第五話 「周囲の反応」
――俺の名前は小峰 美幸。ミユキって呼んだ奴、後でボコボコにしてやるから覚悟しておけ……。
と、言っても今の俺の姿を見た奴は誰も彼もミユキと呼んでしまうだろう。
さて、そんな事は置いておいて、俺は今現在困っていた。
現在の状況が色々と鬱陶しい。起きてからずっとこの調子だから、かれこれ一時間ちょいはこうしているだろうか。
原因は俺が目覚めた事。
そう、現状では俺はマキと一緒に事故って、この病院に運び込まれたという事になっているらしい。後に知ったが、俺とマキは意識不明の状態だったと、病院の人間から聞いた。
意識不明だった人間が目覚めると、騒ぐのは当たり前のことだろう。
とくに、
「――姉さん!!」
俺の妹の美月が騒がないはずが無い。
――……『姉さん』か。一応、俺はお前の兄なんだが?
美月を見ながら、俺のテンションは下がる一方である。
俺より一つ年下の妹。一応『お兄ちゃんっ子』のはず? 大きな瞳が愛らしい? 髪の毛は肩まで伸ばされた黒髪で、やたらと髪質は良い……ハズ? ……全てにおいて疑問形なのは俺がコイツの身内だからであって、第三者目線で美月の事を説明するのが難しいからだ。
まあ、モテる事はモテてるらしいので、世間一般的には美人なのだろう。
――俺はモテないけどな!
まあそんな事は置いておいて、現状を説明しよう。
今、この場所は俺の病室である。
俺は先ほどまで意識を取り戻した事による、脳波の検査やらなにやらで検査尽くしだった。そしてやっとそれらの検査が終わって病室に戻ってきたという流れだ。
俺を待っていたのは昏睡状態から意識を取り戻したという知らせを聞いた、美月と祖父の清次だった。
二人は、やっと面会を許されて俺を囲んでいた。
「――本当によかった……」
「そうですよ……。もう、本当に心配させるんですから姉さんは……」
二人とも反応は別だが、基本は同じだ。
俺を抱き寄せてハグ。抱きしめまくって俺が生きている事を実感しようとしてくるのだ。
二人とも俺が無事で嬉しいのか、喜びと安堵で感情表現が行き過ぎているようにも見える。
――特に美月。お前はしつこい。何分間、俺を抱きしめるつもりなんだ?
一通り検査が終わって、病室に戻ってから拘束され続けている。
「――うう……姉さん……。姉さんです……姉さんの匂い……」
――……どうしたコイツ? 俺が意識を失っている間に何か別人のようになっているようなんだが……。
「――もういいだろ、いい加減にしてくれ。この歳になってまで身内にハグされたくない……」
とりあえず美月の事を心配しつつもウンザリしながらそう言い放った。
身内に心配かけるのは性にあわない。心配されるのもそうだが、どうも照れくさいのだ。
そんな気持ちを抱えて、ぶっきら棒にベッド上であぐらを組んだ。
俺の行動に、美月とジイさんの二人は目をパチクリ。互いを見合って、驚いた様子で俺を見る。
「――??」
俺はそんな二人に首を傾げた。
「――ミユキ、お前……」
「姉さん?」
「なんだよ、二人とも?」
俺の言葉の返しに、更に二人は驚く。
――何なんだ一体。この二人のリアクションは?
そう思っていた最中、
「――さっきから、なんて言葉使いをしてるんだ!」
「そ、そうですよ姉さん! あぐらなんて組んで!」
二人が叫んだ。
俺はそこでようやく自分の置かれている状況を思い出した。
――そうだ、俺は今『ミユキ』という女だった。
昨日マキとあれほど話し合ったのに目覚めてから今までの数時間、ヨシユキとして過ごしてしまっていたのだった。勿論、言葉使いなんて男のままだ。
まあ、家族が来るまで接触した人間は病院の先生とかだったので、基本は敬語で話していたのが救いだろう。
――もう少し自分の性別の人格を用意しておけばよかった。……というか、やはり俺は『女』ということで皆に認識されているのか?
皆が俺をどう認識しているのか分かった事は喜んでいいと思うが、その喜びは一瞬だけで、後は焦りと困惑だけだ。
――俺が女ならば言葉使い他、何から何まで女として演技しなければならないのか? それは非常に困る……というか無理だ。
「――冗談じゃねぇぞ……」
そんな『男』を捨てるような行為に俺は咄嗟に呟く。
「こらミユキ、言葉使い」
ジイさんが俺の言葉使いを指摘する。
俺はそんなジイさんの指摘に居てもたってもいられなくなり、
「――冗談じゃない! 俺はヨシユキだ! 小峰美幸なんだっ!」
そして叫んでしまった。
俺は男だ。ミユキと言う女じゃない。今まで一緒に暮らしてきた家族に別人のように扱われるのが我慢ならない。
――誰か助けて! 俺はここに居るよ!
誰に向けての言葉か分からないが、俺は叫ばずにはいられなかった。
しかし、
「――…………っ!?」
「ミユキ……おまえ……」
間髪入れずに帰って来た反応は、俺を心配するもので、二人とも目を見開いて言葉を失っていた。
――ヤバイ。完全に俺は『ミユキ』という人物になっているらしい。
まあ容姿はもはや別人だし、性別も変わっている……。
もはや『ヨシユキ』としての影も形も無い状況だ。
俺はこの目の前の二人と、これからどうして向き合って行こうかと考えて、自信の無い視線を向けた。
「――ね、姉さんの……姉さんの記憶が……人格が変です!」
そんな視線を悪く感じ取ったのか、美月が血相変えて叫びだす。
「――はい?」
「おじいちゃん! 早く、早く先生に、もう一度検査してもらわなきゃ!」
「そ、そうだな!」
間抜けな声を上げる俺に対して、美月とジイさんは必死だ。
これも全て俺のせいなのだろう。
まあ女と認識されてて、男言葉や男らしい仕草をすればそう思われても不思議じゃない。
しかし、女言葉を使って『演技』するのは非常に抵抗がある。
「――今すぐ先生を呼んできて! 私は姉さんを見てますから!」
俺が葛藤している間にも、美月とジイさんは勝手に話を進める。
美月は俺に駆け寄り、ジイさんは慌てて病室から出て行った。
――……まさか本当に先生を呼んでくるつもりなのか?
俺は開け放た荒れた部屋のドアを見つめて嫌な汗を流した。
「「――……」」
その場にポツンと残される俺と美月。
なんだか嫌な空気だ。
「姉さん……」
「な、なんだよ?」
「大丈夫なんですか?」
「え? ああ、大丈夫……なはずだ」
何ともいえない。
身体は概ね良好だが、心が折れそうなのは変わりない。美月たちが戸惑うのも分かるが、俺はもっと戸惑っているんだ。
美月は俺の言葉を聞いて悲しそうな顔をした。
察するに、俺の様子に只ならぬものを感じ取ったのだろうか?
俺は美月を見つめた。
「――本当に大丈夫ですか? わ、私が誰か分かりますよね?」
「美月……。流石にお前の事は分かるよ」
「…………っ」
「美月?」
「な、なんでそんな男の子みたいなんですかっ!?」
――いや、俺は男なんだよね、美月。姿はこうでも中身はヨシユキなんだよ。そこの所、理解してほしいんだが……無理か。
バツの悪そうな顔をしていた時、いきなり美月が俺を抱きしめてくる。
「――うわっ!?」
咄嗟に声が出る俺だが、美月は俺にかまわずに力を込める。
「――大丈夫……大丈夫ですから……。ちょっとあの事故で記憶が混乱してるんです……そうなんですよね……? 私がついてますから……姉さん……」
俺の頭を撫で、優しく介抱しだす美月。
そんな妹の姿に、俺は動揺を隠せない。
――何やってんだコイツ!? 近い、近すぎる! というか頭を撫でるな! 恥ずかしい!
俺は赤面しながら美月を押しのけた。
――そうか、コイツは俺の事を『事故による後遺症』。……つまりは頭を事故で強打した故に、こうなってしまったと思っているのか。
美月が思わぬ勘違いをしてくれたので、俺はこの理由を使ってやろうと思った。
――というか、事故に遭った上に記憶混乱に陥るって、どんだけ不運なんだよ俺……。
「――姉さん?」
「あー……まあなんだ。俺は大丈夫だから気にしないでくれ。記憶云々はともかく、少なくともお前の事は覚えてるし、ジイさんの事も覚えてる。だからそんなに焦る事は無いと思う」
「ね、姉さんっ!」
「なんだよ?」
「全然大丈夫じゃないです! なんで……そんなっ……男の子みたいなっ……!」
美月が泣いている。
俺はただそれを見ている事しかできない。
――えーっと、俺が泣かしたのか?
何とも理不尽な。俺はただ普通に、いつも通りに喋っていただけなのに。
俺は泣いている妹に必死に泣き止むように話しかけるが、結果は思わしくない。俺が素で喋れば喋るほど、悲しみが増すようだった。
――どうしたらいい?
美月は俺に『小峰ミユキ』という人物を望んでいる事はよく分かったが、俺にそのミユキさんを求めてはいけない。
――だって、俺は男だ。
ミユキさんになってしまうと、男として大事なものを失くすのは明白だ。
しかし現状を打開するには俺がミユキさんにならなければならない。
――悩みどころだ。いや、答えは決まっているが、周りの人間に変な目で見られ、心配されるのは非常に面倒だ。
さてどうしたものか。
俺はベッド上で腕を組んで考え込んだ。
その仕草に美月は嘆く。
――全く、面倒ったらありゃしねぇぜ。
俺たちがそうこうしていた時、
「――ミユキ、先生が診てくれるそうだ」
ジイさんが空いた車椅子を押して病室に戻ってきた。
泣いている美月を見て『何事か!?』と心配していたが、美月本人が説明すると、ジイさんも悲しそうな顔をした。
――そんな顔しないでくれジイさん。俺は正常なんだからよ……。
そんな気持ちを知る由もなく、俺は早急にジイさんと美月に抱えられ、車椅子に押し込まれてしまう。
戸惑う俺を尻目に、そのまま担当医の元へと連れて行かれてしまった。
そこから始まる診察と検査の嵐。
――もう、検査は勘弁してくれ……。
という俺の気持ちを無視して、美月とジイさんは躍起になって俺の異常を探そうとする。
当たり前だが、俺の脳に異常など見当たる訳もなく、
『――事故で頭を強く打ってしまった事が原因ですね……。しばらく様子をみてみましょう』
という担当医のお言葉を頂く羽目になった。
美月やジイさんは俺の『人格変貌』を事故のせいだと思って、とりあえずは納得してくれたようだが、相変わらず俺がヨシユキとして喋ると嘆き悲しむ。
――なんなんだ、この面倒な奴らは?
俺を心配してくれているのは十分伝わってくるが、正直辛い。
――特に美月。
俺が素で話すたんびにショックを受けるその反応は止めてほしい。
なんだか俺がいじめているみたいに思えて来るじゃないか。
この状況を打開するには、やはり俺がミユキさんとして、女の『演技』をしなければ解決しそうにない。
美月が俺に『女言葉』をレクチャーしだした所から、俺にはもう逃げ道が無かったのかもしれない。
俺は腹を括って、美月から女性の言葉使いを習ったのだった(泣)。




