第三十九話 「道場破りの後遺症」
今回の三十九話で第三章は終わりです。
振り返ってみると結構長かったですね。
さて、次回からは新章が始まります。
新キャラも登場するので、お楽しみに。
道場破りを終え、次の日。
……起きたらまず身体が動かなかった。
「――……いてっ、いたたたっ」
思わず声に出してしまうほどだった。
簡単に言うと身体が痛すぎて身動きが取れない状況である。
――き、筋肉痛??
そう答えを出すのに時間はかからなかったけど、この状況はマズイ。
俺は今日も学校へ行かなければならない。
だけどベッドから一歩も出られないとはどういう事だ。
「――クソッ、……いてぇよ……、いでででっ、涙出て来た……」
何とか上半身を起こそうとするが、俺の予想を遥に上回る激痛が走る。
特に腕と太股と腹筋がヤバかった。
……道場破り。
特に元さんとの闘いでこの身体に無理をさせ過ぎた事は言わなくても理解できるが、このレベルの筋肉痛は未だかつて経験したことが無かったので流石に焦る。
「――……昨日、暴れすぎたか? ううっ……、反省……」
俺はベッドから起き上がるのを諦め、どこかの改造人間一号のようにその場で大の字になった。
「――誰か……たすk……」
などと呟きながら天井を見続けていたら、
――コンコン。
俺の部屋のドアがノックされる。
「――はーい……。開いてまーす……」
俺はその音に、最悪なテンションで応えると、
「――姉さん、起きてますか? もう時間がギリギリですよ?」
美月が心配そうに俺の部屋へ入って来た。
「――ううっ、美月……」
「ど、どうしたんですか!?」
俺の最低なテンションに心配になった美月が俺の傍へとやって来てくれる。
妹はそのまま、ベッドまで来て、起き上れない俺の顔を覗きこむ。
「――筋肉痛……」
「え??」
「筋肉痛だよ……」
「き、筋肉痛?」
「そう、身体が痛すぎて動かないの」
「え? そのっ……大丈夫ですか?」
美月は俺を心配して布団を退けると、俺の身体に触ろうと手を伸ばした。
「――痛っ、いたたたっ! や、やさしくっ!!」
「す、すみません!」
「そ、ソフトタッチでお願い……」
美月にそうお願いすると、妹は俺の上半身をゆっくりと起き上らせてくれる。
――なんだか、すごい病人みたいだな……。
などと思うほど俺の身体は思うように動かなかった。
男時代のように日ごろから鍛錬をしていない、一般的な人間ならまず使う事の無い筋肉を無理やり覚醒させたらこうなるようだ。
――覚えておこう……。
そんな事を考えながら、俺は無事に上半身を起こす事に成功した。
「――ね、姉さん?」
「うん?」
「学校、どうしますか? その様子じゃ辛そうですけど……」
「うん。辛いよ……。今こうしている間にも、お腹と腕が凄く痛くて……っ」
「休みますか?」
「うーん……」
「ベッドから降りられないなら無理しない方がいいですよ? 学校には私から連絡しておきますから」
「……お願いできる?」
「はい、任せてください」
「ごめんね」
迷惑をかけて本当にすまないと思う。
しかし自業自得とはいえ、こっちにも引けない事情があったんだから仕方ない。
今は身体を回復させる事に意識を向ける事にした。
「――じゃあ、姉さんはこのまま今日は休んでいてください。後は私が連絡しておきます」
「うん……」
そうと決まれば安静に寝ている事が今日の俺の仕事だ。
――身体が痛みに慣れればそのうち動けるようになるだろう。
筋肉痛なんてものは寝起きが一番効くので、時間が経てばマシになる。明日からは普通に生活出来るようになるはずだ。
俺は学校を休む事にして、美月に後を任せた。
そして時間は過ぎて、学校なら大体放課後の時間。
俺はこの時間まで家で過ごした。
身体が痛かったのは寝起きの時間だけで、ある一定の時間が過ぎればベッドから降りられるくらいには回復していた。
しかし一度学校を休むと言って予定を決めた以上、今日は大事を取って予定通り休むことにした。
その代り適当に勉強などをして過ごした。
――自習だけど、やらないよりはいいよな?
机に向かって座る体勢だったので、思ったより楽だったが腕だけがキツかった。
しかし勉強に集中すると、その痛みも苦ではなくスムーズに勉強をすることが出来た。
そのまま時間が過ぎて現在に至る。
「――ああ……、疲れた」
首を回してリラックス。
首の骨をゴキゴキ鳴らして常備していたお茶を飲む。
――こんな姿、美月には見せられないな……。
そう思うほど、今の俺は女の子らしくない言葉使いや、仕草をしてしまっていた。
俺は思わず苦笑い。
しかし、こういった素の自分を出しておかないとジェンダーアイデンティティがどうにかなってしまいそうなので、こういった行動は必要なのだ。
――ううっ……。俺、男子として復活できるんだろうか……??
あまりに女子として生活してしまっている現状に不安は募る。
――最近じゃ、普通に女の子言葉が出てくるような??
今まで『ミユキ』として会話する時、言葉を発する前に一度置いて考える事があったのに、今ではそんな事をしなくなってしまっている。
「――なんか俺ヤバくないか?」
気付いてしまうと本当に自分が怖くなった。
――俺は男だ。決して女の子ではない! そう、内股ではいけない。もっとこう堂々としてだな……。
などとワケの分からない事を考えながら、部屋の真ん中で思いつく限りの『男らしい』ポーズを取る俺は、とうとうヤバイ領域にまで行ってしまったのだろうか……。
頭を冷やして冷静になると、悶えそうなほど恥ずかしかった。
そこへ、
――コンコン。
俺の部屋のドアをノックする音がした。
「――!??」
俺は咄嗟にポージングを止めてベッドにダイブ。
息を切らせて布団に潜り込むと、
「――あ、開いてまーす!」
訪問者を迎え入れた。
「――な、何? 今凄い音したけど……」
「……ん」
焦る俺の目に写ったのは、美月以外の人物で少し驚いてしまった。
――相沢さん? それにマキ?
本来なら居るはずの無い人物。
「――ど、どうして二人が?」
咄嗟に言葉も出る。
「――どうしてって、お見舞いだよ」
「……ん」
――笑顔の相沢さんは手に見舞いの品らしきものを持っていた。
マキはマキで相変わらず無愛想に頷くだけだ。
「――お、お見舞いって??」
「筋肉痛……なんでしょう? 美月ちゃんから聞いたの」
「あ、そうなんだ……。それでわざわざ?」
「動けないほど痛いって聞いたから心配で……」
相沢さんはベッドに近づいて来て、俺の顔を覗く。
その顔は本当に心配そうで『親友』を心から想っている事が分かった。
――こんなに心配してもらえて嬉しいけど、さっきまで変な行動をしていた事は絶対に言えないな。
反省していた所にマキもやって来る。
「――……大丈夫?」
コイツも相沢さんと同じように心配そうだ。
俺は『大丈夫』と微笑みながら応えると、マキも相沢さんも安心して笑顔を見せた。
それにしても……。
――真希は本当に元気だな。
昨日、俺と一緒にあれだけ暴れておいて筋肉痛などの症状は現れていないのだろうか。
この世界の『水鏡真樹』は剣道が弱くても普段から身体は鍛えていたのかもしれない。筋肉痛の症状が出てい無さそうなので、恐らくそうなのだと思う。
――男の身体は頑丈でいいよな……。
元の『小峰ヨシユキ』の身体が恋しかった。
「――さて、ミユキが大丈夫だった事は確認できたとしてぇ……」
いきなり相沢さんがイタズラっ子のように微笑む。
「――??」
俺はそんな楽しそうな相沢さんに首を傾げた。
マキはなんだか申し訳なさそうというか、微妙な表情をしている。
――な、何なんだろうか?
とにかく俺は相沢さんの言葉を待った。
「――聞いたよ、ミユキ」
「な、何を?」
「水鏡君との仲が、おじいさんに認められたって……」
「え!?」
言葉を失う。
咄嗟にマキを見るが、彼女は顔を赤くして視線を逸らしていた。
「――今日、水鏡君から全部きいたの。昨日の事」
「……………」
――ど、道場破りの事知ってる!? どうしよう!? 上手く説明なんて出来ないぞ!!
俺はかなり焦った。
というか相沢さんは俺の婚約問題の事を知っていたのだろうか。
焦りながらもそんな事が気になった。
「――凄いじゃない! 水鏡君がミユキの為に道場に乗り込んだんでしょう? しかも一人で! 私聞いててもうワクワクしちゃった」
「え?」
――マキが……一人で乗り込んだ??
「――ち、千歳?」
「うん? 何かな?」
「確認だけど、乗り込んだって言うのは、マキ一人……??」
「うん、そう聞いたけど? ね、水鏡君?」
相沢さんの振りにマキは目を逸らして顔を伏せる。
――どういう事だ? コイツ、ある事ない事相沢さんに吹きこんだんじゃないだろうな?
心配になった俺はマキを目で合図。
――こっちへ来い。
と眼力で訴えると、彼女を傍に呼んだ。
そんな俺たちの行動に『どうしたの、二人とも??』と相沢さんは不思議そうにしていたけど、『ちょっとごめん。内密な話が……』と誤魔化た。
現在マキは俺の真横に居る。
「――さて、説明を願おうか?」
「……とりあえずごめん」
「おい」
「ボク、頑張ったんだよ? 君が『道場破り』して元さんを『倒した』なんて言える訳ないじゃないか。だからなんとか説明しようとしたんだ……」
「その結果が??」
「……ん」
マキは頷いて相沢さんを見た。
視線の先にはニコニコとしている相沢さん。
つまりはそう言う事らしい。
――道場破りはマキ一人の手柄って事になってるのか? まあ、それが思いつく限りの説明だが……。ちょっと無理があるんじゃないか?
俺はマキの無理な説明に微妙な感情が込み上げるのを感じた。
――でも昨日の俺の『身体が勝手に動く……』とか言ってしまったバカな発言よりはマシか……。
そう考えるとマキの頑張りは素晴らしいと思えたから不思議だ。
――しかし俺との仲をジイさんに認めてもらったというのは??
相沢さんの発言は気になる事が多い。
その発言の意味をマキに聞く前に、
「――もういいかな? 私、昨日の話を聞きたくて聞きたくて落ち着かないの」
相沢さんがテンション高めで俺とマキに説明を求めて来た。
「――えっと……あの……」
焦る俺。『ちょっと待って』と言う前に、
「――落ち着いて、相沢さん。ボクがゆっくり話すから……」
マキが相沢さんの追究を遮断した。
――っていうか、マキが相沢さんの事を苗字で呼んだよ……。
ちょっとショックというか、驚いてしまった。
マキを見てみると、『千歳と一緒に聞いて……』と目で語っていた。
彼女の言う『聞いて』と言うのは相沢さんの『ジイさんに認められた』という発言の下りだろうという事はすぐに分かったので、俺はマキの説明を黙って聞くことにした。
相沢さんの持って来た見舞いの品を三人で食べつつ、マキは道場破りの一件を話してくれる。
その内容は聞けば聞くほど脚色されたもので、マキがやたら格好いい物語が展開していた。
まあ、俺も一緒に暴れた事を言うワケにもいかず自分でストーリーを考えた努力は認めるが、『どっかで見た事のある時代劇』のようにバッタバッタと門下生を倒していくという内容は無理があると思う。
しかも俺を守るように一人で小峰道場の人間を全員相手にしたらしいから、俺も聞いていてびっくりした。
まるで無敵の活躍だ。
元さんも自分で倒したらしいが、彼を倒した時に繰り出した必殺剣『エンゲツ殺法』とかいう技はどう考えても無理があった。
しかし嬉々として語るマキは珍しくテンションが高く、脚色話に熱が入っていたのか、聞けば聞くほどそのフィクション話は面白かった。
相沢さんも『ホント!? すごいっ!!』や『カッコイイ!』などとテンションが上がっていき、俺がマキに守られて窮地に追い込まれたシーンの話になると、目をキラキラさせて楽しそうに話を聞いていた。
特に『マキが俺を守った』辺りがお気に入りらしく、『私も誰かに守られたい』『水鏡君みたいな男性が私にもいればいいのにな……』などと憧れにも似た感情を抱いていた。
どうも相沢さんは、こういう『誰かに守られる』という展開が好きらしく、王子様や騎士という存在に憧れがあるらしい。
マキを熱っぽい視線で見つめていた時は、一瞬好きなんじゃないかと疑ってしまうほどだった。
――…………いや、気のせいだよね? そうですよね? お願いしますよ(切実)。
ちょっとマキに嫉妬心が芽生え始めた頃、マキの話は佳境に差し掛かっていた。
正直、道場破りの脚色話はどうでもよかったが、ここからは別だ。相沢さん以上に気になっていた『俺とマキの仲がジイさんに認められた』という話を聞かなければならない。
マキはその辺の話まで脚色する気はないらしく、事の顛末を話してくれた。
「――最初は道場破りをした事を、ミユキのおじいさんは怒っているのかと思ったんだけど、そうじゃなかった……。おじいさんは、何だかすごくボクを気に入ってくれたんだ。……元さんもボクの事を褒めてたよ」
ここからの話は俺が美月に病院へと連れて行かれた所だ。
しかしマキの作った話の中では俺はその場に居る設定なので、驚かず聞かなければならない。
その場で何が話されていたのか分からないので、どんな話が飛び込んできても結構精神的に身構えておかなければならない。
マキは俺の事を気にしながらそれでも話を続ける。
…………まあ、なんだ。目の前で説明し終えたマキの話を要約すると、マキはその強さと俺に協力した行動力をジイさんに認められ、秋一さんや元さんにもみとめられたという事から始まり、いつしか元さんが俺とマキが付き合っている事をジイさんに教えてしまったようだ。
――なんでジイさんは怒らない? 俺という孫娘(?)が大切ではないのか?
と考えたが、どうやらその事もマキは質問していたようで、『ワシが認めた男なら安心』的な雰囲気で全く怒らなかったらしい。
とにかくマキは気に入られ、元さんが俺から手を引いた事もあってマキがかなり婚約者候補の座に近いという現状に陥っているようだった。
そんな状況に相沢さんはとても嬉しそうにしていて、『やったね、ミユキ! これで好きな人と一緒になれるよ!』と俺に抱きついてくる始末。
相沢さんの言葉を察するに、やっぱり彼女は俺の婚約問題を知っているようだった。しかし今はそれどころじゃない。
――お前、当初の目的はどうした? 確か道場破りの目的は俺の婚約者の席を空席にすることだったハズですよね? そこの所どう思っているのでしょうか、マキ先生?
などと、マキをジト目で見て見る。
「――…………ふふっ」
しかし彼女は申し訳なさそうにするどころか、目を逸らして笑っていた。しかもなんか顔が赤い。
――なんだその反応は!?
俺は焦った。
「――あれ? なんでミユキは微妙な顔してるの? もっと喜ばないとダメじゃない? せっかく公認の仲になったんだから……。私、応援してて良かった! これからも二人のラブラブな話を聞かせてねっ!」
相沢さんは相変わらずだ。
何だか他人の色恋沙汰の話が好きらしい。
――俺は君と良い仲になりたいっ! 相沢さん好きです! 大好きです! ……でもなんだ、この展開!? マキよ、俺の気持ちを知っているなら協力してくれてもいいじゃないかっ!?
俺の願いは空しく、相沢さんにマキとの仲を応援される現状。
非常に悲しい。状況は悪化する一方だ。
「――現実って上手く行かない……」
咄嗟にボソッと言葉が出るが、俺の呟きはテンションの高い二人には届かなかった。




