第四十五話 「本日の料理当番(笑)」
さて、本日の業務もほとんど終わり、アルバイトも無事終了。
斎藤さん始め、本日お世話になった従業員全員にお礼を言った後、無事にバイトを上がることができた。
勿論、帰り道は相沢さんと同じなので最寄駅まで一緒に帰ることになった。
「――はぁ……、疲れた……」
「ふふふっ、相当お疲れだね、ミユキ」
「……うん」
ガタンゴトンと揺られる電車内。
吊り革を持ちつつ、思わずため息も出るというものだ。
勿論、隣には相沢さんが居るのだが、俺の姿を見て軽く声をかけてくれた。
案の定、気の利いた冗談も言えるワケもないない俺は、彼女の言葉に頷く事しかできなかった。
「――本当にお疲れだね? まだ帰って美月ちゃんやお祖父さんに晩御飯作らないといけないんでしょう? 大丈夫なの?」
「ああ、その事? 実はね……」
最近、俺はアルバイトを始めたので、基本的に仕事の日は晩飯を作る役目は妹の美月が担当してくれている。
本人曰く、
『――姉さんの負担は私が担当します。そろそろ私も台所に立つ日が来たという事なのですよ。……ふふふっ』
などと不敵な笑顔を見せ、若干楽しそうに調理当番を買って出てくれているのだ。
どうもその料理が不安なんだが、この妹様は結構器用で筋は良い。
壊滅的なスキルを持っていた場合、今まで通り俺がメシを作らなければならないが、どうやらその方面での心配は無さそうだった。
「――へぇー、美月ちゃんがね……」
「まあ、私としては普通に食べられる物が出てくれれば何でもいいんだけどね」
「もう、ミユキってば。そんな事言っちゃ美月ちゃんが可哀想だよー」
なんて軽い話をしていた時、最寄り駅の到着アナウンスが聞こえてきた。
吊り革に体重を預けながら、窓から流れる景色を見渡すと、暗いながらも地元の風景が映り込んで一安心。
――今日も一日ご苦労さんでした……。
そう思いながら相沢さんと電車を降りる俺は、そのままの足で一緒に駅改札を抜けて行くと、
「――じゃあね、ミユキ。また明日学校で」
「うん。気を付けて帰ってね」
「ミユキこそ気を付けて。何てったって、可愛いんだから襲われちゃうぞー」
「ははっ……。気を付けマス……」
互いに冗談を言い合い別れる俺たちは、駅南出口から各自マイホームへ歩き出したのだが……。
――なんだ、このビミョーな気持ちは……。
帰路につきながら歩く途中に思い返す相沢さんの冗談。
つまりは『可愛い』という呼称を自然に使われてしまう現状に『男(今はこんなに可愛らしい女の子だけどッ)』としての立場が危うくなっている事は間違いないだろう。
込み上げる危機感がとてつもなく激しく、そして絶望に似た感情が容赦なく俺を襲うのだ。
――何というか……その、落ち込む……。
現状を許容できる広い心が欲しいと感じるが、どだい無理な話なので諦めるしないのだった。
そんな感じで落ち込みながら帰宅したとき、玄関口でジイさんと遭遇。
「――ミユキか……。おかえり」
「ただいま、おじいちゃん」
「アルバイトのほうはどうなんだ?」
「んー、まあ頑張ってるよ」
他愛ない会話だが、結構心配してくれているようで、ところどころ気遣ってくれている態度だった。
「――まあ、無理はするな。ワシはお前さんが上手く働けているか気になっていてな……」
「大丈夫大丈夫。私に任せなさい。人様に迷惑なんてかけないから」
「そ、そうか? 一度様子を見に行こうかと考えたんだが……」
「お願いだからそれは止めて!」
何てことを言い出すんだこの人は。
あの姿を見られることは俺としては羞恥の極みだ。
ジイさんは勿論のこと、美月にも見られたくはない。
――ってか少し過保護じゃねえか?
いい歳した孫娘のバイト先に顔出す親族なんて違う意味で恥ずかしすぎる。
だからこその全力拒否だった。
「――まあ聞け。ワシはともかく、元君が是非ともお前さんの働いている姿を見たいと言っていてな……」
「うえぇ!? 何で元さんが知ってるの!?」
「そ、それはだな……」
どうしてか俺がアルバイトをしている事を元さんまでもが知っているようで、俺は驚きを隠せず、思わず叫びながら聞き返してしまう。
そんな俺の叫びに応えるようにリビングから美月がひょっこり現れ、
「――そんなの、私が教えたからに決まってるじゃないですか。より多くの人に素敵なウエイトレス姿の姉さんを見てほしくて言っちゃいましたっ♪」
とんでもない事を、ものすごく素敵な笑顔でさり気に言い放つ。
制服にエプロン姿。お玉を右手に調理スタイル。
今日も俺の代わりに晩飯を作ってくれていたようだが、その事に感謝する以前の問題がそこにはあった。
「――ぐれぃと、すこっとッ!! (訳・何てことしてくれたんだッ!!)」
よりにもよって元さんにまで知られているなんて、コイツはマズい。
続ける美月の言葉から察するに、元さんは電話越しでかなりテンションが高かったらしく、
『――それは良い事を聞いた。ぜひ見に行かなければいけないね! 美月ちゃん、ミユキちゃんにヨロシク言っておいてくれ!』
……てな感じで、元気出まくりに仕上がったらしい。
――いかん、この世界ではあの人俺に惚れているんだったな……。
俺が相沢さんに対する気持ちと同じように、好きな女の子の働いている姿を見てみたいのかもしれない。
――あの人店に来そうだなぁ……。
やるせなさで膝から脱力するしかなかった。
「――姉さん? そんな所でうずくまって、何をしているんですか?」
「美月、今のミユキは見てあげないほうが利口だ。放っておいてやろう」
「は、はぁ……。あの、姉さん? 夕食はもうすぐにでも食べられますので、良かったら食べに来てくださいね」
なんとも変な気の使われ方をされた俺だが、回復までにはもう少し時間がかかりそうだった……。
そしてその数分後……。
場所は変わり、晩飯の場ことリビングへ移行。
俺は落ち込む気持ちを抑え込みながら、自室で着替えを済まし、美月の作ってくれた食事を皆で食べようとしている所だった。
食卓を囲み、『いただきます』。
そのまま、目の前の料理に橋を伸ばす俺たちは、楽しい食事を開始……するはずだったのだが。
「――美月さん?」
「はい、何ですか? 姉さん」
「これは一体、何という料理なんだ?」
「……それはワシも聞きたい事だ」
目の前の料理を見て、俺とジイさんが一様に美月を見た。
「――私の新作です。名前はまだありません」
「「そ、創作料理!?」」
俺とジイさんの声が見事にハモった。
――……なんだ? この目の前のコレは?
『食べる』という行為をと惑わせる商品。
匂い、形状、それらの情報を考慮し、導き出された俺の答えは『カレー』だった。
隣のジイさんも俺と同じ事を考えているはずだ。
しかし色が宜しくない。
――な、なんで紫色なんだよ!? ものごっつ身体に悪い色してるやんけ!
どうやって作ったのかは謎だが、『食欲』というものが、この色だけで一気に無くなってしまう。
「「…………」」
戸惑う俺とジイさんの二人だが、料理をした美月はそんな俺たちに対して首をかしげる。
「――どうしたんですか? 冷めてしまいますよ?」
――冷めるだと?
この料理に対して使用していい単語なのだろうか。
とにかく、二の足を踏むことは間違いない。
「――ほ、ほらおじいちゃん。食べようよ?」
「いや、ワシはもう少し冷めたほうが好みでな……」
「おじいちゃん猫舌でしたっけ? まあいいや、姉さん?」
「な、何ですか?」
ニコニコな美月がスプーンで紫カレーを華麗にすくい、
「はい、あーんです」
とんでもない事を仕掛けてきた。
――ちょ、マジか?
「――あーん」
「…………」
「姉さん?」
「いや食べないよ?」
「え?」
「そんな断られた事が信じられないって顔してるけど、一人で食べるからね?」
「えー……」
――拗ねるなよ……。
ちょいとおかしい妹様だが、食わない事には始まらないし、そろそろ腹も減ってきて空腹感が迫って来ている事は確かだった。
色はともかく、食欲をそそる匂いだけは素晴らしくカレーなので、ここは男らしく一気に行く事にした。
「――ふう……」
深呼吸して気合を入れ、スプーンで紫の物体を一すくい。
「――では、参ります!」
そして一気に頬張った。
「――み、ミユキ。お前……凄いな」
「おじいちゃん?」
「い、いや、ワシも頂こうかなぁ……」
外野で見えない駆け引きが繰り広げられていたが、俺の口の中では紫が各方面の神経に炸裂していた。
そのまま『仕方なく』カレーを食わされているジイさんをしり目に、俺は俺でそれどころではない。
――こ、これはっ……。
一瞬固まる俺。
「――っ」
同時に正面で今まさにカレーを頬張ったジイさんも固まっている。
「――どうです? 二人とも?」
純粋な笑顔で感想を聞いてくる美月だが、それらを食わされている当の本人たちはそれどころではなかった。
「――んぐっ」
紫カレーを咀嚼し、嚥下。
そしてその次に出てくる感覚に、俺自身も驚いた。
「――なんだこれは!? 複数のスパイスが見事に調合され、それらの利いたスパイスが身体全体を貫く! オマケに溶けた野菜の甘みがこのカレーを更なる高みへと、洗練された味わいを引き出しているッ!?」
勝手に言葉と表現が出てくる。
その勢いはまさに立て板に水の如く。
そしてもう一人の試食者も同じように、
「――特にこのコクがすごいぞ! 普通に玉ねぎを入れて煮込んだだけでは出ない味わいじゃ! 一体どうしてこんなことになっとるんだ!?」
とんでもない状態に仕上がっていた。
恐らく俺とジイさんの背後では火山が噴火。もしくは特撮アクション真っ青なほどの爆発が起こっていても不思議ではない。
そんな俺たちの反応に得意げな美月さんが割り込み、
「――簡単です。まず飴色になるまで玉ねぎを炒めるんですッ」
ポーズを取って素敵スマイル。
「「――な、何と!?」」
雷に打たれたような衝撃が俺たちを襲う。
多分、背後で大輪の花火が打ち上ってるはずだ。
「――そんなアイデアがあるというのか!? これは……このカレーは……もはや事件だ!」
「なのに何で紫なの!?」
ここまでいい感じなのに、なぜこんな色なのだ。
普通に作ってくれたら、休日にでも一緒に料理がしたいと思えるほどなのに……。
「――そこはその……、私の個性という事で……」
「アバンギャルドな見た目ですねッ!」
風味からして恐らく紫芋のパウダーを色付けに入れたと思われるが、この手の色を料理で使うのは、スイーツだけにしていただきたいと切に願う俺だった。
「――……そ、それでワシらは一体何をしとるんじゃ?」
冷静になり、思考が戻ってきたジイさんの突込みが耳に痛い。
強いて言うならば、『お母さん、いつから見てたの?』的な恥ずかしさがこみ上げる俺だった。




