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第四十一話其の二 「スイーツを求めて隣町へ 後編」

「――ん……」


 俺は頼んだケーキ、フォンダンショコラの一切れを口に運んで紅茶を飲んでいた。

 さすがは雑誌に載るほどのお店。

 ケーキの味も素晴らしかったが、同時に紅茶も素晴らしく茶葉や淹れ方も恐らく超が付くほどの凝りようなのだろうと思えた。

 ――なんだこれ、めちゃくちゃ美味い。

 名残惜しい最後の一切れ、俺はその一切れを口に運んで最後の幸せを噛みしめた。


「――ん~、おいしい♪」


 思わず笑みを浮かべながら足をパタパタとさせてしまう。

 これで終わりだと思うと、追加注文したくなるが、カロリーの過剰摂取の危険性を考えて今日はこの辺にしておく事にした。

 日々、摂取カロリーと闘う俺は体調管理にも隙はない。

 体形維持に気を使う事は乙女にとって最重要課題のである。

 ――?? 俺は今何か男として変な思考をしてしまった気がするが、そんな事よりも。

 なんというか、また来たくなると思えるのは当然のことで、『隣町まで来てよかった』と思えるほどに、俺は満足していた。

 おまけに、


「――いらっしゃいませ、何名さまですか?」


 アルバイトをしている相沢さんの姿も目の保養になる。


「――はい、ありがとうございましたっ!」


 元気よく笑顔を振りまく彼女はまさしく天使のようだ。

 接客、給仕、お勘定と、見ているだけでも感心するくらいの完璧な仕事ぶりで、何といっても可愛い事この上ない。

 ――ううっ、やっぱり俺、相沢さんの事かなり好きだわ。

 たまに目が合うとニッコリ微笑んでくれる相沢さんに、俺は完全にやられていたようだ。

 いつまでも眺めていたいところだが、これ以上長居すると相沢さんやお店の人にも迷惑が掛かるかもしれないので、今日の所はこの辺で失礼する事にした。

 お会計をしようと伝票を手に立ち上がろうとしたとき、店の一角に目が行った。

 ――なんだろうか?

 そこには数人の男たち一団が椅子に座っていた。

 その集団に、どこかで見覚えのある顔があったような気がしたので、会計は一度キャンセル。

 そのまま着席し直して、俺はその一角を観察することにした。


「――…………」


 ジッと観察する事数秒。

 ――あ、そうだアイツらは確か。

 そうだ、忘れもしないその面々。

 間違いなく彼らは『相沢千歳ファンクラブ』の方たちだった。

 ――ついこの前まで俺も所属してたしなぁ……。

 集まっているのはファンクラブ会員ナンバー一ケタ台の先輩方ばかりだった。


「――うぅ……、まさか、ずっと相沢さんを見てるのか?」


 店内で動き回る相沢さんを見つめながら、彼らは癒されている。

 その表情は俺と同じく幸せそうで、まるで愛でるような視線を向けていた。

 ――というか、これはちょっと考えものだろう。

 相沢さんは可愛い。しかも普段とは違うウエイトレス姿でその破壊力は最終兵器レベル。

 という事は、自然と彼女に惚れてしまう男たちが必ず現れるという事だ。

 案の定、ファンクラブ以外にも、見たことの無い男たちが相沢さんに色気のある視線を別の一角から向けてる。

 ――いかん、これ以上ライバルを増やしてはッ!

 なんと心の狭いオレなんだ。

 男として情けない事この上ないが、冷静になろうとしても不安や嫉妬が込み上げてしまう。

 これはなんとかしなくてはという事で、俺は相沢さんの近くへ行くために行動に出る事にした。




 翌日の月曜日。

 授業も終わり、その日の放課後に俺は早速相沢さんと話すことにした。

 要件は、とあるお願いのためだった。


「――え、ミユキも働きたい?」

「うん……、できれば千歳と一緒に、あのお店で……」

「すごく急だね。でも、どうして?」


 不思議に思う相沢さん。

 それもそうだろう。いきなり友達が自分と同じお店で働きたいと言い出したんだから、驚くのは当然だ。

  しかも理由が『相沢さんの近くに居ないと不安で不安で仕方がないから』なんて言えるワケが無い。

 ――理由が最悪すぎる。自分で自分を蹴り飛ばしたいくらいだぜ。

 だからと言って、本当の事を言える訳も無いので、ここはもう一つの理由を言っておくことにした。

 まとめると簡単だ。

 相沢さんが働いている姿を見て、影響されてしまったのだ。

 ――自分も働いてみたい。

 バイトもしたことが無い自分が、一度でもいいからお金を得るお仕事をしてみて、社会に貢献したい。

 相沢さんの事も気になるが、何もしない退屈な学園生活を過ごし続けるのも何か嫌だった。

 だからこそ、アルバイトをして頑張っている相沢さんを見て、自分も何かしなくてはと思ったことも事実だったのだ。

 ――まあ、こっちの理由は全体の三割くらいの占め率だけどね……。


「――と、とにかく、そういう理由で私も働いてみたいの……ダメ、かな?」

「いや、アルバイトしたいのは分かったけど、なんで私と同じお店なの? 喫茶店なら隣町じゃなくてもこの辺にいっぱいあるんじゃ……?」

「そ、そうだけど、バイト自体初めてだし、仲のいい友達と……、千歳と一緒に働きたいのッ」


 力押しで何とか相沢さんに取り入ってみるが、はたしてどうだろうか。

 俺のお願いに少し考えるような仕草をみせた相沢さんだが、なんだが乗り気で雰囲気だ。


「――いや、実はさ、あの後に皆……主に店長がね……」


 そして話を続ける相沢さんだが、いきなり喫茶店の方々の話に移っていった。


「――ミユキに興味深々でさ……」


 これは厨房付近で内緒話をしていた事を言っているのだろうか。


「――すっごく可愛いよねってミユキの事見てたんだよ」

「えっと?」


 いきなりな話題だ。

 そんな事を言われても俺としては困ってしまう。


「――あのお店ね、実は人手不足で店員は随時募集してるんだけど……」

「ほ、ホント? だったら雇ってもらえるかな、私」


 なんという幸運、人手が足りないなら雇ってもらえる可能性大だ。

 しかし相沢さんは難しい顔をしていて、言葉を続ける。


「――でもね、店長……オーナーの新藤さんが変わった人で……」

「か、変わった人……」


 ――どういうオーナーさんなんだ? あの時相沢さんと話していた綺麗なお姉さんかな?

 お店の説明をしてくれている相沢さんは徐々に困った顔になっていく。


「――可愛い女の子が大好きなんだよ……あの人」

「はい?」


 ――オーナーさんって女の人だったよな?

 だったらなんでそんな表現をするんだろうか。『大好き』とは一体どういう事なんだろうか、と瞬時に疑問が頭を駆け巡る。

 しかし答えが出ないまま、相沢さんが続ける。


「――だからミユキをあの人の毒牙に……コホン、迷惑をかけたくなくて」

「ど、毒牙?」


 今、聞いてはいけない単語が出た気がする。


「――いや、こっちの話。とにかく、大切なミユキをあの環境……、新藤さんの近くに置くのは、友人として人として守ってあげるのが私の務めというかなんというか……」


 何とも切羽詰った相沢さんは何かを悟りきった表情だった。


「――まあ、すごくお世話になってるから、いい人と言えばいい人なんだけど……ね」

「ち、千歳、大丈夫なの? 私、貴女が心配になってきたんだけど」

「うん、大丈夫……。ミユキは気にしないで」


 ――そんな、寂しそうに笑わないでッ! ものごっつ不安になるんですけどッ!?

 これはなんだ、まさか相沢さんの身に危険が迫っているのだろうか。

 その『変わったオーナー兼店長さん』という人物に、あんな事やこんな事をされているのだろうか。

 それこそ、同性である事を理由に度を越したセクハラを受けているのだろうか……。

 ――も、もしかして……。


『――や、やめてください新藤さんッ! わ、私はッ!!』

『怖がることは何も無いのよ……、さあ、私に任せて楽しいことをしましょう……うへへ……』

『だ、誰かたすk……お、お母さーーんッ!!』


 ――なんて事になっているのか?

 だとするならば、これは……、


「――見逃せるかぁッ!!」


 大切な女神を守るのが俺、小峰美幸という(オトコ)だ。

 話を察するに、あの素晴らしい喫茶店のオーナー兼店長・新藤さんという人物は、可愛い子スキーな百合ん百合んな趣味の持ち主という事になる。

 加えて相沢さんを狙い、喫茶店に通い詰める男どもの影。

 ――これは俺が相沢さんの楯となり、剣となり彼女を守るのが使命だッ!!


「――み、ミユキ!?」

「ごめん、千歳。でも、話を聞いてると放っておけないよ」

「えっと、新藤さんの話?」

「そう、その人! 千歳の身が危ないなら、私が貴女を守りますッ! 絶対に守ってみせる!」

「ちょ、ちょっとミユキ、大袈裟だって。あのお店の人たちは皆いい人なんだよ?」

「問答無用! さあ千歳、私を喫茶店に連れて行って! 履歴書を書いたら即殴り込みだからねッ!」

「ちょっと落ち着いてよ、ミユキ! そんな目くじら立てないで……もうっ待ってよ!」


 困っている相沢さんをそっちのけで、俺は再びあの喫茶店へ向かう事にした。

 ――待ってろよ、オーナー。俺が行くからには相沢さんにセクハラなんてさせるものかッ!

 ……ところで面接ってどんな感じなんだろうか。なにせアルバイトなんて初めてだからな!

 勢いだけで赴くのは良いものの、すべてにおいて手さぐりな俺だった。




 結局、


「――こんにちは、小峰美幸さんだったわね……」


 何ともスムーズに面接まで進むことが出来てしまった。


「――履歴書を見せてもらうわね」


 ――さっきそこでマッハで用意したやつだが大丈夫か?

 面接官こと、人気喫茶「sindo」の店長兼オーナー、新藤綾奈しんどうあやなさんが俺の対応をしてくれている。

 普通、バイト希望の人間が飛び入りで面接なんてありえないと思われるが、


『――え? ちーちゃんの紹介? ってか、昨日のあの娘じゃないッ! ささ、早くこっちへ!!』


 相沢さんの紹介でその無理がまかり通り、スムーズに面接まで進むことが出来てしまった。


『――ちょっと店長、あんまり変な事しないでくださいよ。ミユキは私の大切な友達なんですから』


 俺はテンションの高すぎる店長さんに拉致られ、現在バックヤードに連れて行かれて面接の真っ最中という流れだが、取り残された相沢さんは最後まで俺を心配してくれていた。


「――えっと、よろしくおねがいします」

「ふむ……」


 俺が書いた履歴書をゆっくり見ていく新藤さん。

 ――なんだか、結構普通? というか、かなりしっかりした経営者さんじゃないか?

 相沢さんの言う『変な人』のイメージが全くない、大人の女性だった。

 失礼ながら、あれだけ事前に『変な人』と思い込んでしまっていたので、俺は注意深く新藤さんを観察してしまっていた。

 サラサラと流れる黒髪ロングヘアーを後ろで束ね、喫茶店従業員の帽子と制服コックコートとエプロンを身にまとうその姿。

 整った顔立ちも然る事ながら、そのクールな雰囲気は只ひたすら『恰好いい』の一言に尽きる。

 ――なんて美人。大人だ……。

 俺は面接中という事も忘れて見とれてしまっていた。

 ――相沢さんはなんであんなことを? というか、こんな人の下で働けるなんてすごい事だよなぁ……。

 俺の目的は一応相沢さんの身辺警護(笑)だが、ここにきてマジで普通にこのお店でバイトしたいと思えるようになって来ていた。


「――小峰さん、えっとミユキちゃんでいいかしら?」

「はいっ、何とお呼びしても大丈夫ですッ!」


 急に美人に話しかけられて緊張のあまり、少々返答に元気があり過ぎてしまったようだ。

 そんな俺に新藤さんは『緊張しないで』と優しく微笑んでくれた後、店長として様々な質問をしてきた。

 具体的な質問内容は、『バイトの経験は今までどれくらいか』『接客の経験はあるのか』『調理は得意な方か』などである。

 俺はそれらの質問に懇切丁寧に答えていく事に神経を集中させた。

 トータルで十数分だったと思われるが、面接の方もこのまま無事に終わりそうで、俺は内心ホッとしていた。

 ――なんだ、すごく真面目で良い人じゃないか……。相沢さんは俺をからかっていたのかな?

 相沢さんの真意は不明だが、とにかくあとは面接の結果を待つのみと言ったところだろうか。

 俺がそんな事を考えていた時、


「――ところで、ミユキちゃん。ここで重要な質問なんだけどいいかしら?」


 いきなりすんごく真面目な顔で新藤さんが俺にそう言ってきた。

 対する俺は気を引き締めて、その質問に答えようと神経を集中させた。


「――肌の露出はどの程度までOK?」

「はい?」

「肌の露出よッ。そのミユキちゃんのワガママボディーをどこまで見せる事ができるのかしら? もし私を満足させる回答をしてくれたら、この場で即採用決定。そして時給も勿論、千円オーバーを約束するわッ!!」


 ――えーっと、これは一体何が起こっているんだ? さっきまでの常識人の顔はどうした? オーナー兼店長としての顔はどこに行ったんだ?

 いきなりワケの分からない事を言い出した新藤さんの目は俺を舐めまわすようなアブナイ感じに仕上がっていた。

 ――む、胸ばかり見ないでくださいッ、そのデンジャラスなフィンガーをワキワキさせないでくださいッ! マジで怖いから!

 しかし、これで良く理解した。

 相沢さんを守るためには俺がこのお店に所属し、新藤さんというハンター(?)から守ってあげなければいけないという事を。


「――う、うぅぅ……」


 悩むが時間が無い。

 とにかく新藤さんの思う『良い回答』をしなければならない。

 返答時間はもうすでにリミットを迎えようとしている。

 ――ええい! もうどうにでもなれ!!


「――ど、度を越した格好はできませんが、できる限り新藤オーナーさんの仰せの通りにっ!」

 ↑諦めの境地。


「――ニーソックスは!?」

「勿論穿きますッ(涙)!!」

「採用決定ッ!!」


 ……こうして俺の波乱のアルバイト生活が始まったのである。

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