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第三十六話 「決闘の後……」

 そんなこんなで人垣が割れて、元さんがヨロヨロとした足取りで姿を現した。

 ――っていうか、起き上るの早くないか? 頑丈すぎだろ、この人。

 俺の驚きを尻目に、元さんは満足そうに笑っている。……額から血を流していなければさぞ、爽やかな笑顔だった事だろう。

 ――手当してくれ。頼むから。


「――君の勝ちだ。ミユキちゃん」

「いや、血が出てますけど?」

「え? ああ……」


 元さんは門下生が持って来ていた『処置アイテム』からタオルを取り、血を拭う。

 ついでに氷嚢も頭に乗せて、改めて俺と向きあう。


「――まさか『返し技を返される』とは思ってもみなかった……」


「私は運が良かっただけです。最後の廻し蹴り。あれを私の背面に放たれていたら、どうなっていた事か……」

「俺は最高のタイミングでトドメを放った。だからあれを躱して反撃した君の勝ちだ」

「そうですか?」

「ああ、そうだよ。いや参った、参った。俺が相手に一撃も当てられなかったのは久しぶりだ……。師匠くらいだよ、俺をパーフェクトで倒せるのは。父さんにもまだ勝てないけど、ここまで抑え込まれた事はないからね」


 なんだか落ち込んでいる元さんだが、確かにそうだ。この人がジイさん以外と闘って、一発も相手に当てられなかったのは見た事が無い。


「――ヨシユキって、本当に凄い? おじいさんのパーフェクト試合を今日再現したんでしょ? しかも女の子の身体で」


 マキが俺にだけ聞こえるように小声で話しかけてくるので、俺も同じように会話を続ける。


「――凄いかどうか分からんが、どうやらそうらしい。俺もビックリだ。なにせ他人とちゃんと闘ったのは久しぶりだから、自分の腕がどの程度なのか分からなかったんだよ」


 ――実際ちゃんと闘ったのは、今からおよそ五年前のヨシユキ時代だ。

 あの頃からより一層、鍛錬を続けて来たが、俺は自分が思っている以上に闘えるらしい。


「――まさに『捌きの達人』って感じだった」

「そ、そうか?」


 ――そんなに褒められると照れてしまうじゃないか。

 向かって来る打撃を躱したり、捌く練習は死ぬほどしたんで、その成果が出たんだろう。


「――ここまでやられたら、君の事を認めざるを得ない。ミユキちゃん、君の方が遥に俺より強い。俺はこの程度の腕で小峰道場の跡取りになろうとしていた自分が恥ずかしいよ。まだまだ鍛錬をしなければならないな……」


 元さんは自分の負けを素直に認めていた。

 それは謙遜でも何でもなく、本心から言っているという事が伝わってくる。


「――俺は負けず嫌いだ。だからまた君と手合せ願いたいと思っている」

「え?」

「ミユキちゃん、今度は勝つよ? 次こそ勝って、君と結婚したいと思う。これは本心だ。君に認めてもらいたいと本気で思ってる」

「はい??」

「さっきは君の言葉に乗せられて、つい君の身体目当てみたいな感じになってしまったけど、そうじゃない。俺は本気で君に惚れたよ」

「…………」


 なんだか雲行きが怪しい。

 咄嗟に相手を煽ったセリフがまだこの先も適応されるというのか。しかも完全に元さんをその気にさせてしまうという負の連鎖。

 ――それはキツイ。

 俺は頭を抱えそうだった。


「――は、元さん、その話は追々するとして……」


 とりあえず話題を変えようと俺は話をする。

 今はこの後の事を考えなければならない。

 まだ俺にはジイさんの説得やら何やらが残っているのだ。

 勿論、


「――とりあえず、今この場に居る皆さんに、私は謝りたいです……」


 俺たちの道場破りに巻き込んでしまった門下生の皆さんと元さんに謝罪がしたかった。


「――あ、ボクも……」


 マキも俺の言葉に反応して頭を下げていた。


「――こんな事をしでかして、簡単に許してもらおうとは思っていません。しかし私には時間が無かったんです。……皆さん、私とマキを許して貰えませんでしょうか。謝罪ならいくらでもします。申し訳ありませんでした」

「申し訳、ありませんでした……」


 深々と頭を下げる俺とマキ。

 道場内は、水を打ったように静かだった。

 顔を上げると、皆が皆驚いた顔をしている。

 しかし、誰一人として怒っていたりしている人がいなかった。


「――大丈夫だよ」


 一人の門下生が発した言葉を皮切りに、


「――そうそう、気にする必要は無いよ、ミユキちゃん!」

「俺たちも君には同情してたんだ」

「ミユキちゃんが今回、自分の意思をぶつけて来てくれた事が嬉しいよ」


 次々と声が上がる。

 そんな和気藹々ムードな所に、


「――ミユキちゃんの挑発に乗って君たちが一斉に向かっていったのに、あの人数で二人に軽くあしらわれるのはダメだ。…………鍛錬が足りていない。明日からは厳しく指導するぞ」


 元さんの言葉が、門下生たちに突き刺さる。

 一瞬、皆さんはゲンナリしたが、


「――元さんだって、ミユキちゃん目当てでガンガンに行ってたじゃないっすか!」

「そうすっよ! モノにしようとしてたじゃないっすか!」

「しかも負けてるし!」


 瞬時に反論していた。


「う、うるさい。俺は一対一で闘って負けたんだ。君たちみたいに数の暴力で押し切ろうとした訳じゃない。…………一応、水鏡君には勝ったぞ?」


 反論された元さんは珍しく動揺していて、らしくなかった。

 俺目当てで、欲に負けた自分が恥ずかしかったのかもしれない。

 ――理由が俺目当てってのが、かなり嫌だが……。

 しかしそれは我慢しなければならない。本気で元さんを闘わせる方法があの煽り文句しか思いつかなかったのが敗因だ。


「――と、とにかく。君たちは道場破りに負けた事実には変わりない。明日からの特別メニューを楽しみにしておくように」


 元さんの言葉に門下生たちはテンションを下げていた。

 ――申し訳ありませんね、皆さん。

 心の中で、もう一度謝っておいた。


「――あ、そうだ」


 謝罪で思い出した事があったので、俺は言葉を発した。


「――どうしたんだい、ミユキちゃん?」


 元さんを始め、マキや門下生たちも俺に意識を向ける。


「――いえ、まだ私には謝罪が残っているなと思い出したんです」

「謝罪? 謝罪なら今さっき俺たちにしてたじゃないか。他にあるのかい?」

「ええ。ありますよ」

「??」

「昨日、私が倒してしまった三人です」

「…………おや?」


 元さんは俺の言葉が意外だったのか、驚いていた。


「――驚く必要があるんですか? 私は悪い事をしました。謝るのは当然です。元より、私は彼らに謝るつもりでいました。私の勝手なワガママに巻き込んで怪我をさせてしまったのですから、当然です」


 これは俺の本心だった。

 いくら不機嫌だったとはいえ、あれはいけない。大人げなかったと思うし、その後の罪悪感がハンパ無かった。


「――元さん、彼らの住所を教えてください。後日、頭を下げに行ってきます」


 俺は深々と元さんに頭を下げて、頼み込んだ。

 元さんは一瞬驚いたが、すぐに笑顔になった。


「――……君は、最初から自分の非を認めていたんだね。それどころか、罪悪感を感じていた。自分のしでかした事を理解して、彼らに謝ろうという姿勢は素晴らしいと思う」

「まだ謝っていませんけどね……」

「これから謝るんだろう? なら問題は無いよ。どうやら君は俺を怒らせるために演技をしていたという事かな?」

「…………すみません」

「はははっ、俺に謝っても意味は無いだろう? 謝る相手が違うよ」


 元さんは笑い出す。その姿はついさっきまで俺に向けていた怒りの感情など忘れるくらい爽やかだった。

 その笑い声に、周りの門下生たちも笑っていた。

 どうやらこの場は完全に収まったようで、誰一人として俺とマキに敵意を向ける人間は居なかった。

 とりあえず一件落着な雰囲気に、俺とマキは安堵して二人で笑いあった。



 その後……。


「――さて、これからどうするんだい?」


 一息ついた所で、元さんが話しかけてくる。

 勿論、彼の言う『これから』というのは、この後の事である。

 ――ジイさんの説得か……。

 考えるだけで気が重かった。

 道場破りというとんでもない事をしでかしておいて、無事に済むとは思っていない。かなりの確率で怒られる事は確かだ。

 ――マキにも迷惑がかかるな……。

 俺の事で彼女が怒られるという罪悪感もある。一体どうすればいいのかと考えてみるが、マキに関してのフォローは思いつかなかった。


「――と、とりあえず……」

「うん?」

「このまま、おじいちゃんを待ちます。待って話をしたいと思います」

「婚約問題の事かい?」

「そうです。元より、この道場破りの目的はおじいちゃんに私の話を聞いてもらう事ですから」

「そうだったね。俺はすっかり道場破りに意識がいってて、その事を忘れていたよ」

「まあ、話を聞いてもらう為にこんなバカな事をしたのですから、気持ちは分かります。ですが、ウチのおじいちゃんはこうでもしないと話を聞いてくれませんから、仕方が無かったんです」

「……師匠は一度決めると頑固だからねぇ……」


 元さんはそんな頑固なジイさんを思い出したのか、苦笑いしていた。

 俺とマキはそんな彼を見ながらジイさんを待つ。

 元さんが言うには、もうそろそろこの道場に来る頃だった。

 道場の壁に掛けてある大きな時計を見ると、現在時刻は午後、五時四十八分。

 結構いい時間になっていた。

 俺が時計を見てそんな事を考えていた時、


「――な、なんじゃこの有様は!?」


 道場の入り口から聞き覚えのある大きな声が響いた。

 振り返ると、そこにはジイさんが立っており、俺と顔を合わせた瞬間に驚いた顔をしていた。

 驚いたのは俺の姿を見ただけじゃない。いつもなら練習に打ち込んでいる門下生たちが誰一人として練習していない光景にも驚いているようだった。

 ――さて、説得だな……。

 俺は意を決すると、ジイさんに向かって歩き始めた。

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