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第二十九話 「小峰道場」

 午後。

 日曜の午後だ。詳しくは三時過ぎになろうとしている夕方である。


「――…………さて」


 俺は通い慣れた自分の家の道場の前に佇んでいた。

 自分の家の道場といっても実家とは少し離れた位置に建設されている小峰道場は、家から徒歩五分の距離である。

 一応、ウチは空手道場という事で空手教室を開いている。生徒は大人から子供まで居るが、これが意外と評判の良い空手教室で、真剣に取り組む生徒……弟子が多い。

 とある空手部に所属している弟子はウチに通い始めて大会常連者になった程なのだ。

 というのも表向きの看板で、本当の姿は小峰流古武術の道場だ。

 勿論、小峰流ウチの技は空手教室では教えてはいない。試合ではなく人を破壊する為の闘い方をする流派など教えるわけにはいかないのだ。

 小峰流の技を知っているのは五代目継承者であるジイさんと内弟子で現師範代の望月もちづき 秋一しゅういちさん。そして俺くらいである。

 と言っても、表向きは先ほど言ったとおりの『ただの空手道場』なので空手しか教えていない。

 道場の外から耳をすませると、道場内から元気のいい掛け声や、突きなどの打撃音が聞こえてくる。

 女になってからはここには足を運んでいなかったので全てが懐かしく感じてしまう。それもそうだ。俺は男時代にはほぼ毎日ここに来ていたのだから。

 俺は少し嬉しくなって、気分の良いまま道場に入って行った。



「――…………」


 入口で靴を脱ぎ、スタスタと裸足になって道場を歩く。

 目的はジイさんに『小峰道場の跡継ぎ』について質問する事だ。

 ジイさんは道場主で一番偉いさんなので道場の奥の和室にいつも待機している。

 俺は勝手知ったる自分の道場という事で、周りを気にせず歩を進めた……のだが。


「――お、おいあれ……」

「ミユキお嬢さんじゃないか?」

「そうだよ! お嬢さんだ!!」


 道場に入って十歩も歩かないうちに周りが騒ぎ出した。

 ――な、なんだ? どうしたって言うんだ??


「――俺、今日来てよかったっ!」

「ああ、そうだな!!」

「お嬢さん……。今日も綺麗だ……」


 なんだか、顔見知りの若い弟子たちが俺を見て興奮している。

 ――これはあれか? 嫌な展開か?

 とりあえず俺は軽く会釈して歩き続ける。

 ザワザワと落ち着きのない道場。終いには練習が中断されている始末だった。

 ――お前ら、練習はどうした?

 なんだか皆が皆、俺を見ている気がする。

 正直、緊張してきた。

 まあ、何もしていないのに周りから集中砲火の視線を食らったら緊張もするし落ち着かない。

 特に野郎どもの燃え盛るような視線が気持ち悪い。

 どうやら、ミユキさんの人気は学園だけでは収まらなかったようだ。


「――あ、あの。皆さん? 私には構わず練習を……ですね……」


 咄嗟に突き刺さる視線に耐えられなくなった俺は、一度振り返ってぎこちない笑みを浮かべながら、この針のムジロ状態を何とか回避しようと皆に言葉をかける。


「――お、お嬢さんが笑った……」

「お、おう……」


 顔を赤くさせた弟子たち(主に男たち)が俺に向かって一斉に迫ってくる。


「――ひっ!?」


 咄嗟に身体を強張らせた俺だが、もうすでに周りは弟子たちに囲まれていた。


「――あの……。練習を……」


 俺は周りの奴らを落ち着かせようと必死に語りかけた。


「――練習なんてどうでもいいんですっ!」


 ――どうでもいいんかい……。


「――そうそう、そんな事より、お嬢さんはどうしてここに?」

「何か用事でも?」


 ニコニコして俺に群がる弟子たち。


「――えっと……。すこし身体を鍛えようと、ですね……。ジイさ……おじいちゃんに今日、ここに来るように勧められまして……」


 俺がそう言った瞬間。


「――うおおおおおおっ!」

「素晴らしい! とてもとても素晴らしい!」

「アイキャン・ドゥ・イット!! ←(?)」


 男たちが瞬時に咆哮した。


「え? へ?」


 戸惑う俺を知ってか知らずか、目の前の兄弟子、さかきさんが爽やかな笑み。俺との距離を瞬時に詰めて、

 ――ガシッ。

 手を取られる。気色の悪い感触に鳥肌が立つ。


「――身体を鍛えるなら俺の出番だ。ミユキお嬢さん、今すぐ俺と基礎トレーニングをしましょう!!」


 目が必死だ。血走っている。


「――榊さんズルいッス! 俺が教えます!」

「いや、ここは俺だろう!? 一番上の兄弟子だからな!!」


 外野の言葉を無視しながら、榊さんは俺の手の甲を触りながらウインクして来る。


「――ひっ」


 気持ち悪すぎて吐きそうだ。

 目の前が暗くなりかけて意識が遠のく。

 一応、姿はこんなんでも俺は男だ。野郎にこんな事をされて迫られても嬉しくとも何ともない。断じてない。(重要な事なので二回言っておく)。

 俺は、目の前で爽やかな笑顔を向けてくる榊さんの手をさりげなく振りほどいて距離を取る。本心では百メートルくらい離れたかった。

 ――ガシッ!

 しかし、逃げる方向とは反する方向に手を引かれた。

 榊さんが俺を放してくれない。


「――さあ、ミユキお嬢さん。あっちで二人で練習しましょう……」


 ――いやだー! 絶対何かされる!! 誰か俺を助けてくれ!!


「――コラ! 何をやっとるか、貴様ら!!」


 救助要請の一念が聞き届けられたのか、道場の扉が開いて大声が響き渡った。


「「「――!??」」」

「あ……」


 驚く弟子たち。呆気に取られる俺。

 俺が声の主に目をやると、そこには小峰道場の師範代、秋一さんが佇んでいた。


「師範代……」

「師範代じゃない。榊、早くミユキちゃんから手を離して離れなさい」

「え?」

「『え?』じゃなくて、早く離れろ。ミユキちゃん困ってるじゃないか」


 俺は苦笑いで榊さんを見る。

 内心、『早く離れろ、このボケ』と思っていた事は秘密にしておく。


「す、すみません、お嬢さん。俺、テンション上がっちゃって……」

「そ、そうですか……。あはは……」


 とりあえず適当に返しておいた。

 ――うう……、嫌な感触だった。やっぱ触られるなら女の子の方がいいな……。

 そんな事を考えているうちに、秋一さんは練習を中断していた弟子たちを一喝。瞬時に練習を再開させていた。

 やはりこの人はすごい。

 どんな不良な奴もこの人に掛かれば大概は言う事を聞いてしまうのだ。

 普段は温厚だが、怒ると超怖い秋一さん。

 その武勇伝は数知れず、若い頃は人様に言えない凄い修羅場を経験してきたとかなんとか……。そんな話を聞いた事がある。

 そしてこの人は、死んだ俺の親父の親友でもあり、現小峰道場の師範代。格闘技の達人でもあるのだ。

 勿論、空手だけでなく、小峰流の技も学んでおり、武人としても超一流の人である。

 そんな人が目の前に居るだけで俺は緊張してしまう。

 男時代でもそうだったが、俺はこの人の前で気楽に話しかけた事なんて一度も無い。

 先ほども言ったように普段は温厚で優しいのだが、その殺気というか、闘志と言うものが隠しきれていないので、俺は常に敬語で頭が低かった。

 俺がどうやって秋一さんに話しかけようと考えていた時、


「――ミユキちゃん」


 向こうの方から話しかけて来てくれた。

 ――ミユキちゃんて……。俺はこの人にはこう呼ばれているのか……。

 少しの驚きで言葉が発せなかった俺に、秋一さんは言葉を続ける。


「――ごめんね、皆が迷惑かけて」

「い、いえいえ、大丈夫ですっ」

「ん? 緊張してるのかな?」

「え? そ、そんな事は……」


 ――正直緊張しています。

 そんな事は言える雰囲気ではないので、俺は黙っておいた。


「――そうかい? ならいいんだけど……。それで今日はどうしたんだい? 君がこんな所に来るなんて珍しいね」

「はい、少しジイさ……おじいちゃんに用事がありまして……。おじいちゃん、居ますか?」

「師匠なら奥の和室に居るよ。今日も座禅組んで精神統一してるんじゃないかな?」

「そうですか……」

「でもそろそろ終わるころじゃないかな。時間的にも弟子たちの稽古を見る時間だ」


 秋一さんはジイさんが居るであろう和室のふすまに目をやる。

 数秒もしないうちに、その襖がガラッと開いて、道着姿のジイさんが姿を現した。

 その瞬間、道場内に緊張が走る。

 皆が皆練習を中断して、ジイさんに頭を下げたのだ。


「――皆の衆、今日も鍛錬しておるかな? 継続は力なり。一日も欠かさず己を鍛え上げる事が重要じゃ。よいな?」


 そうジイさんが一言言い放つと、道場全体の弟子たちが『押忍』と咆哮を上げた。

 さすが道場主といった所か。ジイさんはみんなに尊敬されていた。

 そんな事を考えている間にも弟子たちの練習は再開。道場が再び動き出した。

 秋一さんは弟子の指導に戻り、今は弟子たちに空手を教えている。

 俺はと言うと、目的を思い出してジイさんに意識を向ける。

 ジイさんは俺がこの場所に居る事に驚いて、少し笑った。


「――どうしたんじゃ、ミユキ。まさか本当に身体を鍛えに来たとでも?」

「んー。まあそんなところかな? 少し聞きたい事もあるんだけど……」

「聞きたい事? はて?」

「退院してから私の記憶が曖昧なのは知ってるよね、おじいちゃん?」

「あ、ああ……」

「それでちょっと小峰道場の事が気になって……」

「気になる?」

「単刀直入に聞くけど、私ってこの道場の跡取りなのかな?」

「は?」


 ジイさんは俺の問いに呆気に取られていた。

 驚きすぎて目を見開いている。

 ――なにもそこまで驚くことは無いんじゃないか?

 俺の素朴な感想だった。


「――おじいちゃん?」


 俺は身動き一つ取らないジイさんが心配になって呼びかける。

 呼びかけても数秒反応が無かった。

 しかし次の瞬間、


「――っ、はははは!!」


 大爆笑された。

 俺も道場の人間も『何事』かとジイさんを注目する。


「――ははは……っ! な、何を言い出すんじゃミユキ! お前が跡取り? ははははっ!」


 ――なにもそこまで笑わなくてもいいじゃないか……。

 と思うが、この反応。やはり嫌な予感がする。


「――寝言は寝て言いなさい。お前のようなか弱い女子おなごが小峰道場の跡取りな訳ないじゃないか」


 ――ああ、やっぱりそうなのか。

 俺はマキの考えた可能性が当たっていた事に気落ちした。

 ――と、いう事は待てよ……。俺が跡取りじゃないなら一体誰がこの道場の跡取りなんだ? 親戚もいない小峰に跡取り候補なんて居たか?

 俺はその考えをジイさんに直接聞いてみた。


「――おいおい、ミユキ。お前本当に事故で記憶が混乱しているようじゃな。跡取りの事なんて心配しなくても大丈夫じゃないか……。というか、そんな事を気にするという事は、お前もやっと『その気』になったって考えてよいのかな?」

「え? 『その気』って??」

「皆まで言うな。……おい、秋一」


 何だかよく分からないがジイさんはやたら上機嫌で秋一さんを呼びつけた。


「――はい、何ですか、師匠?」

はじめ君をここへ……」

「は、はい」


 ――ん? 元君? 元君って……。

 俺はその名前に聞き覚えがあった。というか覚えがありすぎて誰だかすぐに分かった。

 向こうの方から誰かと組手をしていた元さんが秋一さんに呼び出されてこちらに歩いてくる。

 やはりそうだ。

 彼は、彼こそが望月もちづき はじめその人であり、秋一さんの息子でもある。

 容姿端麗、スポーツ万能。噂だと勉強もかなりできるとか……。まさに絵に描いたようなイケメンである。

 ……男として負けた気持ちは気のせいではないだろう。

 俺の兄弟子でもあった元さんは、優しくそして厳しく空手を指導してくれた、素晴らしい指導者だった。

 さて、そんな元さんは俺を見ると爽やかな笑顔を振りまいて隣に並んできた。

 俺の顔を覗いて、


「――こんにちは」


 一言挨拶をする。

 とりあえず俺もぎこちなく挨拶を交わした。


「――ははは、なんともぎこちなくて初心なミユキだ」


 ジイさんはなんだか楽しそうにしている。

 秋一さんも俺を優しい目で見ている。

 ――なんだ、この状況?

 俺の頭は疑問だらけで理解が追い付かない。


「――ああ、ミユキ。小峰の跡取りの話じゃったな?」

「あ、うん」

「今、お前の隣にいる元君がワシの後継者だ」

「はい!?」


 衝撃だった。

 言われた事が頭に入らない。

 俺は咄嗟に聞き返す。いや、もう意識しなくても勝手に言葉が出た。


「ちょっと待ってよ! どういうこと!?」

「こ、言葉の通りだが?」

「私聞いてない!」

「この話は前からしてたじゃろう? お前忘れたのか? ……ああ、入院で記憶が混乱してるから仕方ないのかもしれん」


 呆ける俺にジイさんは話を続けて何やら言っているが、俺の頭にはその話が入って来ない。

 当たり前だ。

 小峰道場は、小峰の人間が代々受け継いできたものだ。それがなんで元さんなんだろうか。別に彼は小峰の人間でもなければ親戚でもない。望月家と小峰家は全く関係が無いのである。

 その事が大前提にある俺の頭に、ジイさんの言葉が理解できなかったのだ。


「――おじいちゃんの言っていることがよく分からないんだけど?」


 するとジイさんの回答は、


「今の小峰家には女子しかいない。つまり男が居ない状況じゃ」

「え? あ、うん」

「だから、ここはワシが認めた強い男……元君とお前が結婚して小峰の血を残そうと考えたのじゃ」


 ――はて? 今、何かとんでもない事を言われたような?

 俺はそっと、ジイさんを覗き見る……。


「――…………ははっ」


 満面の笑顔を浮かべるジイさん。隣の元さんも顔を赤くして照れていた。

 ……俺は嫌な予感しかしない。


「――元君ほどの強い子なら小峰道場も安泰だ。良いなミユキ、学生のうちは結婚は無理じゃが、卒業したらお前は元君の妻になるのだ。つまり、元君はお前の婚約者という事じゃな」


 ――こ、コンヤクシャ? コンヤクシャって婚約者? ああ、なるほど、結婚を約束した者同士の関係を指す言葉か……。なるほどなるほど……っておい!!


「――ちょ……」

「? どうしたミユキ、身体が震えているが?」

「ちょっと待てええええええ!!!」


 俺の咆哮は、この道場今日一番の大声として響き渡るのだった。

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