第三十話 「婚約者現る」
俺の大声が道場中に響き渡った。
その声に小峰の門下生たちが一斉に俺とジイさんを見る。
隣の元さんや、向かいの秋一さんも目を点にして俺を見ていた。
「――ど、どうしたんじゃミユキ。そんな大声を出して……」
ジイさんは心底驚いた様子で俺を心配する。
「――大声も出したくなる! 俺に婚約者!? ふざけるな!!」
「ふざける? ふざけているのはお前じゃぞ。そんな乱暴な言葉使いして……。女子なのだから、少しは自覚というものを持たなくてはいかん」
いかん。あまりの展開に素になってしまった。
俺の言葉使いに、先ほどと同じように周りの人間が『何事か』と俺を見ている。
恥ずかしい気持ちに襲われた俺は、一度咳払い。頭を切り替えて冷静になる。
「――と、とにかく! 婚約者なんて話は聞いてないよ! というか、そんな話認めたくないし、考えられない! 今すぐ考え直して! おじいちゃん!!」
「考え直すも何も、これは決定事項だ。今更変更は無い。秋一とも話し合って、婚約の話はまとまっているんじゃ」
「そんな話は知らないって! 秋一さんや元さんには悪いけど、私は結婚する気はないってば!」
「何をバカな事を言っているんじゃ。これは小峰の跡取り問題なんじゃぞ。お前には悪いが現実を受け入れてくれなければ困る」
「なんて横暴な……。こういう事はどんな事情があろうとも本人の意思が尊重されるべきだと思う。それをこんな無理やりなんて……」
「そう言っても仕方がないじゃろう。ウチには男がいないんだ。お前しか適任が居ないのじゃよ……」
――全く、何てことだ。
確かにジイさんの言う事も分からなくはない。
一族に男が居ない以上、跡継ぎ問題は難問だ。しかも俺は表上『か弱い女の子』で通っている。つまり、武道の経験が無い素人なのだ。そんな人間が小峰の六代目になんてなることは出来ない。
それにもし俺が元さんと結婚しなければ、代わりに美月が結婚させられてしまうかもしれない。
何としてもそれだけは阻止しなければ。
――どうしたものか……。
考えてみるが答えが見つからない。
スマートに解決するには俺が元さんと結婚するのがベストなんだろうが、そんな解決の仕方は論外だ。
「――おじいちゃんの言いたい事は分かるけど、やっぱり嫌なものは嫌なの!」
いい言葉が出てこない俺は、そう言うしかなかった。
「――それは無理だと言っとるんじゃろうが……」
この後も口論は続いたが、結婚したくない俺と結婚させたいジイさんでは話が合わず、話は平行線を辿るばかりだ。
「――まあまあ、二人とも落ち着いて……」
間に秋一さんが入ってくるが、俺もジイさんも彼を無視。
そんな様子に元さんも困惑していた。
「――だから、私は結婚は嫌なんですってば! それにそんな跡取り問題で元さんを巻き込むのは感心しない!」
「お前にも、元君にも悪いと思ってる! だが元君は納得してくれてるし、お前を幸せにしてくれると誓ってくれたんじゃ!」
俺は驚いて元さんを見る。
「――…………」
彼は無言で頭を掻きながら照れていた。
――もしかして俺、好意を持たれてる??
そんな嫌な予感が脳裏をよぎった。
頼むからそんなフラグは立たないでくれ。俺ほどハズレな女は居ないぞ。
「――な、何度も言うけど、私は絶対に結婚は嫌! 結婚するなら……す、好きな人とがいいです!!」
「相手を判断するのはワシだ。何度言わせる?」
ジイさんの目が真剣だ。
このまま行くと本気で怒りそうだ。
「――いいか、ミユキ? お前に好きな相手が居るのかは知らんが、交際などはワシが認めた『強い男』とでしか認めん。小峰の後を継ぐ者は強者でなければならないんじゃ。その点、元君なら安心して小峰を任せられる」
――強い男ねぇ……。確かに元さんは強いが、やはりこんなバカげた話に納得がいくかよ……。
「――……おじいちゃん」
「なんじゃミユキ? そろそろ諦めたか?」
「そんなわけない! とにかく私は嫌だからね!!」
頭が回らない。
感情だけが表に出て来て、良い解決策が出てこない。言いたい事だけが言葉になって、それを主張するしか出来なかった。
俺はとにかく『結婚は嫌だ』という事を一方的に言い放つと、踵を返して道場から出て行こうとする。
「――おい、こら待たんかミユキ! まだ話が終わっとらんぞ!!」
後ろでジイさんが叫んでいるが、俺は無視して歩き続ける。
俺とジイさんのやり取りを見ていた門下生たちが、俺の歩く道を自動的に開けてくれる。それだけ俺が不機嫌そうに見えたのかもしれない。
とにかくみんな俺に気を使ってくれていた。
そして俺があともう少しで出口へ辿りつこうとした時、
「――誰かミユキを止めろ!」
ジイさんが門下生たちに命令を下す。
門下生たちは一瞬戸惑うが、もう一度命令されて何人かが俺の目の前に立ちはだかった。
「――どいてください……」
俺は低い声で目の前の門下生たちに言い放つ。
俺とジイさんの問題に巻き込まれたこの人たちには悪いが、俺も冷静ではない。言い方が八つ当たりのようになってしまっていた。
そんな俺に、目の前の門下生たちが困り顔で俺を止める。
しかし冷静ではない俺は苛立ちしか募らない。
目の前の門下生たちに明らかな敵意を持っていた。
さすがに殴ったりしようとは思わなかったが、無視を決め込んで彼らの横を通り過ぎようとした。
いわゆる『シカト』である。
しかし、俺は肩を掴まれてしまう。
掴まれた肩を見てみると、そこには門下生の手があった。
「――…………」
無性に腹が立った。
いくら道場主のジイさんに命令されたからといって、ここまでする必要があるのだろうか。俺に気を使う素振りを見せていた彼らなら、ジイさんに協力するふりをして俺を行かせてくれると思っていたのだが、どうやら俺の思い違いだったらしい。
「――放して……」
咄嗟に俺は肩を掴んでいる門下生に言い放った。
俺の言葉に、彼は首を横に振る。
暗に『行くな』と言っている事はすぐに分かった。
そして次の瞬間には俺は門下生三人に、前方を塞がれていた。
「――どいてください……。どかないと痛い目を見ますよ?」
もう俺はイライラで頭がいっぱいだ。目の前の門下生に忠告したのが不思議なくらいだった。
「――ミユキちゃん……」
「師匠もああ言ってるから……」
「悪いけど、戻ってくれるかな?」
相変わらず、俺を帰す気は無いらしい。
――そうかい。ならば……。
「――これが最後です。……どいてください」
いわゆる『最後通告』をしてやった。
これ以上俺を止めるなら、もう後は知らない。
そんな風に言ったつもりだったのだが……。
「――凄んだって無駄だよ」
「そうそう、大人しく言う事を聞いてほしい」
「……悪いけどほら、回れ右して」
もう後の事は覚えていない。
最後の奴が俺の肩にもう一度手を触れた瞬間、俺の身体は勝手に動いていた。
右足で相手の足を払い、触られていた手を瞬時に除ける。フワリと宙に浮く身体に手を添えて回転を加えてやった。
そのまま半回転した相手の身体を空中で掴んで、地面に叩きつける。
――ドゴッッ!!
受け身も取らせない本気の本気で相手を倒す。
恐らく俺の技を食らったこの門下生は、何をされたのか分からないまま意識を失った事だろう。
俺はそのまま、残りの二人に向かって行った。
唖然として身動きの取れない二人目の腹に掌底。
「――!??」
腹部を押さえて前かがみになった所に掌底アッパーと足払い。
彼は見事に宙に浮いた。
俺はそのまま彼の顎に掌底からの流れで手を添え、
――ズダンッッ!!
そのまま頭から地面に叩き落とした。
「――ちょ、まって!??」
そして最後の三人目。
目の前で瞬殺された二人を見てパニックになっている門下生。
彼は俺に焦りながらも、正拳突きを繰り出した。
恐らく自己防衛の為に勝手に出た行動だったのだろう。
だが俺にはその突きがカウンターのきっかけとなる。
まず飛んで来た正拳突きを手の甲で捌き、相手の勢いを殺す。そのまま側頭部にフックのような横振りの軌道を描く打撃を加えると同時に足も払う。
払われた相手の身体は、俺の攻撃動作の勢いのまま高速で横回転した。
後はもう結果は同じだ。
最後の一人も地面に叩き落として終了。
もう俺の道を塞ぐ者は誰一人として居なくなった。
鈍い音が道場内に響き渡ると、皆が皆俺の行動に言葉を失っていた。
もう完全に空気が凍っている。
ジイさんや、秋一さん、そして元さんも驚愕していた。
俺はそんな呆けているジイさんに向かって、
「――良く聞け! いいか!? 俺を結婚させたかったら、俺より強い奴を連れてこい! 俺を倒せないようなら絶対に結婚なんてしないし、認めない! 勿論、美月にだって手は出させないからそのつもりでいろ! いいな、ジイさん!!」
そう宣言してやった。




