第四十二話 「開店前のミーティング」
あの強烈な面接からもう六日が経過。
本日は日曜日で、お店にスタッフ全員が集まる日である。
俺は週3日勤務でとりあえず決まり、それは来週からそのようにシフトに組まれる事になった。
さて今週の俺は、ほとんど毎日この喫茶店に出勤していて、休みは木曜、土曜の二日だけ(このお店の定休日は毎週水曜日)。
それも『新人研修』で早く場慣れするための配慮であった。
俺の仕事は基本的に接客のみで『来店客の案内』『オーダーを厨房へ通す』『その他、客とのコミュニケーション』『お会計のレジ打ち』などに限られていた。
やはり最初はメニューを覚えなければならないのと、各商品の値段を覚えるのが大変だ。
これは一週間以上かかると思われるので、俺は毎日毎夜、時間があるときメニュー表と睨めっこして暗記に全力を注いでいた。
だからこそ今週はとにかく無理をして身体と頭脳を酷使していた。
――学校終わってからはしんどいなぁ。相沢さんはやっぱりすごいわ。
なんて考えるのも当然だった。
おまけに、
『――ね、姉さんがアルバイトッ!? しかも喫茶店のウエイトレス!? 絶対可愛いですよね!?』
鼻息も荒い妹様は、とんでもなくだらしない顔をして妄想していた。
――こ、これは人様にお見せ出来ない顔だろうよ……、目ぇキラキラしてるし……。
心底、美月を心配するも妹の勢いは止まらず、『必ず見に行きます』と意気込んでいた。
しかし『仕事に慣れるまでは勘弁してほしい』という俺の切実な願いを聞いて、なんとか今週は自重してくれていた。
さて、話を戻すが、俺はなんとか仕事の流れを掴む事が出来たようで、現状では目立ったミスも無い。
新藤さん含む、お店の方々も俺の仕事には満足しているようでなによりだ。
そして現在は開店前。
いわゆる、『朝の朝礼』と呼ばれる打ち合わせ、ミーティング時間である。
「――ミユキ、大丈夫? 今日は日曜だし、忙しいかもしれないけど……」
俺の横で心配してくれている相沢さん。
俺と彼女は勿論学園が休みなので、朝から出勤していた。
「――う、うん。大丈夫だけど……」
不安な俺は焦っていたが、それは仕事に対する焦りではなかった。
簡単に言うと、このお店の制服を身に纏う事が恥ずかしいという焦りだった。
勤務初日に着させられたが、慣れるワケもなく、毎回毎回スカートを押さえるようにするのが癖になってしまった。
両手を前にして『お淑やかポーズ』を無意識にしてしまう俺は、もうどうしようもない領域に足を踏み入れてしまったのかもしれない。
「――ミユキちゃん、かあいー」
「うん、あれは確かにイイよね……」
新藤さんと副店長の斎藤 厚子さんが毎度笑顔でこちらに視線を送ってくるのも恥ずかしかった。
――うぅ……。ズボンが穿きたいです。
なんとかニーソックスを着用出来ているので、生脚でないのがせめてもの救いだろうか。
――だけど、ニーソって……。
可愛い女の子が、これら可愛い衣装を身に纏っているのを鑑賞するのは構わない。
しかし、それらを自ら着用するのは、とんでもなく恥ずかしいものだ。
「――ううぅ……っ」
とりあえずここで働く以上は規則を守らないといけないので我慢はするが、まだまだこちらの『慣れ』は仕事に慣れるよりも時間がかかりそうだった。
さて、そんな事を考えているうちにも、ミーティングは始まり、朝礼が進んでいく。
本日、新藤さんは朝礼のみの参加で、この後は別の用件で店を離れるらしい。
――日曜なのにオーナー不在で大丈夫か?
なんて考えていたが、どうやら本来新藤さんは店を空ける事が多いらしく、今までは新人の俺のために連日出勤してくれていたそうだ。
「――実は私、この街の女子校『櫻乃華女学園』の校内にある支店に行かなきゃならないんだよね。だから今日はごめんねー」
「綾奈さん、軽い感じでそんな重要な事言わないでください。ほら、ミユキちゃんが困ってるでしょう?」
「でもね、あっちゃん。これは事実だし、他にどう言えばよかったのかしら?」
斎藤さんをあだ名で呼ぶ新藤さんによると、お店はこの本店の他にもう一つ支店があり、その支店と言うのがこの界隈でも指折りのお嬢さま学校『櫻乃華女学園』の敷地内に構えられているらしい。
新藤さんは基本的にそちらに勤務し、本店の営業は斎藤さんに任せて管理運営されているとのこと。
つまり実質、本店の店長は斎藤さんなのである。
「――基本的にお店には居ないけど、忙しい土日と祝日は私か、助っ人が来てくれるから、まあ、大丈夫なんだよ」
と、新藤さんは言うが、初めての日曜勤務に俺は不安を隠せなかった。
さて、開店まであと少し。
ここまで来ると流石に従業員も全員揃う。
接客スタッフは俺と相沢さんにもう一人を加えて三人。
火曜日に初めてこの人と顔合わせしたのだが、何とも言えないほんわかした雰囲気が印象的な人だ。
今日も出勤して顔合わせをしたら、上品に微笑んでペコリと会釈までしてくれた鳴瀬 帆花さんは、サイドテールの良く似合う美人さんで、俺や相沢さんよりも年上な大学生である。
「――今日もよろしくお願いしますね、二人とも」
お盆を片手にニコニコとしている鳴瀬さんは見ていると、安らぎというか、癒しというものを感じてしまう。
――全く、優しいお姉さんそのまんまだよなぁ……。
母性の強さと言うものだろうか。
雰囲気がとにかく暖かい人なのである。
――って見とれている場合じゃない。
「――それで、新藤さんが居ない場合、厨房はどうなるんですか? まさか斎藤さん一人で回すんですか?」
咄嗟にした質問だが、この質問は先ほどから気になっていた事だ。
「――ああ、その事? 大丈夫、今日は頼もしい助っ人が来てくれるから」
「はぁ……」
要領を得ない俺に、隣の相沢さんが、答えてくれる。
「――今日は新藤さんの代わりに月島さんって子がきてくれるんだよ」
「月島さん?」
「うん、私達より一つ下の子なんだけど、新藤さんの知り合いでとても信頼できるすごい子なんだ」
「なるほど……?」
俺たちより年下という事は、学園生で言うところの新入生だ。
そんな子が厨房の助っ人を任されているという。
「――すごいよー、カナちゃんは。さすが私のお気に入り♪」
「確かにイイ腕してるんだよ、カナちゃん。さしずめ私の良き右腕かしら?」
軽いノリの新藤さんと、信頼しきっている斎藤さん。
その『カナちゃん』という人物はどれほどの人物なのだろうかという興味が湧く。
隣の相沢さんも鳴瀬さんも笑顔で頷いて先の二人の意見を肯定していた。
そんな時、
「――すみません、遅れましたっ!」
厨房の扉を勢いよく開けて入室してくる影があった。
よほど急いで来たのだろう、肩で息をして手を胸にやりつつ呼吸を整えていた。
そのまま勢いよく頭を下げ、この場の全員に謝罪していた。
突然の事についていけなかったが、
「――大丈夫ですよ、奏子さん。まだ開店前ですし」
鳴瀬さんが柔かい笑みを浮かべながら、この奏子さんという人物に話しかけていた。
「――ですがっ!」
「ほら、そんな顔しない。私のせいでこのお店を手伝ってもらってるんだからさ」
「そうそう、むしろ私に経営押し付けてる『オーナー』さんが糾弾されるべきだよね?」
謝ろうとしている奏子さんに対して新藤さんと斎藤さんのお言葉。
しかし斎藤さんの発言にはオーナーさんに対しての棘が含まれていた。
「――ほんと、そうだよね。誰なの? あっちゃんに経営を丸投げしてる悪い子は?」
「アンタだよ……」
心底疲れた反応の斎藤さんだが、新藤さんには反省の色が無かったようだった。
そのやり取りに周囲の人間も苦笑いだが、俺だけは先ほどからこの奏子さんに目を奪われていた。
――なんだこの人? す、すげぇな……。
俺よりも若干背が低いのだが、目を見張るような美しい銀の髪は否が応でもその存在感を主張している。
真っ白な肌も然る事ながら、日本人離れした整った容姿に高貴なオーラ。
それらすべての条件が完成された『美』を表現し、俺の目を釘付けにさせていた。
「――…………」
言葉を発する事ができない俺はどうしていいのか分からない。
そこへ、
「――あ、あの小峰ミユキさんですよね? 綾奈さんから聞いています。初めまして、月島 奏子です。今日はよろしくお願いしますね」
銀の髪のお姫様が笑顔と共に若干照れつつ、自己紹介してくれた。
美しくしなやかな手を差し出し、握手までしてくれる。
――うぁ……柔らか……。めっちゃいい匂いするし……。
なんて不謹慎な事を考えてしまうほど俺はパニックだった。
しかし、その自己紹介を聞いて少し冷静になれた。
「――あの、月島さん? 貴女、日本人なのですか?」
そうなのだ。
どう考えても目の前の彼女は日本人に見えない。
流暢な日本語を操り、日本人の名前で自己紹介されたとしても、やはり気になってしまう物である。
「――あはは、よく言われますが、日本人です。祖父が北欧の人でして……」
「という事は、クォーター?」
「そういう事になります」
という軽い説明を受けて合点がいく。
「――私も初めて会ったとき、焦っちゃったんだよー。ね? カナちゃん」
「そうでしたね、確か『えくすきゅーずみぃ』って話しかけられたのを覚えています」
「あはは……」
と、その時を思い出している相沢さん。
やはり彼女も月島さんと初めて会った時、今の俺と同じ印象を受けたのだろう。
「――とにかく、私は日本人なので安心して話しかけてくださいね? 何か困ったことがあったら何でも聞いてください」
ニコニコと素敵な笑顔を見せる月島さんは俺にそう言うと、隣の新藤さんと本日の厨房の事で打ち合わせを始めた。
そして斎藤さんもそれに加わり、開店の準備が整い始める。
さて、打ち合わせの通りに各自持ち場を確認していくと、俺と相沢さんと鳴瀬さんの三人がホールで接客。
一応、土日祝日の場合、接客は三人態勢で対応する事になっている。
だからこそ日曜の本日は三人体制だが、平日は二人で対応する仕組みである。
一方、厨房だが基本的にすべての営業日は一応二人で回す事になっている。『一応』というのは、忙しい過ぎる場合接客スタッフが厨房の補助に入るという仕組みだ。
今の所、厨房の補助に入れるのは先輩の鳴瀬さんだけであり、俺と相沢さんはまだまだ新人なので接客だけの仕事だった。
――さて、開店まであと十分。気合入れていくぞ!
心の中で拳を突き上げている俺は、とにかくお店の人たちに迷惑をかけないようにと決意を新たにする。
さて、俺がそんな事を考えている間に、そろそろ開店時間が迫り、緊張が高まってくる。
そして同時に支店へ赴く新藤さん。
『――じゃあ、ミユキちゃん、今日一日がんばってねッ』
などと軽すぎるオーナーさんの言葉を頂きながら、本日の長い一日が始まったのだった。




