第五十五話 「これはデートですか?」
さて、待ちに待った水曜日。
朝からテンション高い俺は、学園でも放課後の事ばかり考えていたのだ。
なにせ『あの』相沢さんと放課後に二人きりで会う。
……内容が俺の服選びという若干、不本意なものだがまあいいだろう。
そんな事よりも、二人っきりで会うという事こそが重要なポイントなのである。
「――……~~♪」
思わずニヤけてしまうほど素敵な時間。
待ちに待った時間が訪れて俺の隣には今現在、相沢さんが居る。
「――ん? ミユキどうしたの?」
顔を見つめてしまって不思議そうな顔をする相沢さんに、俺は『なんでもないよ』と苦笑しながら彼女と一緒に歩く。
……これはもう、『デート』と表現してもいいのではないだろうか。
もっとも、相沢さんにとって俺は『親友』であるため、彼女にしてみたら、只『友達と一緒に遊んでいる』だけなのかもしれない。
――ちょっと悲しい……。それでもまあ良しとするべきだ。
今はそんな微妙な考えよりも、幸福感の方が強い事は間違いない。
だからこそ今の俺はテンションが高まっていた。
「――ははっ」
「ミユキ、さっきから機嫌いいね」
「き、気のせいだよ」
「ずっと笑ってるじゃない? それだけさっき行ったお店が気に入ったの?」
「…………うぅっ」
右肩上がりのテンションゲージが、その一言によって暴落してしまった。
と言うのも、さっきから予定通り街に繰り出しているのだが、途中立ち寄ったお店というのが問題だった。
――正直もう遠慮願いたい……。
テンションダダ下がりだったのは別にその店が嫌いというワケでは無く、むしろ男としては好きじゃない方がおかしいのだが……。
まあ、いくら『女の子』だとしてもニセモノの俺が『ランジェリーショップ』なんて、慣れない所に入ると、どうしていいか分からなくなるのは当たり前だ。
さて、当然のように浮かび上がる問題点は以下の通り。
① まず肩身が狭い。
② そして次に恥ずかしくなる。
③ 最後は視線を彷徨わせて天上か床しか見られなくなって、身動きが取れなくなる。
……まあ、総合すると精神的にえらく削られる事になり、疲労感がとんでもなく増すのだ。
それらの感情は男として当然なんだが、今の俺は女だ。
つまり、同性の目を気にしない女性達が当然のように、目の前で下着を選んでいるので、非常に無防備で気を使う。
勿論、隣の相沢さんも無防備だったし、俺は試着をする彼女を見て邪な気持ちにならないように耐えるのが大変だった。
まさしく『無』を意識し、相沢さんを待つ俺はストイックな修行中の僧侶のような境地を心掛けていたのだが、
『ミユキは買わないの? 勝負下着を買っておいた方が良いんじゃない? ……水鏡君のために♪』
と、言われた時はびっくりしてしまった。
勿論その瞬間、思いっきり咳き込んでしまったのは言うまでもない。
とにかく、男子(俺だけかもしれないが……)は軽い気持ちでランジェリーショップなんて店には入らない。
勿論、姿形が正真正銘『女の子』であったとしても、自分から入店するなんて事が無いので、結果として『イロイロ』と疲れてしまった。
――いや、マジでね。
そんなこんなで現状に至るワケだが、街を流しながら楽しく歩いていた所を、今のセリフで瞬時に思い出してしまった。
「――ミユキも一着くらい買えばいいのに……、今度は私が選んであげるね?」
――し、下着はシンプルなのを通販で買うんで間に合っています……。
と、素直に相沢さんに言いたかったけど、俺と楽しそうに買い物をしている彼女を見ていると一緒に買い物に付き合いたくなる。
それは『好きな子と一緒に出掛けたい』という気持ちが強いからであって、決して『ランジェリーショップ』に突撃したいとかいう下心があるワケでは無い。
――……別に今日入った店はそこだけじゃないんだからなっ!
誰に言い訳してるんだろうね、俺は。
「――ミユキ、今度はあそこに行こう? あの服可愛くない?」
「え? あ、うんっ。確かに可愛いね」
変な事を考えていたら相沢さんが俺の手を引いて新しいお店に目を付けた。
とても可愛らしい服が沢山飾られており、デザイン的にも多種多彩。
まさしく、『俺のクローゼットの中にある服』に近いデザインが多かった。
――と、言うよりも……。
相沢さんの言葉に自然と反応した俺だったが、語尾が若干テンション高めだった気がする。
自然とこういった反応が出来るという事は、違和感なく自然と女子化が成功しているという事だろう。
――今のはいい感じだったろう。女の子っぽかったよな?
「――ねえ、ミユキ。こんな服とかどう?」
「えぇ!? ちょっとこれは可愛すぎない? ひらひらが多いような??」
相沢さんが興味を持った服はとてもじゃないが普段なら絶対に選ばないような物だった。
「――そうかなぁ……。じゃあこっちのスカートはどう?」
「いや、それ結構短いよ……」
相沢さんがニコニコしながら俺に可愛らしいスカートを勧めてくる。
さっきから自分の服を選ばずに、俺をコーディネートしまくって、楽しそうだ。
――膝上すぎるのはさすがに無理です。
バイトの制服で限界なのに、普段着まで膝上のスカートなんて穿ける訳がない。
「――ぱ、パンツルックとかどうかな? ほら、私スカートばかりじゃない? 何かこう、新しいジャンルに挑戦してみようかなぁ、なんて……」
美月がやたらズボンを拒否してくれるので、実は乙女になってからズボンはパジャマ以外穿いてないのだ。
驚く事実だが、ミユキさんはジーパンすら所持していないので、せっかくの機会だから購入しても良いかもしれないと考えた。
「――なるほど、それは良いかもしれない。私も見てみたいかな。ミユキって体育の時のジャージ姿しか見たことが無いからそれは新鮮かも」
「……ですよねー」
――相沢さんが言うんだからこれは間違いない。
やはりここはジーパンの一本や二本は買っておくべきだと思う。
――たまにはいいだろう、たまには。
と言うわけで、『ジーンズとか、ズボンが見たい』と相沢さんにお願いすると、二つ返事でOKが出たので、そのまま俺たちは歩き出してお店を変更。
結構来たことのあるジーンズショップ(男時代の話だが……)に移動。
そのまま慣れた店内を歩き回りジーパンを探そうとした……のだが、
「――ミユキ、そっちメンズだよ? こっちでしょレディースは?」
「あ、そうだった、ごめん……」
――いかんいかん。
思わず商品棚を間違えてしまった。
案の定恥ずかしく感じてしまい、早足で相沢さんと共に商品棚へ歩き出す。
途中、『もしかして水鏡君にプレゼントする気だったのかな?』なんてからかわれてしまったけど、この件に関してはマジで自分用にズボンが欲しいという気持ちしかない。
――だってスカート地獄だぞ?
クローゼットの右を見ても左を見てもスカート、スカートなのだ。
歩くのだって、走ったりするのだって常に下着を見えないように気を張っていたのだ。
だからこそ、こういう時に購入しておかなければ機会を逃してしまうかもしれない。
「――それにしてもミユキって、そういうジーンズがいいの?」
相沢さんと並びながら手に取っていたジーンズ。
ごく普通のストーレートタイプの代物で、何とも面白みがない。
「――えと、まあ、無難なデザインが欲しいと思って」
「こっちのタイプは?」
「スリム? ちょっとラインが出過ぎると思うんだけど……」
ズボンと言えど、ピッチリしすぎるのは流石に戸惑ってしまう。
まあ、ジーパンは基から足にフィットする代物だ。だからこそ動きやすいから好きと言えば好きなのだが、やはり何でも普通が良いと俺は思っている。
「――そう? ミユキは脚が長くて細いから絶対似合うと思うんだけどね」
「それはこっちのセリフだよ。千歳の方が綺麗じゃない……」
そう応えながら、思わず相沢さんの脚を見てしまった。
――膝の位置が高い……。流れるような曲線が綺麗……。
なんて感心している場合じゃない。あろうことか、俺は相沢さんの脚を凝視してしまっていたのだ。
――こんな姿とはいえ、男の俺がこんな事してはいかんだろうっ。
「――な、なに言ってるの。ミユキの方が……ほら」
照れながらも、ふと横に並ばれ、自分と俺の膝の位置を確かめる相沢さん。
若干、俺の方が相沢さんの膝より位置が上のような気がするが、そんな事測ってみないと分からないレベルだった。
「――ち、千歳。分かったからちょっと離れよう? 近いよぅ……」
恥ずかしくなってきて、咄嗟にお願いする形になってしまった俺はさぞ顔が赤かったことだろう。
「――ご、ごめんミユキ。じゃ、じゃあ試着してみたら? せっかくだし」
「うん、そうだね」
互い脚について褒め合った(?)事により、照れてしまう結果になってしまった。
そんな空気に耐えられなくなってしまった俺たちは、相沢さんの言葉に乗って、いそいそと試着室へと向かう事で何とか終わらせることが出来た。
「――ふぅ……」
カーテンを閉めて一息つく。
そして何とか落ち着きを取り戻して、俺は手に取ったジーパンの試着に取り掛かった。
「――ミユキ、着替えたら見せてねー」
「はーい」
なんて呑気に返すが、やはりと言うか何というか。
思った以上にジーパンが長く、裾が結構余ってしまった。
これではいかんと、いつも通り足元を折り曲げて何とか整えた。
しかし、そこまで来てふと目の前の鏡を見て思わず苦笑い。
なぜならば、上着とのギャップですごく変な感じになってしまっていたからだ。
勿論、今は放課後なので俺の格好は綾菱の制服姿だった。
着替えるためにブレザーは脱いだが、カッターシャツにネクタイ。そして下半身はジーパンという奇妙な組み合わせが何ともシュールだったのだ。
――うわー、変な感じ。
思わず一回転して見える範囲で後ろを確認したが、やはり何とも言えない仕上がりだった。
「――千歳、居る?」
さて、アンバランスな組み合わせを嘆いていても仕方がないので、一度相沢さんに見てもらう事にする。
結構、着衣姿を確認してしまって若干手間取ってしまった。
「――千歳?」
これでいいものかと、恐る恐るカーテンを開けて姿を晒すことにした。
「――……結構いいじゃない。スラッとしてて格好いいかも?」
「なんでちょっと疑問形なの?」
「ごめんごめん、上だけしっかりしてるのに下はラフだからそのアンバランスが」
「……ええ、存じ上げております」
そしたら案の定、気にしている所を突っ込まれた。
だけど、相沢さんは『似合ってる』と褒めてくれたので、俺も気分が良くなりコレを買う事に決めた。
その旨を伝えて元の制服に着替えるためにカーテンを閉めながら、
――上下を合わせたらもう少しいい感じになるかも。
などと考えながら買い物を楽しんだのだった。




