第五十七話 「無事でよかったです」
相沢さんに件の『説得』を目撃され、どれくらい経ったのだろうか。
一分か十分か。はたまたそれ以上か。
目の前の彼女は言葉を発する事も無く、黙ってこっちを見つめていた。
だからと言って、このままじっとしているわけにもいかないので、
「――とりあえず、行こうか。こんな所で遊んでいる場合じゃないよね?」
「……うん。そうだね」
極力、彼女を怖がらせないように微笑みながら裏路地を後にした。
背後で転がっている男どもの事なんざ、どうでもいい。
とにかく今は早く移動し、落ち着かなくてはいけないからだ。
裏路地から開けた場所。
人通りの多い表通りにまで出た俺たちは、そのまま駅に向かって歩く。
途中、相沢さんから預けていた荷物を返して貰ったが、その時には会話は無く、こちらを伺うようにしていたのが印象的だった。
――ううぅ、怖がらせたかな?
身を守るためとはいえ、体格のいい男二人を張り倒したのだ。
これがただの女学生『小峰ミユキ』には到底不可能な事だし、相沢さんの中で俺は『か弱い女の子』であり、暴力とは無縁な人間だと思っていた事だろう。
ちらりと様子を伺うと、相沢さんも同じくこちらを伺っていて目が合う。
何とも言えない空気が流れて、お互いに会話と言う会話にならないのがもどかしい。
――しかし、このままじゃだめだよな。
なんとか、いけないと気持ちを奮い立たせて話しかけてみることにした。
「――あの、千歳?」
「え!? あ……うん、何かな?」
――おおう、意識してらっしゃる……。
身構えられるのはこっちとしても話しにくいが、頑張るしかない。
「――えと、さっきの事だけど……」
その場で立ち止まり、彼女と向き合う。
ちょうど駅前の広場だったので、ここを逃すと次に会えるのは明日になってしまう。
だからこそ、出来るだけ丁寧に話しかけようと心掛けた。
「――ごめんね。やっぱり、私千歳を怖がらせちゃったかな? 嫌いになった?」
「そ、そんな! 嫌いになんかなるわけないじゃない!」
――うぉっ、びっくりした。
前のめりになって食らいついてくる勢いだったので、少し身を引いた。
「――本当に? 無理してない?」
「当たり前だよ。ミユキは私を守ってくれたんだよ? なのに嫌いになんか……」
「そう? ……なら良かった」
そこが一番重要ポイントだ。
どんな事になろうとも、相沢さんに嫌われたり避けられるのだけは耐えられない。
それだけは勘弁してもらいたかったので、相沢さんの反応で、一応の安心はできた。
「――でも、さっきはびっくりしちゃって……」
「……お恥ずかしい限りだよ。あんな姿、千歳には見られたくなかったんだけど……」
俺への態度がまだ固い相沢さんは、やはりと言うか、その感情を隠さずに戸惑いながら俺を見る。
そんな彼女に俺は苦笑いしながら説明していく事にする。
――少なくとも、ナンパ男をブチのめしたのは事実だしなぁ……。
「――さて、何から説明しようかな……」
話の進め方はどうあれ、一番重要なのは『小峰ミユキの強さ』という事である。
腕に覚えがあるという事を説明していかなければいけないが、適当な事を言っては後で話しがややこしくなる(道場破りの一件ででっち上げた「二重人格」など……)ので、素直に『子供の頃から鍛錬していた』という事にしておいた。
事実、俺こと『小峰美幸』がそうであったからだし、この手の嘘には事実を混ぜると真実味が増すからという判断でもあるからだ。
「――女の子として古武術とかそういうのに身体を鍛えてるって、なんか恥ずかしくて……。『女の子としてどうなの?』って気持ちがあったりしたから……」
「ずっと隠してたの?」
「うん、そんなところ……。だけど、驚かせたみたいだし、やっぱりごめん」
「そんな、もういいってば……」
そういうと、相沢さんは佇まいを直して俺と向き合う。
真剣なまなざしから、
「――さっきはありがとう、ミユキ」
お礼の言葉を言ってくれた。
「――驚くばかりで、お礼も何も言えてなかったでしょ? ミユキは私を助けるために、あんな事までしてくれたのに……」
「あんまりさっきの事は言わないで。やり方に問題があったって頭が冷えてから反省してるんだから……」
ここまで歩いてきて、やはりさっきの方法はやり過ぎだったと今更ながら反省。
頭に血が上り、イライラしていたために初手から容赦しなかったのはやりすぎだったと思い返す。
相手の奴らは褒めたものではないが、もう少しスマートなやり方は無かったのだろうかと考えるばかりだ。
「――でも、私のために一人で行くなんて……」
「千歳を助けるためなら何でもするよ。火の中水の中ってってね……あはは」
「笑い事じゃないってば……。心配、したんだからね」
少しだけ頬を膨らませた相沢さんが、あろう事か俺に抱きついてきた。
――なっ、ええっ!?
びっくりもびっくりして、身動きが取れなかった。
「――あの? えっと……」
抱きしめ返していいものかどうか。
軽く手を回して相沢さんに応えるように『ポンポン』と軽く背中に触れるだけ触れておいたが、これが限界だった。
「――ありがとう、ミユキ。……なんだか、かっこ良かったよ」
――マジですか?
男時代でも言われた事のない単語を聞いた。
こんな可愛らしい姿になってしまってのにもかかわらず、あの相沢さんにこんなにも嬉しい事を言われるなんて。
――こいつは、なんというか……嬉しいぞ?
今まで『格好いい』なんて言葉は身近な異性(マキ・美月を除く)から言われた事が無かったので、何とも新鮮だった。
だからこそ、テンションが上がってしまう。
……しかし、そこまで来てふと冷静になる。
さっきから抱き合っている俺たちの事を、行き来する人達から奇異な目で見られている事に気が付いたからだ。
「――と、とにかくっ」
一度ここで一区切り。
相沢さんの両肩を持ち、距離を取る俺は何とか体勢を立て直して向き合う事に成功する。
「――今日は最後に変な事になったけど、結果的に何事も無くてよかったと思ってるし……、私自身も別に怪我とかしなかったワケだし……」
――うう、言葉が纏まらんぞ。
先ほどの感謝の言葉と『かっこ良かった』発言が元で変なテンションになってしまっている俺は、何が言いたいのか分からないくらいに捲し立ててしまう。
オマケに周囲の目も気にしているからその焦り具合はかなりのものだ。
「――だ、だからッ、私が言いたいのはッ」
「う、うん」
「千歳が無事で良かったって事ですっ!」
そのままこの空気に耐えられなくなった俺は、そのままのテンションで『バイバイ』と手を振りながら回れ右。
赤い顔を誤魔化しながらその場から逃げるように去って行った。
「――ミユキ!」
……去って行こうと走りかけたのだが、相沢さんの言葉で止められる俺。
「――今日はありがとう、また明日ね!」
そして今度は相沢さんの方が俺を置いて走り去ってしまった。
暗くて分かりにくかったが、俺と同じように顔を赤くしていたような、していなかったような。
「――やっぱり、こんなとこで抱きついたのが恥ずかしかったのかなぁ……」
太陽も落ちて、結構いい時間帯。
帰宅する人達が沢山いる駅前で抱き合ってしまい目撃者も多い事だろう。
――ううぅ、やっぱ恥ずかしいな。
恥ずかしがっているのは本人達だけかもしれないが、思い返すとそんな事ばかり考える。
俺はすでに立ち去った相沢さんの方向を見つめながらその場を後にした。




