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第五十四話 「お給料」

 さて、待ちに待った給料明細を斎藤さんから受け取った。

 流石に今の時代に給料を現金で手渡しと言う方が珍しいし、うちの店も勿論銀行振り込みだった。

 この前、必要書類に記入し、印鑑を押して提出したことは記憶に新しい。

 給料日に明細を渡されてワクワクしながら封を解く楽しみ。

 ――なかなか、いいな……これ。

 この良い意味でのドキドキはこれからのバイト生活に欠かせない楽しみになりそうだった。


「――えっと、うお……こんなに貰っていいのか?」


 なにぶん、初めての事だ。

 明細書の基本業務料金の所には、『4万2千526円』と書いてあった。

 ――そんなに働いてたか、俺?

 なんて考えたが、瞬時に『時給千円』という新藤さんの宣言を思い出して納得した。

 ――しかし、この『特別業務料金+@』ってのは何なんだ?

 なんだか怪しい響きのある項目だが、俺は別に真っ当に働いているだけで、変な事はしてい無いハズ。

 これが新藤さんの言う『給料に色を付けておいた』という項目なのだろうか。

 ――2万追加で銀行振り込み振込金額が……??


「――マジかよ、6万超えたで……」


 4万超えでもびっくりしたのに、週四ペースで働いてコレとはすごいもんだ。

 ――俺ってかなり恵まれた環境で働けているのだろうか?

 他を知らないから何とも言えないが、まだまだこれからも頑張って行こうと思える結果だった。

 そんな中、


「――んふふ~、今月も頑張りました」


 フロアスタッフ一番の先輩、鳴瀬さんが自分の明細を見ながらやり切った顔をして笑っていた。

 あの人も自分の仕事に誇りを持って臨んでいたのだから、俺と同じように満足しているのかもしれない。

 恐らく相沢さんもそうだろう。

 ――と、言うよりも。

 相沢さんはお金が欲しくてここで働きだしたのは間違いない。

 なぜお金が必要なのか、その動機は実は聞いたことが無いので俺は知らない。

 ――考えてみればその動機は気になるけど……。

 あまりにもプライベートすぎる問題だし、安易に興味を持って探るのは良くない。

 ――まあ、俺の労働の動機は不純な考えだから、単純明快すぎるんだけど……。


「――…………よしっ」


 明細を見て頷く相沢さんを見ていると、何か目的があってお金を稼いでいる事が伺えた。

 一方、俺の方はどうしたものかと考える。

 ――稼いだ金、どうしようか……?

 何度も思い返すが、ここで働いている理由は相沢さんと一緒に居たいからという理由がメインだ。

 だからこそ、こうして入ってくる給料の使い道が未だにノープランのままなのだ。

 ――まあ、この問題は追々考えるか。あって困るものじゃないし……。

 などと自分の中で結論を出していたら、


「――小峰さんは何か欲しい物でもあるんですか? 結構悩んでいるようですが……」


 いきなり鳴瀬さんから話しかけられてしまった。

 前記の理由から、俺は上手く事得る事が出来ずに戸惑ってしまった。


「――えと、私の事なんかより、鳴瀬さんはどうなんですか? 先ほど嬉しそうにしていましたが?」


 だからこそ、先ほどの嬉しそうなリアクションを見ている俺としてはそっちに話を振ってしまった。


「――もっぱら趣味とかです。あ、あと家で作るお菓子の材料とか」

「え、鳴瀬さんってお菓子を作るんですか?」

「ええ、たまに斎藤チーフさんや新藤さんに教えてもらったりするんですよ?」

「そうなんですかー、なんだか似合いますね。鳴瀬さんが家でお菓子作りしてる姿って」

「そうですか? 私なんかよりも小峰さんの方が似合いそうですよ~、エプロン姿とかとても可愛らしいと思います」


 ――か、可愛いって……。エプロン姿……俺の?

 何とも微妙な気分なってしまう事を言われたが、この前まで家の台所に立っていたのは俺だから、勿論エプロン着けて料理はしていた。

 しかし、冷静になって考えてみるとその姿は男としてどうなんだと考えてしまうのは仕方がない事だ。

 ――だって俺は男だし(←ここ重要!!)。


「――か、可愛いとかそんなの……、自分では分かりません……」

「可愛いと思いますよ? そうだ、今度一度厨房に立ってみます? 私、小峰さんのコックコート姿見たいなぁ……」

「そ、そんなにこやかに言われてもですね……」


 ――……困った。俺を着せ替え人形にでもしたいのかなこの人は?

 そんな感じで鳴瀬さんと雑談していた時、先ほどから会話に参加して来ず、黙り込んで考え事をしていた相沢さんの事を思い出した。

 どうやら俺と同じことを考えていた鳴瀬さんも俺と同じく相沢さんを気にしていて、


「――相沢さんはどうですか? 何か欲しい物でも購入する予定とかありますか?」


 そのままの流れで相沢さんに俺と同じように聞いていた。

 一方の相沢さんは今の今まで深く思案していた。

 鳴瀬さんに話しかけられ、俺に見つめられている状況をやっと理解できたことで、若干の恥ずかしさが込み上げていた。


「――え、えっと、何でしたっけ? 私、ボーっとしてて……」


 無防備な姿を晒してしまったと思い、恥ずかしそうにしている彼女は相変わらず可愛らしいが、そんな事は置いておいて俺は『給料の使い道について』の質問を雑談交じりにもう一度聞いた。


「――ああ、そういうお話だったの? 私はまあ、欲しい物を買おうかなって思って……」


 ニコニコしながら相沢さんも話に加わり、雑談が再開される。

 そこからみんなで更に雑談の輪を広げていった。

 基本的にフロアスタッフの三人は学生なので、趣味に使うのが大半だった。

 俺はまだ何に金を使おうか考えているところだが、話の矛が俺に向いたので『実はまだ何も決めていません』と二人に答えた。


「――そうなんだ。ミユキって最近結構無欲だもんね? 学園でも何かを買ったとか、あれが欲しいとか……そんな話、しないもんね?」

「そうなんですか? お洋服とか、鞄とか買わないんですか?」

「普段着だって、決まった洋服を着回してる感じだよね? 少し前までは、結構おしゃれしてたのに……」


 ……相沢さんの言う『少し前』というのは、俺とマキが事故る前。

 つまりは『小峰美幸』が正真正銘女の子として存在している世界だった頃の話だろう。

 女の子としてのミユキさんがどのような趣味をしていたのかは分からないが、現状では俺が小峰ミユキなので、休日に女性の服を買いに行くという選択肢は一切ないのだ。

 自室のクローゼットには可愛らしい服が結構あるが、そんな服を着るほど俺は強くない。

 シンプルなデザイン。シンプルなカラー。余計な装飾のない無難な服ばかり選んで着まわしていたのだった。

 ――白とか黒とか紺色とかだもんな。後は茶色系かな……。

 選択していた取り合わせを思い返すと、何とも地味なラインナップだ。

 ――ここは年頃の女子として新たに挑戦した方がいいのか? 

 目の前の二人がファッションの話で盛り上がり始めたので、俺は咄嗟にそんな事を考えてしまった。


「――いやいや、一体何を考えた……」


 場に流されたとは言え、一瞬俺は血迷ってしまったようだ。

 ――ズボン穿きたくても美月がキレるから思考回路がバグるんだよ……。

 ミユキさんとして目覚めて幾星霜いくせいそう。普段から女子として『演技』し続けていた結果、こうも己という物を失うとは、情けない。


「――? ミユキ、何か言った?」


 そうこうしている間に、相沢さんが俺の独り言を拾って聞き返してきた。

 俺は咄嗟に頭を二、三度振ってから、


「――いやいや、何でも無いよ。ほら、最近忙しかったから服とか買ってないなぁ……とか考えてただけだからっ」


 テキトーに捲し立てて言葉を発した。

 しかし、その『テキトー』な言葉がいけなかったのか、目の前の二人がいきなり食いついてくる。


「――小峰さん、新しい服を買いたいと思っているんですか?」

「そうなの、ミユキ?」

「えっと、うーん……。そうなのかなぁ……」


 思いもよらぬ食いつきに戸惑い、咄嗟に言葉を濁してしまう。

 だからこそ、相沢さんがやたらグイグイ来てしまう結果となった。


「――じゃあさ、今度の定休日、放課後に服でも見に行かない? 私、ミユキと一緒にお洋服買いたいなぁー」


 しかもこれはとんでもない展開だ。

 ――あ、あの相沢さんから誘われてしまった……。

 今まで一緒に遊んだり出かけたことはあっても、それは二人きりではなく、美月やマキが必ず居た。

 しかし今度の誘いは二人きり。

 ――お、俺はついに相沢さんと放課後デートをッ!!


「――は、はひ。よろしくお願いします……」


 上がるテンションを抑え込めず、若干噛んでしまったのが恥ずかしい。


「――いいですね、私もご一緒したいですけど、大学があるので行けませんね……」


 鳴瀬さんも同行しようと興味を持ってくれていたが、ここは大学の授業に感謝である。

 しかし、できれば日曜日に行きたかった。

 今週の土曜日は俺が出勤するし……。

 ――何分人手不足だからなぁ……。

 本来なら土曜は俺は休みなんだが、今週は月島さんが忙しく助っ人参加できないとの事。

 今の所ギリギリでお店を回しているので、新しく2・3人雇わないと上手くシフトを組めないのが現実だった。

 ――新藤さんは随時募集してるって言ってたけど……。

 人手が足りてもう少し余裕が出来たら今度は自分から相沢さんを誘ってみようと考える俺だった。

 こうして、今週の水曜日に相沢さんとの放課後デートが決定したのだった。

 ――マキや美月には絶対に内緒だッ!!

 これだけは絶対に厳守しようと心に誓う俺だった。

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