第三十五話其の二 「決闘!! 後編」
ダッシュで迫る元さん。俺との距離を瞬時に詰める。
――さて、どうするんだろう?
俺は返し技の準備が出来ている。
いつでも捌いて投げる事はできる間合いだった。
――ヒュッ!
元さんが攻撃してくる。
――な!? 速い!!
さすがだ。モーションが限りなく少ない、顎ジャブを放ってくる。
顎を狙うこの一撃は、食らうと脳が揺れる可能性があるので絶対に食らってはいけない技だ。最初から全ての打撃を捌くつもりだった俺は、集中してそのジャブを捌こうと動いた。
――え??
のだが、その一撃は俺が捌く前に止まった。
――フェ、フェイント!?? 罠か!?
気付いた時にはもう遅く、元さんはもう俺に攻撃を当てる準備を整えて、左手を振りかぶっていた。
普段なら絶対に食らう事の無い、大振りのアッパーカット。
その強烈な一撃が、俺の顎を的確に下から狙う。
――容赦無しか!?
俺は何とか、そのアッパーに手を添えると、そのまま勢いを殺すために上に飛んだ。
アッパーの勢いをそのままに、俺は宙を舞う。
「――また捌いて躱したのか!?」
「どう見ても直撃したようにしか見えないのに!」
「凄いよ! ミユキちゃん!!」
外野の声をBGMに、俺は空中で後方に宙返りして着地。
そこへ、
――ゴォッ!
俺の先を読む追い打ち攻撃。
右前蹴りで俺を蹴り上げる。
勿論俺は、その蹴りを身体の軸をずらして回避……したのだが、また追撃だ。
今度は裏拳が俺の顔面に飛んで来た。
俺はそれを捌こうと、打撃を受けようとした。
――ビッ!
しかし、その来るはずだった打撃は手前で止まる。
――またフェイント!? ちくしょう!!
完全に向こうのペースだった。
俺は元さんに良いように闘わされているように思えた。
――ヤバイ! くそ、今度は下か!?
気がつけば、俺のアバラに下段突きだ。
またフェイントでもされて追い打ちされると面倒なので、今度は後ろにバックステップ。
直撃ギリギリのきわどい間合いで『フェイントは無い』と確信。俺は下段突きを両手で捌きながら、その一撃の勢いそのままに後ろに飛ばされた。
そして、元さんと距離を置いて着地。自分でも驚くほど跳躍していた。これは元さんの下段突きの威力を殺した反動だろうが、改めて凄い馬力だと感心させられる。
元さんと距離を置いた事により、追撃はされなかった。
「――すごい反応。ことごとく外されるとは思わなかったよ。まるで神業だ……」
元さんがボソッと呟く。
「――そうですか……」
褒められているのに全然嬉しくない。
――本当に面倒なフェイントだ。翻弄され過ぎだな俺。
闘い方を変える必要がある状況に焦っていた。
今は完全に向こうの流れ。
――この流れを変えるのは容易じゃない。一発でも貰ったら俺の負けだ。
とか考えていると、もう元さんは俺に向かって間合いを詰めてくる。
――ジリジリ……。
「――……っ」
一歩一歩、確実に詰めてくる元さん。気がつけば俺はゆっくりと後ろに下がっていた。
――なんて威圧感。
この感覚は身体が動かない感じと似ているかもしれない。
――だけど、闘い方のヒントは掴んだ。今度はあのフェイントには翻弄されない!
要はフェイントかどうかの見極めがポイントだ。
――ギリギリで躱して、ギリギリで捌く!
考えがまとまると、気が楽になる。
気持ちの切り替え。自分の技に自信を持つのが大切だ。
俺は、無意識に下がっていた身体を止めた。
すると、元さんが目の前で笑ったような気がした。
「――行くよ……」
元さんが俺に向かって間合いを詰めようとする。
――ここだ!
俺は彼が重心を軸足に移して動こうとした瞬間に合わせて、懐に飛び込んだ。
「――っ!??」
目を見開いて驚く元さん。
それもそうだ。この状況なら下半身は不安定なままで使えるのは上半身しかないのだ。
簡単に言うとパンチしか使えない。
しかも足が使えず、その場から動けない状況なので、俺が有利なのは確実だ。
無理してパンチして来ようものなら、それを捌いて一撃を加えるのみ。焦っているなら尚更フェイントは無いと考えられる。
――行くぜ!!
迷いのない俺の攻撃動作は、元さんを簡単に仕留めた。
まず、不安定な軸足を払って相手を倒す。この時、身体は一瞬宙に浮くので、そこに手を添えて回転を加える。
俺の技を食らっている本人は、急激な景色の回転に頭が追い付かないはずだ。
空中で半回転して、身体が上を向いている所を追撃。
主に頭を押さえるように、両手で地面に叩き落とす……ハズだったが、
――パッ!!
元さんは、空中で自分から身体を回転させると、逆立ち要領で地面に片手で着地。俺の一撃を躱すと同時に、カポエラの逆立ち蹴りのような技で俺を威嚇。
追撃を許さない。
――なんて人だ! あれを躱すなんて!?
驚いている場合じゃない。この流れを崩す訳にはいかない。
――真似するよ! あんたの闘い方!
俺は元さんが大勢を整える為に、逆立ちから地面に足をつけた所を足払い。
先ほどから何度もやられた、固め技だ。
着地動作や、回避動作を終えた直前を狙われると、何も出来ない。
俺は元さんの身体が再び宙に浮いた所を、瞬時に狙う。彼の顎に手を添えて、
――フワッ……。
そのまま地面に後頭部から叩き落とした。
――ドガッ!!
鈍い音が床から響いた。
俺は瞬時に追撃しようと、足刀で顔面を踏み潰そうとしたが、
――ダムッ!!
振り下ろした足の先には道場の床。
――なっ!?
元さんは、俺の追撃動作時に身体を横転させて難なく攻撃地点を脱出していた。
――瞬時に回避行動なんて!
俺が攻撃を外している間に、元さんは後転して体勢を整えていた。
――くそ。確かに後頭部から落としたのに……。
追撃が失敗して悔しい気持ちの俺をあざ笑うかのように、元さんはゆっくりと立ち上がる。
俺も元さんも無言で見合った。
そこで元さんが再び構えたかと思えば、瞬時に間合いを詰めてくる。
――ん?
俺は瞬時に感じた違和感につられて動きを止めてしまった。
――しまった、さっきのようにまた『合わせられた』のに。
軸足に重心が移った瞬間にこちらも動いて懐に飛び込むという、一連の動作が出来なかった。
――しかしなんだ、この違和感。元さんの動きが少し鈍い?
「――はあっ!!」
掛け声と共に打撃の乱打を見舞う元さんだが、それら全てが先ほどと比べて動作にキレが無いように様に思えた。
――どれがフェイントなのか、一発で分かる! 有効打撃は……。
――ヒュッ!
「――この前蹴り!」
――バシッ!
俺はその前蹴りに合わせて、自分の足を蹴り上げた。
「――なあっ!?」
驚く元さんを尻目に、俺は自分の足で相手の踵を蹴り上げ、可動範囲以上に足を上げてやる。
すると元さんは俺に足を蹴り上げられて、咄嗟にバランスを崩して後ろに仰け反った。
俺はその元さんの隙を狙い、瞬時に蹴り上げた足で地面を踏みしめる動作で次の行動に移る。
――ドンッ!!
道場の地面が俺の足音で響いたと同時に、そのまま踏みしめた足を軸に自らの身体をくるりと回転させて元さんに背中を向け、
――行くぜッ!!
気合を入れると、無防備な元さんに、その自身の背中で『当て身』を入れたのだった。
「――うおっ! マジか!?」
「あの技は……ッ!」
「は、八極……拳!?」
そう、ギャラリーが騒いでいるように、俺は八極拳の一撃である背中による打撃を元さんに入れたのである。
俺の八極の打を食らった元さんは案の定、意図も簡単に後方に吹っ飛んでいく。
――ドッ!
道場に響き渡る元さんの落下音は、受け身が間に合っていないような、重くて痛々しい音だった。
「――…………っ」
だが、俺からそんな良い打撃をもらっても尚、元さんは瞬時に起き上がり闘う意思を見せつけてくるのだから驚きだった。
――マジかよ……。一体どれだけ攻撃すれば倒せるんだ?
正直、元さんの足がふら付いているのだから、ダメージがその身体に蓄積されているのは分かっているのだ。
それでも元さんは俺を見据えて戦闘態勢で戦意を喪失していない。
――足にキてるってのに、よくもそこまで頑張るね……。
隙あらば俺を倒そうと、その眼光は鋭いままなのである。
――……あの状態じゃあ、結構辛いはずだ。長引くと相手の為にもならない。次で決める。
俺だってこれ以上の戦闘は本意ではない。
だから俺はゆっくりと息を吐いて呼吸を整えた。
相手から視線を逸らさずに合気の構えを取り、向こうの動きを待つ。
もう俺は容赦なく元さんを頭から叩き落とすつもりで次の一手を考えていたのである。
「――本当に……、君は素晴らしい……はぁ、はぁ……。っく……、俺をここまで追い込んだのは……父さんと師匠くらいだよ……」
そんな俺に元さんが辛そうに言葉を発する。
今までの手合せで後頭部から思いっきり床に落下。その後にまた俺の一撃で後ろから床に倒れたんだから無理も無いだろう。
――オマケに、三半規管と顎にダメージを負ってるんだ。今立ち上がってるのが不思議なくらいだ。
「――打てば投げられる感覚なんて、滅多に体験できるものじゃない……。その後の八極拳もだ……」
元さんは完全に俺を『強い者』と認めているようだった。
「――どうします? 続けますか? それとも負けを認めますか?」
「冗談。俺は最後まで君と闘うよ。こんなに楽しく高揚できたのは久しぶりなんだ。ますます勝って、君と結婚したくなったよ」
「……うっ」
――そんな告白は止めてくれ……。
「――さあ、決着を付けよう」
気持ちが高ぶっている元さん。
やる気満々である。
――あんな告白するから、こっちのテンション下がったよ……。絶対に負けられない。
「――どうぞ、どこからでも来てください」
――どんな攻撃が来ても、返して投げてやる。さあ来い。
「――じゃあ、お言葉に甘えてっ!」
元さんは何も考えずに突進しようと動き出す。
――なめてるのか!?
これでは先ほどの『合わせ動作』と同じだ。
俺は彼が効き足に体重を移した瞬間に懐に飛び込んで勝負を決めに行く。
――俺の方が絶対有利だ! ミスったな!
今更制御出来ず、身体だけ俺に向かって来る元さんは、苦し紛れの正拳突きで俺に攻撃してくる。
――またフェイントか?
この状況で俺に勝つには、フェイントで俺をかく乱させて、決めの一撃を俺に見舞うしかない。
しかし、
――ゴオッ!
正拳突きは止まらなかった。
――マジか!? じゃあ捌いて投げるぜ!
勝機は見えた。俺は瞬時に正拳突きを捌いてそのまま足払い。
元さんはふわりと空中に舞って一回転した。
しかし次の瞬間、
――え??
何故か俺の視界が上下反転する。
――なんだ? これは……??
スローモーションの世界で俺は理解した。
――投げられた……??
そうだ、確かに俺は投げられている。
――これは……、合気??
アドレナリンが出まくっているのか、本当にスロー世界だ。
恐らく、元さんは俺に投げられた後、身体を回転させて足から着地。
そしてその回転動作を利用して、掴んでいた俺の手を『逆に返して』投げたのだ。
まるで芸術的な返し技だが、感心している場合ではない。俺の身体は今空中を舞っているのだ。
俺の投げの力を利用した投げなので、滞空時間がやたら長く感じる。
――ちくしょう! このタイミングでそれかよ!?
上下反転し、回転しながらの世界で俺は焦る。
空中の俺に元さんが上段廻し蹴りを放って止めを刺しに来ていたからだ。
最高のタイミングでの廻し蹴り。
――もう、どうにでもなれ! この野郎!!
後は身体が勝手に動く。
「――ああああっ!!」
「そんなっ!?」
驚いている元さんの事なんて気にしていられない。
俺は空中で舞いながら、廻し蹴りの足刀に手を添える。
そして瞬時に腕を使って、俺はその足を脇で抱えて掴んだ。
――ガシッ!!
鈍い掴み音と共に、俺は元さんの足に掴って振り子のように振られる。
――決めるならココだ!!
「――っ!??」
声にならない元さんの脇腹に蹴りを入れた。
廻し蹴りの反動を利用してのカウンターは、回転の力と蹴りの力が合わさって、元さんの身体を蹴り抜く。
――ズドンッ!!
激しい音と同時に元さんは床に吹っ飛んだ。
俺が空中から不安定に着地した音と同時にふらつきながら元さんを確認してみると、そこには倒れて動かない彼が転がっていた。
道場は水を打ったように静かだ。
誰も彼もが一言も発さず、俺の息遣いだけが聞こえていた。
身動きを取らずに沈黙する元さんを目の前にしながら、俺は立ち上がろうとする。
しかし身体が動かなかった。
――最後の一撃は相当キツかった……。
さすがに疲れた俺は、その場で座り込んでしまった。
俺が床に腰を下ろした瞬間、
「――は、元さんが負け……た??」
門下生の一人が言葉を発する。
その声を発端に、
「――勝負ありだ! ミユキちゃんが勝ったぞ! 勝っちまった!!」
「マジでか!? 元さんが負けるなんて!?」
「ってか、元さん大丈夫か!? やばかったぞ最後の」
「確かめないと、おい! 行くぞ!」
騒ぐギャラリー。
最後の一人の言葉に、門下生が元さんに駆け寄る。
そして反対に、マキは俺に駆け寄って来た。
「――ヨシユキ、大丈夫?」
すごく心配そうだ。
座り込む俺に肩を貸して、ゆっくりと立ち上がらせてくれる。
――まさか、コイツに肩を貸して貰う時が来るとは……。
そう思うと、少し笑えて来てしまった。
俺とマキはそのまま元さんの方角を見る。
あれだけの一撃を加えたのだから、元さんの安否が気になるのは当たり前だ。
「――大丈夫かな?」
「ヨシユキ、慈悲ってモノを知らないの? 君が敵じゃなくて本当によかった……」
マキが呆れていた。
確かにやりすぎたと思う。マキの気持ちも最もだ。しかし、被害者(?)の安否を確かめようにも、元さんを門下生たちが囲んでいるので姿が見えない。
少し心配になって俺もマキも彼に近づこうとした時、
「――おおっ、元さんが動いた!」
そんな声がした。
「――大丈夫ですか? え? 『大丈夫じゃない』? ですよねー」
「最後のアレ、痛かったっすか? ん? 『死ぬほど痛い』? やっぱり?」
「び、病院行きます? え? 『そんな事はいいからどいてくれ』って? 分かりましたっ!」
コントみたいなやり取りを聞いていた俺たちだが、とりあえず生きている事は確認できたので、一安心。
「――いや、生きてて良かった……。結構頭を狙いすぎたかと後悔してた所だ。……最後の一撃も含めて」
「あれだけやっといて、今更後悔? ヨシユキ、君って人は……」
マキが俺をジト目で見ている。
――そんな目で見ないでくれるか? 俺が悪者みたいじゃないか……。いや、今日の俺は悪者だったな……。
元さんを怒らせて、酷い事を言いまくったのだから俺は非難されても仕方がない。
この後、俺はどれだけ各方面に謝罪やフォローをやらなければならないのか。考えるだけでも非常に気が重いが、これは自分がした事なので甘んじて受け入れようと思う。
俺はそんな事を考えながら気を取り直すと、マキと一緒に元さんが回復するまで待つことにした。




