第四十六話 「本日の言い訳と反省」
美月の前衛的なカレーを食した後、風呂も入り後は寝るだけとなった時間帯。
俺はどうしても言っておきたいことがあったので、明日の学校の準備もほどほどに、アイツに電話をすることにした。
――プルル……。
いつものように機械的なコール音と共に、複数回の呼び出し。
そうしている間にもマキが電話に出てくれる。
『――もしもし……?』
「おう、マキか? 俺だ」
『やっぱりかけて来たね。待ってたよ』
「え? 待ってた? 何で分かるんだよ」
『だって君の事だもん。今日のあの姿をボクに見られたからには、絶対に電話してくると思ってたよ? 可愛いウエイトレスさん』
「おまっ……もういい」
なんて事だ。
いきなりコイツにからかわれるとは。
『――それで? どうしたのかな?』
俺の事などお構いなしにマキは話を進めていく。
さて、これまでのやり取りで分かるように、マキに電話したのは今日のアルバイトの事だ。
コイツにバレてしまった以上、懇切丁寧にこれまでの経緯などを説明しなければならないと判断したからだ。
しかし、何も言わずに意思疎通ができ、話を進める事が出来るのは我ながらすごいと思う。
伊達に長い事幼馴染をやっているだけのことはあると思った。
「――どうしたって……、分かってんだろ? 俺があそこでバイトしてる理由についてだ」
『勿論分かってるよ、ミユキ。君には君の理由がある。あそこで働かなくてはならない理由があったんだよね?』
「お、おう。まさしくその通りだ」
マキは何も言わずとも、と言う感じで俺を良く理解してくれていた。
そんな彼女(?)に感謝しつつ、話を進めていこうと考えていたのだが、
『――君はあのお店の可愛い制服が着たかったんだよね? それならそうと一言ボクに相談してくれればよかったのに』
「…………」
なんだ、これは。
この意見の食い違い。
確実に俺の考え、言いたいことなど理解していなかったマキさんは、見事に勘違いしていたのだった。
『――可愛い服が着たいなら、ボクが選んであげるよ。まあ、こういう話は相談しにくいと思うけど、君は今女の子なんだから、そういう服を着たいという欲求が込み上げるという事は自然だと思うんだ(中略)とにかく、今度の休みはボクが付き合うよ。可愛い服を見に行こう』
勝手に間違った解釈をしたまま、マキは長々と話を止めない。
勢いが良すぎて、無口な普段を知る俺としては珍しい物を見た感じで驚きはあった。
だからこそ饒舌なマキを止めなかったのが悪かったのか、黙って話を聞いている俺に対して次の休日の予定が決まりつつあったのだ。
『――それでね、君の服だけど、全部ボクに任せてくれないかな? 一度着てみて改めて君の意見を……』
「す、ストーップ!」
『ミユキ?』
「もういいッ! もう何も言うな! 俺が悪かった!」
『えーっと……』
「お前とはここで、もう一度ゆっくり話さなければならんようだな」
電話の向こうで驚くマキに俺は『説明』と言う名の説得を開始したのだった。
「――……と、いうワケだ。落ち着いたか?」
長々と説明し、俺がなぜ新藤さんのお店で働くことになった理由を説明。
相沢さんが気になっているという事を理由に不純すぎる動機。
だからこそ知られることが恥ずかしく、そして自分自身に負の感情を抱いてしまった事。
それらの事をマキに知られたくなかった事などを延々と説明し終えた所だった。
『――じゃ、じゃあそんな簡単な理由でワザワザ働き出したっていうの? ……君、ある意味すごい行動力だね』
「俺もびっくりだ」
『それで?』
「何が?」
『君は無事に千歳の騎士になれてるの? 大丈夫?』
「それは勿論……」
――……大丈夫なのだろうか。
ここまで働くのに必死すぎて、どんな男客が来店したかなんて覚えていない。
本来の目的である、『相沢さんの身辺警護(笑)』が無事に出来ているかはどうかは、心底疑問だった。
――いかん。相沢さんと一緒に働くことが楽しくて目的が飛んでた……。
『――えーっと、大丈夫? 黙っちゃってるけど、何か問題があったの……?』
「だ、大丈夫に決まっているだろう。ちゃんと相沢さんを守っている……ハズだ」
――恐らく、恐らくだよ?
そう、決して目的を見失っているワケではないはずだ。
『――周りに可愛い女の子ばっかりだったね?』
「えへへ……、お前もそう思う?」
『……ミユキ?』
――いかん。咄嗟に変な事を言ってしまったではないか。
マキの冷たい声とその呼びかけに、マッハで我に返った。
「――な、何でも無い。俺は何も言っていない。何でもないぞっ?」
『そう? ならいいんだけど……』
「おうよ。心配するな。俺は純粋に相沢さんの事を考えて行動してる。周りに美人ばかりだろうが何だろうが、関係ないというものだ」
『……そうなんだ。不純な考えはないんだね?』
マキの反応、そして雰囲気。
なんだか怖い。
――なんだろう、この追い詰められているような空気。
こんなハズではなかったってのに、どういう流れでこうなったのだろう。
『ところで……ミユキ?』
「何でしょうか?」
『厨房の銀髪の女の子、すごい綺麗だったよね?』
「お前もそう思う? 俺、すごくドキドキしてヤバかったぜ。やっぱ月島さんみたいな美人がいると、俺としてはテンション上がりまくりで、毎回会いたくなっちまう。限られた助っ人っていう立場なのが残念だよ、ホント」
――って、しまった! 勢いに任せて何という事を口走っているんだ俺!?
発言してからの後悔。
電話の向こう側でカマをかけてきたマキが無言で俺にプレッシャーをかけて来ていた。
『――君と言う人は……』
「い、いや、マキ? 俺も男だ、やっぱとんでもない美人を見ると心が揺らぐんだよ」
『何を開き直ってるの? 君は千歳が好きなんでしょ? それに今は女の子じゃないか』
――た、確かに俺は今、完璧な女の子だけどもだね……。
それとこれとは別問題だと声を大きくして言いたかった。
だけど、何か反論すると瞬時に怒られそうだし、そんな発言さえも許されない雰囲気だったので、俺は抵抗を諦めた。
『――大体君は昔からそういうところがあるよね? その場の状況で目的をよく忘れてしまうんだよ』
「はい。申し訳ありません」
『ボクにとって君も大事だけど、千歳も大切なんだ。君は「千歳のために」とか言いながら、千歳を利用して美人に囲まれる環境を作り出してるだけじゃないか』
そして始まるマキの説教。
言われていることが全て正論なので、只ひたすら謝るしかない俺だった。
『――あれは確かボクらが小学生のころだったかな? あの時も確か君は……』
挙句の果てにはるか昔の俺の不祥事まで引っ張り出して来たマキは、さしずめ意地悪な姑と化していた。
――は、母上、もう許してはくれませんか?
さしずめ俺は役立たずなムコ殿と言ったところだろうか。
「――本当にすまないと思ってるんだから、許してはくれないか?」
『そんな事言ったって、君はどうせまた鼻の下伸ばすんでしょ? それは少し考え物だとボクは思うんだよ。千歳にも申し訳ないと思っているんなら、まずは不純な気持ちを捨てて、本来の目的を思い出さなきゃ』
「あ、ああ分かってるよ。だから俺はさっきから謝ってるだろ?」
どうもマキの様子がおかしい気がしてきた。
何をそんなにしつこく怒るのだろうか。
確かにあのお店で働き始めたのは、俺の自分勝手な理由かもしれない。
実際に相沢さんに近づいてくる男どもを監視するというふざけた動機だ。
だけど、それ以上にマキの不機嫌さがそこだけには無いような気がしてきた。
――なんだ? 俺が月島さんとかに近づき過ぎたからか?
自分の知らない女の子と俺が親しくしている事に嫉妬でもしているのだろうか。
――そんなワケねぇよな……。何考えてるんだ俺。
一瞬アホな事を考えたが、あのマキが俺に対してそんな感情を抱くはずがない。
――それだけ相沢さんを理由に、俺が目的を見失った事が許せなかったのか。
一番の親友を利用し、他の女の子と仲良くしている俺という構図が許せず、その部分にカチンと来ているのかもしれない。
確かに俺は馬鹿な事をしてしまっていたようだ。
――これは本当の意味で誠心誠意マキに謝る必要がある。
だからこそ、
「――マキ。本当にすまない。俺が馬鹿だったよ。明日からは心を入れ替えるから許してほしい」
一息置いて、俺は彼女に謝った。
『――君の気持ちはよく分かったけど、まだ足りないね』
「そうなのか? ならば俺はどうすればいい? 正直お前に嫌われるとその……辛いんだ」
『…………』
「何でも言う事聞くから、マキ……頼むよ」
こんな事でマキに嫌われたくない。
俺にとってやはりコイツは大切な友人なのだから。
そんな中、俺がシリアスに思いつめていたこの瞬間、マキが瞬時に反応していた。
『――何でも? 今何でもって言ったよね!?』
「うぇ!? びっくりした。急に叫ぶなよ」
『そんな事はいいから、今言ったよね!? 「何でもいう事聞くって」!?』
「い、言っちゃいましたね……僕」
失言だっただろうか。
マジな空気が忘却の彼方へと飛んでいき、マキさんが水を得たマグロのように食いついていた。
『――ふふふ……。何でも言う事聞いてくれるなら許してあげる』
「……はい。すみませんでした」
『何がいいかなぁ……。やっぱりコスプレが王道かなぁ……』
――俺の謝罪の言葉、貴女に届いてますか?
電話の向こうで不敵に笑うマキの様子に、俺は恐怖したのだった。
――お手柔らかにお願いしたいなぁ……。
どうやらマキの機嫌は直ったようだが、さらなる危機が俺に迫りつつあった。
『――ふふふ……ふふふふっ。ふ・ふ・ふ……』
――怖ッ! なんだ、この迫力!?
何を想像しているのだろうか。
マキの頭の中で俺がどのように辱めを受けているのだろうか。
考えるだけで様々な恐怖が俺を襲うのだった。




