第五十話 「元さんと真樹君の紳士協定(?)」
少し間が空きましたが、今回は久しぶりにミユキ視点です。
マキ視点はしばらくお休みかもしれません。
――もう、どうにでもしてくれッ!!
なんで今日に限ってこんなに知り合いばかり来るんだよと、うろたえている俺は本日も焦っております。
マキに引き続き妹までもが俺の恥ずかしい姿、そして無理やり愛想を振りまいているバイト姿を見学に来やがったおかげで、メンタル面はバイト終了を迎える前に崩壊した。
ここの所、男の客が非常に多い。
特にこの夕方の時間帯でかつ、学生たちが放課後を謳歌しているこの時間が一番厄介だ。
「――おい、見たか? 今日もあの二人が居てくれてるぞ」
「ふふふ……。小峰さんに相沢さんか。すごく良いな」
「いやはや、学園では見られない格好というものはこうも良いモノか。そうは思わないか? アンタ」
「そう言われてもだね、僕は綾菱じゃないからウエイトレス姿のお二人しか知らないんだよ。だからむしろ学園の制服姿の方が僕にとってはレアだ」
などと端の方の席で異様な空気を醸し出す一団。
少し前までは相沢さん目当ての方々が屯していた所に、気が付けば俺のファン(笑)までもが追加され、そこから他校の生徒までもが新規参入。
ファンがファンを呼び、その一団に加わっているという状況だった。
彼らの近くを通り過ぎたり、オーダーを聞きに行ったりすると、毎回全員から色気を含む奇妙な視線を投げかけられるのがたまらなく辛い。
だがしかし、少しでも相沢さんへの負担を軽減させるためにも、基本的には俺が我が身を差し出し、野獣どもの元へと突撃しているという惨状だった。
先ほどもコーヒーや紅茶などの簡単な注文を聞きに出向いたが、些細なことで引き留められ強制的に雑談をさせられてしまう展開に発展。
ふと、遠目に美月が黒いオーラを出しつつ、お客たちを睨みつけていた。
それと同時にマキとも目が合う事が何度もある。
若干間その目に寂しそうな雰囲気を感じてしまったが、コイツにだけは声を大にして言いたい。
――野郎に色気のある視線を向けられても、嬉しくねぇんだよッ!
自然と込み上げてくる感情は『気色が悪い』というものであり、この俺が野郎に対して向ける感情に色恋沙汰などは一切無いという事だけは声を大にして言えることだった。
……そして気になる案件がもう一つ。
ここの所毎日なのだが、彼らが帰るときに「何故か」携帯電話の番号とメールアドレスを記入されたメモを手渡しされる珍事が発生している。
接客業なので一応嫌な顔をせずに、受け取るだけは受け取っているのだが、悲しみが止まらない。
――血迷うなよ男ども。この恋愛感情の結末には不幸な結果しかないのだぞッ。
キリがないので仕事終わりに即ダストシュートしているのは当たり前だが、彼らの思い切った行動だけは素直にすごいと思う俺だった。
――自分が好きな子に正面からアタック出来るかどうかなんだよなぁ……。
相沢さんと『同性』になったからこそ俺は積極的に動けてはいるが、相沢さんと仲良く出来ているその最たる理由は『同性の気安さ』に他ならない。
それでも中身は漢なので越えられない一線はあるが、元の姿よりかは気安く話せるのも確かな理由だ。
――俺もそろそろ何か気持ちを伝える行動をしていかなきゃなぁ……。
などと、思案していたのが仇となったのか、俺は少し気が抜けて仕事をしてしまっていたようだ。
『――いらっしゃいませー』
という相沢さんの声だけを聴いて、いつも通りに来店客を迎えてしまったのだ。
「――何名様で……す……か?」
来店客の顔を確認するのが遅れた結果、俺は目の前のお客さんに対して言葉を失ってしまったのである。
――ちょいと待っとくれよ旦那。
どこぞの時代劇かと突込みを入れたくなるほど俺の思考は混乱。
毎度毎度、思わぬ来店客がくるといつも俺はこうだ。
「――こんにちはミユキちゃん。久しぶりだね」
――うぉい、何だこれは!?
何もない所のはずなのに、風が舞い目の前の好青年こと秋月元さんの前髪がなびく。
素敵スマイルを振りまきつつ、手を軽く振るだけでこうも格好が決まるのはなぜか。
――なんか眩しいよ、この人!
男として完成されているとこうも凄いのだろうか。
「――恐ろしい男だ……」
「ん? どうしたのかな?」
「え? いや、何でもありません!? お席にご案内しますッ!」
思わぬつぶやきを拾われてしまうも、俺は咄嗟に思考を切り替え仕事モードへ。
なぜこの人がここに来たのかは後で確認するとして、今はとにかく第一仕事である。
『――店内は全席禁煙となっておりまして……』
などとマニュアル通りの説明を案内中に経て、元さんと空いている席へ移動する。
その間も元さんは何故かニコニコの上機嫌だったのだが、関わらない方が安全なので問答無用で無視することにした。
そんな中、
「――元さーん、こちらへどうぞー」
「……(ニコニコ)」
先に来店していた美月とマキが、二人そろってこちらへ手を振っていた。
――あいつら、恥ずかしい真似しやがって。
知り合いという関係上、どうもこういう行為は好ましくない。
帰ったら二人に説教は確実に与えるとして、元さんはどう思うのかと、彼を確認してみたら、
「――ミユキちゃん。俺は美月ちゃんたちと同じ席でいいよ」
と、妹たちと同席してくれるという事で、そのままアイツらのテーブルへ案内したのだった。
「――ご、ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「うん。そうさせてもらうよ。あ、そうだ――」
メニュー表を彼に渡し、できるだけその場から早く離れようとしたのだが、その瞬間になぜか元さんに声を掛けられ、脱出失敗。
何事かと、彼を見ると、
「――その恰好、すごく似合ってるね」
この前、マキに言われた事と同じことを言われてしまった。
「――う、うぅぅ~」
とどめの一撃。
何たることか。
今の一言が俺のメンタルに容赦なく突き刺さり、もはや戦意喪失状態。
――見ないでぇええ!!
思わず俺は顔を両手で覆いながら厨房へと逃げ帰るしかなかった。
「――ちくしょう、何でだよ。何でこんな事になってる?」
お盆を置き、目の前の受け取りカウンターに両手をついて肩で息をしつつ呼吸を整える。
遠くから元さんたちを覗いてみれば、俺の気苦労など知る由もない三人が楽しく談笑しているではないか。
――俺の気も知らないで楽しそうにしやがって。
などと不貞腐れていたら、
「――ミーユキっ」
楽しそうな声と共に、相沢さんが俺の肩を軽く叩きつつ、元さんたちを指さしてニコニコしていた。
――これは、また厄介なことになるかも……。
などと嫌な予感が的中したのか、俺が厨房へ戻ると同時に、
「――流石ねミユキちゃん。あの素敵な男性は誰なのかなぁ」
このお店の大黒柱であり、頼れる調理人こと斎藤さんがマッハで駆けつけてきた。
「――ふふっ」
そこに相沢さんも加わり、元さんの事を聞きたくて堪らないという感じだった。
俺はあたふたとしながら『ただの知り合いです』と強調するのだが、目の前のお二人は信じてはくれない。
……一応、相沢さんは俺と元さんの関係性を知っているし、先日の道場の一件も勿論知っている。
――だからこそ、『婚約者だった』というワードだけは控えてほしいんだよ、相沢さんッ(切実)。
いくら恋バナが好きな人たちだと言っても、俺の天使さまは空気を読むという事をしてくれるはずだと俺は信じている。
「――(じーっ)」
――ほら、この俺の目を見て、相沢さん! 貴女が僕に協力してくれるだけで、平和な世界が広がるのです。
現段階で斎藤さんに余計な興味を持たれるのはいろんな意味で自殺行為である。
ここから新藤さんや成瀬さんにまで話が広がると、今後の休憩時間に元さんの話題で大変なことになるのは分かり切っている。
俺には好きな人がいる。
それは『相沢千歳』ただ一人だと声を大にして宣言したい。
だがしかし、そんなことを公言できるはずもないので適当にごまかすしかないこの現状。
何かうまい事この場を凌げる魔法の言葉があればいいのだがと思案する俺だったが……。
「――斎藤さん、あの人はですね、ミユキの婚約者だった人なんです♪」
――うぉおい!?
それは神のような言葉だった。
ほら見た事か。案の定斎藤さんがポカンとして、固まってしまった。
沈黙すること数秒。
そしてそのままエライ事になった。
――もうそこから、後の事は思い出したくもない。
とりあえず、週刊誌に追い回される芸能人の心境がよく理解できたという事にしておこう……。
さて、そんなことで落ち込んだりしてサボり続けるワケにもいかないので、斎藤さんを持ち場に押し込み、頭を切り替え。
フラフラな俺に『ごめんね』と片手を立てて謝る相沢さんの可愛さに癒されて仕事を再開することにした。
ちなみにレポーターと化していたのは斎藤さんだけで、その間俺は彼女の質問に答えて身動きが取れなかった。
その間、お店の業務は相沢さんが引き受けていて、見事に接客をしてくれていた。
……俺にグイグイ来ていた斎藤さんは、新規のオーダーシート相沢さんから受け取りつつ、注文を調理・処理しながら俺に聞きたいことを聞いてくるという、同時進行技を繰り出していた。
――あれだけ俺の事に意識を向けながら、普通に業務をこなせるなんて……。
ある意味『すごいものを見た』という感想だけが印象に残る。
そうやって尊敬する先輩(?)の事を思い返しつつ、ホールに戻ると、元さんの声が俺にかかった。
「――やあミユキちゃん。追加オーダーいいかな?」
「は、はいどうぞ」
俺がレポーターに答えている間に、どうやら彼はコーヒーとチーズケーキを頼んでいたようなのだが、ケーキが気に入ったのか、追加で他のケーキを頼んできた。
俺がオーダーシートに注文を書き込んでいると、
「――にしても、ミユキちゃんの印象がその格好で大分変わるよね」
「え? そうなんですか?」
「だって俺、普段から君に会う機会少ないし、会うときは家を訪ねた時くらいだからね」
「確かに元さんは普段から道場ばかりですもの。私や姉さんとは機会がないと会いませんもんね」
話に乗ってきた美月の言う通り、反転したこの世界では、俺は基本的に道場には行かない。
先日の一件が特殊過ぎるだけで、俺こと『小峰ミユキ』さんが普段から道場で武術の鍛錬をしているという習慣はないのである。
だからこそ普段から元さんと顔を合わせる事はなく、今回会ったのは実は前回の道場破り以来だったりする。
「――いきなりだけど、ちょっといいかな?」
「な、何ですか?」
ウエイトレス姿の俺を『じー』っと見つめながら、元さんはそんな事を言い出したので、俺は咄嗟に身構えてしまった。
「――君は魅力的だ。可愛らしい……」
――えーっと、何を仰っているのです?
「――この前は君に負けたし、自分でも納得のいく結果だった。だから現状では君の意見を尊重するし、水鏡君との関係も認めている」
――ど、どういうことだ? ちょっと、そんな熱い眼差しを向けないでください。
「――だけど、俺は君の事を諦めてはいない」
何だか良くわからないが、勢いそのままに手を握られた。
そのあまりに自然な動きに驚くと同時に、変な汗が出る。
「――は、元さん!?」
「……むぅ」
美月も驚き、マキも同じように(若干不機嫌そうに?)反応している。
「――君はこの前言ったよね? 『自分より強い人じゃないと相手として認めない』と」
――そ、そんなこともありましたね。
あんなの、取って付けた言い分だし、実際俺は『同性』と結婚する気など毛頭ないのだから嘘八百並べるのが当たり前だ。
――ざわざわっ……。
次いで、何やらお店一体の空気が変わったような気がするが、今はそんな事は気にしている場合でもない。
「――だけど、現状じゃ水鏡君だって君より弱いだろう?」
――ん?
「――だから、俺と水鏡君は君の相手に相応しくないとは思わないかい?」
「つ、つまり何が言いたいんですかッ?」
急に声を張ったと思えば、元さんの正面に座っていたマキが神速で反応していた。
普段のマキが大人しすぎるので、その行動に俺は驚き、声が出ない。
「――つまりだ、俺も君もミユキちゃんの相手として不相応だという事だよ」
「…………」
目の前で不穏な雰囲気の二人。
若干の沈黙が訪れると共に、俺と美月は二人の出方を伺っていた。
「――確かに、その通りかもしれないね……。ボクはその事を失念していたかもしれない。いくらミユキの恋人として認めて貰えても、それ即ちゴールじゃない」
「そうだとも、極論、ミユキちゃんと将来結婚できるかどうかなんだ。そうだよね、ミユキちゃん?」
――そ、そこで俺に振るんですか!?
当事者とはいえ、この展開は予想だにしない展開だった。
「――(だ、誰かぁ……)」
涙目で助けてくれそうな人……、相沢さんをチラ見すると、厨房にいるはずの斎藤さんと一緒に拳を突き上げ『GO!GO!』と合図を送っていた。
――なんで、こういう展開だと相沢さんはノリノリなんだ!?
というよりもマキが冷静じゃない事が問題だった。
俺の事を諦めず、好意を真っすぐにぶつけてくる元さんになぜそこまでして食い掛るのかというのがポイントだ。
二人は俺に認めて貰いたいと考えている。
それだけは理解したが、今言えることは一つしかない。
「――あの、二人とも。私は結婚する気はありませんよ。想像もできません。それにこんな場所で話す内容でもないでしょう? ほら、周りを見てください」
気が付けば、来店しているお客さんが目立ちまくる俺たちを注目しているのだった。
「「「「――…………」」」」
その中には悲しいかな。俺のファンの男たちを中心にざわめきが広がっている。
先ほどから『結婚』という単語が出てきた辺りから彼らの視線が突き刺さっていたのを思い出した。
時すでに遅しとはこの事だろうか。
男性客のほとんどが俺を見て、何か考えている。
ファンの奴らは携帯電話でどこかへ連絡を飛ばし、早口でまくし立てているのだ。
――ヤバいなぁ……。変な話を聞かせてしまった。というよりも、どこまで聞かれたんだ?
起こってしまった事は仕方がないと考えるが、やはり不安は拭えない。
時折、『小峰さんに勝ったら……』『認めてもらえる……』『結婚……』などの単語が飛び交っているのが恐怖でしかない。
「――おっと、これはすまない事をした。君の姿を見て感情が抑えられなかったんだ。だけどーー」
元さんが困り果てている俺。そしてやたら真剣な顔をしているマキをじっと見つめて、言葉を区切る。
続けて、
「――俺の言いたいことは理解できたかな? 俺も水鏡君もミユキちゃんに勝てない以上、誰も君と結婚出来ないって事だ」
そう言い放って一呼吸。
「――その通りですね。ボクはいずれ元さん、そしてミユキに勝たなければいけないという事ですか」
「理解が早くて助かるよ、水鏡君。同じ女性が好きならば、納得のいく結果を出そうじゃないか……。真剣勝負と行こう。それまでは恋人として君は認めるけど、ミユキちゃんの伴侶としては認めるつもりはない」
「ボクも元さんが納得してくれないと満足できません。貴方を打倒してこそ、ミユキを手に入れられるというものです」
互いに決意を新たにして、頷きあう男と男(女?)が二人。
――ちょっと待て。俺はいずれこの二人とやり合わなきゃいけないのか!?
元さんはともかくとして、なんでマキと戦う展開になっているのか。
訳が分からないまま、宣言するだけ宣言していった元さんはマキと握手した後、華麗に立ち上がり、俺に笑顔を向けて帰っていった。
……さり気にマキと美月の代金も払っていく辺りが格好いいと思ってしまう俺はどうかしてしまったのだろうか。
「――姉さん、どうするんですか? 元さんは諦めてないみたいですよ?」
「ソウデスネー」
「ボクだって彼に負けてられないよッ。きっと君のために強くなるからね!」
そう発言する本日格好いい男(女?)がここにも一人。
――おい、お前はなんでそんなに俺との結婚話にムキになる? というよりも、マジで闘うつもりか? 俺と元さん二人と……。
相も変わらず、この幼馴染の事はよく分からないと思う俺だった。




