第三話其の一 「天使との遭遇 美幸side」
「――……みね……き」
声がする。
「――……こみ…………よ……ゆき」
しかも何度も呼びかけてくる。
誰だ? 人がせっかく気持ちよく寝ているってのに……。
おまけに身体を揺さぶられている感覚もある。
結構、気持ちがいい。
俺は少しばかりその感覚に身を任せていたのだが、徐々に頭が覚醒して来たので一気に眠気が吹っ飛んだ。
そうだ、真希は!? 俺たちはどうなった!?
疑問と同時に焦りが俺の頭を支配する。
「――真希!」
俺は目を見開き、一気に身体を起こした。
「――かはっ!?」
額に鈍い打撃音がして、激痛が俺の頭部を襲う。と、同時に誰かが悲鳴を上げた気がする。
「――いってえぇ……」
そう呟きながら額を擦って辺りを確認すると、そこは見慣れない場所だった。
真っ白。
そう、そこは辺り一面何もない真っ白な世界だった。そして俺の隣で頭を押さえて倒れている人が居る。
「――ううっ……。急に起きないでよ……」
倒れていた少女が振り向き、俺を睨んだ。どうやら俺が起き上った拍子に、俺の頭とぶつけたようで、彼女は痛む頭を押さえながら文句を言ってくる。
誰だ?
いや、マジで誰だ? 俺が記憶する限り、俺の知り合いに見た目こんな『十代前半の少女』の知り合いなんて居ない。しかも全身白ずくめの恰好をしている少女だ。プライベートでこんな恰好をしている奴が居れば、俺はまず近づかないだろう。
「――…………」
俺は無言で彼女を見る。
日本人ではない。恐らく外国人だろう。髪は白……と言うよりかは、プラチナブロンド? と、いうのだろうか。まあいい。とにかく一際目を引く綺麗な髪をツインテールにした彼女は、本来ならば愛らしい顔を痛みに歪めて片目をつぶっていた。今はまだ幼い容姿だが、あと五年もすればかなりの美人になるに違いない。
……って、俺は何を考えているのだろう。今は状況確認が第一だ。彼女を見ているのも、別に可愛い姿を見たいから見ているのではなく、状況確認するので必死だから見ているのだ。
……まるで誰かに言い訳しているみたいだが、そこは気にしないでほしい。
俺がそんな事を思いながら、ツインテールの分析をしていた時、ふと目が合った。
「――まあ、そんなに元気に目が覚めたんなら、気にする必要は無いか……」
一方的に話しかけられ、ツインテールは勝手に納得している。
俺はゆっくりと立ち上がって、咳払い。そして彼女を見下ろした。
ツインテールはそんな俺と同じように立ち上がり、俺を見上げた。そして満面の笑顔を輝かせて、
「――アナタは小峰美幸だよね?」
馴れ馴れしくフルネームで呼んでくる。
相変わらずワケが分からない。
俺は軽く右手を挙手し、質問するアクションをした。そんな俺に彼女は首を傾げる。
「――悪いんだが、君は誰だ? なんで俺の名前を知っている?」
「あははー。だよねー」
「質問に答えてくれるか?」
「そんな怖い顔しないでよ、ミユキ」
「その名で呼ぶな!」
コイツ、だいぶ俺の事を知っているな。俺の嫌がる名前の呼び方を知っているとは。
俺はこの美幸という呼ばれ方は気に入っていない。――こんな女みたいな名前。……子供の頃、この名前のせいで俺がどんだけからかわれた事か……。
いや、今はこんな事思い出している場合じゃねぇだろ。
「――ゴメン、ゴメン。いや、本当に間違えやすい名前だよね」
「そうなんだよ……。本当に俺の親はなんて漢字を当てたんだ……」
「名前って難しいよね」
「ああ……。じゃない! お前は一体何なんだ!?」
一瞬、論点がすり替わっていたので慌てて修正。いい加減相手の正体が知りたかったので思わず声を荒げてしまった。
「――大きな声を出さないで。……今から説明してあげるから」
「…………」
「初めに言っとくけど、私、天使なんだよね(キリッ)」
「…………」
俺は無言でポケットから携帯電話を取り出して119番を押してやろうとした。こういう妄言を言う輩は早いうちに救急車で運んでもらうのがいいだろう。
「――あー! 今何しようとしてる!?」
「我慢しろ、すぐ救急車呼んでやるから……」
俺が携帯のボタンを押し終わる頃、自称天使は俺から携帯をひったくっていった。
「――返せ」
「嫌だ! 通話終了! 通話終了!」
彼女は携帯のボタンを焦りながら押しまくっている。
「――こら、自称天使。なんでそんな精神状態になるまで放っておいたんだ? 早く病院の先生に見て貰わないとダメだろう……」
「私をそんな『可哀そうな人を見る目』で見るな! 本当に天使なんだぞ!」
「そうかい」
「信じて無いな!?」
「ああ」
「即答か!」
なんて可哀そうな……。いや、残念な奴なんだ。俺に力になれる事はあるのだろうか。ここで会ったのも何かの縁だ。少し付き合ってやる事にしよう。
「――悪い、悪い。それでその天使さんは俺に何の用なのかな~?」
「こら! 子供相手にするような口ぶりは止めろ! バカにされてる気持ちになるじゃないか!」
ダメ出しが出た。
ちくしょう、なかなかコイツの相手をするのは難しいじゃないか。
「――話が突拍子すぎて付いて行けないんだよ」
「まあそれは分かる。私もアナタと同じ状況だったら同じ反応すると思う」
「おおっ、分かってくれるか」
「うん」
「じゃあ救急車を……」
「それは止めて!」
天使は俺の携帯電話を背中に隠して後ずさりしていた。
「――ああっ、もう! 救急車は呼ばねぇから、説明してみろ」
「ホントに?」
「ああ」
「…………分かった、じゃあ話してあげる」
そう言う天使は俺に携帯電話を返してくれた。
窺うようにするその表情は真剣な感じだったので、もう救急車の事は言わないようにしようと思ったし、素直にこの天使の話を聞いてやろうと思った。
とりあえず立ち話も疲れるので、俺たちはその場に座り込んだ。
地面は相変わらず白一色で、ガラスのようにつるつるしていた。
「――初めに言っとくけど、驚かないでね?」
「あ? ああ……」
「アナタ、もう死んでるから……」
「はあ!?」
さすがに驚いて、間抜けな声が出る。誰も彼もいきなり『死んでいる』なんて言われたら驚くだろう。いや、驚かない方がおかしい。
俺は天使を覗き込むように、そして凝視した。
「――こら、顔が近い。……照れるじゃない」
「照れるな! いやそんな事はどうでもいい! 俺が死んでるとはどういう事だ!?」
「言葉の通りよ」
「いや、生きてるだろ!? お前と喋ってるし!」
「私は天使だから死人と会話できるの! ほら思い出して?」
「…………?」
「アナタ今日、事故に遭わなかった?」
「!?」
言葉を失う。
天使の言葉を皮切りに、俺の記憶が瞬時に蘇った。
それはまるで第三者の視点から映像を見ているような感覚だった。記憶の中では俺が真希を抱えて吹っ飛ばされていた。飛ばされた身体は激しく地面に激突し、赤い物にまみれたまま地面に転がる。
その光景はもう過去の映像だ。過去の映像になっている以上、もうすでに俺は手遅れなのだろう……。
「――ね?」
天使が全てを思い出した俺に、優しく声をかけてくれた。
「――じゃあ俺は、あの事故で?」
「見事に死んだわ。それでここは一応、あの世って事になるのかな?」
「…………」
未だに信じられないが、どうやら本当らしい。
しかし俺は自分の事よりも、俺と同じ事故に遭ったもう一人の事が気になって仕方がなかった。
「――真希は!? アイツはどうなった!?」
瞬時に天使に問いかける。思わず詰め寄ってしまった為、体勢を崩しかけた。
「――さっき、死神から連絡があったんだけど……」
「どうなんだ!?」
俺は天使を睨み付けると、吼えるように叫んだ。
そんな俺に天使は悲しそうな顔をして首を横に振った。
……つまりはそう言う事か。
俺……。いや『俺たち』は理不尽な事故に遭い、命を落とした。それが結末であり、変える事の出来ない結果なのだろう。
「――……真希は今何してるんだ?」
咄嗟に口に出た。まあそれも当然かもしれない。
俺が今この場に居る以上、アイツもこの場に居なければおかしいはずだ。それなのに先ほどからこの場所、『この白い世界』には俺と天使しか居ないのだ。
その事が非常に疑問に思った。
「――あの娘はもう少ししたらここに来るよ。今は『書類上の手続き』に時間がかかってて……」
「は?」
……書類上の手続き。なんの話だ?
「――いやいや、こっちの話」
「気になるぞ?」
「ああっ、もう! 気にしないで! そんな事よりもっと重要な話があるんだから!」
死んだ事より重要な話ってなんだ? もうこれ以上驚くことは無いと思うが、とりあえず聞いてみることにする。
俺は叫ぶ天使に気後れしながらも聞く体勢を整えた。そして彼女に話をするように促す。
天使は笑顔を俺に向けると話し始めた。
「――アナタは今日死んだけど、上からの命令で明日から生き返ってもらうから」
「…………」
本日、何度目かの無言リアクション。もう驚きすぎて声が出ないよ、母さん。
……というか、待て待て。生き返るとはどういう事だ? 死んだ人間が生き返るなんて話、聞いたことが無いぞ?
天使は心底驚いている俺に苦笑いしながら話を続ける。
「――理由は簡単。アナタは今日、死ぬ必要が無かったからよ」
「…………??」
「頭がこんがらがるのはよく分かるけど、聞いてね?」
「あ、ああ……」
「実はアナタが死んだのは私のせいなの……」
「はあ!?」
突然の告白に俺は立ち上がった。
天使は申し訳なさそうにして俺に続いて立ち上がる。
「――落ち着いて!」
「これが落ち着いていられるか! お前、もう一度言ってみろ!」
「だから私のせいでアナタは死んだの!」
「っ!!」
俺は一瞬固まってしまった。
しかし次の瞬間には天使の胸ぐらを思いっきり掴んで彼女を睨み付けていた。一瞬、自分でも恐ろしいほどの怒りが沸き起こったが、天使は俺から目を逸らすことなく、俺と向き合っていた。
「――殴りたければ、殴っていいよ。アナタにはその権利がある……」
天使は俺と視線を交わらせて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「――…………」
「殴らないの?」
「…………っ」
卑怯な奴だ。
自分が殴られて当然だと思っている相手を殴っても意味が無い。それに俺から一瞬たりとも目を離さなかったコイツは、それだけ罪の意識があるという事だ。
そんな態度を取られたら、殴りたくても殴れないじゃないか……。
「――………………殴らないのね?」
「……お前は殴らない。そもそも、女は殴れない」
「そう……」
俺は天使をゆっくりと放した。
天使は乱れた服を直しながら、俺から少し離れて再び話を始める。俺はそんな彼女の話を黙って聞くことにした。
「――私は仕事でミスを犯した」
「ミス?」
「因果律の計算をミスしたの」
「因果律?」
「物事が他の物事を引き起こしたり生み出したりしている、結びつきみたいのものよ」
「それをお前が管理しているのか?」
「そう言う事。まあ、どうして因果律が狂ったのかはまだ分からないけど、私のミスが関係しているのは明らかなようね……」
「……それで?」
「え?」
「それでお前は俺に何をしてくれるんだ?」
「生き返らせてあげる。勿論、一緒に死んだお友達もね……」
「真希もか!?」
「うん。あの娘も私のせいで死んだから当然でしょ?」
「まあ、そうだな」
「だから安心して。明日になったら、全て元通りになってるから……」
天使は優しい笑顔を浮かべて俺を見た。
よかった……。俺だけではなく、真希も元通りになるのか……。
俺は心底安心した。
「――さて、ここで小峰美幸君に提案がありますっ」
いきなり天使が人差し指を上げて、テンション高めで迫って来た。俺は少し引き気味に反応しながらも彼女と向き合う。
結構真剣な表情なので、こちらもそれなりの覚悟をみせた。
「――生き返るにあたって、美幸君の願いを一つだけ叶えてあげます」
「はあ?」
「いや、『はあ?』じゃなくて……」
「…………」
「沈黙もしないで」
「だって意味が分からないんだが?」
「言葉の通りよ。私のせいで死なせたんだから、今度は私の力でアナタの願いを叶えてあげる。……まあ、一種の罪滅ぼしみたいなものよ」
なかなか殊勝な心がけだ。
しかし闇雲に『なんでもいい』と言われると困ったものだ。金は働けばいいだけだし、学力は勉強すればいいだけ。腕っぷしも鍛えればいいだけだ。容姿に関しては親から貰った大事な身体だし論外だろ……。さて、他に何がある? こんな時だけ無欲な自分が嫌になる。
「――うーん……」
声に出してみるものの、何も思いつかない。何かないものか……。何かこう、退屈を紛らわし、尚且つ誰にも迷惑をかけない願いは……。
「――そんなに悩む事なの?」
「おう」
「お金とか……」
「いらん」
「即答!? 欲の無い子ね……」
「だから俺も困ってる」
二人して『うーん』と唸りながら考える。
何もない白い世界で唸り続ける絵図らはかなりシュールな光景だった。
そこで天使が何かをひらめいた。
「――じゃあ最近、何か悩んでる事ない? 目標でもいいんだけど」
「悩み? 目標?」
「そうそう。例えば、『これがしたかった』とか、『学力を上げたい』とか……。『恰好良くなりたい』とか♪」
「ない」
「…………」
「そんな顔すんなよ。無い物は無いんだ」
先ほど俺が思いついた事ばかりを並べるものだから、つい冷たくあしらってしまった。
俺の即答に、天使は深いため息を吐く。
「――じゃ、じゃあ『人間関係』は? 人間関係で悩んでる事とかない?」
「人間関係? うーん……」
「誰かと仲良くなりたいとか、誰かとの縁を切りたいとか」
「おお、なるほどな」
天使の具体例に俺は反応した。
人間関係といえば、思い当たるのは一人しかいない。そう、相沢さんだ。
俺は彼女と仲良くなりたいと常々思っている。
この想いを何とかしてもらえるのなら、少しは天使の力を借りてもいいかなと思ってしまう。
「――その反応、少しは脈ありかな。思い当たる節があるのね?」
「ま、まあな……」
「んふふ……。話してみて話してみて♪」
天使は俺の願いが明確になりつつあることに、テンションが上がる。
一方、俺の方は好きな娘の事を話さなければならない可能性に、赤面。恥ずかしい思いで続きを話す事にためらいを覚えた。
「いや、しかし……」
「恥ずかしいの?」
――そうだよ、恥ずかしいよ!
俺は心の中で叫んだ。
そんな俺の事など知る由もない天使は、俺の願いを根掘り葉掘り聞き出そうとしつこく詰め寄ってくる。
なんだか、その姿は楽しそうで見ていてムカついた。
「――い、いや。やっぱいい。……これは俺がなんとかする」
「そんな事言わないで。私、力になるよ? 何でもしてあげる」
「…………」
天使の『何でもしてあげる』のセリフに俺は動揺した。
――何でも、何でもいいのか? 相沢さんと仲良くできるのか?
そして、相沢さんとの関係を思い浮かべて、一瞬テンションが上がる。
そんなテンションが上がった俺を見て天使の眼光が光った。
「――はいそれで決定ね」
「は? ちょっと待ってくれ」
「美幸君。自分を誤魔化しちゃだめだよ?」
「…………」
「仲良くしたい人がいるんでしょ?」
「…………」
「黙ってないで、正直に言いなさいな」
なんで俺はこんなに追い詰められているんだ? 立場的にはこっちが有利なはずなのに、何故?
「――お、俺は……」
待て待て。俺は何を口走ろうとしている?
「――んー?」
目の前には笑顔の天使。
俺はこの『何でも叶えてくれる』天使の魔の手に堕ちようとしているのか?
まるで目の前のコイツが悪魔に見えて来た。
しかし、一度火がついた俺の願いは理性では止める事ができず、相沢さんとの未来を想像して暴走。
俺はもう言い訳を言う事無く、自分の願いを素直に口にすることにした。
「――お、俺と相沢さんの仲を取り持ってほしい……です」
い、言っちまったよ。ついに言ってしまった。
恥ずかしさと焦りで感情が混沌とする中、天使は笑顔で頷く。
「――なるほど、縁結びかぁ……」
「…………」
「相沢さんって女の子?」
「あ、ああ……」
「それでその子と仲良くなりたいと?」
「あ、ああ!」
もう、そんなに確認するな。マジでめっちゃ恥ずかしい。
「――それってどういう関係を望んでいるの? 『ただの友達』関係?」
「ば、バカ! そこまで言わすつもりかよ!?」
「だって、ここはちゃんとしとかないと……ねぇ?」
「と、『友達以上』だよ!」
「なるほど…………」
ああっ、もう帰りたい! 恥ずかしさで死にそうだ。
さすがに『恋人関係』とは恥ずかしくて言えなかったが、『友達以上』と言えばこの天使にも俺の真意は伝わるだろう。
そんな俺の気を知ってか知らずか、天使は深く何度も頷いて考える。
何をそんなに深く考える? 俺はそんなに難しい事を言ったのか?
俺は自分の言い方にミスでもしたのかと、軽い焦りを覚えた時、
「――今の状態じゃ、難しいかな……。でも変えたら完璧か……」
何やら一人でぶつくさ言っている天使。
声は小声で聞き取れない。
俺は天使の言葉を聞き取ろうと、彼女に独り言の内容を確認しようとした。
「――ん? ああ、こっちの話だから気にしないで」
しかし天使は軽く俺の問いをスル―した。
なんだか嫌な予感がするが、彼女の独り言は『俺の願いを叶えるための物なのだ』と無理やり納得した。
「――美幸、大丈夫! シュミレーションは完璧に組めたわ!」
「は?」
「生き返ったら、相沢さんとメチャクチャ仲良く、そして友達以上の関係にしてあげるからっ!」
「お、おう……?」
「楽しみにしててね♪」
……なんだ、この不安感。
しかし、目の前のこの笑顔の天使を見て、俺はとりあえず身を任せる事にしたのだった。




