第四十三話 「思わぬ遭遇」
今回のお話はマキ視点となっております。
――アルバイトしている千歳に会えるかもしれない。
というボクの興味が勝り、我慢できずに件の喫茶店「sindo」に到着した。
横スライド式の木造扉を開け、甘い匂いが漂う店内に足を踏み入れた瞬間。
「――い、いらっしゃいませー!」
という可愛らしい声と共に、このお店のウエイトレスさんがボクを出迎えてくれた。
若干恥ずかしそうにしている店員さんは、伏し目がちになりながらもボクへの対応をしようとしていた。
……のだけど、
「「――え?」」
目の前の店員さんがボクを見て、そしてボクも同じく彼女の顔を確認した瞬間、互いに驚くという現象が起こった。
「「――…………」」
無言にお見合いする事数秒経過。
ボクは彼女から目を離すことができないし、目の前の彼女は言葉にならないうめき声を上げて回れ右。
そのままカチコチの固い動きで歩き出してしまった。
そんな店員の動きにもう一人のウエイトレスが即座に乱入し、
「――いらっしゃいませっ、こちらにどうぞー」
明るい声でボクをテーブル席に案内してくれた。
その途中、目の前の店員さんに声をかけてみるボクは、次から次へと浮かんでくる疑問をぶつけていく。
「――あ、相沢さん……だよね?」
「う、うん。水鏡君がここに来るなんて驚きだよ……」
「ボクも驚きなんだけど」
「だ、だよねー。あ、こちらへどうぞ」
「あ、ありがとう……」
テーブルに案内され、座るボクは目の前の可愛らしい制服を身に纏う千歳から、お店のメニューを受け取る。
とりあえず、メニュー表を開いてみるけど、内容よりもこちらが先だった。
「――こんな所で何してるの?」
「えーっと、アルバイトなんだけど……」
なるほど、確かに青山の言うとおりだった。
目の前の千歳はこの喫茶店の制服を着て、ボク相手に接客をしてくれている。
なんとも素敵な恰好だったけど、先ほどの店員さんは何だったんだろうか。
――思いっきり、見覚えあったよね……? 割と毎日見てるよね?
疑問だらけの相手の顔は、間違えようもない。
千歳だって後ろで隠れている人物を気にかけ、チラチラと見ている。
「――ミユキ、そんなところに隠れてないで、こっちおいでよー」
千歳が必死に身を隠している小峰ミユキさんに手を振ってこちらに呼んでいる。
「――やっぱり、あれミユキだったんだね……」
「うん、そうなんだけどって、水鏡君知らないの? ミユキが私と一緒に働いてるの」
「いや、今初めて知ったんだけど……」
驚きだった。
あのミユキがアルバイトなんて。
というか、ミユキも千歳もその制服可愛すぎ。
――だ、抱きしめたいよぉ……。
欲も出まくるその破壊力。
女時代のボクが着ても全然だと思えるその制服も、完璧な美少女が着るとこうも違う物なのか。
とにかく、その可愛さは素晴らしいの一言であったが、鑑賞ばかりしていては話が進まない。
ここは冷静になり、状況を確認しなければならない。
「――相沢さん、ミユキっていつからここで?」
「えーっと、大体一週間前からかなぁ……。私が働いてるのを見て、自分も働きたくなったとかで……」
――ってことは、今週の頭から? 全然聞いてなかったよ……。
最近のミユキの行動は確かに違和感があった。
学校が終わってもすぐに帰っちゃうし、休み時間も何やらメモ用紙を開いて熱心に読み込んでいたし……。
ボクに隠れて動き回っていた事は確かだった。
――あーあ、あんなに恥ずかしそうに隠れちゃって……。
ふと、視線をミユキにやると身体を隠すようにしてそっぽを向かれてしまう。
その姿がなんとも素敵で、何と言うかこう……、嗜虐心をそそると言うか何というか。
――い、苛めたくなってしまうッ!
もっと恥ずかしそうに照れてほしいと思ってしまうボクなのだった。
「――水鏡君、何か注文決まったら声かけてね。ミユキは私が何とか回復させとくから」
「か、回復?」
「彼氏に見られて恥ずかしいんでしょ? ほら、またそっぽ向いちゃったよ……」
「あはは……、ボクは来ない方が良かったかな……」
「そんなことないよー、ミユキは絶対嬉しいハズだって」
「そうかな?」
先ほどからボクと千歳をうかがうミユキの姿。
顔を真っ赤にさせてボクと目を合わせようともしない。
さすがにあんなに可愛らしい制服を着用させられている姿を、ボクに見られる事に抵抗があるのだろうか。
――可愛いからいいじゃない。
と、ボクは思うけど、『元男』とするミユキ君からすれば罰ゲームと言っても過言ではないと思われる。
――絶対、夜に電話かけてくるんだろうなぁ……。
今から『言い訳』という名の説明電話が掛かってくると思うと、少し面白く思えてならなかった。
「――と、とにかくメニュー見させてもらうよ。決まったら呼ぶね?」
「うん、気軽に声かけてね」
「次はミユキが来てくれると嬉しいんだけど……」
せっかく、美少女が二人もいるんだから、ここはもう一人の店員さんも見てみたいと考えるのが普通だ。
だからこそ、千歳にそういうお願いをしてみたんだけど、
「――おっけー任しといて。愛しのミユキは必ず私が引っ張って来てあげるっ!」
彼女はノリノリでボクに協力してくれるようで、楽しそうに敬礼までして去って行った。
ルンルン気分で仕事に戻る千歳を見届けながら、ボクはさっさとメニュー表から商品を決めてかかる。
次に対応してくれる、ボクの愛しい『彼女』の接客を楽しみにしながら、美味しそうなケーキのラインナップに目を輝かせるのだった。
数分後。
「――は、早く決めろよッ、お前のために注文聞きに来てやってんだからさ。あ、これおしぼり……」
頬を染め、恥ずかしそうにしているミユキは、なんだかツンデレな感じでボクの心に衝撃と癒しを与えてくれる。
こちらを伺うようにしながら、ボクと目が合うとすぐ逸らす。
――これを『萌え』と言わずして何と言おうかッ!
……ボクは気が動転していた。
「――この、日替わりケーキセットをお願いするよ……」
「お、おう、了解した」
そういうと少しこちらを伺うミユキ。
ボクも彼女の視線が気になるが、大体の事は把握できた。
――恥ずかしいんだろうなぁ。
そう考えると微笑ましくなると同時に、ミユキをからかいたくなるのもそれはそれで仕方がないというものだ。
――隠れてこんな事してるからだよ……。
どうやら、ボクはミユキが隠れてアルバイトを始めたという事実を今日知って、寂しかったようで、どうも彼女に対して意地悪な考えを持ってしまったのだ。
やはり、同じ『反転』という悩みを抱えている者同士、些細な事も連絡をしてほしいという願いがボクにはあった。
だけど、今回の一件に関しては千歳の方がボクよりも先に、ミユキと同じ秘密を共有しているという事実がある。
――どんな些細な事でも、相談してほしかったな。
ミユキがアルバイトを始めたという事を本人から聞かされなかった。
その事がやはり引っかかってしまって、ボクを何度も寂しい気持ちにさせてしまう。
「――ところで、君」
「なんだよ?」
「可愛いよね、その恰好」
「ば、馬鹿!」
だからこそ、こうやってミユキを困らせてしまう言動を取ってしまったのだろうか。
――か、可愛いんだけどね。そのツンデレ具合。
からかうというよりも、ミユキを困らせる事がどうも止められない。
破壊力のある素敵な反応を見せてくれる『彼女』にはもう少しあたふたしてもらうとして、ボクはボクでもう少しミユキへの態度を考える。
――す、好きな子を苛める男の子ってこんな感じなのかな?
照れ隠しのためか、小走りでオーダーを通しに行ってしまったミユキを目で追いながら、ボクはそんな事を考えていた。




