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第三十一話 「思い立ったが吉日」

「――姉さん!!」


 まるで俺の溜め息を消し去るような大きな声で呼ばれた。

 ふと前方に視線を向けると、俺の家の玄関口で美月が仁王立ちしていた。

 さて、現状を説明すると、俺は帰宅中。

 そして今ちょうど自宅へ辿りついた所である。そこへ美月が大声を上げたというワケだが、どうも美月は怒っているようだった。

 ――あの様子じゃ知ってるな……。

 俺がそう思うよりも早く、美月は俺に駆け寄る。


「――姉さん、さっきおじいちゃんから電話があって……」


 ――やっぱりな……。

 道場での一件は、美月に知られているようだった。


「――なんであんな事をしたんですか!? というか、門下生の人に暴力を振るったって……。全然、姉さんらしくありませんよ!?」

「そう……」


 俺は美月の横をすり抜けるように玄関の扉を開けて、家に入った。

 美月は俺の事を呼び、慌てて後をつけてくる。


「――姉さん! 話を聞いて下さい! いいえ、話してください! なんで道場で暴れたんですか!?」


 美月は必死だ。その表情はおれを心配しているのがよく分かる。

 俺はそんな美月を無視しながら、冷蔵庫を開けお茶を入れる。

 コップ一杯のお茶を一気飲みすると美月と向き合った。


「――……全ては私の勝手だよ」

「え?」

「簡単な話……。私はおじいちゃんの言う『跡取り』の話がどうしても納得いかなかった。ただそれだけだよ。まして婚約者がいるなんて……」

「…………」


 俺の言葉に美月は黙り込んだ。

 やはり美月も跡取り問題を知っているのか、元さんの事を言うと目を伏せる。

 俺と美月にとってこの問題は重要なものだ。それも将来の事を左右する問題である。小峰も跡取りの事を考えるジイさんの事も分かるが、俺はそんな横暴は許せない。

 しかも、俺が『男』じゃない以上、婚約を破棄すると美月が婚約させられるという二重の問題に発展してしまう可能性がある。

 俺はなんとしてもそれだけは回避したかった。

 今はいい案は浮かばないが、何とかしなければならない。俺は美月のため、自分ミユキさんの為ため、知恵を絞って考える。

 そんな俺が『思い悩んでいる』ように見えたようで、美月は咄嗟に口を開いた。


「――姉さん。私……」


 何か言おうとしている。しかもかなり嫌な予感だ。

 案の定、美月は苦しそうな表情をしている。


「――私が元さんと……」


 やはりそうだ。

 美月は俺の為に、自分が身代わりになろうとしている。

 俺はもうこれ以上美月に言葉を言わせたくなかった。

 ――美月……。

 俺は咄嗟に美月をゆっくりと抱きしめる。


「――姉さん?」


 徐々に力いっぱい抱きしめて美月に言い聞かせた。


「――大丈夫。何も言わないで。私が全部、何とかするから……」

「でも姉さん!」

「いいから、美月は何も心配しなくてもいい。跡取り問題は私が片付けるから、もうそんなバカな事を言おうとしないで」


 美月は黙っている。

 しかし、俺の腕の中で目に力を込めると、俺を見つめて来た。


「…………最初から私が婚約しておけば良かったんです」

「え?」


 ――何の事だ?

 美月は小さく呟くが、俺は聞き逃さなかった。

 そんな俺の反応に美月は続ける。


「――私達は小峰の人間です。小峰の娘です」

「…………」

「男の子がこの家に居ない以上、伝統ある道場の跡継ぎは、長女である姉さんに任せられます。姉さんは幼い頃より、おじいちゃんにそう言い聞かせられていましたよね?」

「…………!?」


 初耳だ。

 俺……いや、ミユキさんがそんな環境に置かれていたとは、知る由も無かった俺は軽くショックだった。


「――あれは姉さんの婚約が決まった日です。あの時ほど、理不尽な事は無いと思いました」

「理不尽?」

「そうです。少なくとも私はそう思いました」

「…………」


 美月の言う事がよく分からない。

 コイツの言っている言葉は俺に対してじゃない。ミユキさんに対しての言葉だ。

 だからこそ、変な問いかけはせずに、俺は美月の言う事を黙って聞いた。


「――おじいちゃんに……言われましたよね? 『全てワシに任せておけばいい。心配はいらない』って」

「え?」

「勝手に話が進んで何もかもが決まった後って感じでした。姉さんは何か言いたそうにしていましたが、何も言えず顔を伏せていただけで、暗い表情をしていました」

「……………」

「あの顔を見た時に、私は姉さんがこの話を受け入れていない事が瞬時に分かりました」


 ――そんな事が?

 確かに美月の話を聞いていると、ミユキさんの気持ちはよく分かる。

 というか、誰だってそうだろう。

 いきなり『誰々と結婚しろ』なんて言われても戸惑うだけだ。


「――でも姉さんは反論する事も無く、この話を受け入れてしまいましたよね? 一瞬私に視線を向けた後、自分に言い聞かせるように……。それはまさしく、私を気にしているようでした」


 ――ミユキさんがこんな話を受け入れた? 諦めていたという事か? ……いや、待てそうじゃない。

 美月が『私を気にして』と言った以上、考えるまでも無くそこに理由がある。

 ――ミユキさんは分かっていたんだ。自分が跡取り問題を受け入れないと、妹にその矛先が向くことを。

 いわば、ミユキさんは美月の身代わりの為にジイさんの言う通りにしたのだろう。

 ――ふざけるな。こんな事を見て見ぬ振りをするほど俺は甘くない。

 先ほどの道場での怒りがまたぶり返してきた。

 俺は何としてもこの問題を解決しようと改めて決意した。


「――姉さん、私……。私にできる事はありませんか? 姉さんがそんなに思い悩んでいる姿は見たくないんです……」


 心配してくれる妹に、俺は微笑んだ。


「――何度も言わせないで、美月。私が何とかするから……」

「……何とかできるんですか?」


 美月の問いに、俺は抱きしめていた手を離して笑顔を作る。


「――多分ね……」


 そして頭をポンと撫でながら美月に背を向けた。


「――姉さん……」


 背後で美月の声がする。

 俺はそんな妹に、


「――ああ、そうそう。悪いんだけど、今日の晩ご飯は自分で用意して。私は部屋でいろいろ考える事があるから……」


 そう言い残して自室に向かう。

 暗に、ジイさんと会いたくないという意思を伝えた。


「――え?」

「おじいちゃんが帰って来たら『私は怒ってる』って言っておいて。こういうのは態度で示さないと……」


 戸惑う美月に軽く手を振りなら、冗談交じりにそう言うと、


「…………子供みたいですね」


 美月は少し笑いながらそう返事してくれた。


「――私、まだまだ子供だから」


 そう言い残すと、美月は今度こそ吹き出して笑った。



『――それで、ヨシユキはおじいさんと喧嘩したと……』

「ああ、そうだ」


 俺はいつの間にかマキに電話をしていた。

 なぜ電話をしたのかは分からないが、気がつけば身体が勝手に動いていた。

 と、言っても今の俺にはコイツが一番の味方だ。俺はマキに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。


『――…………』

「なんだよ?」

『別に何でもないよ』

「なんでそんなに不機嫌そうなんだよ?」

『ボクは不機嫌じゃない』

「そうかい」


 ――何なんだ、マキのやつ。いきなり様子が変わったぞ?

 俺が小峰の跡取り問題の事を話し出したら、急に態度が変わった。特に俺に婚約者が居る事を教えた時が一番不機嫌になった気がする。


『――とにかく』

「??」

『ヨシユキが道場で反論してくれてよかった……』

「そ、そうか? お前の事だから『もう少し大人しくしろ』と言われるのかと思ったが……」

『普通はそう言うよ。君は今女の子だし、可愛いし……』

「んん??」


 ――可愛いは関係あるのか?


『――コホン。ヨシユキは良くそこでおじいさんに意見したと思う。そのまま何もせずに帰って来てたら、ボクが道場に殴り込んでいたかもしれない』

「なんで!?」

『ボクはそんなくだらない跡取り問題で、君が結婚させられるのが我慢できないんだ』

「そ、そうなの?」

『……ん。君はボクの大切な幼馴染だ。そ、それに』

「それに?」

『よ、ヨシユキの恋人はボクだ』

「はあっ!?」


 ――何を言い出すんだ、コイツは。

 そんな天使の仕業で作られた設定をここで持ち出さなくてもいいだろうが。思わずマヌケな声が出てしまった。


「――ま、まあ恋人云々の話は置いておいてだ。お前は俺を心配してくれているのか?」

『当然、そうだよ。「幼馴染」として君が心配なんだ。こんな理由で不幸になってほしくないし、美月ちゃんの事もあるから』


 さすがマキだ。美月の事も気にしてくれている。

 本当に良い幼馴染だ。


「――すまん。お前という味方が居て嬉しいぜ」

『……ん』

「しかし、一体俺はどうすればいいのか……。ジイさんに啖呵を切ったのは良いが、何も考えてなかったんだよな……」

『感情的になりすぎてって感じかな?』

「そう言う事だ」


 俺はそこで溜め息を吐いた。

 威勢が良かっただけで、あまりにもノープランすぎた自分に反省。

 しかし何とかしなければならない。

 美月を守る為。

 そして何より自分ミユキさんの為にも俺が何とかしなければならない。

 ――どうしたものか……。

 頭を抱える勢いで、ピンチだった。

 そこへ、


『――ボクも何か出来そうだし、協力できない事もないんだけど……。でも、この方法は…………えーっと、でも……』


 マキが歯切れの悪い事を呟く。

 何か現状を打開できそうな思わせぶりに、気になって仕方ない。

 俺は思わずわらにでもすがる思いで聞き返した。


「――おい、何か言いたそうだな。言ってみろよ」

『うーん……』

「マキ?」

『……こんな事勧めるのは嫌なんだけども……、状況が状況だから仕方ないかな』

「??」


 何の事だろうか。

 マキがやたら言い淀んでいる。


「――おいおい、ハッキリ言えよ。何か手があるのか? このふざけた現状を打開できる方法が……」

『無い事は無いと思う』

「ほ、本当か!? 何か解決方法が!?」

『落ち着いて、ヨシユキ。『方法』と言っても出来る事は限られてるんだけどね』


 すごいな、俺なんか何も思いつかなかったのに。

 俺は早速マキに話してもらう事にした。


『――おじいさんは小峰道場を継げる「強い人間」を欲しているんだよね?』

「そうだな」

『それでその元さんが選ばれたんだよね?』

「あ、ああ……」

『じゃあ、もうその元さんを婚約者候補から外してしまうのはどうかな?』

「ど、どういう事だ??」


 本当に意味が分からない。


『――どういう事も何も、言葉の通りだよ。向こうが話を聞いてくれないなら、話を聞くように仕向ければいい。婚約者候補の元さんを排除して、おじいさんに話を聞いてもらうんだ。「私は結婚なんてしない」ってね』

「お、おおう??」

『まだ分からない?』

「ああ……」

『道場破りだよ……』

「はあっ!?」


 ――道場破り!? 道場破りってあの道場破りだよな!? ちょっと話が唐突すぎて見えないぞマキ!!

 俺はその思いをマキに伝えた。


『――この婚約問題は跡継ぎ問題から発展している。つまり、今道場で認められている元さんはその跡継ぎの条件をクリアしているということになるよね?』

「そ、そうだな」

『その条件って何? さっきも言ったように彼が「強い人間」だからだよね?』

「その通りだ」

『だったら、その「強い人間」より更に「強い人間」が現れたらどうなるのかな?』

「そ、ソイツと俺が婚約する??」

『そうだけど、その「強い人間」が君の場合は?』

「え?」

『もっと簡単に考えよう、ヨシユキ。君が道場破りをして小峰道場で一番になるんだ。君が道場で一番なら、婚約者問題なんて霞むよ』


 ――マキが珍しく饒舌だな。

 というか、この問題の話をしだしてから驚く単語を次々と上げてくる。


『――おじいさんが認めた人より強い人が自分の孫なんだ。それなら文句も無いと思うんだ。というか、説得の足掛かりになるのは間違いない』


 ――そ、そうかぁ?? 俺はそうは思わないんだが……。というか、ジイさんは跡継ぎに『男』が欲しいワケで、俺が道場で一番になってもあんまり意味が無いように思えるんだが。

 俺の考えも無視してマキは話し続ける。


『――要は君が「誰よりも強い」という事を証明出来ればいいんだよ。……おじいさんが跡継ぎに「男」が必要だと考えているなら、君がその人たちを全員倒せばいい。そうすれば婚約者の席は空席のままだ』


 ――ナルホド。そう言う事か。

 そうして空席を作り出して、まずは『時間稼ぎ』をするわけか。『時間稼ぎ』に成功すれば、その時はジイさんも俺の話を聞いてくれる状況だ。そこから説得をすれば問題解決の近道になる事は間違いない。

 しかし、それをするには一つ問題がある。

 そう、『俺が闘わなければいけない』という事である。

 昔の、『男時代』の俺ならそれも可能だったかもしれないが、今は『女の子』だ。身体の負担やその他の問題もある。

 ――勝率が悪すぎる……。

 しかも自分の家の道場に『道場破り』なんて前代未聞だ。

 俺はどうすればいいのか分からなくなっていた。


『――ここが正念場だよ、ヨシユキ。ミユキさんの為、美月ちゃんの為、そして自分の為に頑張るしかないんだ。分かるよね?』

「…………」


 そうだ。この状況を打破出来るのは自分でしかない。マキの言う通りだ。

 他人に闘ってもらっても意味が無い。

 ――俺がやるしかないんだ!!

 マキの言葉で俺は迷いを捨てた。


「――頑張って……みるか……」

『ヨシユキ?』

「お前の案に乗ってみるよ。道場破りも悪くない……」


 俺がそう呟くと、電話の向こうでマキが笑った。


『――その気になったんだね?』

「ああ……。これは俺が……俺しか解決できない問題だ。ミユキさんの身体に無理をさせるが、久しぶりに本気の本気で闘うよ」

『……一人で行くの?』

「勿論」


 正直辛いが、ここは出来るだけやってみようと思う。


『――助っ人は要るかな?』

「え?」


 再び笑うマキに俺は驚いた。

 ――これは……??

 マキは俺の疑問の声より先に提案した。


『――ボクも一緒に行くよ。流石に君一人じゃ無理だと思う。元さんは君が倒すとして、雑魚の相手くらいはボクがしたっていいはずだよ?』


 ――コイツは本当に……。

 俺は嬉しかった。

 ――でも、こんな事にマキを巻き込んでしまうのはどうだろうか。


「――本当に良いのか?」

『聞くだけ無駄だよ。こんな事、ミユキちゃん一人に放り投げる事なんて出来ない。ボクは君の恋人なんだから』

「ははっ、またそれかよ……」


 マキの冗談は俺の心を軽くした。


『――ボクは本気なんだけどな……』

「あ? なんだって?」


 急に小声になったマキに聞き返すが彼女は応えず、代わりに咳払いをして、言葉を続ける。


『――何でもない。とにかくボクは君に協力するよ。出来る事は何でもしたいんだ』

「本当にすまないな」

『竹刀か木刀は持って行っていいよね? 道場破りなんだから』

「ああ、ルールは無い。何でもアリだ」


 そうだ、これは自分の主張を通すきっかけのようなものだ。冗談抜きで真剣に向かって行く所をジイさんに見せつける必要がある。

 暴力というやり方に問題があるが、ここは仕方ないと考えるしかない。なにせ時間が無いんだから。


『――いつにするの? 道場破り……』

「時間も余裕も無い事だし……」

『ヨシユキ?』

「明日だ」

『え??』

「明日の午後。学校終わりの時間に行くぞ。その時間帯なら元さんやジイさんも居るハズだ」

『き、急だね。もっと周到に用意をするものだと思った……』

「お前には悪いが、明日に決行だ。一分一秒だって勿体無い。俺は早くこの問題を解決したいんだ」

『――そう……。じゃあもう何も言わないよ。ボクも覚悟を決めよう』


 何だか男らしいマキだが、俺も男。一度決めた事は変更しない。

 俺たちはこのまま、明日の打ち合わせをして電話を切った。

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