第五十八話 「そういえば、忘れていました」
さて、長々とやってまいりました第4章ですが、今回のお話で一応のお終いです。
次からはショートストーリーを挟みつつ、第5章へ行きたいと思いますので、よろしくお願いします。
さて、ナンパ騒動から一夜明け、その通学路。
いつものように横に美月が居て、今日はマキも同じだった。
最近のマキは朝練の無い日はこうして俺たちと一緒に登校している。
最寄駅の改札で合流し、今日も元気に学園へ向かう最中という所だ。
――うーん……。なんだか顔を合わせづらいような?
昨日の事がやはり原因であるのか、少々『いつも通り』とはいけない気持ちだ。
相沢さんと普段通りに接する事が出来るのだろうかと昨日の夜からずっと考えている俺だった。
「――ミユキ?」
そうやって深く考えていたら、目の前にマキの顔があったので一瞬驚いて怯んでしまう。
そんな俺の反応に『ご、ごめん』と謝りつつ、俺の様子と考え込んでいる仕草が気になったのだろうか、
「――それで、どうしたの? 今日会ってから変だよ? 昨日はあれだけ元気そうだったのに……」
相沢さんと放課後デートというイベントを楽しみにしていた昨日の朝の事を言っているのだろう。
昨日の俺とのギャップに、違和感しか見当たらないというのがマキの印象だろうか。
「――そうなんですよ、水鏡さん。昨日帰ってきてから、姉さんが少し悩んでいるような気がするんです……」
勿論、美月も俺の異変に気づいていたようで、マキが話しかけた事によってその追求に便乗してきた。
二人の追及から逃れるように若干顔を背けようとしたのだが、その視線の先に相沢さんを目撃。
彼女も俺たちに気付いたようで、
「――おはよー、ミユキ! それに二人とも!」
手を振りながらいつものように元気よく手を振ってきた。
――あれ、かなり普通?
もしかして気にしてるのは俺だけなのかと思って、相沢さんに『おはよう』と返したが、向こうは全然気にしてない様子でニコニコと笑顔だった。
――気にしているのは俺だけか……。
どうも好きな相手には気を使いすぎているのかもしれない俺は、慎重と言うか何というか。
とにかく相手の出方を探るというか。
――男らしくねーな、俺は……。
そうだ、もっとドンと構えて『普段通りにすればいいだけだ』と考え直して相沢さんの横に並ぶ。
相沢さんはそんな俺の行動に対して意識する事も無く、いつも通り。
それどころか、いつぞやに美月とふざけて来たようにギュッと腕に抱きついてくるのだった。
「――ち、ちょっと、千歳? あの……どうしたの?」
俺の言葉も然る事ながら、同じ気持ちだったマキと美月も二人して頷くように、相沢さんの動向を伺っていた。
「――えへへ、だって朝から会えて嬉しかったんだもん」
「そ、そうな……んですか?」
少し様子のおかしい相沢さんに俺もよく分からない態度で返してしまう。
そして蚊帳の外の二人は俺たちを見つめながら、
「――どうしたんでしょうか、千歳さんと姉さんは……?」
「さ、さあ、それはボクにも分からないよ」
「水鏡さんも分からないんですか? こ、恋人なのに?」
「美月ちゃん、いくらボクがミユキの恋人だとしても、すべてを把握できる訳ないよ……、ストーカーじゃないんだから……」
「私は結構、姉さんの事把握してますよ? これも愛ですかね? ふふふ……」
「…………え?」
「え?」
小声で何やらヒソヒソと話していた。
最後のはよく分からなかったが、美月の発言によってマキが驚き、そして軽く引いているようなリアクションをしていた。
――なにがあったんだ??
気にもなるが、それよりもだ、
「――千歳、ちょっと歩きにくいから、もう少し離れてくれませんか?」
「やだよー。こうでもしないと抱きつけないもんねー」
――かなりご機嫌デスネ……。
だけどそろそろ何とかしないと……、
「――じーっ」
美月が対抗心むき出しで思いっきりこちらを見ているのが怖すぎる。
マキもマキで苦笑いしているし。
こういう時、問答無用で美月は動くであろう。そう、ものの数秒で……、
「――姉さんッ、鞄が落ちそうです! 私が支えましょうッ(←?)」
――ガシッ!
もはや無理やりを通り越して、意味不明なごり押しで俺の手を握る妹様。
――あーあ、もうええわ……。好きにしてくれ。
またもや『両手に華』状態の俺は、マキを含めた四人のグループで学園へと登校したのだった。
――しかし相沢さんはどうしたんだろうか。
先ほどと変わらずに上機嫌な彼女に、俺はとても気になっていた……。
それから、本日の授業も無事に開始され、現在は三時間目の英語の授業中。
教師が教科書に沿って授業をしている最中、背後からトントンと肩を叩かれる。
「――?? なに? え……あ、えっと?」
後ろから回ってきた手紙が俺宛だったらしく、『これ、相沢さんからだよ』とクラスメイトの言葉を聞きながらそれを受け取る。
ノートの切れ端を折りたたんで、あった手紙には、
『――お昼休みに屋上に来て』
と書かれていた。
いきなりだったので、思わず離れた席の相沢さんを覗き見る。
すると彼女も俺に気付いて視線が合った。
「――……ふふっ」
すると、自然に微笑まれて思わずドキッとしてしまった。
――うーん、一体どうしたんだろう?
今朝からの態度も含めて、どうも分からない。
「――次の所は、そうね……小峰さんお願いします」
「は、はいっ」
呆けていたら先生に当てられてしまったので、一度考えるのは後回し。
俺は立ち上がりながら黒板へと向かうのだった。
そして時間は進んでお昼休み。
「――ミユキ、お昼食べようよ」
と、いつものようにマキが誘ってくれるが、今は相沢さんに呼ばれているので、『今日は先約があるんだ』と断りを入れる。
そのまま相沢さんを探すが、教室にはもう居ないようだった。
――あれ、先に行ったのかな?
屋上へ先に向かったのだろうかと考えつつ、お昼休みという事で限られた時間なのでさっさとA組を後にすることにした。
――……屋上とは人気のない所だ。
などと普通は考えるものだが、実際は結構人気がある。
日当たりも良く爽やかな風が抜けていくこの場所は、個人的に良い昼食スポットと言える。
だからこそ、数人とは言え昼メシを食いながら雑談をしている生徒がポツポツと確認できた。
――さてと、相沢さんはどこですか……と。
屋上へと開けるドアから全体を眺めて数秒。
そのまま外へ出て目的の人物を探すと、端っこの方に佇む相沢さんを発見。
俺はそのままゆっくりと歩き出した。
相沢さんも俺を見つけたのか、軽く手を振ってくれて応えてくれる。
「――ごめんねミユキ、いきなりで」
「ううん、全然だよ……。それで、どうしたの?」
「うん……」
――ありゃ? また変な感じだ。照れてるのかな?
両手を後ろに組んで伏し目がち。
モジモジとしているその姿はなんとも可愛らしいが、見とれている場合ではない。
――今度は上目使いなんて……ッ。
何というか、可愛すぎるのでそのまま俺は視線を外してしまった。
恥ずかしいという気持ちやら何やらで耐えられなくなってしまったのが理由だった。
――しかしだ、なんだか相沢さんは言いにくいようなことを言おうと躊躇っているような?
そんな雰囲気だったのだ。
それはまさしく告白でもしそうな雰囲気。
――でもなぁ……。
冷静に考えなくても相沢さんに限って『同性』に告白なんてするはずもない。
だとするならば、この呼び出しは何を意味するのか。
俺はそれが気になって相沢さんの次の言葉を待つしかなかった。
「――えっとね……、実は……」
「は、はい」
「これっ!」
――ドンッ。
と、言う感じで目の前に差し出された青色の小さい紙袋。
――なんだ、これは??
よく意味が理解できない俺は首をかしげた。
とりあえず、状況を確認すると相沢さんが俺に何かを差し出している感じ。
強いて言うならば『プレゼント』のような感じだった。
「――これ、ミユキにプレゼントッ」
――おおっと、当たってたよ。……ってマジで!? 何で!?
いきなりと言えばいきなりで、意味が分からず驚くしかない。
とりあえず、差し出された紙袋を凝視しつつ、
「――あの、えっと??」
お礼を言いたいのに、言葉がうまく出ない。
頭をとにかく冷静にしたいのだが、状況が整理できずに頭が働かなかったのだ。
そんな俺に対して、相沢さんはゆっくりと話始めてくれる。
「――実はこれ当日に渡そうと思っていたんだけど、やっぱり昨日のお礼をしたくなっちゃって……」
――当日? それは一体何だろう。
相沢さんの言う『昨日のお礼』と言うのは『ナンパ撃退』の事だと思うが、その前の単語が引っかかる。
「――当日……当日??」
言葉にしてみるも、よく分からず首をかしげるしかない俺。
そしてその事で深く考えすぎてる俺に、相沢さんが気付いて一言、
「――もしかして、何のことか分かって……ないの?」
恐る恐るといった反応で問い返してくる。
「――あの、ごめんなさい?」
必死に思考を巡らせるが、やはり分からない俺は謝るしか選択肢はなかった。
「――こ、今月の21日ってミユキの誕生日でしょ? 忘れたの?」
「…………あ」
「じょ、冗談……だよね?」
「……じゃないみたいです……ははっ」
二人して黙り込んでしまう事、数秒。
その間に俺は思い出していた。
――そういえばそうだった。最近マジで『色々』あり過ぎてそんなイベント日吹っ飛んでたよ。
自分の誕生日すら消し飛ぶほどの体験。
――まあ一回死んだり、女の子になったりすりゃ、誰でもこうなるっての……。
微妙な雰囲気の中、相沢さんは俺を見て、吹き出してしまった。
そのまま二人して笑った後、
「――ほんと、ミユキってば抜けてるんだから……」
「そんなこと言われたって、忘れてたんだからしょうがないでしょ?」
何とも間抜けな俺に対して、相沢さんは改めてその差し出したプレゼントを握らせてくれる。
「――当日に渡して驚かせたかったけど、毎回美月ちゃんが凄いでしょ? いつも私のプレゼントの印象が薄くなっちゃうから、今年はフライング。…………このためにアルバイトまでしたんだよ?」
「…………」
笑顔でプレゼントしてくれた物を、俺は大事に胸に抱いた。
――うれしい。
まさかこんな事をされるとは思ってもいなかったし、『あの』相沢さんからプレゼントを貰えるとは思ってもみなかったから、正直感情が追い付かない。
――しかもバイトの動機がこのためなんて……そんな。
そこにダメ押しの要素がもう一つだ。
こんな事されたら、俺は一体どうすればいいんだろうか。
「――それに昨日の事もあるから、少しでも早く感謝したかったの……」
恥ずかしそうに伏し目がちになっているその表情は照れているようにも見える。
そんな彼女に対して、何というか、本当に『うれしい』という感情以外出てこない。
感極まった俺は、咄嗟に相沢さんの手を取って、
「――ありがとう……」
最大限の感謝の言葉を添えたのだった。




