第二十七話 「天使との再会」
今回のお話で第二章が終了します。
次回からは新章が始まります。
授業中ともなると、学園の校舎の廊下は静かだ。
俺はマキに肩を貸しながらゆっくりと保健室に向かっている。
「――……っ」
チラリとマキを見てみると、やはり足にダメージがあるのか、辛そうに顔を歪めていた。
「――大丈夫か?」
「う、うん」
「もう少しで保健室だから、我慢しろよ……」
マキと一緒に足を進める。
そしてゆっくりながらも、保健室の扉の前に到着した。
しかし、
「――あ?」
「…………」
保健室には『外出中』というプレートが掛かっており、どうやら保健医は居ないようだった。
どうしたものかと、思案したが、とりあえず俺はダメ元で保健室の扉に手をかけた。
――ガラッ……。
「――お?」
意外にも扉は開いたので、俺たちは保健室に入室した。
……いや、しようとした。
しかし、
「「――!??」」
俺が扉を開け終わった瞬間に、目の前に異変が起こった。
正面から来た眩い光が俺とマキを襲い、瞬時に二人は光に包まれてしまう。
目が眩みそうな状況に俺たち二人は目を瞑るしかなく、わけの分からないまま視界はゼロになってしまうのだった……。
「――っは!?」
「ん??」
時間にしては数秒の事。
俺も時間間隔はそう感じていた。恐らくマキもそうだと思う。
とにかく、光に視界を奪われた俺たちが、瞬きし終えた後、そこは白い世界が広がっていた。
ポカンと言葉を失う俺たち。
顔を見合わせて互いに首を傾げる。
辺りを見渡してみるとそこは何もない世界。
「「――…………」」
しかし俺は……。いや、俺たちはこの場所に見覚えがあった。
そう、俺とマキがこの身体になる前に来た事がある場所だ。
そこで、わけの分からない『天使』とかいうガキんちょに出会ったのは記憶に新しい。
「――ヨシユキ……、ここって」
「お前の言いたい事はよく分かる……。多分、あそこだ」
「……ん」
マキは辺りをキョロキョロと見渡す。
俺も彼女と同じようにあの『天使』の姿を探した。
保健室の扉を開けて、こんな超常現象的な世界に飛ばされたんだから、俺たちを飛ばした当事者が居るのは明白だと思った。
そうこうしているうちに、頭上から、
「――お久しぶり♪」
聞き慣れた少女の声がした。
「――あ!」
「…………ぁ」
咄嗟にその姿を確認した俺たちは間抜けな声を出す。
相変わらず、空中からゆっくりと降下して来るその姿は人間ではない存在と認めるしかない。
天使はそのまま俺たちの目の前に降り立った。
「――どう、お二人さん。元気にしてたかな?」
そして、花の咲くような笑顔。
「――…………」
隣に居るマキが、何だか落ち着かずに顔を赤らめているのは謎だった。
とりあえず、一週間ぶりの再会だ。
俺たちは感動的な再会を楽しむ……ハズも無く、
「――テメェ! やっと現れたな!!」
俺は瞬時に叫んでいた。
「――え? ……どうしたのよ、美幸? そんな怖い顔して……」
「あ?」
「こら、女の子なんだから、そんな言葉使いしないの」
「誰のせいでこうなったと思ってるんだ!?」
「誰のせいって……、私は二人の願い事を叶えてあげたんじゃないのさ……」
「その結果がこの姿かよ!? ありがたくて涙が出るぜ!!」
俺は取り乱していた。
いろいろと聞きたい事があるのに、文句が次から次へと出てくる。
それは、『小峰ミユキ』として苦労して生活してきた事への不満が大爆発した瞬間だった。
「――ちょっと、落ち着きなさいよ、美幸」
「ああ!?」
「可愛い顔が台無しだよ?」
「うるせぇ!!」
話が進まない。
天使は俺をなだめようとするが、言われる言葉全てがムカついてしょうがなかった。
「――ヨシユキ、落ち着いて……」
とりあえず、俺はマキの言葉で一瞬怒りのボルテージを下げた。
「――君が怒ってばかりだと、せっかく会えた天使さんと話せないじゃない? ……彼女にいろいろ言いたい事や、聞きたい事があるんじゃないのかな?」
そして次いで出たマキの言葉で俺は完全に冷静さを取り戻した。
――そうだ、俺はこの天使に聞きたい事が山ほどあったんだった! 文句はその後だ!!
俺は本来の目的を思いだし、改めて目の前の天使と向き合う事にした。
天使は、落ち着きを取り戻した俺を見て微笑むばかり。
マキは俺と天使の出方を伺っているようだった。
「――で? 天使さんよ……、どういう事でこんな姿に俺たちを変えたんだ?」
大方、天使の仕業で今の状況に陥っているのは分かっていたが、どういう経緯でこうなったのかがまだ分からなかった。
そこで俺は素直に当事者に聞くことにしたのだった。
「――んー。どういう事って言われてもね……」
「答えろよ、頼むから……」
「さっき言ったじゃない? 『二人の願いを叶えたから』って……」
「それでこんな事になるのか!? もう一度、俺の願いを思い出せ!」
「え? 言って良いの? 美幸の願い事を真希ちゃんの前で?」
「う……」
それは非常にマズイ。
俺の願いは入院中にマキにバレているが、それをもう一度言われるのは恥ずかしすぎる。
「…………ふふっ」
マキはマキで笑ってやがるし、何というか恥ずかしい限りだった。
しかし気になる事は気になるので、俺は恥を忍んで『どうしてこうなったのか』という説明を天使に求めた。
――……病院で決意した『願い事の取り消し』はとりあえずこの説明を聞いてからでもいいだろう。
「――美幸は相沢千歳と友達以上になりたかったんだよね? だからただの友達よりも親しい親友にしてあげたの」
「……それでなんで性別まで変わる必要があるんだよ?」
「だって美幸は男の子じゃない? どうせ仲良くさせるなら同性の方がより仲良くなると思って……ね♪」
俺は一瞬天使の言葉を疑った。
「――…………」
少し考える時間が欲しかった。
状況が理解出ず、頭が付いていかない。
「美幸?」
心配そうに声をかけてくる天使だが、俺は呆れて考える事を止めた。
「……おい」
自分でも信じられない、低い声が出る。
「何?」
「……アホか!?」
「きゃ!?」
俺の怒号に退く天使だが、そんな事はどうでもよかった。
全く信じられない。
――そんな事の為に俺やマキの性別を変え、はたまた周りの人間の記憶までいじって、人間関係に手を加えたというのか!?
マキを肩に担いでなかったら俺は天使に掴みかかっていたかもしれない。
それくらい俺は怒っていた。
「――お前、いい加減にしろよ! いや、そんな事より今すぐ元に戻せ! 俺は偽りの人間関係なんか望んじゃいないし、マキから相沢さんを取るような事はしたくないんだよ!」
それが俺の本心だった。
やはり、俺はマキから相沢さんという親友を奪ってしまった事が一番許せなかった。
叶う事なら今すぐにでも一週間前の男時代に戻して欲しいと切に天使に頼み込んだ。
「――ヨシユキ……」
マキはそんな俺の言葉に何やらつぶやいていた。
「――あーっ! もうっ! そうさっきから叫ばないの!」
「だったら!」
「美幸の言いたい事はよく分かったけど……」
「?? けど?」
「もう元には戻せないのよ」
「なんだと!?」
天使の言葉は俺の心に深く刺さった。
――元に戻せない? 女でいろというのか? いや、そんな事はどうでもいい。相沢さんとマキの関係が戻らないとでもいうのか!?
俺はいつの間にか両手が震えていた。
それは怒りの感情だ。
入院中にこみ上げた自分に対する怒り。
――俺がくだらない願い事をしたせいでこんなバカな事に……。
過去に思い悩んだ思考が再び込み上がった。
「――なんとかならないのかよ! お前天使だろ!?」
「もう、今の願い事が『上』に行ってるし、その願いで世界を創り出したからもう何もかも遅いのよ……」
「…………っ!」
俺は本当に自分が許せなかった。
――取り返しがつかないのか……?
そんな考えが俺の思考を支配する。
もう、マキに合わせる顔が無かった。
「――…………」
俺は言葉を発する事が出来ない。
考えるのはマキと相沢さんの事ばかりだった。
「――ヨシユキ……?」
そんな俺にマキが声をかけてくる。
「――君はまた自分を責めてるのかな?」
「…………」
「前にも言ったはずだよ? ボクは君を責めたりしないって……」
「だが、マキ!」
「聞いて!」
マキが俺の言葉を遮断するように叫んだ。
俺はそんな彼女に言葉を飲み込むしかない。
「――こうなったのはヨシユキのせいだけじゃないんだよ。ボクだって責任の一端はあるはずなんだ」
「いや、お前は何も悪くない……」
「願い事をしてこうなったのが原因なら、ボクも願い事をしたんだ。運悪くボクとヨシユキの願い事が合わさって今回の一件に発展した……。そうは思わないかな?」
「…………」
マキの言葉に俺は考えを新たにした。
――そうだ、コイツも天使に願い事をしていたんだったな……。
どんな願い事かは分からないが、何かしろ要因はあると考えるのが自然だと思う。
「――ヨシユキ? 一人で抱え込まないでほしい。原因はボクにだってあると思うんだ。だから千歳との事はあまり気にしなくてもいいよ……」
「……お前、彼女と親友なんだろう? それでいいのか?」
「よくはないけど、友人関係っていうのは、一から作り出せるものだよ。だから、水鏡真樹でも千歳と親友になれるかもしれない……。そうは思わないかな?」
マキは俺に微笑む。
――全く、コイツは何て言う奴だろう。
現状にめげずに、一から相沢さんと友人関係を作ろうとしている。
俺が逆の立場だったらこんな風に笑えるかどうか分からなかった。
「――美幸、貴方の言いたい事も分かるけど、もう何もかもが手遅れなの。現状を受け入れてこのまま生きて行くしかないのよ……」
「…………っ」
「納得いかない?」
「当たり前だ! というか言い忘れていたが、お前に一言ある!」
マキと相沢さんの一件がマキの言葉で一段落した頃、言い忘れていた事を思い出したので、俺はその旨を天使に言い放つために息を大きく吸い込んだ。
「――なんでお前は俺の言葉をそのままに捉えた!? 相沢さんと『友達以上』の関係って言ったら、普通は恋仲だろうが!? なんで親友にしたんだよ!」
「だって、『恋仲』って言わなかったじゃない? だったら親友って思うじゃないのさ」
「それでわざわざ性別も変えて、人間関係まで変えてくれたんですかい!? どんだけアクロバットな高難易度の世界創造してんだよ!」
「凄いでしょ? 私」
――凄すぎて泣けてきそうだぜ。
「――本当に大変だったんだよ? 美幸と真希ちゃんの性別の変更から始まり、それによる因果律の変更。そして今の年齢まで育った後、その身体に『貴方たち』の記憶を統合してさらに微調整を加えて、やっと完成したんだから……」
「ん? 『身体に記憶を統合した』??」
天使の言葉に俺は引っかかった。
マキも同じようで、天使を見ている。
「――そう、『統合した』の」
「どういう事だ?」
「簡単な話よ。貴方たち二人を今のまま、生まれた世界を創ったのよ」
「??」
「分からない? つまりヨシユキはミユキとして、真希は真樹として存在してる世界を一から創ったの。ヨシユキは女の子として育ち、マキは男の子として育った……。そしてそこへ貴方たちの記憶を移し変えたって事」
「そ、そんなことをしたのか!?」
「…………」
天使の凄すぎる世界創造話を聞いて、俺たちは言葉が出ない。
――ん? ちょっと待てよ。
「――そうすると、この身体は、厳密には俺の身体じゃない? ミユキさんの身体なのか?」
そういう解釈になる。
元から存在している身体に、男の俺の記憶を移したんだから、そう考えるのが普通だろう。
マキも俺と同じように思っているのか、天使に回答を求めていた。
「――んー。一応そう解釈できるけど、貴方たちの身体は貴方たちの物よ?」
「いや、でも『記憶を移し変える前』の記憶があるはずだ。そう俺ならミユキという人格が」
「ぼ、ボクにも真樹という人格があると思うんだけど……」
一応、『自分』だがそうじゃない『異性の記憶』。その記憶と今の記憶を入れ変えたのだから、入れ変える前の記憶の行方が気になる。
本当の意味での今の身体の持ち主なのだから。
「――ああ、やっぱりそこ気になる?」
「当たり前だ!」
「焦らなくても大丈夫。貴方たちの記憶を移し変えた時に……」
そこで天使がニヤリと笑った。
――なんだ? まさか消したとか言い出すんじゃないだろうな?
俺は、ミユキさんの記憶が天使に消されて『殺された』のではないかと思ってしまった。
マキも同じく不安そうだった。
「――元の記憶は、貴方たちの心の奥底に封印したのよ」
「「ふ、封印?」」
「そう。記憶が封印されていないと、ふと異性としての記憶が蘇るかもしれないでしょ? そうなってしまったら、立派な二重人格だよ」
「「あ……」」
――なるほど、そういう配慮なのか。
とにかく分かった事は、今の俺たちは異性として生まれ、育った人格に今の記憶を移し変えたという事だ。
だからミユキさんや真樹という人間は確かに存在していたのは間違いない。
俺たちはその異性の自分を乗っ取ってしまった形になるのだろう。
……何とも申し訳ない話だ。
俺は異性の自分。小峰ミユキさんに心の中で謝罪した。
「――なあ、天使さんよ?」
「なに?」
「本当に元に戻れないのか? 俺はミユキさんを乗っ取ってしまった今の現状に納得がいかないんだよ」
「あのね、美幸。その身体は正真正銘、貴女の身体なの。何も気に病む事は無いのよ」
「でもっ……」
「でもは無し。もうこの生き返りは決定事項だし、私の力じゃ覆せないの。諦めて千歳ちゃんと仲良くしなさい」
「女同士でどうやって恋仲になれってんだよ!?」
「そこは頑張るしかないんじゃない? 頑張れ、オトコノコ♪」
――ムカつく。特に語尾の♪ が特にムカつくぜ……。
「――真希ちゃんも頑張ってね? 意中の『あの子』とは同性じゃないんだし、まだまだ可能性はあるよ?」
「…………ん」
マキと天使が俺を見る。
――な、なんなんだ? コイツら……。
「――まあ、相手が超鈍感だけどね……」
「…………ん」
今度は俺を見てため息を吐き始めた。
本当にワケが分からない奴らだ。
「――とにかく!」
俺は心に決めた。
「――俺は、絶対元の世界に戻って見せる!」
そうだ。
一番重要なのは元の世界に戻って、『男』として相沢さんと恋仲になる事だ。
スカートではいけない。内股ではいけない。巨乳ではいけないのである。
俺は決意を新たに握りこぶしを固める。
そんな俺を尻目に、
「――だから無理だって言ってるじゃない……」
天使は呆れ声で呟くのだった。




