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第六話 「只今、検査入院中」

「――小峰さん、小峰ミユキさーん」


 声が聞こえる。


「――おはようございます、検温ですよ」


 深いまどろみの中から声が聞こえた気がした。その声は、順にはっきりと聞こえて、俺の安眠を妨害していく。


「――起きてくださーい」

「…………」


 眠気に抗いながら俺は覚醒していく。

 ――俺はミユキじゃねぇっつーの……。

 だるい気持ちを抑えて、眠気眼を開けた。


「――…………??」


 目の前にはナースが佇んでいる。

 ――朝?

 意識を瞬時に覚醒させると、ゆっくりと上体を起こした。


「――おはよう……ございます」

「おはようございます」


 ――眠い……。

 とにかく俺は眠かった。

 俺が意識を取り戻したのは昨日。

 つまりは生き返ったのが昨日なのだが、まあ言わずとも美月が俺を放してくれなかったので非常に疲れていた。

 ――……女の言葉使い。

 そのワードにテンションが降下していく。

 美月はあれから俺に女としての言葉使いを徹底させた。

 それは思い出すのもおぞましい記憶。

 少しでも素で話すと注意が入る。まるで小姑のようなスパルタ教育だった。

 まあ、俺に懐いているのは見て分かったが、その甘えるレベルが予想の上を行っていた。

 俺が女言葉で無理やり話し、美月の相手をしてやると非常にテンションが上がり、俺に甘えてくる。

 抱きつくのは基本で、放っておくと俺の身体を触りまくってくるという奇行に走り出すのだ。……特に胸を触るのは止めてほしいと、切実に思った。

 ――アイツ、前はあんなに甘えて来たかな?

 生き返る前では見られなかった妹の姿に、俺は首を傾げて考え込んだ。

 そんな難しい顔をしている俺に、


「――大丈夫?」


 ナースが心配そうな表情で覗き込んでくる。


「――っ!?」


 俺は急に目の前にナースの顔が来てビックリしてしまった。

 ――結構美人……。

 咄嗟にそんな事を思って目の前の彼女を意識してしまった。

 顔が赤くなる。

 朝一から綺麗な女性と急接近した俺は瞬時に緊張した。


「――?? 小峰さん、顔が赤いですよ?」

「き、気のせいですっ」


 俺は、さっさと検温を済ませてしまおうと、彼女から体温計をひったくって自分の脇に体温計を突っ込んだ。

 むにゅん……。


「――ひっ!?」


 体温計を脇に入れた時に、思わず自分の胸を直に触ってしまう。体温計の冷たい感触と、自分の胸から返ってくる感覚に思わず声が出た。


「――小峰さん?」

「な、何でもないですっ」


 ――やっぱ胸があるよな……。

 そぉっと胸を覗く俺は、自分の性別が『女』である事を再認識。どこかでこの現実が夢であってくれと願っていたのだが、どうも甘くなかった。

 それは個室の大きな鏡に『今の俺』が映り込んでいる事も手伝っている。

 ――相も変わらず別人だねぇ……。

 素直な感想が出る俺は、鏡をよく見て現在の『俺』を観察。変貌してしまった俺の容姿を、首を傾げながら見るしかない。

 ――夢のようだが、夢じゃない……。

 今の俺を、さも小峰ミユキという女性として接するナース。なんの違和感もなく俺と接する彼女に俺は、『皆の俺に対する認識は女』と、再度受け入れるしかなかった。


「――…………」


 俺は仕方なしに現状を受け入れると、真希の事を気にした。

 そう、真希だ。

 アイツは今頃何をしているのだろうか? 俺と同じように病室に居るなら、検温でもしているのだろうか? 

 とにかく真希に会って話がしたい。

 性別が変わってしまった事や、この男の尊厳がガリガリ削られていく現状について話し合いたい。

 俺はそう思って今日の予定を決めた。

 ――ピピピッ……。

 そうこうしているうちに、体温計が俺の体温をはかり終える。

 ナースは、『36度5分』と紙に記入して帰って行った。


「――…………はぁ」


 俺はため息を吐いてナースの出て行ったドアを見つめる。

 ――さて、と……。

 一応、俺は検査入院という形でこの病院に入院している。

 事故後の経過を見るための入院だが、検査が無いと本当に暇だ。


「――真希の所にでも行ってみるか……」


 暇を持て余したので、俺は予定通りに真希に会うために行動を起こした。



 平日の病院。しかも朝の病院は患者が多く、人の出入りが激しい。

 まあ俺は入院患者ばかり居る病棟にいるので、気にしなくてもいいが、今頃一般病棟は大変に混み合っている事だろう。


「――…………」


 俺はゆっくりと歩きながらナースステーションへ足を運んでいた。

 理由は真希の病室の場所が分からなかったからだ。


「――えーっと、すみませーん……」


 ナースステーションでアイツの病室の部屋番号を聞き出す。

 俺の問いにナースは笑顔で真希の病室を教えてくれた。

 そしてそのまま真希の病室へと足を運ぶ。


「――水鏡……真樹?」


 アイツの病室に辿りついた俺は、ネームプレートを確認。

 俺と同じ個室病室なのか、アイツ以外の名前が表記されていない。しかし、真希の名前表記が真樹に変化している……。確かにアイツの言う通りだった。

 ――コンコン……。

 俺は真希の病室のドアを軽くノック。


『――開いてます……』


 すると中から、真希と思わしき人物の声がして入室が許可された。

 俺はその声を聞いて真希の病室へ入って行く。


「――マキ、居るか?」


 控えめに、覗き込むように入室した俺の目の前には真希ともう一人居た。

 真希はベッドの上で姿勢よく座っていて、先客は病室の備え付けられている椅子に座っている。

 水鏡みかがみ 真聡まさと

 真希の兄であり、剣道道場、『水鏡道場』の師範代を務める人物。

 剣の道に生きて来た彼は、真面目で礼儀正しく曲がった事が大嫌いな好青年である。

 正直、男として見習う所は多い。

 ――……俺は、今は女だけどね。

 そんなマサ兄と俺は小さい時からの知り合いで、よく真希と一緒に遊んでもらった事もある関係だ。

 いわば俺の兄貴みたいな存在だが、生き返ったこの状況ではどのような関係なのだろうか? 俺は咄嗟にそんな事を思って身構えた。


「――おや、ミユキちゃんじゃないか!」


 マサ兄は俺を見るや否や、立ち上がり近寄ってくる。

 そして笑顔を振りまき、


「――大丈夫だったかい? 怪我は無いかい? マキと一緒に事故に遭ったって聞いて心配していたんだよ」


 優しく俺を心配する。

 ――……正直、気色が悪い。

 男時代には微塵も見せなかったマサ兄の態度に俺は戸惑った。

 ――そうか、俺は今ミユキだったな。

 恐らく、マサ兄も俺をミユキとして接しているんだろう。まあこの現状なら当然の事だけど、やっぱり違和感全開だった。


「――ん? ミユキちゃん?」


 俺が戸惑いを隠せずに固まっていると、マサ兄は更に俺を心配して来る。

 ――ヤバイ。この人とどう接すればいいんだ?

 この女のミユキが、マサ兄とどういう関係なのか分からないので言葉を発する事が出来ない。

 ――呼び方は何だ? 

 まさかマサ兄と呼ぶわけにもいかないだろう。

 俺は頭を酷使しながら、


「――だ、大丈夫です、何でもありません……。大した怪我も無く、体調も悪くありません。……ま、真聡さん」


 敬語で喋る事にした。

 名前も略さず『さん』付けで呼んでみた。

 ――なんという違和感。そしてなんとも言えない気色悪さ。

 昔からの知り合いを『さん』付けで呼ぶものじゃない。

 恐らく、マサ兄もこんな俺を不審に思うに違いない……と、思っていたのだが、


「――そうか! それは一安心だ!」


 何だかマサ兄は俺に違和感を覚える事無く、ニッコリと笑った。

 ――あれ? 

 俺は拍子抜けしてしまった。

 ――これで良かったのか? こんな感じで正解なのか?

 終始首を傾げながらマサ兄を見ていた。


「――いや、マキもやるときはやるな! ミユキちゃんを庇って彼女に傷一つ負わせてないとは……。これは水鏡の人間として鼻が高い!」

「え?」


 続いてマサ兄が突飛な発言をする。

 ……内容を理解するのに数秒を要したが、どうやら事故の事を言っているらしかった。

 しかし『マキが』俺を庇ったと言い放っている。

 ――どういうことだ? 『俺が』マキを庇ったはずなんだが……?

 咄嗟にベッド上のマキを見た。


「――…………ん」


 マキはゆっくりと頷く。

 ――いや、頷かれても困るんだよ。……あれか? 性別が変わった事によって男のマキが女の俺を助けたとう事になっているのか?

 なんとも不思議な反転現象だ。


「――本当に二人ともに怪我が無くてよかった。……特にミユキちゃん?」

「は、はい?」

「君に怪我が無くてホッとしたよ。もしその綺麗な顔に傷でもついたらと思うとゾッとする」

「へ?」

「いやはや、本当に良かった。正直なところ、俺はマキより君を心配していたんだ」

「兄さん……、それはちょっとひどいんじゃない……?」

「ははは、冗談だ」


 マサ兄の発言に俺もマキも戸惑った。

 というか、俺は男なんだ。そんな女の子に対する言葉をかけられても、どう反応していいのか分からない。

 一瞬、俺と真希が戸惑いの空気を放っていたのだが、マサ兄はそんな空気を一蹴するように明るく振る舞い、


「――さて、マキの見舞いも終わったし、ミユキちゃんの元気な姿も見られたし、俺はそろそろ帰るとするかな? これからまだ道場で門下生に稽古をつけなきゃいけないからね」


 という事を言って帰り支度を始めた。

 ――帰るのか……。まあこれでマキと話す事が出来る。

 俺たちの置かれている状況を知らない人間が居るのはどうも困るし、話を聞かせる訳にはいかない。俺は一刻も早くマキと色々話したかったので、マサ兄が帰り支度を終えるのを今か今かと待っていた。

 待っている間、俺はマキのベッドに向かい、その縁に腰かける。

 これから内緒話をするので、出来るだけマキと近い距離に居た方がいいと思ったからだ。


「――この後、話がある。……色々と」

「……ん」


 俺は耳打ちするように小声でマキに話す。少し距離が近いが、これだけ近づかないとマサ兄に気づかれる恐れがあると思った。

 マキは俺との距離が近いにも関わらず、いつものように頷いて無表情。恥ずかしいという気持ちは一切無いように見える。おまけに俺の言おうとしている事は理解しているようだった。

 こんな時こそ、長い付き合いの幼馴染に感謝だ。


「――…………ははっ」


 そんな時、マサ兄が俺たちを温かい眼差しで見て笑っていた。


「――??」


 俺はそんなマサ兄の真意に気づけず、一瞬疑問に思ったが、視線が『俺たち』に向いている事に気づけば、頭が冷静に機能し始める。

 ――今俺はマキのベッドに腰掛けて、顔を近づけてコイツに話しかけていた……。

 傍目から見ればそれは俺とマキが仲睦まじく囁き合っているように見えなくもない。

 ――誤解されてる?


「――っ!?」


 俺は咄嗟にマキと距離を取ったが、マサ兄はニヤニヤしてこちらを見ている。

 ――正直困った。どうしたものか?

 気まずくなって目線を彼から逸らした。


「――いやいや、仲良いね君たちは」

「ち、違うんです。これはっ」

「…………」


 マキは無言だったが、微妙に顔を赤らめていた。

 ――そんな反応すんじゃねぇ!

 マキにそう思っていたのだが、マサ兄は俺たちに構わず、そのまま笑顔で病室から出て行こうとする。

 このままでは誤解されたままになってしまうので、俺は慌てて彼を止めて釈明しようとするのだが、どう説明していいか分からなかった。

 言葉が出てこないとはこの事だ。


「――じゃあマキ、俺は帰るから後は……」


 マサ兄はドアの取っ手を掴みながらそんな事を言って俺たちを見る。


「――ちょ、真聡さん!」


 必死に誤解を解こうとする俺にマサ兄は、


「――恋人同士、ゆっくり話す事もあるだろうし、邪魔者は消えるよ」


 ワケの分からない発言をした。

 ――こ、恋人同士!?

 このワードだけは聞き逃すハズも無い。

 ――なんだ? 恋人同士って!? 恋人ってあの恋人か!?

 頭はその事でいっぱいになってパニック。疑問だらけだ。


「――あ、あの、恋人って!?」


 咄嗟に俺は聞き返したのだが、マサ兄はドアを開け放ち退室の姿勢。

 満面の笑顔で俺を置いて行こうとする。


「――ちょ、ちょっと待って」

「ははは、じゃあねミユキちゃん! また様子見に来る!」


 そう言い放つマサ兄はテンション高めに帰って行った。


「――あ……」


 俺は彼が出て行ったドアを呆気に取られて見つめていた。

 ――こ、恋人? 恋人??

 そのワードが何回も俺の頭をぐるぐると回る。

 俺はマキを見て説明を求めるが、コイツは俺から目を逸らした。

 ――おい、お前! 何か知ってるだろ!?

 ほんのり頬を赤らめているマキを見ると、そんな事を思ってしまう。

 ――さてどうしたものか……!

 今日の予定はマキと色々話してこの『生き返った状況』の情報を整理することだったのだが、俺はその会話内容を変更せざる負えない状況になってしまった。

 目を逸らすマキに、俺はマサ兄の『恋人発言』について聞くことを躊躇わなかった。


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