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第四十四話 「ミユキさん不調?」

 ――聞いてねぇ……。

 いや、マジで聞いてない展開だ。

 ――なんでマキが来てるんだよ? アイツにだけはこんな恥ずかしい恰好を見られたくなかったのに。

 スカートの短い従業員姿(ニーソ着用)など、顔見知りの人間、特に美幸おれの境遇を知っているマキに見られるという事は拷問に等しいものだ。

 ウエイトレスといっても、隣町で知り合いが来ない可能性が多いからこそ、こんな恥ずかしい恰好も耐えられた。

 しかし、現在その耐える条件が揺らぎつつあるのだ。

 ――しかし、これは仕方がない事だ。仕事はしないとなぁ……。

 そう思いつつ、マキ相手に接客したのがつい先ほどの話だ。


『――可愛いよね、その恰好』


 などと言われた時、普段から感じている恥ずかしさ×3くらいの感情が容赦なく俺を襲った。

 瞬時に頭が真っ白になり、パニック状態。

 マキからのオーダーを何とか聞き取り、現在に至るというワケだ。


「――今日はもう……、帰りてぇ……」


 もうすでに全体的に疲れて、心が折れそうだった。

 しかし今は仕事中だ。やるべきことはやらなければいけない。

 ということで、オーダーを通すために厨房へ。


「――オーダーおねがいします」


 と、俺が調理担当のスタッフへ声をかける。


「――あ、はーい」


 すると、今まさにデザートのトッピングをし終えた月島さんが微笑んで対応してくれた。


「――っ」


 びっくり。

 マキとの事ばかり考えてぼーっとしていてはいけないのだが、いきなりこんな美人さんに微笑まれると動転してしまう。


「――こ、これです。よろしくおねがいしまひゅ」


 ――ううぅ~~……、噛んだ……。

 思いっきりやってしまった俺は、思わず言葉を噛む。

 恥ずかしいのと痛いのでもう目も当てられない状態だ。

 顔がどんどん熱くなる一方で、照れ隠しにオーダーシートを月島さんに差し出した。


「――えーっと、日替わりケーキセットですね? 分かりました」

「…………」


 オーダーを受け取る月島さんは俺と違って、至って普通だ。

 テキパキと仕事をこなし、斎藤さんと二人で見事に厨房を回しているその姿。

 本当に一つ下とは思えない仕事っぷりだった。


「――あの、小峰さん? どうかしましたか? 先ほどから元気がないようですが……」


 しかも、こんなポンコツな俺を気遣う素振りまで見せてくれている。

 ――なんていい娘なんだっ! それに比べて俺はどうやねんッ!?

 知り合いが入店したというだけでこの体たらく。

 これができる人とできない人の違いなのだろうか。

 なんとも情けない事である。


「――って……っ!?」


 気が付けば月島さんの顔が目の前に。

 そのまま俺の額に手を伸ばしてきていた。

 ――ち、近いです!


「――熱は無いようですね……」

「あ、あの……、熱とかそういうんじゃないんですっ」

「そうなんですか? だったらどうして?」

「えっと、あのっ……失礼しますっ!」


 咄嗟に逃げてしまった。

 ――いかん、ドキドキしすぎた。

 俺を心配してくれている月島さんを背中にしてからも、なんだか調子が悪い。

 ――相沢さんですら慣れていないのに、最近周りに美人が多すぎだ……。

 照れるとか、恥ずかしいとか、今日はこんな思いばっかりだった。


「――小峰さーん」

「はいっ!?」

「3番テーブルのお客さん、オーダーです。お願いできますか?」


 油断しているとすぐに新しい仕事が流れてくる。

 咄嗟に鳴瀬さんの言葉に反応して返事をした。

 ――焦り過ぎだって分かってるけど、恥ずかしいんだよ~。

 冷静にならなくてもおかしい状況に、自然とお盆で顔を隠す。


「――小峰さん?」

「はい、大丈夫です。大丈夫っ」


 何とか笑顔を浮かべて動き出そうとしたところ、


「――ミユキちゃん、これ、5番テーブルお願い!」

「うぇ!? はひっ!」


 今度は斎藤さんからの要請。

 メンタルが落ち着きを取り戻す前に景色がグルグルと回り、ワケが分からなくなってくる。


「――じゃあ、こっちは私がいきます。小峰さんは引き続きオーダーをお願いしますねー」


 お手上げ状態になりそうなところに、鳴瀬さんの声が。

 のほほんと微笑みながら、斎藤さんの指示を俺から引き継いで5番テーブルへケーキセットを運んで行ってくれた。

 ――とにかく俺は3番テーブルへ……。

 俺の焦り具合を見て助けてくれたのか、後で鳴瀬さんには感謝しなければいけない。

 そんな事を考えながら今度こそ俺は持ち直して仕事に励んだ。




 そのまま何とか仕事が進み、午後業務へと突入。


『――また来るよ、ミユキ。今度はゆっくり話そうね』


 などと言いつつ、マキはあれからケーキを食って帰って行った。

 俺の平常心を乱した本人が帰ったという事で俺は回復した……かに見えたが、そうでもない。

 実は結構面倒なことになっていて、


「――ミユキちゃん、実際の所どこまで彼と進んでいるの!?」

「それは私にも興味がありますね。彼、水鏡君……。素敵な人じゃないですか~」


 目の前で目をキラキラさせている斎藤さんと鳴瀬さんが、先ほどから俺とマキの関係を根掘り葉掘り聞きまっくてくるのだ。


「――あ、あの、お二人とも仕事をしませんか?」


 必死になだめようとするのだが時間帯が悪く、現在はお昼のピークが過ぎたころで客足も疎らなのである。

 だからこそこんな面倒な事になっているのだが、なぜこんな事になったのだろうか。

 事の発端は鳴瀬さんだった。

 この人が俺を助けるために仕上がった商品を5番テーブルへ運んで行ったことは記憶に新しい。

 しかし、その5番テーブルに居た客こそがマキであり、運の悪い事にその時、鳴瀬さんとアイツが話し込んだらしい。

 俺がマキの姿を見て様子がおかしくなった事にいち早く気づき、そのままマキに話しかけた事がきっかけだったようだ。

 結論から言うと、その事でマキと俺が付き合っているという事が判明し、今現在この二人の興味のネタになってしまった。

 ――『一応』付き合ってはいるけど、詳しくは言えんっ。

 当たり前だが、俺とマキの事を正直に言えば頭のおかしい奴と思われるのは当たり前。

 だからこその『うわべだけ恋人関係』だが、事情を知らない人達にとっては、


「――ねーねーミユキちゃん。仕事なんてどうでもいいから、教えてよ」

「そうですよ~。仕事なんて私が代わりにしますから」

「先輩方、もっと聞いてください。私にだって普段からあんまり教えてくれないんですよ」


 安易な恋バナの提供をしてしまう興味の対象でしかない。

 ――しかも相沢さんまでッ!?

 知らぬ間に先輩二人の所に割り込んできた愛しい人が、そこに加わって俺を追い詰めてくる。


「――それで、どこまでヤったの?」

「今、思いっきり不適切な表現がありませんでしたか!?」

「気にしないで。それでどこまで?」

「進んでいるんですか~?」

「いい加減に教えてよ、ミユキ!」


 ――ああ、もう! これでは仕事にならんッ!

 そんな感じでお手上げ状態になりそうな時、


「――さっきから騒がしいですね……。何をしているのですか、皆さん?」


 厨房からタオルで手を拭きながら、まさしく『お淑やかレディー』全開な月島さんが登場。

 何とも和やかな空気を醸し出しながら、その場を落ち着かせてくれる。


「――小峰さんが困っているじゃありませんか。皆さん、もう少し遠慮しなくてはいけませんね……」


 そのままウキウキしながら、俺にインタビューしていた三人を窘める月島さん。

 ――なんでこの人たちは、最年少の女の子に軽い説教をされているのだろうか?

 その疑問が出るくらい月島さんはしっかりしていて、大人な対応だった。


「――うう……ごめんね」

「少し調子に乗りすぎましたか?」

「ミユキ、私も謝るよ……」


 謝罪の言葉を並べる御三方。

 その姿を確認した後、


「――小峰さん、この紅茶を1番テーブルへお願いします」


 そう呼んで、出来上がった紅茶をトレイに乗せて俺へ回してくる。

 受け取りカウンターで紅茶を受け取るときに、


「――災難でしたね。ですが、気を悪くしないでくださいね? 皆さんとてもいい人なんですよ」


 微笑みながらそんな事を言われてしまった。

 ――か、可愛い……。

 俺を助けるために、いいタイミングでこの場を離れる切っ掛けを作ってくれた上に、すかさず皆へのフォローも忘れない。

 簡単に言うと、まるで天使のような子だった。

 うちの妹様と同い年とは到底思えない完璧な美少女。

 まさしく見る者の心を捉えて離さない魅力を持っているようだった。

 ――いかん、いかんぞ! す、好きになっては! 俺には相沢さんという素敵な天使がいるんだ! これは浮気と心得よッ!!

 思わず邪な考えが浮かんでしまった。

 自分で自分を戒めながら、俺は仕事に専念する。

 後ろを振り返れば、各自お遊びもそこそこに顔が仕事モードに変わっていた。

 あれだけ軽いノリだった斎藤さんを筆頭に、みんながみんな持ち場へと戻っていく。


「――お待たせしました。こちらご注文頂いたダージリンです」


 俺も自分のできる仕事に全力を出すだけだ。

 本日の業務も折り返し地点を越え、後は午後業務のみ。

 ――あと少し、がんばるぞ!

 心の中で気合を入れる俺はそのまま引き続き店員として、店内を動き回ったのであった。

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