第四話其の二 「目が覚めると 美幸side」
(2018/08/02)に挿絵を入れました。
俺は今鏡の前に立っている。『現状』の確認のためだ。
――どうなってやがるんだ!?
咄嗟に頭に浮かんだのがそんな感想だった。
なんせ目の前には、見知らぬ女の子が居たからだ。
しかもめちゃくちゃ美人。俺の知る限りこんな娘を見たのは相沢さん以来かもしれない。
それくらい魅力的な少女だった。
俺は一瞬固まってしまったが、とりあえず礼儀と思って軽く会釈をして相手の様子を伺う。こんな時に『不法侵入』だとか思わないのは、ここが病院の一室だと思われるからであるし、もしかしてこの女の子は俺の病室に迷い込んだかもしれないと思ったからである。
とりあえず、そんな事は置いておいて今は目の前の少女の事が気がかりだ。彼女は俺の会釈に応えるように……いや、まるで俺をトレスするかの如く、同じタイミングで頭を下げた。
……その相手を伺うような仕草と表情は何とも素敵だ。
いやいや、そんな事を考えている場合ではない。なぜこの娘は俺と全く同じタイミングで頭を下げたんだ? そんな疑問を浮かべて、俺は彼女をしっかり観察した。
……顔を近づけて凝視。
「――おおっ!?」
咄嗟に驚きの声が出た。
俺が顔を近づけると、彼女も顔を近づけたのだ。しかも彼女も俺と同じように驚いている。
――……徐々に嫌な予感がしてきた。もしかして、もしかするのか?
俺は彼女から離れて、一呼吸すると、
「――っ! っ!! 変……身っ!!」
彼女が絶対に真似できないであろう動きをする事で、その嫌な予感を確かめる事にした。
左フックから右顔の付近に握りこぶしを両手で作り、ギリギリと握りしめる。次に複雑に手を交差して、変身ポーズを取った。……俺が昔好きだった特撮ヒーロー物の変身ポーズだ。
これは真似できないだろうと思って瞬時に彼女を目で追ったが、まさかの見事な動きで俺についてきていた。
複雑な変身ポーズを全力でやった為に、彼女の綺麗なロングヘアーは滑稽になびく。
「――…………」
俺は無言で呆気に取られる。
その後も色々と動いてみたが、その全部に彼女は見事にシンクロしてきた。
……右手を上げたり、左手を上げたり、手を叩く。挙げだしたらキリがないほど動いたが、結果は全て同じ。
――残念だが、完全にそういうことらしい……。
どうやら俺は彼女と同じ姿、形になっているようだ。……なるほど、なるほど。
「――って納得できるか、バカ野郎!!」
ノリツッコミもしてみる。
俺と彼女は、互いに顔を指しながら叫んでいた。
「――なんでこんな姿に!? 『女』になってるんだ!?」
そして続いて出た言葉に、俺は自問自答して苦しむ。それはまるで答えの出ない数式を解いているような苦しい気分だった。
さかのぼる事、数分前。
俺は気持ちのいい眠気に抗い、目を覚めた。
かなり薄暗い場所だなと思ったが、どうやらそれは夜だからだろう。しかしその部屋の暗さは部屋のカーテンが閉まっている事も手伝っていた。
……居心地は悪い。
俺はふと見覚えの無い部屋に気づいて、ベッドから上半身を起こして周りを見渡す。
起き抜けのぼんやりした頭は、なかなかスッキリせずに俺の思考を鈍らせた。
「――なんだこれ……?」
そう呟く俺は、自分の背後……。つまりはベッドの縁に張り付けてあった『小峰美幸』と書いてあるネームプレートを見つけた。
――なんでこんな所にネームプレートが? ベッドにネームプレートなんて、まるで入院患者のベッドみたいじゃないか。と、いうか、
「――あー、あー……??」
俺は自分の声がまるで別人である事に違和感を覚えまくった。
まるで女の子のような高い声だ。いつもの俺の低めのボイスではない。そう、まるで相沢さんのような、耳に心地よいエンジェルボイスだった。
――何だ……これ?
俺は、喉に手をやりながらもう一度部屋を見渡す。……喉仏が無くなっている事はとりあえず置いておくとしよう。いや、置いておくのは問題だが、今はとりあえず自分が居る部屋の方が気になった。
所どころ白を貴重とした壁模様。天上からベッドを囲むように開け閉めできるカーテンと綺麗に飾られた花。極め付けは『美幸へ』などと見舞いの品らしき物まで置いてあった。
……なんか病室みたいだ。俺が寝ていたベッドしか置いてないから、おそらく個室病室だろう。……多分。ここは俺以外誰も居ないのは間違いなさそうだった。
どうしてこんな所に? と、俺が疑問に思った時、瞬時に意識を失う前の事を思いだした。
「――そうだ、あの天使……」
頭がはっきり起きて来た事で、俺は天使によって生き返った事を改めて認識した。
何より先に無事生き返った事を実感しようと、勢いよくベッドから飛び降りて身体を動かそうとするのだが、
「――っ!?」
全身から立ち上ってくる微妙な違和感に、その場でピタリと動きを止める。何とも言葉に言い表しにくいが、どこかがおかしいのだ。先ほどの声の一件も気になる。
そう言えば、寝ている時から妙に胸に重みを感じていたのも気になった。
俺は首を傾げてその違和感を確かめる為に胸に手をやった。……いや、やってしまった。
むにゅん。
「――…………!?」
俺は凍りついた。
驚きで視線を下げると、胸のあたりに巨大な双球が存在していたのだった。
俺が着ている服(何て言うんだこの病院服?)を押し上げる凶悪なその存在。そしてその存在を鷲掴みしてしまった俺の手。幸せな感触と共に、俺の胸に手の熱さが感じられる。
「――これは……??」
俺はその双球の存在を薄々感じながら、それを確かめるように強くぐいぐい押してみた。先ほどと同じように素晴らしい弾力と感触。ちょっとくすぐったい胸は、俺が手を動かす度に押される感触が伝わってくる。
「――ほ、本物!?」
そこで俺は確信した。これは俗に言う『おっぱい』であり、今現在、俺に付いているものであると。
「――まさか……」
嫌な予感が一瞬起こり、俺は自分の下半身を見た。
個室であるので、誰も居ない事は分かりきっているが『それ』を実行するには、やはり抵抗がある。俺は自分一人だという事を再確認し終えると、ゆっくりと自分の下腹部に手を持って行った。
そして問題の個所にソフトタッチ。
「――…………」
無い。
男なら誰もが持っているシンボルが見事に消えていた。
非常にショッキングな出来事だったので俺は数秒間、言葉を失っていた。カチカチと病室に備え付けられた時計の音から察するに、十秒以上はそうしていただろう。
そしてそのまま感情が爆発。
大絶叫ののちに確認作業を念入りにするが、結局は期待を裏切られてしまう。
あまりの結果に呆然として、俺は最後の希望を病室に備え付けられている鏡に見出す事にした。
――容姿は……。容姿はどうなっている……?
俺はそう思いながら、のろのろと鏡に向かう。
身体や声が激変している以上、容姿も『ソレ』になっているであろう可能性に俺は恐怖した。
まるで藁にもすがるような気持ちだったが、結果は……言わずもがな。
俺は大敗北を決することになる。
――そして時間は戻り、数分後。
俺は鏡の前で叫びまくって、自分が女の子になってしまった事に頭を抱えていた。
いや、マジで頭を抱えた。全く、何も思いつかない。どうすればこの現状を打開できるのだろうか? 誰でもいいから教えてほしかった。
ためしに、病室に置いてあった俺のノートパソコンを使って『○○知恵袋』で質問したけど、誰も教えてくれなかったし……。
ああ、そう言えば『氏ねじゃなくて、死ね』って言われたっけか。
――安心しろ、一度死んでこのザマだから…………。
そうやって落ち込んでいる間に、ふと廊下から違和感を感じる。
……人の気配だ。
ここが病院か何かである以上、ナースの深夜の見回りかもしれない。
――ヤバイ。
俺は現状を誰にも見られたくないので咄嗟に部屋の隅に身を隠した。相手が誰であろうと自分で自分の事が分かっていないのに、話しかけられるなどもってのほかだ。
それこそ病院の人間に不審に思われて質問攻めなんかされたら一大事。いい事なんて一つも無い。だからこそ俺は息を殺して病室に隠れた。
幸い、夜だったので隠れるにはちょうどいい。俺は部屋の隅で廊下の気配が自分の病室から遠ざかるのを待っていた。
「――…………??」
しかし気配は遠ざかるよりむしろ近づいて来るばかりだ。
途中、一度止まったり動いたりする気配。どうやらここら一帯を歩き回っているように感じられる。足音は控えめで耳をすまさないと聞こえないレベル。これがもし見回りの病院関係者なら歩く動きに迷いが無いはずだし、なにより足音がもっと響くはずだ。
つまり、非常に奇妙な気配だった。
そしてその奇妙な気配は俺の病室の前で止まると、
ガラガラ……。
病室独特の横スライドドアを開けて俺の病室に入って来た。走る緊張。息をひそめる俺。
と、いってもただ単に部屋の隅で身体を丸めてじっとしているだけなので、見つかるのは時間の問題かもしれない。
「――美幸……」
「……!?」
咄嗟に入って来た人物に名前を呼ばれた。……聞き覚えの無い声だ。低くすぎず、すこし高めなその声は、俺の事を『ヨシユキ』と発音し、部屋を見渡している。
「――美幸、居ないの……?」
どうやら、俺を探しているらしい。
数秒間、俺は様子を伺っていたが、その人物の顔を確認する事は出来なかった。ちょうど月明かりが遮断されている所に居るのだから仕方ない。
非常に気になる……。
特に今の俺を『ヨシユキ』と呼んだ所が一番だ。
――この人物なら、この状況を何か知っているかもしれない……。
俺はそう思って、隠密状態を解除しようとしたのだが、その人物はこの部屋での捜索を諦めたのか、たった今部屋から出て行こうとしていた。
「――あー。待った、待った……」
俺は咄嗟に暗がりから姿を現せてその人物に話しかけた。
俺の声に退出しようとしていた人物の動きが止まる。瞬時に振り返ったと思えば、ぽかんと口を開けて俺を見つめる。俺もまた真正面にその人物の姿を確認した。
そこで俺は奇妙な感覚に囚われ、咄嗟に声を上げる。
――コイツ、どこかで……?
俺はそう思いながら、その人物の顔を凝視した。
恐らく、俺と同じくらいの年齢だと思うから十六、七だろう。容姿は中性的な顔立ちをしているが声から察するに、かろうじて男だと認識できる。髪は黒髪で少し長めのヘアスタイル。身長は俺よりも勿論高い。黙っていれば女性だと思ってしまうかもしれないその男に、俺はどこか見覚えのある気がした。
残念だが、俺の知り合いにこんな野郎は居ない。だから単に勘違いである可能性が高いのだが、かゆい所に手が届かないようなもどかしさがあった。
相手の男は俺とは全く違う印象を受けたようで、ただ単に絶句していた。
……言葉が出ないとは、まさしくこのような反応だと言える。
次の瞬間、その男は何故か神速で俺を抱きしめて来た!?
「――うお!? ちょっ、なん!?」
「…………」
俺は咄嗟の事に身動きが取れなかった。
――畜生、いつもならこの程度、すぐに回避してカウンターの一発でもくれてやるところだ。
今は頭が回らなかったのと身体に慣れていなかったのが原因で、俺の判断を鈍らせた。
「――離れろ、この変態野郎! 俺は男に抱きしめられる趣味は無い!」
「…………あ」
その男は何か気づいたように俺から離れる。
しかし俺から離れるのが名残惜しそうな感じだった。
――この変態野郎。
俺は変な汗をかいてソイツから二、三歩距離を取る。
男はバツの悪そうな顔をして頭を掻き、
「――その言葉使い、男の子だ……」
そんな事を言って来た。
――コイツはなんだ? 俺が男だと知っているのか?
俺はワケの分からないままその男に視線を向ける。
「――抱きついたのは謝るけど……、美幸だよね?」
「なっ!?」
いきなり俺を『美幸』と確認してきたその男。
驚きもそのままに、俺はこの男に『現状を説明できる人間』だと希望を見出し説明を求める。
「――お前、俺を知っているのか!? ちょうど良かった、俺も知りたい事がありすぎて困っていたところなんだ!」
「……美幸、痛い」
俺は矢継ぎ早に質問をしようとして彼の肩を思いっきり掴んでいた。
痛がる彼に、俺は咄嗟に力を緩めて謝る。
――これでは先ほどの逆パターンだ。
「――す、すまん。俺は……」
「待って……」
「?」
「まずは自己紹介……。君はボクが誰か分からないよね?」
「あ、ああ……」
俺がそう返事すると彼はニコリと笑いを浮かべる。そしてこちらを窺うようにゆっくりと話しはじめるが、その顔は少しばかり困惑しているように見えた。
「――信じてもらえないかもしれないけど、ボクは真希……」
「え?」
「水鏡真希だよ。幼馴染の水鏡真希……」
「は?」
――コイツ今何て言った? 真希ってあの真希か?
俺はそう思い、もう一度『自称真希』を凝視。穴が開くように見つめる。俺は意味が分からなかったが、顔を赤くしつつも俺から目を逸らさないコイツは嘘を言っているようには思えなかった。
そう言えば真希も俺が見つめると顔を赤くしてしまう事があった。その共通した仕草が少し似ていて、俺は目の前のコイツを真希の血縁者ではないかと一瞬思ってしまう。
「――お前、真希の親戚か?」
「え?」
「いや、親戚かどうかを聞いているんだが?」
「ボクは真希だよ」
「嘘を言うな! 真希は女だ、お前は男じゃないか!?」
「嘘じゃない。確かに身体は変わってしまったけど、中身は真希だよ。……そういう美幸だって身体は女の子になってるんじゃないの?」
「う!?」
俺は指摘されたように身体を触る。
……厳密には胸に手をやって、自分が女だという事を再認識した。
正直落ち込む。
なぜ俺が女になってしまったのか。それは到底受け入れがたい案件だが、確かに現実である事は間違いない。
性別が反転したというイリュージョンが現実になった事で、俺の心に『もしかしたら』という思いが芽生えてくる。
そう、俺の性別が反転しているのだから、真希だって反転しているかもしれないという可能性だ。
――仮にコイツが真希だとしたら……。
俺は根拠の無い可能性にかけて、真希に質問する事にした。
「――もしお前が真希だとしたら、俺の事を知っているはずだ。ためしに俺の事を説明してみろ」
「説明?」
「ああ、なんでもいい。俺の事を言ってみろ。俺と真希しか知らないことでもいいぞ?」
これでどうだと高を括ってみたが、自称真希は自分の事を信じてもらいたい思いでいっぱいで、一生懸命に俺の事を話し出す。
「――……本名は小峰美幸。今はボクより身長が低いけど、本来は身長173センチ。血液型は確かO型」
「…………!?」
「……家族構成は祖父の清次さんと妹の美月ちゃんが居て、実家は道場を開いている。一応、空手道場だけど、本来は『小峰流古武術』だったはず」
「お前、なんでそれを?」
「まだ続けるよ? 美幸は道場の跡取りで、日々自分を鍛えているよね? 文武両道で勉強もできるけど、未だモテたためしはない」
「ん??」
「恋愛に疎くて奥手。ボクと美月ちゃん以外の女性とはあまり話した事がなかった……と、思う。特に千歳と話すときはすごく緊張してる」
――おいおい段々、話が変な方向に曲がっていっているぞ。
しかもコイツの話している事は全部当たっているからたちが悪い。
「――ちょっと悲しいけど、肌色が多くを占める男性向けマンガ本を多数所持してるから、女性にはかなり興味があるとボクは思ってる。ちなみにその本の隠し場所は……」
「やめろ真希! そっち方面の俺の秘密に触るな!」
――あ。
咄嗟に叫んじまった。というか真希って認めちまったよ。
……そらエロ本の隠し場所とか暴露されたら叫びたくなる。俺は目の前の男が真希である事を認めざるを得なくなった。
真希は昔と変わらない無表情でコクリと頷いて、俺の話をやめてくれた。
この仕草、完全に真希だ。
そういえば真希は可愛い物をみると抱きしめてしまうという意味不明な癖があった。自分で言うのも嫌だが、今の俺の容姿はかなりすごい事になっている。この容姿が真希の琴線に触れて先ほどの『抱きしめる』という行動に走ったのかもしれない。
思い返してみて、真希と同じ仕草、癖を持っているこの男を俺は真希と認めた。
そうなってくると後は早い。なんせ真希は俺が女になった事を見越してここに来てくれたのだ。ならばその理由も何か知っているはずだ。
「――お、お前、何か知っているのか?」
「ん?」
「この状況をだよ」
「……ボクは分からない。分からないままここに来たんだよ……。美幸と話せば何か分かると思って……」
「そ、そうなのか?」
「目を覚ませばボク、男の子になってた……」
「それは見れば分かる」
「……ん」
「それで?」
「それで目を覚ます前の事を思いだから……」
「??」
「天使の記憶、あるでしょう?」
「あ、ああ」
「美幸も同じ記憶を持っているかもしれないと思ったから、ここまで来たんだよ……」
結局のところ、二人して何もわからないまま時間だけが過ぎていく。分かった事は俺たち二人の性別が反転しているという事だけだ。
思い当たる節は『天使に会った』という共通の臨死体験だけである。俺たちはその部分を重点的に話し合って状況確認をしていく。
「――今のふざけた状況になる以前に、俺たちに共通して言えることは二つほどある。一つは事故に一緒に遭った事。もう一つは天使らしき少女に会った事だ……」
「……ん」
「今病院に居るのは、恐らく事故現場から搬送されたからだと思うが、詳しい事は分からない」
「そう……だね」
「身体は痛くないから、多分ケガの類でここに居るワケではなさそうだ。真希、お前の身体はどんな感じだ?」
「……ん。ボクの身体も痛い所は無いよ。美幸もケガが無いなら多分検査入院だと思う」
「だよな。まあこの辺は明日になったら詳しく病院の人に聞いてみよう。日付を見ると事故ったのは昨日だから、俺たちは一日気を失っていた事になるのか……」
「……そうだと思う。最後にある記憶は天使に会った事くらい……かな」
「じゃあ多分、俺の予想は正しい事になるな。……それで次に天使の事だが」
「……ん」
「まだ信じられん。あれは夢じゃないのか?」
「夢じゃないと思う」
「そ、その根拠はなんだ?」
「ボクと美幸は同じ体験をしてるし現に天使を見てるよね? もしあれが夢なら、そもそも共通の天使の話題で話し合いなんてできないよ……」
「あ、ああ。確かにそうだな。しかし変な体験である事は変わりない。そうだろ?」
「……ん」
「そもそも生き返るってなんだよ。俺たちは死んでるのかよ?」
「天使はそう言ってた」
「それで生き返らせてもらってこの姿か? 笑い話にもなりゃしねぇ……」
「ボクだって信じられないけど、夢じゃない事は確か」
「それが余計にたちが悪い……」
そこで俺たちは互いの身体を見た。……本当に信じられない。真希が男になって、俺が女。どうやら本当に性別が反転しているのは確かなようだ。
……視線を落とすと、俺の胸が嫌でも目に入るのだから仕方がない。
「――美幸、大きい……」
「なにが!?」
「胸……」
「…………」
「ボクのは、無い。以前よりも明らかに無くなってる……。悲しい」
真希は自分の胸部を悲しそうにポンポン叩いていた。
……結構重いオーラが漂っている。
俺は彼女に声をかけるのをためらった。
「――まさかボクが男になるなんて」
「あの、真希? そう落ち込むな。俺も女になるとは、夢にも思わなかったんだ」
「……胸」
「まだ引っ張るか?」
「……ん」
真希は非常に大きく頷く。
――……そんなに胸って大事なのか?
俺は首を傾げながら真希と向き合った。彼女は羨ましそうに俺の胸を見ていたが、何かに気づいたようで、俺に話を振ってくる。
「――このままじゃ、日常生活を送れないし、学校にも行けない……」
真希の言葉に俺はハッとした。
――そうだ、学校だ。というか俺たちはどういう存在なんだろう?
そんな疑問が頭を支配する。
このままで学校に行けというのか。日常を過ごせというのか。世間じゃ小峰美幸は男。水鏡真希は女として認識されているのだ。このまま日常に復帰したら、まず周りの人間が大パニックに陥る。真希はまだ面影が残っているが、俺なんてまるで別人だ。
どうしたらいいのか言葉に出ない。
そんな風に頭を抱えて悩んでいた時、
「――そう言えば、美幸?」
真希が不意に思い出したかのように俺に教えてくれる。
「――一つ気になってる事があるんだけど、ボクの名前表記がおかしいんだ」
「名前?」
「……ん」
「ど、どうおかしいんだ?」
「ボクの名前の漢字は真実の『真』に希望の『希』だよね」
「あ、ああ」
「でも、ボクの病室の名前表記は真樹だった」
「は? マキ?」
「真樹だよ真樹。『真』は同じだけど、『希』は樹木の『樹』に変わってた……」
「はあ?」
「ついでを言うと、美幸の病室前のネームプレートは美幸。フリガナは『ミユキ』になってた」
「はあ!?」
俺は一目散に病室を出ると、自分のネームプレートを確認。
そのプレートを凝視して名前を目で追って行く。
「――『小峰 美幸』??」
驚愕の事実だ。
俺はそのままそのネームプレートを握りしめると、病室に戻る。
そして、真希にネームプレートを見せて、
「――ど、どういう事だ!? これは!!」
叫んでしまった。
真希はそんな俺に困った顔をして顔を背ける。
――これは変だ。おかしいにも程がある。まあ性別が変わっていること自体、もうおかしい事だが、俺や真希の扱いまでもがおかしくなっている現状は見逃せない。
状況から察するに俺は『小峰ミユキ』としてこの病院に入院している。これは間違いないと思う。断言はできないが、真希も、『水鏡真樹』として入院しているのだろう。
つまり、俺たちは周りから今の性別で認識されているのかもしれない。何とも言えないが、可能性は非常に高いだろう。
「――俺も真希も今の性別で入院してるみたいだな」
「……ん」
「もしかして周りからそう思われているのかもしれない。お前どう思う?」
「……ボクもそう思う。というかそう考えるのが自然かもしれない」
――さてこれからどうする? 俺の思いついた可能性は当たっているのだろうか? だとすれば、これからどうなるんだろうか?
「――俺の考えた可能性が当たっているなら、厄介だぞ……」
「……ん」
「なんせ俺たちの性別が反転しているのが当たり前かもしれないんだ。そんな状況でうまくやっていけるか?」
「……自信は無い」
「だろう? ……明日からどうなるんだよ」
「身の振り方が分からない……。もしかしたら、ボクらは真樹とミユキとして振る舞わないといけないのかもしれない……」
「……頭痛いぜ」
「でも仕方ない……。それが現実だから」
「……お前、結構順応力高いな」
「そんな事ない……。内心、焦りが膨らんでいて落ち着かない」
「そんな風には見えないんだが?」
「気のせいだと思う……。とりあえず美幸?」
「ああ?」
「明日からはできるだけ一緒に居よう。……現状の様子見って言うのもあるけど、一緒だと何かと安心するから」
「そ、そうだな。とりあえず、皆が俺たちの事をどう扱うのか……。それが一番気になる」
「……ん」
「というわけで真希。明日からよろしく頼む」
「……分かった。じゃあボクはとりあえず、明日からミユキって呼んでみる」
「え?」
「そうしないと、もし皆がボクらの事を今の性別で扱うなら不審に思われる……」
「そ、そう……だな」
「ボクの事は……。ああ、発音が変わらないから一緒でいいのか……」
「楽でいいな」
「でも……」
「ん? どうした真希?」
「美幸の言葉使いは女の子じゃないとダメだと思う。あと女の子らしく振る舞わないと……」
「はあ!?」
「……その可愛さで男言葉はダメ……!」
俺は鏡で自分の姿を確認した。
――……確かに今の俺の容姿じゃ男言葉はまずいかもしれん。しかし女言葉か……。違和感というか、何か男として大切な物を失くしそうで怖い。
しかし現状がはっきりしない以上、真希の提案を飲むしか道は無いが……正直嫌だ。
とりあえずこの件は後に考えるとして、すべては明日からという事になる。
――というか知らんがな!
「――ところで美幸?」
「なんだ?」
「一つお願いがあるんだけど……」
真希が恥ずかしそうにモジモジして上目づかいしてきた。
……恰好が野郎なので別に可愛いとか思えないのが悲しい。というか止めてくれ、気色悪いから。
「――な、なんだよ?」
俺は真希が真剣なのでとりあえず聞き返す。
すると真希は遠慮がちに言葉を発して、
「――美幸を『ぎゅっ』てさせてほしい……」
頬を赤らめる。
「…………」
「……抱きしめてもいい?」
――な、何を言い出すんだコイツは!?
いや、待て、相手は真希だ。可愛い物愛好家の真希なんだ。コイツの目は完全に俺を愛でる体勢に入っている。
――マズイ。
俺は逃げる為に真希から距離を取る。
しかし真希はジワリ、ジワリと俺との距離を詰めてくる。
――逃げ場がない。
「――お、落ち着こうぜ。真希……?」
「…………ボクは落ち着いてるよ?」
――どこがだ!? 完全に目が据わってるじゃないか!
俺たちはこの後、夜の病室で悲しすぎる鬼ごっこをしたのだった……。




