第四十一話其の一 「スイーツを求めて隣町へ 前編」
今回のお話はミユキ視点です。
お話が長くなってしまったので、前編・後編と分けて投稿します。
――うう……、どうする? どうすればいいんだ……。
先ほどからとにかく落ち着かず、周りをキョロキョロしている俺は明らかにおかしかった。
何度も何度も頭に込み上げてくる感情はただ一つ。
――恥ずかしすぎるッ!!
という羞恥心だった。
状況を説明すると、その羞恥心の元凶は今俺がしている『格好』に他ならない。
白色半袖のシンプルなシャツに焦げ茶色のスカート。ご丁寧にシャツの襟もとには赤色のリボンも装備させられ、可愛らしい服装である。
しかし俺の苦痛はそのスカートの長さだ。
――ひ、膝より上すぎるのはアカン!
綾菱の学園だったら明らかに校則違反であろうその丈のレベル。
いわゆる『ミニスカート』と呼ばれる危険なアイテムである。
「――す、スース―するんですけどッ!?」
この身体になってからやっと普通のスカートに慣れて(慣れたらアカンけど)来たところにこのレベルのスカートは難易度が高すぎる。
オマケにニーソックスまで着用させられているのが泣けてくる。
しかし俺はこの格好をしなければならない。
「――いらっしゃいませー! ご注文をお伺いしますっ」
かわゆく笑顔(かなり引きつっている)を振りまきながら給仕しなければいけないのである。
そう、ここは隣町の喫茶店。
俺は今現在、アルバイト中の女学生なのである。
「――コオォォ……」
羞恥に耐えられなくなった俺は、瞬時に気持ちを整えるために深呼吸。
しかし、咄嗟に『息吹(武術における呼吸法)』をしてしまったが、これも焦りからだろう。
さて、一呼吸(?)おいて、頭を冷静にしてゆっくりと状況を確認する俺は思い返す。
なぜ今現在、こんな恥ずかしい状況になっているのかと言う事を……。
事の始まりは十日ほど前の話だ。
いつものように慎二がマキ相手に、アホな話をしているところに偶然遭遇した事が切っ掛けだった。
『――――知ってるか? ここだけの話だがな、あの相沢さんがバイトしてるみたいなんだよ。隣町の喫茶店なんだが……』
という話を聞いてしまったのだ。
慎二の話によると、最近相沢さんらしき人物が、何故か隣町の人気喫茶店で働いているというものだ。
『――君は千歳から何か聞いていないの? 親友なんだから、そういった話の一つや二つ聞いてるんでしょ?』
なんて慎二と雑談を終えた後、マキが改めて俺に事の真相を聞いてきた。
俺が慎二の話に聞き耳を立てている時点で、そんな噂は初耳だった。
だからこそ相沢さんがバイトをしているという噂に関しては、正直俺が詳しく聞きたいくらいだった。
勿論、相沢さん本人からも『バイトを始めたんだよ』なんて話は一切聞いていない。
――最近は一緒に帰ることも出来てないからなぁ……。
というのも、今月の初めくらいから、いつものように俺が『一緒に帰ろう』と誘っても、
『――ごめんミユキ、私これから用事があって……』
なんて謝りつつ、誘いを断って一人で帰ってしまう事が多くなっていった。
――まるで逃げるように俺から離れていく……。
そんな彼女の態度から『嫌われてしまったのだろうか?』とマジで落ち込んだ事もあるが、不思議なことに放課後以外ではいつも通りな相沢さんで、俺と親しくしてくれている。
――何か放課後に隠れて何かやってるのかな?
なんて考えを浮かばせていたところに、慎二の情報が飛び込んできたというわけだ。
――もしかして……。
放課後に忙しそうにしていたのはコレが理由なのかもしれないと俺は思った。
「――バイト……、そして喫茶店……ね」
咄嗟に口に出てしまった独り言。
――一体、相沢さんは最近放課後に何をしているのか……。
確かに気になる案件だが、普段の相沢さんを見ていると、何か事件やトラブルに巻き込まれれているような素振りも雰囲気も無く、至っていつも通りであった。
だからこそ、その時の俺は相沢さんの噂話を軽く気にする程度に留めていたのである。
そして話は二日後に飛ぶ。
その日は日曜日だった。
「――ふふふ……」
思わず不気味な笑いを浮かべてしまっているが、それは皆さん気にしないでください。
とりあえずそんな事よりも、なぜ俺がこんな危険な奴に変化してしまったのか。
まあそれを簡単に言うと、昂ぶる期待を抑える事が出来なかったからに他ならない。
「――情報を仕入れてから休日が来ることを、どれほど待ちわびたかッ!!」
柄にもなく大声を張り上げてしまうほどに俺は取り乱していた。
そして無意識に、両手でガッツポーズなんて決めてしまっている状況。
「――…………」
だからこそ、こんな場所で大声を出してしまった事がマジでマズい。
この場に居合わせた、一般人の方々から浴びせられる複数の視線という視線。
――……ここって駅の改札でしたね……。
「――あははは…………。お、お騒がせしましたッ!!」
流石に知り合いの居ない隣町の駅改札とはいえ、意味不明な叫び声を上げてしまった俺は頭のおかしい奴だっただろう。
まさしく『やっちまった感』全開の俺は恥ずかしすぎてその場をエスケープ。
まるで逃亡犯のような面持ちで全力疾走だ。
スカートがなびいているが、そんなことはどうでもいい。
下着が見えようが見えまいが、今の俺にとってはどうでもいい事だ。
――すみません! すみません! お願いですから私を見ないでくださいッ!!
この時ほどマキや美月に内緒で行動していてよかったと思った。
――アイツ等までに白い目で見られるのはツラすぎる。
当然の事だが、俺は本日一人で行動している。
時間は日曜の夕方。
場所は隣町のL駅を最寄にする、M市である。
目的は勿論、最近ハマっている美味しいスイーツ店の食べ歩きに他ならない。
男時代では恥ずかしくて出来なかった事だが、反転現象のせいで可憐な女の子の身体になってしまってからは、不思議と甘いものを食べる事に抵抗が無く、日々楽しくスイーツとの出会いを満喫させてもらっている。
最近では土曜日の夜に美月と一緒に「スイーツ特集記事」を読むのが日課になってしまった。
どうやら俺は甘い物がかなり好きだったようで、特集記事に掲載されているスイーツの写真を眺めているとテンションが上がり、顔も自然と笑顔になってしまうのだ。
――だってめちゃくちゃ美味そうなんだもん。
「――にへへ……」
本当に幸せだ。
早く特集記事に紹介されていた喫茶店へ行きたいという気持ちが、俺の足を早足にさせる。
そのまま高いテンションのままで俺は目的地へ足を向けた。
さて、先ほどの場所から十分と少し。
とりあえず目的の喫茶店に到着できたわけだが、あらかじめ仕入れていた情報通り俺はその外観に驚いてしまっていた。
というのも、この喫茶店『sindo』はこの界隈では非常に有名で、歴史と時代を感じさせる古風なデザインなのである。
「――んー、なんか雰囲気が良いな……。午後にケーキとお茶を飲むなら入りたくなる店だな」
店の外で偉そうな事をほざく俺だが、本当にいい雰囲気だった。
早速入店することにした俺は、横スライド式の木造扉を開け、無事入店。
清掃が行き届いたピカピカの木の床を踏みしめ、店内の甘い洋菓子の匂いを嗅ぎながら俺は目の前の一人のウエイトレスを認識した。
向こうも俺の入店に気付いたのか、
「――いらっしゃいませっ!」
と、明るく元気な声と共に可憐な笑顔を向けてきた。
しかし数秒も経たないうちに俺の顔を見て、
「――っ!?」
瞬時に絶句。
驚きで固まっているウエイトレスに対して、
「――え? ……あの……相沢さん?」
思わず、俺は素で目の前のウエイトレスの名を口に出していた。
「「――…………」」
そのまま無言でお見合いする事数秒、先に動いたのは相沢さんだった。
「――っと、お、お席にご案内しますっ」
こんな場所に俺が来ることが予想外だったのか、照れと緊張でガチガチになっている相沢さんは、顔を真っ赤にさせながら俺を席に案内してくれた。
そのまま席に座るまで、俺の頭の中は『なぜこんな所でウエイトレスを?』という事だけだった。
だからこそ着席と共に、
「――ち、千歳。こんな所で何を?」
と、質問するのが自然な流れで、目の前の相沢さんは相変わらず顔を赤くしつつ、
「――先週から、このお店でアルバイトをしてるの……」
お盆で身体を隠すようにしつつ、そう教えてくれた。
――なるほど、どうやらこの前、慎二が言っていた噂は本当だったのか……。
いやいや、冷静に思考している場合ではない。
目の前の可憐な店員さんを見ろ。
――め、めちゃくちゃ可愛いやんけッ! スカート短ッ!
思わずエセ関西人? になってしまうほどのクオリティを誇る美少女現る。
俺にアルバイトをしている姿を見られて恥ずかしさに耐える相沢さんは、何とも魅力的だった。
「――(ぽー……)」
「あの、ミユキ? どうしたの?」
「ッは!? コホン……、いやあの……なんでも」
言えない。その姿に見とれていたなんてとても本人の前で言えるワケがなかった。
「――まさかここでミユキに会うなんてね……。恥ずかしいよー」
困りながら笑う相沢さんの姿に、俺は先ほどからドキドキしっぱなしだ。
「――最近、付き合い悪かったでしょう? 実はこういう事だったのよ」
「あ、アルバイトだったなら仕方ないよ……」
さっきからどうしたんだろう俺。
まともに相沢さんを見る事ができない。
その異変に相沢さんも不審に思ったらしく、逸らした視線の先に回り込んできた。
「――どしたの、ミユキ? さっきから変だよ?」
「いや、その……」
「んー?」
なんだか俺をからかうような感じで探りを入れてくる相沢さん。
前かがみで強調される胸がとても魅力的だ。
――っていかんいかんッ! これでは変態だ!
「――大丈夫? 顔、赤いよ?」
「はひ、大丈夫ですッ! ちょっと……ね」
「ちょっと?」
首をかしげる相沢さんは、テンパっている俺をとても心配し、身体を近づけてくる。
一方で俺は、好きな相手が可愛い恰好をして、物理的に急接近している状況に焦っていた。
だからこそ、
「――千歳、すごく可愛いよね……。その恰好、とてもよく似合ってるよ」
などと、咄嗟にそんなことを言ってしまった。
「――え? あ、ありがとう……」
そして俺の間抜けな感想に対して、嬉しそうにはにかむ相沢さんは、頬を染めて笑っていた。
――なんじゃこのやり取り。まだ何も食べていないのに、甘い感覚が込み上げてくるぞ。
何とも言えない空間が出来上がっていたがそんな中、相沢さんは気を取り直して頭を切り替えていた。
「――コホン、では、ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
まだ少し恥ずかしそうにしていた相沢さんだが、ペコリと一礼してそのまま下がっていった。
知り合いが来店したといっても、ちゃんと切り替えて仕事に励むその姿は真面目で、すごく礼儀正しい。
――働くってのは大変だよな。俺も見習わないと。
バイトなんかしたことの無い未熟な俺は、頑張って働いている相沢さんをみてそんな事を思っていた。
「――おっと、こんな事を考えてるよりも……」
――いけない、いけない。本来の目的を忘れるところだった。
俺はスイーツを食いに来たんだから、相沢さんの迷惑になるために来たワケではない。
そう考えながら気を取り直して、お店のメニュー表を開くのだった。
一方、俺が何を頼もうか悩んでいる所で、厨房付近で何やら動きがあった。
「――ねー、ちーちゃんッ!」
「な、なんでしょうか、店長」
「あの二番テーブルのめちゃくちゃ可愛いお客さんは? ちーちゃんのお友達?」
「はい、私の幼友達の……」
ヒソヒソと俺に視線を向けながら相沢さんと、店長らしき美人なお姉さんが話していた。
――そ、そんなに注目しないでくれー。落ち着かないっての。
「――ほへー、相沢さんもそうだけど、あの娘もすんごい美人だよね」
「もう、チーフ。そんな事言っている暇があったらオーダー通してくださいよ、只でさえ人手が足りていないんですから…………。でも、確かに美人さん……」
なぜか注目されている俺は相沢さん以外の二人の店員からも視線を向かられていた。
なにやら嫌な予感がするが、相沢さんと目が合ったので、手を上げてこっちに来てもらった。
――とりあえず、注文だな。雑誌で見た『ケーキセット』で行こう。
苦笑いしながらオーダーを聞きに来てくれた相沢さんは『ごめんね』と謝った後に、
「――先輩方はミユキに興味があるみたいなの。騒がしくしてごめんなさい」
俺のオーダーを聞いてまた厨房に戻っていく。
――俺に興味って、何でだ? 俺なんかしたっけ?
本当によく分からない。
まあ、とにかく今日はケーキを食べに来たわけだから、難しく考え事をするのは止めて、この後は幸せな時間に浸ることに集中しようと決意を新たにする俺だった。




