第三十二話 「たのもう!!」
というわけで翌日の午後。
学校終わりの俺とマキは小峰道場への道を二人して歩いていた。
いつもの恰好、いつのも持ち物。
俺とマキは何の変哲もない『帰宅中の学生』に見えるだろう。
しかしこれからしようとしている事は普通じゃない。『道場破り』という普通じゃない事をしに行くのである。
「――ヨシユキ、ボクの持って来た竹刀か木刀使う?」
マキが肩にかけた竹刀袋を触りながらそう聞いてくる。
「――いや、別にいい」
「でも道場にはこの時間、少なくとも三十人は居ると思うんだ。得物無しじゃかなり辛いと思うんだけど?」
「そうかな? お前は少し好戦的過ぎだ。目的は道場の門下生じゃない事を忘れるな」
「えっと……?」
――マキは一体何を言っているんだ?
「――おいおい、お前は本当に全滅させるつもりだったのか?」
目的が『元さんを倒す事』なのに、関係ない人間まで倒す必要があるのだろうか。もしマキが全滅させるつもりならフィクションに影響され過ぎだと思った。
俺は冗談交じりにそう聞いてみると、マキは『そのつもりだけど?』と心底驚いた様子で答える。
「――マジか、お前?」
「うん」
即答だった。
「――あのな……。目的は『道場で一番強い奴』を倒して俺の婚約者の席を空席にする事だ。余計な戦闘は控えた方が賢明だ」
「でも、道場破りなんて馬鹿げた事をするんだから、何が起こるか分からないよ? 行ってみて『はい、分かりました』で元さんが闘ってくれる確証はないんじゃないかな?」
「確かにそうだが……」
「第一、君は今女の子だ。相手の元さんは真面目な人なんでしょ? そんな人が『女の子と本気で闘う』事なんて出来るのかな?」
「それは……」
確かに言われてみればそうだ。
俺が元さんの立場なら絶対闘わない。女の子を殴るなんて不可能だ。
「――こっちが軽い気持ちで道場破りをしようとしている訳じゃ無い事をみんなにアピールしないと……。それこそ、全滅させる勢いで相手側に危機感を与えないとダメだと思う」
マキはそう言って気合を入れていた。
――なんでお前はそんな物騒な考えを持っているんだ??
昨日から道場破りを提案した時からノリノリなマキに苦笑する。
しかし、マキの言い分を聞く限り彼女の言いたい事も分からなくもない。
たった二人の少人数で道場破りをしようとしているのだから、向こう側からしてみると『ナメている』と思われても仕方がない。
というか、道場破りという事自体を冗談だと思われかねない。
「――うーん……」
「ヨシユキ?」
「確かにお前の言う通り、こちらが本気で挑むという意思を見せつけるのはいい事だと思う。上手く行けば元さんが俺と闘ってくれるかもしれない」
「ボクもそう思う。門下生を順番に倒していって、元さんと闘うのがベストじゃないかな?」
「と、いってもかなり疲れそうだけどな。俺の体力が持つかどうか心配だ」
只でさえ俺の身体は男ではないのだからそれが心配だった。
学校でのラクロスの筋肉痛もまだ残っている。
つまりは俺の身体は万全ではなかった。
「――そのためにボクが居るんじゃないか」
「え?」
「門下生の相手はボクがするよ。君は元さんと闘う事を考えていればいい」
「……お前、数十人の門下生全員と一戦交える気かよ?」
「……ん」
「……どうなっても知らねぇぞ、俺は」
「この身体になってから体力は増えたんだ。男の身体っていいよね」
マキはやる気満々で俺の心配は届いていない。
始めから闘う事を見据えて行動しているようだった。
しかしマキが闘って『マキ君大活躍の巻』状態になれば俺の負担はかなり減るだろう。
――後は元さんが俺と本気で闘ってくれるかどうかだが、さて……。
俺は考える。
しかし状況は思っているほど簡単かもしれない事に気が付く。
――要は真面目な元さんの性格を利用すればいいんだ。
というのも、元さんは誰よりも友情を重んじ、仲間を大切にする素晴らしい人であるからだ。勿論、そのためには自分を犠牲にすることも躊躇しない。
そんな彼が目の前で仲間である門下生たちを倒されていけば黙っている事が出来ない事は明白で、必ず俺たちに怒りを覚えるだろう。
しかも俺は前日に、彼の弟子である門下生三人を張り倒しているのだから、俺に対して快く思っていないのは明白だ。
あの三人、骨折までとはいかないが、結構な怪我になっている可能性がある。
そんな怪我をさせた俺に、いつまでも『女は殴れない』と言っていられるだろうか。
俺は否だと思う。
――俺の事よりも義侠心が勝ってくれれば、俺と闘ってくれるかもしれないな……。
「――ヨシユキ、さっきから何を考えてるの?」
「ん? ちょっとな……」
俺は今考えた事をマキに話す。
要は、元さんが俺と本気で闘ってくれるかどうかの可能性の話だ。
「――そ、そんなこと考えてたの?」
「ああ。元さんの義侠心が勝って、俺を敵だと認識すれば……」
「元さんはヨシユキと本気で闘ってくれるかもしれない……と」
「そういうことだ。もしそれでも俺を敵だと認識しなければ、適当に暴れて挑発でもしよう。それならさすがに彼も怒ると思う」
「な、何だか、今回の君はそうとう『嫌な奴』だね。そこまで悪知恵が働くとは思わなかったよ……」
「ああ、自覚はある。今回はその路線でとことん突き進むつもりだ。勿論お前も同類だぞ。なにせ俺の相棒なんだから」
「……う」
「な、なんだよ? 今更後悔か?」
「それによく似た感情が込み上げて来ているのは否定しないけど、まあ仕方ないね。今回の一件を提案したのはボクだし、最後まで君に付き合うよ」
俺とマキはそんな事を話しながら、決戦の地へと赴いた。
「――おい、今日も来たぞ」
「ミユキお嬢さんだ……」
道場の門をくぐって、道場内に入る。
すると門下生から声が上がった。
「――学校帰り??」
「隣の男子は誰だ?」
俺やマキに視線が集中する。
ヒソヒソと陰口が叩かれるが、とにかく無視して俺たちは奥に向かう。
――ドン! ドン! ドガッ! ゴスッ! ズドンッ! ガィン……!!
到達したその場所では、元さんがサンドバッグを殴りつけて鍛錬していた。
一撃一撃が速くて重そうだ。
何というか、さすがと言った所だろう。
周りの門下生も俺とマキを視線で追い、注目している。
昨日の今日だから、『どうなるのだろう?』という好奇心で、練習どころではないようだった。
「――ん?」
元さんが俺とマキをサンドバッグ越しから覗く。
俺はそんな彼に軽く会釈。
マキも俺につられて会釈していた。
「――ミユキちゃん……」
「どうも……」
元さんはゆっくりと俺たちの方へ歩いてくる。
微妙な緊張感。
門下生たちも俺たちと元さんの事が気になって仕方ないようだ。
「――今日は何の用かな? おっと、見ない顔が居るね。同級生かな?」
結構普通に話しかけて来てくれる。
俺もマキもそんな元さんに無言で様子を伺ってしまう。
マキは律儀にも自己紹介までしていた。
「――水鏡君か。初めまして。望月元です。よろしく」
「あ、どうも。ご丁寧に……」
そして握手。
――おいおい。なに打ち解けてるんだよ……。
俺はそんなマキに咳ばらいをした。
「――っと、そうじゃない……。すみません元さん」
そうマキは言い放つと、元さんから距離を取って俺の隣に戻る。
「――……おやおや、なんだか同級生をただ連れて来たワケじゃないみたいだね?」
「まあそんな所です」
「要件を……聞こうかな?」
再び上がる緊張感。
俺はゆっくりと口を開いた。
「――その前に、今日はおじいちゃんと師範代は来ていますか?」
「え? そ、そうだね……。師匠と父さんはもう少ししたら来るんじゃないかな?」
「そうですか……」
つまり、今この道場で一番なのは元さんという事になる。
始めから、目的は目の前の元さんだが、この人と闘っている所をジイさん達に見てもらわなければならない。
後で来るなら問題は無いと判断して、話を続けた。
「――そう言う事なら問題は無いですね……」
「えっと、話が見えないんだけど?」
「元さん」
「な、なにかな??」
俺と向き合う元さんに用意していた言葉をぶつける。
「私たちは、道場破りに来ました」
一瞬の間。
唖然とする道場。
目の前の元さんも驚いていた。
「――聞こえましたか? 道場破りですよ。道場破り。下っ端から順番に倒していって、看板をもらって帰るアレです」
「…………は?」
「だから、道場破りですって」
「いや、聞こえてるけども……。冗談?」
「本気です」
「…………」
全く理解が追い付いてないような元さん。
まあ、俺が逆の立場だったら同じような反応をしたと思う。
しかし、俺たちはマジだ。
隣のマキも真剣な表情で元さんを見ていた。
そんな俺たちの態度に、周りの門下生も動揺している。
「――な、なんだ?? 何が起こってる?」
「道場破りって……」
「昨日、あんな問題起こしといて、また問題起こすつもりか? ミユキちゃんは……」
ヒソヒソと小声で何か言われているが、俺たちには聞こえない。
「――冗談じゃないのか?」
「ええ。本気ですよ」
「なんで……?」
「簡単な話です……」
そこで俺たちがこんな事をしようと思った経緯を簡単に説明した。
跡継ぎ問題の事はデリケートだが、元さんは関係者だ。説明を省くというのは考えられない。
――まあ、それでこんな事をしている俺たちは、かなりの問題児だが……。
「――そ、そんな理由で……??」
「そんな理由じゃありません。私達は真剣なんです」
「メチャクチャだ……」
「はい……。自分でもそう思います」
本当にそう思う。もっと他に方法があったかもしれないが、相手は頑固なジイさんだ。
子供の喧嘩に巻き込んだみたいで申し訳ない気持ちでいっぱいだが、ここは引けない。
「――ミユキちゃんは、昨日の事を謝りに来たんじゃないんだね?」
「え?」
瞬時に緊張感が上がる。
「――俺はてっきり昨日の事を謝りに来てくれたのだと思ったよ。だけど見当違いだったようだ……。あの三人は怪我をしたんだけどな……」
「…………」
元さんが怒っている。
声のトーンからすぐに分かった。
「――おい、聞いたか?」
「あのミユキちゃんがついにキレた?」
「婚約問題に異議があるのは分かるけど、それで道場破りって……」
「なんというか、メチャクチャだけどそこが可愛いというかなんというか」
「バカ! 昨日のアレを見ただろう? ミユキちゃんってマジで強いぜ?」
「じゃあ、本気って事か?」
「あの男子学生が助っ人って事だろうな……。多分マジだ」
相変わらず外野が何か言っているが、目の前の元さんが気になってそれどころじゃない。
「――ミユキちゃん。謝ってくれるかな? あの三人に」
「え?」
「君はまだ子供だけど、やっていい事と悪い事の区別がつく年齢だ。子供だからって何でも許されると思っちゃいけない……」
「確かにそうですが、私は謝りません」
「ミユキちゃん!」
「私は攻撃する前にちゃんと言いました。『痛い目を見ますよ』って……」
「そ、そんな……。そんな事……」
元さんが俺を見て拳を震わせている。
――ここまでは作戦通りだ。俺の言葉に元さんはかなり感情を露わにしている。後は対等に俺と闘ってくれる舞台を作れば百点って所だろう。
「――ヨシユキ、なんて悪女だ……」
俺の演技に引っかかってる仕掛け人が一名いるが、放っておく事にしよう。
「――ミユキちゃん。これ以上俺を怒らせないでくれ。君が婚約問題で俺の事を快く思っていない事はよく分かるが、あの三人は無関係だったんだよ? それなのに君は謝らないというのかい?」
確かに心苦しい所はある。
昨日は俺も頭に血が上っていたから本気で手を出したが、頭を冷やした瞬間、やりすぎたと反省した。
しかしその感情を元さんに悟られてはいけない。
ここで演技だと見破られてしまえば目的が達成できない。もう今日、俺は悪人になる事を決めていた。
「――謝りませんよ。どうしても私を謝らせたいなら、私に勝ってください」
「ミユキ……ちゃんっ!」
「条件はそれです。勝ったらです」
俺は宣言する。
元さんはその宣言に眼を鋭くして俺を見ていた。
「――…………」
「相当怒ってますね?」
「…………」
「見ればわかります。私を殴りたいと考えているのでは?」
「…………」
「いいんですよ? 殴って貰っても。私は貴方と闘う為にここに居るんですから」
「お、俺は……。俺は君を……女の子を殴る事なんてできない……」
「まだそんな事を言うんですか?」
「…………」
「仕方ありませんね……。じゃあ、道場破りらしく闘わざるを得ない状況を作らせてもらいましょうか……」
「み、ミユキちゃん? 何を?」
元さんが俺を見る。
「――この道場の人間全員倒したらどうなりますかね? 貴方は道場の一員として私達、道場破りと闘わなければならないんじゃないですか?」
俺はそんな彼の視線を無視して、笑う。
そして、
「――門下生の皆さん! 私達と闘ってください! もしこの中で私やマキに勝てたらその人の願いを可能な限り叶えてあげます! 私と結婚したい人が居るなら結婚だってしてあげますよ!!」
大声を張り上げて宣言してやった。
「「………………」」
その大声に反応できずに元さんとマキは固まっている。
門下生の皆も同じような反応だったが、俺の煽り宣言が功をなしたのか、徐々に声が上がっていき、
「――け、結婚……!?」
「お、俺にも、お嬢さんとキャッキャウフフできる可能性が……!?」
「こ、コイツは素敵なチャンスだぜ!!」
そんな気味の悪いセリフが聞こえだす。
終いには大きな咆哮へと進化し、俺とマキは門下生に囲まれてしまった。
「――み、ミユキちゃん。君はそこまでしてなんで……?」
元さんが俺を心配そうに見てくる。
「――初めに言ったはずですよ。これは私の……婚約問題に対するケジメです。嫌なものは嫌だという反抗でもあるんです。だから元さん……、今日は嫌でも私と闘ってもらいますからね」
「…………」
「返事は?」
「わ……」
「?」
「分かった……。ここまでされたら俺も君の覚悟を認めよう。この道場破り、受けて立つ」
「さすがです、元さん……」
「だけど、この人数に勝てるのかい? 君たちが負けたら大変な事になるよ?」
「ご心配なく。私達は負ける気なんてありませんから……」
そう言い放つと、元さんはゆっくりと引っ込んだ。
どうやらまず、この大人数の門下生たちと闘わせるつもりになったらしい。
つまりは、俺たちを『道場破り』として認めたということだった。
「――ヨシユキ?」
「なんだ?」
「みんな鼻息が荒いよ? 君の事ばかり見てる……」
「そうだな……。視線だけで妊娠しそうな勢いだ」
正直、周りの男どもの視線が怖すぎた。
これが貞操の危機という感覚なのだろうかと考えてしまう。
「――どうしよう? ヨシユキ」
「どうするって……。闘うしかないんじゃないか?」
「そんな呑気な……っ」
マキは今にも飛びかかって来そうな門下生の剣幕に、持っていた竹刀袋から木刀を取り出した。
そして残る竹刀を俺に渡す。
「――これ使って! さすがに得物無しじゃキツすぎるからっ!」
俺は流れるような動作で竹刀を受け取り、マキと背中を合わせて構え、門下生たちと対峙した。
俺たちを中心に円形で囲む門下生たち。
得物を持って構えた俺たちを見て、一瞬怯んだ門下生たちだが、自分たちが人数で有利だと再確認すると、ジリジリと間合いを詰めて来た。
徐々に組まれた円形が壁となって俺たちに迫る。
まさに危機的状況で不利だった。
数の暴力は何事にも勝る力を持っているが、俺とマキはその人数に立ち向かわなくてはならない。
――作戦なんて無い。やるだけだ!
「――マキ」
「なに?」
「俺は逃げながら闘って、体力を温存する。お前には負担をかけるかもしれないがよろしく頼む」
そうだ。
俺にはまだ元さんというボスが残っているのだ。
ボス戦を前にこんな雑魚相手に無駄な体力は使っていられない。
「――言われなくても、ボクは君を守る為にここに居るんだ。最初から君に指一本触れさせるつもりはないよ」
「頼もしいな」
本当に頼もしい相棒だ。
今のマキは男なので、やたら格好良く見えた。
「――じゃあ、マキ先生。お願いしましょうか?」
まるで時代劇の用心棒に頼むように、マキに声をかけると、マキは頷く。
そしてその頷きと同時に、門下生たちは一斉に俺とマキに襲い掛かって来たのだった。




