第四話其の一 「目が覚めると 真希side」
眠たい。
しかしなんだか寝過ぎで気持ちが悪い。
眠気があるのに寝るのが苦痛になる。まるでそんな気分だった。
ボクはそんな気分から逃れる為に起きる事にした。目を開けて、そっと視界を回復させる。
「――…………」
最初に視界に入って来たのは見慣れない天上だった。ボクは手で目を擦ると、ゆっくりと上半身を起こして伸びと欠伸をした。
そして辺りを見渡す。
でも暗くてよく分からなかった。
カーテンは閉まり、月の光も遮断されているこの部屋。壁紙は柄が無く、恐らく白だと思う。ボクが居るベッドには手すりが付いており、なんだか病院特有のベッドみたいだった。一言で言うと、殺風景な部屋。
テレビは一台置いてあるが、それだけ。後は、目立ったものは棚とロッカーくらいしか見当たらない。
――ボクはこんな所で何をしているのだろう?
そんな疑問が浮かんでは消える。
頭はぼんやりとして、なかなか思考がうまく働かないが、何か夢を見ていたような気がした。ボクはその夢の事が非常に気になって、頭を働かせる。
見ていた夢を忘れてしまうのは寝起きによくある事なんだけど、今回のはそうではなかった。
うっすらと何かを覚えている。あともう少しで出て来そうな所なのに夢の内容が出てこない……。
ボクは長考し、あれこれ考えているうちに、ふと思い出した事があった。
「――天使……」
そう、天使だ。
ボクは咄嗟に、思い出した単語を口に出したのだけど、
「――ん??」
自分の発した声に疑問を覚える。
――おかしい。……声がおかしい。
ボクはためしに『あー』と言葉を発してみたけど、やはり声が変だった。
――……一言で言うと、ボクの声じゃない。
いつもより低いというかなんというか。とにかく変なんだ。別に風邪をひいて声が変化したとか、そういう類ではないと思う。
ボクは咄嗟に喉に手をやった。
「――?」
喉から手に伝わる感触。
――これは?
うっすらとだが、喉仏らしきものが出ていた。
――どういう事だろう? ボクに喉仏なんて。
声といい、喉仏といい。謎が謎を呼んでいた。
ボクはとりあえず、喉にやっていた手を自然に下した。
その時、咄嗟に胸に触れたのだけど、
「――え?」
声と共に感じた違和感は『気のせい』で済ませるにはあまりにも難しかった。
――胸が無い。
お世辞にもボクの胸はある方ではなかったけど、今は確実に洗濯板状態になっている。
一言で言うと、まるで男性のような……。そんな胸板だった。
焦りが込み上げて、感情がボクを動かす。
――じょ、冗談? まさか……。
そう思って、再び胸を触る。
「――っ!?」
ボクは大慌てで胸を触りまくって、無くなった双球の復元に挑む。
「――お願い……。頼むから……」
結果はあまりにも残酷な物だった。
――どこに行ったんだ、ボクの胸……。毎日、毎日、バストアップの為に牛乳を飲んで、一生懸命に育てて来た努力の結晶……。
それらが無に帰し、洗濯板という胸に変化した。
――泣きたい。
いや、本当に泣きたい。……必死に叫びたくなるのを我慢して堪えた。
ボクは早急に自分の身体の事が知りたくなって、この部屋に備え付けられている鏡に向かうためにベッドから慌てて降りた。
ベッドに付いている手すりを下げて、神速で地べたに足をつける。
――ダンッ。
勿論、裸足なのと、ベッドから降りた勢いで何とも言えない擬音が鳴り響く。
ボクはそんな大きな音を気にもせず、文字通りダッシュで鏡の前に立った。
「――っ?? は??」
鏡に写った自分の姿に、その場で瞬時にパニック。自分でも驚くほど間抜けな声を発して、唖然とした。
理由は簡単。
その鏡に写った自分は自分ではなかったからである……。
ボクと同じくらいの年の人物。ショートヘアで黒髪。一瞬、男か女か分からないようなその容姿は恰好いいより可愛い部類に入ると思う。状況が状況じゃなければ、ボクはこの人物と個人的にお近づきになって、友達になりたいと思っただろう。
でも、今はそんな事を考えている場合ではない。
そう、状況がおかしいんだ。鏡の中にその人物が写り込むという事は……。考えたくもないけど、もしかするとそういうことなのかもしれない。
ボクは鏡を覗き込む。すると、鏡の向こうでもボクと同じ動作をしていた。
「――!?」
……おかしい。
鏡の向こうの人物もボクと同じで、覗き込もうとした。ボクはそのまま自分の顔を手で触った。
……やはり、鏡の中の人物もボクと同じ動作で返してくる。これはもう決定的かもしれない。
ボクは、今現在この鏡の中の人物と同じ姿、形をしているという事でファイナルアンサーだった。
正直、どうしていいか分からない。一度パニックに陥った頭は落ち着きを取り戻すには時間を要する。
素数を数えても、ボクの好きな可愛い物コレクション(自室に置いてあるぬいぐるみ達)の事を考えても落ち着かない。
それどころか焦りが広がり、それらが恐怖となってボクを襲う。
次第に呼吸が荒くなる。
そして身体をまさぐって確認をする。『ボクは何者だ』と脳が訴える。そして決定的な事が判明した。
「――う?」
なにか下半身がおかしいんだ。
具体的に言うと何かついている。女のボクには無かった感覚だ。
……ここまで分かると、後は早い。ボクは神速で下半身を確認し、そしてついに謎を解いた。
「――うそ……」
咄嗟に言葉が出た。できればその謎の答えは知りたくなかったけど、知ってしまった以上は受け止めるしかない。
――……ボクは男になっていた。
一瞬、夢かと思ったけど、頬をつねって激痛がボクを襲った以上、それが真実。
そう、受け止めるしかない現実だった。
――まさかボクが男になるなんて。……まあボクは男になってみたいと思った事は少なからずあるけど、まさかこうも簡単に実現してしまうとは……。
「――どうしよう……?」
まるでこれからの事を暗示するかのような呟き。
ボクは少しばかりその場から動くことはできなかった。
――数分後。
ボクは相変わらず身動きが取れずに、一人部屋の中で悶々としていた。
それもこれも全てボクの性別が変わってしまった事によるものだけど、何の予告も無しに(予告があっても困るけど)『男』になってしまうのは、正直堪える。
身体の勝手が分からないのは当たり前だけど、それよりも『なぜこうなってしまったのか?』という疑問がボクの頭を支配する。
それもこれも目覚める前に見た『天使に会った夢』が関係しているのだろうか? 考えたくはないけど、ボクが男になっている以上、そこには神がかり的な力が働いていると考えるしかない。
――ボクは何を『非科学的』な事を考えているんだ?
ボクはそのような考えで一瞬落ち込んだが、ボクの性別変化現象は否応なしに現実としてそこにある。
それは変えようもない事実で、その事が更にボクを追い詰めて行く。
「――天使さん? ボクは一応生き返ったんだよね? そうだよね?」
夢の中で天使に言われた事を思いだしてそのような言葉を紡ぐ。
――そうだ、ボクは生き返って目覚めたんだ。それでこの場所に居るんだ。
天使から『生き返った後』の話を全く聞かされて無かったので、この辺は想像して無理やり答えを構築していくしかない。
とりあえずボクは『生き返った後、この場所で目覚めた』という事で結論を出して、そう言い聞かせて答えを出した。
性別が変わってしまった事については、
――生き返らせてくれたのはありがたいけど、容姿や性別を変えてしまうのは想定外すぎるよ……。
現在進行形で思い悩んでいる最中である。
――何が目的なんだろう?
いや、本当に何で? ボクを男にすることで何のメリットが??
先ほどから考えていた疑問が、グルグルと頭の中を駆け巡る。
その際、この部屋のど真ん中で頭を抱えたり、いろいろ動いて固まったり、その場で謎の回転行動を取っていた事は忘れておこう。
そうだ、少し焦りすぎて奇行に走っただけなんだ。疲れていたんだ……。
もし美幸にこの奇行を見られていたとすれば、ボクは恥ずかしさで逃げ出していたかもしれない。
「――あ」
そこでボクは思い浮かべる。
ボクと同じく生き返っているはずの幼馴染についてだ。
――美幸もボクと同じ状況なら、今この場所で意識を取りも出していてもおかしくは無い。……ボクの身体に起こった異変も彼に起きているなら、それはそれで興味があるけど、今は深く考えないようにした。
それにこの場所、部屋を渡す限り『どこかの個室』である事には間違いない。
ボクが事故に遭った後に生き返っているなら、この場所は……。
「――病院?」
そう、病院であると考えるのが自然だと思う。……まだ可能性の段階だから何とも言えないけど。
とにかく僕はこの場所を病院だという事を仮定して行動を起こすことにした。
第一目標は美幸の発見。
――ボクがこの場所に居るなら、ボクと同じ境遇の美幸もこの場所に居るはずだ。
という安易な考えでボクは動いた。
「――っ」
気合を入れて美幸を探そうといざ出陣。
気持ちが固まると後は早い。とにかく彼と会って情報交換が第一だ。
ボクと同じように美幸の身体にも異変が起きている可能性がある……。
――例えば……美幸が女の子になっていたら。
想像するだけで無性にテンションが上がった。
――可愛いかな? 可愛かったらいいな……。ふふふ……。
おっとダメだ。こんな邪な気持ちを持ったまま美幸に会うのはどうも気が引ける。
ボクは一つ咳払いをして気を取り直した後、この部屋の横スライド式の扉を開けて、すぐ外へ出た。
そして静かに扉を閉め、一息置く。
これも美幸を探すための行動だ。
扉を閉めた後、閉められたボクの部屋を廊下から見ると、そこには『水鏡真樹』という名前が表記されたネームプレートがあった。
――水鏡……真樹? 真希じゃないの?
ボクは目に入ったネームプレートを見て疑問に思う。見た通りに、漢字が違う。
ボクの名前は希望の『希』であり、樹木の『樹』じゃないんだ。
――これも性別が変わってる事に関係してるのかな?
そう思うボクは首を傾げながら廊下を歩き出した。
……長く広い廊下。
光が無い所を見ると、消灯している事がすぐ分かった。でもボクはこの廊下を歩いてこの建物を探索しないといけない。
勿論、それは美幸に会うためだ。
ボクは辺りを見渡しながら、ゆっくりと歩く。
「――……?」
ふいに視界に入るドア、ドア、ドア……。この建物の廊下にはボクが居た部屋と同じ部屋が多数存在しているようだった。
よく見ると、ボクの部屋と同じ位置にネームプレートが見える。勿論、それに名前が書いてあるという所から、各部屋には人が居るという事になる。
ボクと同じ個室から複数人の相部屋まで種類は様々だった。
オマケに廊下には手すりが完備され、所々にアルコール消毒液が配置されている。歩いていて歩行音があまりしないのは、防音が行き届いている証拠だろう。
ここまで条件と、歩いていて感じる空気。そして直感で、もうこの施設は病院である可能性が非常に高いという事が分かってきた。
もし病院なら、ボクの居た部屋が病室であった事も頷けると思う。
病室なら話は早い。
――ボクは入院しているんだ。
という事は、原因はあの事故。事故と言えば一緒に居た美幸が気になるのは自然な流れだった。
ボクは『この場所にボクと美幸は入院という形で居るんだ』という事を考えながら、彼の名前が表記されているネームプレートと部屋を探した。
「――…………」
ボクは無言で、隠れるように歩いた。これではまるで何処かに侵入しているみたいだけど、『消灯時間を過ぎた病棟で歩き回る患者』というのも目立ちすぎる。だからボクはこのように動いて歩き回った。
そして、歩き回って数分が過ぎた時、
「――…………!」
ボクは不意に重要な事を思いだした。
――何で今まで忘れていたのだろうか。この問題は忘れてはいけない問題だったのに……。
「――千歳……」
そう千歳だ。
自分の事と美幸の事で頭がいっぱいだったが、彼女の事を忘れてはいけない。
ボクが生き返っている以上、天使の力が働いているという事だ。
という事は、自ずとボクと美幸の願いが叶って、その願いがこの世界に反映されているという事になるのではないかと思った。
――そうなってくると非常にまずい。
千歳が、彼女の気持ちが操作されて美幸に恋愛感情を抱いているのならば、それはさすがに見過ごせない問題だし、とにかく巻き込んでしまった千歳に申し訳が立たない。
一番悪いのは天使だけど、うっかり『千歳と仲良くなりたい』と言ってしまった美幸も悪いと思った。
美幸にそんなつもりは無かったんだろうと思う……。
だけどこの問題は無視するにはあまりにも無理だ。……というか千歳の友人としてボクが許す訳も無い。
どこをどうするというのは全く思い浮かばないけど、とりああえず美幸には事の重大さを理解してもらって、この問題に真摯に向き合って貰わなければならない。
ボクと美幸が天使に会った事によって、何の関係も無い千歳が巻き込まれてしまったのだ。
この話は美幸に会った後、落ち着いたら必ず話し合おうと決意した。
――更に数分後。
「――……ん??」
千歳の事を考えてフラフラと廊下を彷徨っていた時、ボクはついに彼の部屋を見つけた。
ネームプレートにも『小峰美幸』と書かれているから間違いない。
でもボクの頭は疑問だらけだ。なぜならばこの名前のフリガナには『コミネミユキ』と書かれていたから。
一瞬、別人の可能性も視野に入れたけど、ボクの性別と名前が変わっている事を考えればこの部屋の住人は美幸である可能性の方が高いはずだ。
それに、もしこの『ミユキさん』が別人ならば、部屋に侵入して『ミユキさん』の寝顔でも確認すればいいだけ。
別に、興味本位でこの『ミユキさん』の病室に入ろうとしている訳ではなく、確認のための行動である事を理解いただきたい……ってボクは誰に言っているんだろう?
ボクは一つ咳払いをすると、この部屋に入る事を決めた。
目的の人物がこの部屋に居ても居なくてもいい。とにかく今は、『美幸』と書かれた人物全員を見て回る覚悟だった。
まあ、ここが病院である以上、『小峰美幸』という同姓同名の患者が居ないとも限らないけど……。
「――…………」
ボクは『ミユキさん』の部屋のドアの取っ手をゆっくりと掴む。
そして意を決したようにガラガラとドアを開けたのだった……。




