第三十八話 「残されたボクらは」
今回のお話はマキ視点となっております。
嵐のようにヨシユキは美月ちゃんに連れ去られてしまった。
ボクや皆は呆気に取られて道場の出口に視線が行っている。
「「「「――………………」」」」
言葉を発する人がいない。
ボクらと同じように、門下生の人たちも呆気に取られて練習を中断していたのが印象的だった。
「――あの……」
とりあえずボクは目の前のおじいさん……。つまりは小峰清次さんに声をかける。
「――ん、何かね、水鏡君?」
「ミユキと美月ちゃんを放っておいていいんですか……?」
「まあ、美月の事だから大丈夫じゃろう」
「そうですか……」
とはいうものの、不安は不安だった。
――び、病院って……。本気なのかな、美月ちゃん……。
とにかく、今から追うわけにもいかないので、ボクは無理やり納得する事にした。
「――ところで水鏡君?」
納得して居る所に、清次さんが声をかけてくる。
ボクは緊張しながら応えた。
「――水鏡君は剣道を嗜んでいるそうだね? 今回の道場破りではウチの門下生が世話になったようじゃが?」
――……マズイかもしれない。
今のボクは孤立無援。
いうならば、敵陣に一人で居るようなものだ。
木刀も竹刀も持っていないし、本当に状況は最悪だった。
「――ああ、そんなに緊張しなくてもよい。さっきも言ったように、ワシは感心しているんじゃよ」
「え?」
何だか、ボクが思っている事態とは違うようだった。
「――この小峰の門下生を十人以上相手にしたという話……。それが本当なら、君の腕は大したものじゃ」
「はあ……」
「ミユキが強いのは嬉しい誤算じゃが、幼馴染の君が強かった事も嬉しい発見じゃった」
――何なんだろう? 清次さんが嬉しそう?
ボクの目の前で彼は笑っていた。
「――元君」
「はい」
「水鏡君の腕はどの程度かね? 闘ったという君の意見も聞きたい」
「……水鏡君は本当に素晴らしいと思います。太刀筋、足捌きなどを見ていて、これからもまだまだ強くなれると思いました」
結構嬉しい。
ボクを瞬殺したほどの腕を持つ元さんに、認めて貰っているという事実はボクの自信につながった。
「――元がそこまで言うのか……。という事は、お前以外は彼に手も足も出なかったのか?」
「ええ、父さんの言う通りです」
秋一さんまでがボクに興味を持ち始めていた。
――本当にどうしたんだろう……、この人たちは……。
「――剣の速度、重さ。非常に評価できます。この年齢でここまで練り上げた彼には脱帽せざるを得ません。ウチの道場には居ない逸材です」
「――ふむ……」
「元君が認めているのか。……素晴らしい」
――な、何なんだろう? さっきから……。
清次さんがボクを見る。
その視線は期待に満ちているような目だったけど、なんだか怖い。
――もしかして、道場破りをしたからやっぱり怒っているのかな?
気味が悪い態度を見せつけられてボクはそう考えた。
――謝ったほうがいいかな? 元さんには謝ったけど、まだこの道場の主には謝ってなかったよ……。
「――あのっ」
ボクは意を決して清次さんと秋一さんに向かって頭を下げた。
「――水鏡君?」
「どうしたんだい?」
そんな言葉が聞こえてくるが、ボクは続けた。
「――すみませんでした。この度は道場破りというバカな真似をしてしまい、大変なご迷惑をかけてしまいました……」
とにかく謝りたかったので、ボクはひたすら頭を下げた。
「――頭を上げなさい、水鏡君」
だけどボクの謝罪は清次さんに止められた。
ボクは驚いて頭を上げた。
「――そんなに驚かなくてもよい。ワシは……いや、ワシらは怒ってはおらんよ」
「そうだよ、水鏡君。さっき師匠が言ったように私達は君とミユキちゃんに一目置いているんだ」
「え?」
――なんだろう、気に入られてるのかな…………? そう言えばさっき清次さんが『感心してる』って言っていたような?
「――そうじゃ。身近にこんな強者が居た事が嬉しいんじゃ」
「最近、君のような骨のある若者が居なくてね……。少し悲しかったんだよ」
「うちの門下生たちもそれなりに腕はあるんだが、どうも危機感が足りなくてね……。だから今回の道場破りは彼らにとっていい経験になったと思う」
――な、なんだか見直されているのかな? 怒られるというよりも、褒められてる??
元さんが言うように、別にボクとヨシユキはこの道場に緊張感を与えに来た訳じゃない。ただの我儘で道場破りをしに来たというだけなのに。
意外な評価にボクは戸惑って、言葉を発する事が出来なかった。
「――水鏡君は、ワシらに怒られると考えていたのかね?」
「え、ええ。まあ……」
「大丈夫じゃ」
「え?」
「この事は不問とする。君の実家、水鏡の家にも連絡はしない」
「どうして……」
――本当にどうしてだろう。
ボクはこの後に、兄さんや父さんにメチャクチャ怒られて、小峰家の皆に謝るのだと考えていた。
だけど、実際はボクの想像した未来とは違うようだった。
「――『どうして』か……。まあ、簡単に言えばワシは君を気に入ったんじゃよ」
「え??」
「この小峰の門下生を倒した君の腕を認めたという事じゃ。……いやぁ、実家が剣道道場をしているだけの事はある」
「えっと……その……」
清次さんにボクの腕を認めて貰えて少し嬉しかったけど、やっぱり戸惑いはある。
――相手は道場破りをした人間なのに……。
「――ワシは強い男子は好きじゃ。だから君を気に入った。……よって君の非礼は水に流す事にした」
「そ、そこまで気に入ってくれたんですか? ボクの事を」
「うむ」
「そ、それはどうも……ありがとうございます」
「気にすることは無い。それよりもこれからもミユキの事を頼む。ミユキの為に道場破りまでしたんだから、アイツとは仲の良い友達なのじゃろう?」
清次さんはボクの目を見て話しかけて来た。
勿論、ヨシユキとはこれからも仲良くするつもりだったので、ボクは即答しようとした。
だけど、
「――仲のいい友達どころか、彼とミユキちゃんは交際していますよ」
元さんがとんでもない事を言ってしまう。
――ちょっと待ってください! 何も今そんな事を言わなくてもいいでしょう!?
ボクは今度こそ怒られると思って、覚悟をした。
「――…………」
いつでも怒号を受け止める覚悟でボクは身構える。
しかし、一向に経っても怒声が来ない。
それどころか、
「――はははっ、そうか!」
清次さんは嬉しそうだった。
そんな反応にボクは戸惑ってしまう。
言葉を発する事が出来なかったので、ボクは黙って事の成り行きに身を任せる事にした。
「――ミユキには恋人がいたのか!」
「すみません……」
「ん? なぜ謝るのかね?」
「だって、大切なお孫さんにボクは手を出したんですよ? 普通は怒ると思うんですが……」
「そんな事は無い。何度も言うようじゃが、ワシは君を気に入っている。だから怒る事など無い。むしろ君のような男が相手で嬉しいくらいじゃ」
――ほ、本当にボクは認められてる? ……なんだか嬉しい。いや、すごく嬉しい。
ミユキの家族に交際を認めて貰うという事がこんなに嬉しいとは思わなかった。
清次さんがこの事を知らなかったという事は、真樹とミユキは隠れて付き合っていたって設定だったのかもしれない。
それが今日、公認となった。
ボクは達成感に似た感情に襲われ、テンションが急激に上がって行くのを感じた。
「――水鏡君」
「は、はい」
「改めてミユキの事をよろしく頼む。これはアイツの祖父としての頼みじゃ」
「はい!」
ボクの返事は自分でもびっくりするくらい元気がよかった。
清次さんはボクの返事を聞いてとても嬉しそうで、そのままボクたちは談笑してその場は解散となった。
時々突き刺さる門下生たちの嫉妬の視線は、今のボクには全く効かない。
――今のボクは無敵だよ……。
そんな事を考えながらボクは道場を後にする。
帰り道、ボクはテンションが上がりすぎてハイだった。
スキップなんかしちゃったりして帰った事は、ヨシユキには絶対に秘密だ。




