第五十六話 「私はただの女学生(笑)です。」
さて、基本的に俺の服を見に行くという内容で今日の放課後を過ごしたワケだが、勿論相沢さんにも買い物を楽しんでもらう為に、一緒にお店を見て回った。
そうこうしているうちにもう良い時間になり、そろそろ帰らなければいけない時間になる。
普段なら放課後はバイト時間であり、大体今ぐらいの時間がバイト上がりの時間と同じくらいの時間だった。
今日買ったジーパンが入っている紙袋と学生鞄を持ち、相沢さんと並んで歩く。
バイト先の隣町ではないので、同じ時間帯と言っても若干の余裕はあった。
俺たちはこのまま駅まで歩き(最寄駅で解散すると自宅までの距離がちょうど良い為)、そのまま別れて『また明日』という挨拶で締めくくろうとしていた。
『――今日は楽しかったねー、ミユキっ』
『うん。買い物付き合ってくれてありがとう千歳。今度は私が貴女の買い物に付き合うから、いつでも声かけてね』
『ホント? じゃあ期待してるね』
なんて、ほのぼのしたやり取りで気分よく歩いていた時、
「――ねえ、君たちこんな時間に何やってんの?」
「てか、君らめっちゃ可愛いね。俺たちと遊ばない? カラオケ行こうよ、カラオケ」
変な男二人に声をかけられ、進路を塞がれてしまった。
日が暮れたとはいえ、ここは町のど真ん中。
いきなりと言えばいきなりだが、ここまで露骨にナンパされた事なんて無かったので結構びっくりし、相沢さんと二人で顔を見合わせた。
――マジかよ……。女学生をナンパとか頭おかしいんじゃねえか?
などと考えていたら、前方の二人の異常が分かってきた。
観察してみると、やたらフラフラしていて足元が不安定。
冷静にならなくてもアルコールの臭いを漂わせているので、瞬時に『酔っ払い』だと分かった。
「――っ」
「え? あ、ミユキ?」
これは『面倒なことになった』と瞬時に理解して、相沢さんの手を掴んで強引に歩き出す事にした俺は、さっさと男たちの前から立ち去ろうと行動に出る。
相沢さんに触れさせないように、強引に自分の横に彼女を引っ張り、野郎共とは目線を合わせず、立ち止まらず歩き続けるが…………、
「――なになに? もしかして無視されてんの、僕たち?」
「傷つくなぁ……、ちょっとこっち見てくれてもいいじゃんっ」
――ガシッ!
「――…………っ!」
いきなり空いている方の(空いていると言っても、鞄と購入服の紙袋を持っている)左手首を掴まれて歩みを止められてしまう。
――チクショウ……、どうすっかな……。
ゆっくりと……、そして冷静に相沢さんを背中に庇いながら振り返る事しか今はできない。
「――そんなに凄まれると、また変わった魅力だね。やっぱ美人はどんな顔したって絵になるねぇ」
睨みを利かせて振り返ってもこの通り。
すべての反応を楽しむような男たちはかなり面倒だ。
――おまけに、酒くせぇしなぁ……。
俺の後ろでは相沢さんが必死に男たちからの視線に耐えるようにしている。
酔っている勢いとはいえ、思考がこうも鈍るとは驚きで、『やっていい事と悪い事』の区別も曖昧なようであった。
「――後ろの子もすごい可愛いね。ぜひとも一緒に遊びたいな~」
そろそろ払い除けたいが、こっちは俺一人じゃなく相沢さんがいる。
酔っ払い共をぶっ飛ばして喧嘩沙汰なんてした日には、学園生として問題になる。
こちらには非が無いとしても、学園や警察で事情聴取なんて事になると厄介だ。
――俺一人で私服ならなぁ……。
付いて行くふりでも何でもして、ダッシュで逃げればいいのだが、そうもいかない。
解決策が見当たらず、ぐずぐずしている間にも男が馴れ馴れしく肩を掴んできた。
「――そんな冷たい態度しなくてもいいじゃん。笑うと可愛いんだから、楽しもうよ」
「まずは名前教えてくれない~?」
「互いにもっと知りあう所から始めないとね。俺たちは……」
肩を触られた時点で不快感がハンパ無かったが、こちらの態度を無視して自分たちを優先してくる野郎共には心底呆れる。
酔っ払いにからまれるとは、いかに面倒なことか。
「――一つ良いですか? 私もこの子もあなた方に全く興味ありません。ここまで明確に拒否しているのですから、諦めてくれませんか?」
イライラする感情を抑えて、一応丁寧に、丁重にお断りの返事を心掛ける。
こんな人通りのあるところで騒ぐ訳にもいかないからだ。
「――まあまあ、そう言わずに」
「絶対に楽しませてやるからさ」
――あかんなコイツら。無理やり何とかしようって手合いか。
同じ『男(笑)』として情けない事このうえない。
「――ですからお断りすると言っているでしょう?」
何とか話し合いで解決できないものかと頑張ってはいるがどうも効果が薄い。
周りの通行人もこちらを見ているが、誰も助けに来てはくれないという状況。
――誰か警察を連れてきてくれないか。
と期待するが、ナンパ男の風体(筋肉モリモリ……以下略)を恐れて『助ける』という行動を躊躇っているのだろう。
――さて……。
「――気が強い子は好きだよ? そっちの子は怯えてるのかな?」
「リラックスしようぜ~?」
ついにコイツラ等は相沢さんに触れようとしたので、さすがに俺も動くしかない。
……といっても、焦らず冷静に対処しないといけないので、
「――……仕方がないですね」
深くため息をついて、相沢さんを見る。
「――ミユキ?」
「これちょっと持って、待っててくれる?」
出来るだけ自然に微笑みながら、俺は自分の鞄を相沢さんに預けた。
相沢さんは俺の行動に理解が及ばず、首をかしげていたが無視して話を続けた。
「――分かりました。私が今から貴方たちに付き合いますので……」
「マジで!? やった~。君、話が分かるね!」
「そんな事言ってくれるんだったら、こっちも嬉しいぜ」
テンションの上がってきた男たちは目の色を変えて食いついてくるが、
「――ただし!」
俺は手を上げて彼らの言葉を遮る。
「――あなた方の言う事を聞く代わりに、連れの子は勘弁してください。この子を諦めるなら、私が一人で付いて行きます」
「そんな、ミユキ!?」
俺の言葉に相沢さんも驚愕しているが、そんな彼女の言葉を無視して『いかがですか?』と提案する。
「――ま、それでもいいよ。こっちはただ君と遊びたいだけだし」
「そーそー、君みたいな美人だったら一人でも大歓迎だぜッ」
意気揚々とテンションが上がり、男たちは俺の提案に満足したようだった。
しかし後ろでは相沢さんが俺の服を掴んで必死に止めようとしていた。
「――ミユキ駄目だよッ、そんな……」
俺を心配して一人で行かせないようにしている。
その表情は真剣であり、悲痛な面持ちだった。
「――大丈夫。ちょっとした話し合いをしてくるだけだから、そのままここでジッとしていてくれるかな?」
「何言ってんのミユキ! そんな貴女一人に行かせるなんて真似……」
「頼む、ここは言う事を聞いてくれ相沢さん」
「え?」
「君がいると守れるものも守れない。ここは俺に任せてじっとしていてくれないか?」
「み……ミユキ?」
早く終わらせようとしてしまい、感情が抑えられず、思わず素の口調で話してしまった。
気づいてから後悔しても後の祭りだが、今はそんな事を考えている場合じゃない。
俺の口調の変化、小声で真面目に訴えた事が相沢さんの動揺を誘い、そのまま掴んでいる俺の服を離してしまう。
――よし、このまま行くぞッ。
動揺を隠せないまま固まっている相沢さんを残して俺は肩に回された手を振りほどくことも無く、ナンパ男に同行してその場を遠ざかる事に成功した。
さて数歩歩きだしてから相沢さんに意識がいかないように、あくまでナンパ野郎に『協力』している風に付いて行く。
ナンパされた場所が人の出入りの多い通りだったが、それだけ路地が多く、すぐに視線を向けると路地裏に続く曲がり角があるという事だ。
「――あの、ひとついいですか?」
「え? なになに?」
「これから行くとこでも提案してくれんのかな?」
「まあ、そんなとこです」
俺は彼らに分かるように路地裏に視線を向けて、
「――一緒に行く前に少し話たい事があるんです。ですからあちらに……」
暗がりへ誘い、他の人間に目撃されるリスクを極力減らす事に努める。
「――ははっ、いいねぇ積極的な子なんだな」
「俺、そういう子超好みよ?」
アホな勘違い野郎どもだが、こっちとしては好都合。
さっさと終わらせたかったので、アホども(呼称なんてどうでもいいや)と共に路地裏へ。
暗がりへ到着し、周りは何もなく先ほどの大通りとは比べられない静けさと、建物の外室機の駆動音が鳴っている場所で、振り返り奴らと対峙。
「――さて、ここなら人気も無いですね」
二人の顔を見ながらそうつぶやく。
俺の視線を受けた男どもはいやらしい笑みを浮かべて俺をジロジロと見ている。
正直その視線は気色の悪い物だったが、これももう少しの我慢だと言い聞かせて耐えるしかない。
「――はは、結構積極的じゃねぇか?」
「顔に似合わず遊んでんのか、お前」
――クソ野郎共が……。
いい加減我慢も限界なのでそろそろ幕引きだ。
これ以上アホどもに付き合っていたら『過剰防衛』しそうだった。
「――最初に言っておくが、悪いのはそっちだからな?」
首を右……左とゆっくり傾けながら骨をゴキゴキと鳴らして、そう言い放つ。
「――あ? なんだ?」
「??」
急に態度を変えた俺に理解が追い付いていないようだったが、関係ない。
「――ブチのめしてやろうって言ってんだ、さっさと掛かって来い酔っ払いが」
「ああっ? なんだとコラ」
「聞こえなかったのか? てめぇに言ってんだよ、アホ」
挑発的に笑いながらそう言い放つ。
……まあ、挑発なんてせずに問答無用に張り倒しても良かったのだが、先に手を出すと面倒なことになるかもしれない。
だからこそ……、
「――てめぇ……」
相手を煽って先に手を出させるのが手っ取り早い。
案の定、俺の胸ぐらを掴んで来たので、無事罠にかかった。
先に手を出させた以上、正当防衛って事でいいだろう。
「――……酒入ってても、結構効くからな?」
俺はもう手加減なしに掴まれた男の手首を返し、
「――いでええッ!?」
瞬時に激痛が走って俺への補拿を外して、そのまま左手を使い曲げた肘にそれを添える。
関節を曲げられた方向に倒れる男にダメ押しの足払い。
「――ぎゃぁああっ!!」
前のめりになるように、固いコンクリートの床に激突した男は、そのまま地べたに這いつくばって崩れ落ちた。
「――ちょ……お前!」
目の前で起こった事が信じられないと言わんばかりの生き残りは、俺と無残な相方を見比べて怯んだ。
「――人を待たせてるんだ。さっさと俺に張り倒『されろ』よッ」
「なっ……なんだお前ッ!」
「見ての通り……、ただの女学生だッ!!」
そう言い放つと、一気に踏み込んで相手との距離をゼロに詰める。
そして下から持ち上げるようにして掌底で顎を打ち砕く。
――ガチンッ!!
と、強制的に顎を閉じた事によって、男の歯が良い音で鳴り響いた。
顎を狙った打ち砕きから、ほぼ同時に足払いして身体を一瞬浮かせる。
そこから体重を前にかける事を意識しつつ、掌底の動作を殺さずに……、
――ズダンッッ!!
後頭部から地面に叩き落とす。
「――がっ……っ……あ」
意識がもうろうとしているのか、それとも激痛で声が出ないのかは分からないが、とにかくこれで酔いも覚めて『説得完了』と言っていいだろう。
「――さて、早く相沢さんの所に帰らないと……」
そう呟きながら、俺は早足にその場を去ろうとした……のだが、
「――ミユキ?」
暗がりで気付くのが遅れたのか、相沢さんが目の前の角からゆっくりと現れたのだ。
――見られた!?
今まで俺は『ミユキさん』として振る舞ってきた。
マキは勿論知っているが、俺が『強い』という事は基本的に先日の『道場破り』の一件に関わっている人だけだ。
案の定、目の前の相沢さんは、俺の背後で崩れ落ちている男二人を見てしまう。
「――こ、これは……どういうことなの?」
ナンパ男二人が『小峰ミユキ』によって倒れている状況。
そしてその光景を見ながら出た相沢さんの言葉に、俺は返す言葉が思いつかなかった。




