻繁に来るようになった。
会ってほしいとか、話し聞いてほしいとか。
それでも、舞輝は黙って気を利かせて席をはずしたりしていた。
舞弥といることで気を紛らわせてたのも事実だった。
我慢に我慢を重ねてきたある日、とうとう泣いて電話をしてきた。
「泣いてるのか?」
達弥の顔色が変わったのに舞輝も気づいた。
「泣いてちゃわかんないだろ?」
舞輝は舞弥とリビングを出て子供部屋に行った。
「パパどうしたんだろうね?」
「大事なお話があんの。さぁ、寝よう!」
目をこすってる舞弥を見てホッとする舞輝であった。
寝かしつけるのに30分はかかったはずだが、リビングに戻ると達弥の姿はなく、ベランダから聞こえる話し声でまだ陽子と話しているのがわかった。
舞輝だって女。
不安や嫉妬くらいする。どんなに達弥を信じていても。
ようやく電話を切った達弥が部屋に戻ってきた。
「ごめんな、舞輝。」
「全然!大丈夫なの?陽子さん」
なんとなく大丈夫じゃないことは感じていた。
「あんまり・・・大丈夫じゃないんだ・・・。」
「そう・・・」
「あのさ・・・」
言いたいことはわかっていた。
「行ってあげて。」
「舞輝・・」
「ほっとけないんでしょ?あたしは大丈夫。達弥さんのこと信じてるから。」
声が震えていた。
不安と嫉妬と信じたい気持ちがごっちゃ混ぜになっていた。
「行って?」
「舞輝。」
達弥は舞輝を抱きしめた。
「すぐ帰るから。」
「うん。」
達弥は簡単に身支度をして家を出た。
そして・・・
その夜、達弥は帰ってこなかった。
舞輝はソファーに座ったまま、夜が明けてしまったのを知った。
立ち上がると、寝室へふらふらと入っていった。