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第三話其の二 「天使との遭遇 真希side」

 ふと意識が回復した事を実感した。

 確かボクは美幸に庇われてそのまま意識を失ったはず。それなのにどうしてか自分の足で地面に立っているこの現状を不思議に思う。

 そう、別にベッドで横になっている訳でもない。どうしてだろう? ボク、いやボク達は確実に事故に遭ったはずなんだ……。

 普通なら病院とかの施設に運び込まれて即入院だと思う。なにせ、あれだけの事故なんだから……。

 それなのにいきなり立ったまま意識を取り戻した。

 ……非常に疑問に思う。

 できれば可愛い看護婦さんとかに笑顔で起こされたかったけど、覚醒してから物音ひとつしない所を見ると、今この場所にはボク一人しか居ないみたいだ。

 ボクはうっすらと目を開ける。


「――…………??」


 白。

 ボク以外が何もない、白い世界が広がっていた。

 一瞬、病院の一室なのかと思ったけど、そうでもないみたい……。ボクはその場でただ突っ立って周りを見渡す。


「――何なんだろう……」


 壁も無く、地平線が見えているその白い世界を見て、ボクは声に出す。壁が無いので、その声は反射する事無く、遠くの方へ消えて行った。

 そしてまたこの白い世界を見渡す。

 結果は相も変わらずと言った所だけど、ふと上空から声が聞こえてきた。

 ボクは無言で上を見る。そして声を失った。

 何故なら、上空から人が降下してきたから……。そう降下だ。普通なら落下してくるものだけど、ボクが見ている光景はそうじゃない。

 人がゆっくりと降りてくる。

 全身を白い服で着こなしている人間。

 この場所で見上げている状況だけじゃ分からないけど、あれはきっと女の子だと思う。

 ゆっくりと、そして確実に彼女はボクの目の前に降下して来る。

 ……結構、いやかなり可愛い女の子だ。


「――っ」


 そうと決まれば後は早い。ボクは神速でその女の子を抱きしめる。


「――ちょ、ええ?」


 ギュッと両手を彼女に回して力強く抱きしめる。女の子は戸惑っているけど、ボクは迷わず、力を込めた。

 ……まるで小鳥さんのように柔らかくて、いい匂い。このまま持って帰りたいと思った程だけど、腕の中の女の子が結構苦しそうだったので、ボクは泣く泣く彼女を解放してあげた。

 ……本当に残念。


「――水鏡……真希さん……?」


 女の子は苦しそうに肩で息をしながらボクの名前を呼ぶ。

 ……おかしいな。

 ボクは彼女に自己紹介した覚えがないのに……。なんでだろう。


「――……あの、ボクとどこかで会った事ある?」

「初めましてかな」

「…………」

「まあ、一方的に名前を呼ばれたら普通びっくりするよね?」

「……ん」

「でも、私もびっくりした。だっていきなり抱きしめられたから……」


 その言葉にボクは冷静になった。

 そうだ、ボクはいきなり彼女を抱きしめてしまったんだ。……いくら可愛い物が好きだからといっても、さっきの行動は唐突すぎる。美幸にもよく注意されているのに、なんという事をしてしまったんだろう。

 あの時にテンションが上がりすぎた自分に反省……。

 ボクは申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちでいっぱいになって彼女を見た。


「――あはは、そんな顔しないで真希。私は気にしてないから……」


 だけど彼女は笑っていた。それどころか、ボクを気遣う言葉までかけてくれる。……いい娘だ。ボクはもう一度抱きしめたくなる衝動を鉄の理性で我慢した。

 そろそろ自己紹介してもらいたい。

 一方的に知られているのは居心地が悪いし、何よりボクが彼女の名前を知りたかった。


「――……名前」

「え?」

「貴女の名前を教えてほしい」

「ああ、名前? 名前ね……」

「……ん」


 ボクは頷いたけど、彼女は困ったような顔をする。どうしてだろう? ただ名前を聞いただけなのに、そんなに言いにくい名前なのだろうか?

 ボクは彼女の顔を覗きこんでできるだけ笑顔を作った。そしてもう一度優しく名前を聞いてあげると、彼女は苦笑いで答えてくれた。


「……私は天使」

「え?」

「天使だよ」

「…………?」

「名前がないの……。だから天使って呼んで、真希。ああ勿論、私は本物の天使だから、その辺もよろしくね」


 良く分からない……。天使? 天使ってあの天使なのかな?

 ――まあ、確かに天使のような女の子だけど……。

 ボクは深く考え込んで天使を見た。

 彼女はそんなボクに苦笑いを浮かべるだけ。

 どうやら嘘を言っている訳ではないみたいだけど、にわかには信じられないのも事実だ。


「――信じてない?」

「ごめん……」

「別にいいよ。美幸だって信じてくれなかったし……」

「え?」


 天使の口から美幸の名前が出た。咄嗟にボクは驚く。そして今まで記憶から飛んでいた事故の事を思いだした。

 そうだ、美幸はどうなったのだろう。ボクを庇ってくれた美幸はいったい?


「――よ、美幸を知ってるの?」

「うん」

「大丈夫なの、彼は?」

「一応大丈夫かな……」

「一応?」

「あはは……。ごめん、ごめん。大丈夫だよ。……だってさっきまでここに居たし」

「え?」


 ボクはまた驚いた。

 今日は驚かされる事ばかりだ。

 美幸がここに居た? どういうことだろう。……なら彼は今もこの場所のどこかに居るのだろうか? ボクはそれが気になって天使の顔を凝視した。


「――美幸はどこ?」

「…………」


 ボクの質問に天使は真顔だ。

 それどころか、顔を横にゆっくり振った。

 ……ここには居ないという事だろうか?

 ボクはそれが気になり、天使に追加で聞き出そうとするが……、


「――真希には話さなければならない事がたくさんあるの……。聞いてくれる?」


 先に言葉を紡がれてしまう。

 しかもその内容は重要な物っぽいし、天使の表情は真剣そのものだった。

 ボクは一度、美幸の事を聞くのを置いておいて、天使の話を聞こうと姿勢を正したのだった。



「――信じてない……よね?」

「…………ん」


 ボクは頷く。

 そんなボクに天使は困った顔をした。できれば信じてあげたいけど、天使がボクにしてくれた話は突拍子すぎて信じることは出来なかった。

 ――ボクが死んでいて、美幸も死んでいる……。

 普通にそんな話を受け入れるのが無理だ。当たり前だけどボクは未だに『死んだ』という実感が湧かない。いや、湧くはずがない。

 身体の感覚もいつも通りで、こうして普通に話も出来る……。何と言っても、天使を抱きしめる事が出来た感覚が、この身体には残っているのだからなおさらだ。

 そこでボクはもう一度天使に『ボクは死んだの?』と聞いてみたのだけど、返ってきた答えは同じものばかり……。しかもその表情は真剣な物だったので、彼女が冗談を言っているとはどうも思えなかった。

 天使はボクが戸惑っている間に、追加で色々と話し始めた。

 彼女は『私のせいで貴女は死んだ……』とか『因果律が……』とか言っていたけど、今のボクにはそんな話は頭に入って来ない。

 ボクの頭を支配していたものは、焦りと恐怖だけだった。

 もしボクが死んでしまっているのだと仮定して、『これからどうなるのだろうか』という思いで頭がいっぱいだったし、美幸の事も気になって仕方が無かったからだ。

 特に美幸の事が一番気になる……。

 死んでしまったのなら、もう彼に会う事はできないのだろうか? 


「――…………っ」


 ……それは嫌だ。ボクを守ってくれた美幸。ボクの一番大切な幼馴染に、今までの恩を返せないまま別れるのなんて冗談じゃない。

 ボクは悔しい気持ちでいっぱいになって、両手を強く握り込んだ。


「――そんな顔して……」

「だって」

「大丈夫だよ、美幸にはすぐに会えるから」

「え?」

「アナタはいろいろ彼に言いたい事とかあるんでしょ?」

「……ん」

「私に任せて。私の力でミユキに合わせてあげるから」

「ほ、本当!?」

「うん♪」


 天使の話によると、『私のせいで二人を死なせてしまったから、今から二人を生き返らせる』というものだった。

 ボクは理解が追い付かない。 


「――どういうことなの?」


 咄嗟に口に疑問が出る。

 天使は『言葉の通りだよ』と、笑顔で返してきた。

 ――これはまた花の咲くような元気な笑顔だ。

 一瞬、彼女に見惚れてしまったけど、今はそんな事をしている場合じゃない。……ボクは咳払いを一つすると、天使の自信満々な顔を観察した。

 ――曇りの無い顔。

 嘘は言って無さそうだった。……どうやら本当に天使の言葉の通りの事が起ころうとしているらしい。

 もしそうなら全てが元通りだ。

 いつもの日常が返って来て、美幸の隣にボクが居る。ボクは天使に早く生き返らせてほしいと願い、伝えた。


「――わかった。すぐに生き返らせてあげるわ」

「お願い……」

「でもあと一つだけ真希に言っておくことがあるの。いい?」

「??」


 なんだろう? これ以上何か言う事があるのだろうか。生き返る以上の重要な事が……。

 ボクは首を傾げながら天使の言葉を待った。


「――貴女を生き返らせるにあたって、貴女の願いを一つだけ叶えてあげる」

「え?」

「願いよ、願い。何かない? 叶えて欲しい願いってやつ。……何でもいいのよ」

「…………」


 一瞬、天使の言っている事が理解できなかった。本当にこの娘と話していると、こういう事ばかりで困ってしまう。

 ――何でも願いが叶う? そんな夢のような話が存在するのだろうか。

 ……目の前の天使は先ほどと同じ、曇りの無い笑顔でボクを伺うように見つめていた。

 嘘を言っていないと、なんとなく分かった。

 人を生き返らせると言っている以上、今の話も本当に実現できてしまうのだろう。ボクは瞬時に天使の言っている事を信じ、そう思った。


「――何かないの? 本当に何でも叶えてあげるよ。貴女を死なせた、せめてもの償いだと思って気楽に答えて」


 天使の囁きが悪魔の囁きに聞こえてくる。

 ……本当に言ってもいいのだろうか? ボクは悩んだ。


「――…………」


 つい、無言で考え込んでしまう。

 こんな時に浮かぶのは美幸の顔だ。彼ならどうするのか。そればかり思い浮かぶ。

 ……美幸なら恐らく何も願わないだろう。

 美幸はそういう人だ。自分で何もかも解決しようとする。そういう考えを持っているのが美幸だ。

 そんな彼を差し置いてボクが天使に願い事をしてもいいのだろうか。ボクは悩みに悩み、考え込んだ。


「――ちなみに美幸はね」

「え!?」


 天使の言葉に驚愕した。

 ――美幸、願い事したの!?

 ボクは目を見開いて天使を見た。


「――そんなに驚くことなの?」


 天使の言葉にボクは全力で頷いた。

 ……ちょっとショック。

 なにせ『あの』美幸だ。無欲で毎日を過ごす『あの』美幸なんだ。まあ、女性には興味があるみたいだけど……。

 ――一体何を願ったんだろう?

 ボクの興味は美幸の願いの内容に一直線だ。

 そんなボクに天使は苦笑いを浮かべて話してくれる。

 聞いたところによると、彼は願いを隠して言わなかったけど、天使との会話で咄嗟に言ってしまったのだという。

 ……なるほど、隠していてもボロが出る。なんとも美幸らしいと思った。

 やはり美幸は美幸だと安堵したと同時に、美幸の願い事に関してボクの興味が復活した。

 天使はボクのそんな思いに気づいたのか、笑顔を浮かべて内緒話をするように話し始める。

 そこでボクは後悔した。

 ……うっすらと分かっていた事だけど、やはり声に出されると聞かない方が良かったと思う。『後悔先にたたず』とはこの事だろう。

 なんだか徐々に腹立たしくなり、気持ちがすっきりしなくなる。

 別に美幸が千歳を好きな事は分かりきっている事だけど、美幸の本心が天使の口から語られると信憑性が増して、内心穏やかじゃない。

 一番気になるのは『天使の力で二人の関係がどうこうされようとしている』点である。

 美幸自身の力で千歳に告白し、彼の想いが彼女に届けばそれはまあいいと思う。諦めもつく。だけど、天使の力が働けば、話は別だ。



 ――許せない。



 ボクだって……。ボクだって、美幸の事が好きなのだ。それなのに、こんな事で美幸が遠い存在になろうとは思わないじゃないか。

 ――……ずるい。本当にずるいと思った。

 気が付けばボクの中にくらい感情が浮かんでいた。それはもう自分ではどうこうできない所まで大きくなってしまっていた。

 ――……このままボクが美幸と恋人同士になりたいと願えばどうなるのだろうか?

 ボクの気持ちに長年気付かない美幸が悪い。でもボク自身が自分の想いを美幸に伝えず、『幼馴染』という甘い関係に満足していた事が更に悪い。だけどそれ以上に、人の気持ちを無理やり捻じ曲げ、新たに人間関係を構築しようとする天使が一番悪いと思ってしまった。

 ボクは一瞬考えて間を開けた後、


「――ボクと美幸を恋人同士にしてほしい」


 聞こえやすいようにはっきりと言ってしまう。

 それは天使を困らせる意味の方が大きい。

 美幸の願いを叶えれば千歳と。ボクの願いを叶えればボクと恋仲になるのだ。

 一体、天使はどうするのか……。それが見ものだった。

 しかし天使は驚くことなく、


「――それって男女としての恋人関係ってことだよね?」


 そう普通に切り返してくる。


「――え」


 ボクは拍子抜けして思わず普通に頷いてしまう。

 ……どういう事だろう? 天使は同時にボクと美幸の願いを叶える事ができるのだろうか。天使を困らせるつもりだったのにこっちが困ってしまう。

 ――……もしかして、生き返った世界では複雑な三角関係になっているんじゃないだろうか?

 冷静に考え直した時、ボクはいろんな可能性を考えた。

 そして親友の千歳との間に亀裂が走る可能性に今更ながら気付く。

 ――ボクはそんな事を望んではいない。

 ボクにとって美幸が大切な存在であると同時に、千歳も同じくらい大事な存在なのだから……。

 咄嗟にボクはさっき言った願いを取り消そうとするのだが、


「――わかった。出来る限り頑張ってみる」


 天使は笑顔を作って意気込む。

 ボクは慌てて言葉を発して願いを取り消そうとするのだが、天使はもうノリノリ。

 ――お願いだから話を聞いて。そんな可愛い笑顔を振りまかないで。


「――……でも願いは叶えてあげられるけど、美幸の気持ちを変える事は無理かな……多分」

「え?」


 天使がこちらの話を聞いてくれそうになった時、向こうから一方的に話してきた。しかしその内容は驚くもので、ボクは思わず聞き返してしまう。


「――美幸は今回の一件の当事者だから天使の力は効かないのよね。だから『恋人同士』にはできるけど、彼の気持ちを貴方に向けるのは無理かもしれない……」

「……??」


 ボクは天使の言っている事が分からないまま呆けてしまう。恋人同士なのに美幸がボクを見ていない? それは恋人同士なのかどうかも怪しい。

 それは単に仲のいい友達なのではないだろうか。

 そう、まさに今のボクと美幸の関係だ。


「――……それって今までの関係と変わらないんじゃ……? あれ?」


 ――天使が居ない?

 ボクがあれこれ考えている間に天使はどこかへ消えてしまっていた。

 置いていかれたボクは天使がボクの願いを聞き入れてしまったのだと悟る。

 ……冷静になったボクはそこでとんでもない事に気づいた。

 ――このままでは千歳の気持ちが無理やり天使に操作されてしまうのではないだろうか?

 千歳の気持ちが美幸に無理やり向けられる……。それは非常に納得がいかない。

 無理やり想いを操作されるなんて冗談じゃないよ。それじゃまるで洗脳だ。

 ――止めなきゃ!

 ……消えた天使を追い求め、ボクは気付いた。

 しかしもう遅かった。

 天使はボクを残して行ってしまっていたのだ。

 美幸の気持ちがボクに向くように操作されないならば、この提案に乗ってもいいのかもしれないと思った。それはいい。美幸の気持ちが操作されないから……。

 だけど千歳は違う。

 ――彼女は操作されてしまうんだ。

 最悪の事態だ。

 ボクは美幸の願いを止められなかった天使を止める事が出来なかった事に後悔し、自責の念でその場を動くことが出来なかった……。

 ――一体ボクはどうしたらいいんだ。


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