第二十六話其の二 「体育の授業!! ミユキside」
さて、準備運動も無事に終えた後、俺と相沢さんはマキと別れて女子の集合場所へ。
いつもなら男子側に集合するのに、今は反対側に集まる現状。
なんだか俺は、その事にすごい違和感を覚えて、
――この場所に居ていいのか?
などと、思わずにはいられない。
――マキは向こうで、うまく馴染んでいるのだろうか?
咄嗟にマキの事が気になって、アイツの姿を探した。
「――ミユキ?」
「え?」
「何してるの?」
「いや、別に」
視線を男子側に向けていると、相沢さんが俺に声をかけてくる。
俺はマキの事を考えていたと思われたくなかったので、咄嗟に誤魔化した。
しかし、相沢さんは俺の考えている事など分かりきっていたのか、
「――また水鏡君?」
楽しそうにそう言ってくる。
「――いや、ちがう……」
「どう見ても水鏡君を探してたでしょ?」
「…………」
「本当に仲良いよね」
「別にそう言うワケじゃ……。ただの幼馴染だよ」
「恋人じゃないの?」
「うえ? そ、そう……なのかな?」
「違うの?」
「えーっと……」
何て答えればいいのか分からない。
なにせ、みんなに『恋人』と思われているのは天使の仕業によるものだ。だが、実際の所はただの幼馴染である。
「――やっぱ、付き合ってるんでしょ?」
「どこまで行ったの? ねえ? ミユキっ!」
「ちょっと、そう急かさないの」
「でも気になるじゃん? 噂だと水鏡君がミユキの為に決闘までしたって……」
「それアタシも聞いたー! 実際の所どうなの、小峰さんっ!?」
いきなりクラスメイトまでもが乱入してきた。
みんながみんな、噂の真意を確かめたくて目をキラキラさせている。
俺はあまり話した事の無い女子に囲まれるという事態に戸惑った。
相沢さんはそんな俺を見て楽しそうにしている。
――なんと説明すりゃいいんだ……。というか、逃げ場はあるのか?
頭を回転させても、誤魔化すベストアンサーは出てこなかった。
口ごもる俺に相沢さんやクラスメイト達は首を傾げていたが、
「――こら、そこ! ちゃんと整列しなさい! 授業始めるよ!」
ちょうどいいタイミングで体育教師の声が響く。
そして間もなく体育の授業が開始されたので、一応は難を逃れた。
さて、開始された体育の授業。
勿論、女子と男子は別れているので、授業内容も別だ。
男子は野外だと毎回サッカーだが、女子の場合はラクロスである。
――ルールなんて知らんがな……。
俺はやったことも無い競技に頭を抱えた。
当たり前だ、俺がラクロスに関わる事なんてまず無かったからだ。
大方、名前を知ってるくらいか、『あんな感じのスポーツ』という漠然としたイメージしかないのである。
「――はい、ミユキ」
相沢さんが、俺にラクロスの道具を渡してくれた。
俺は軽く礼を言いながら、その道具を受け取る。受け取った道具は一本の棒で、先端に網がついていた。
――これを使うのか……。
一応、見た事はあったので戸惑いはしなかったが、この道具を上手く使えるかどうかが非常に気になった。
そして何もわからないまま、チームに分かれる。
俺と相沢さんは同じチームで組まれたので、少し嬉しかった。
とは言っても、ルールは分からないままなので俺は動けない。しかし仲間に迷惑はかけられないので、俺は目立たず怪しまれない行動を心掛けようと思った。
――なかなかハードなミッションだ。とりあえずボールを奪い合って、そのボールを敵陣のゴールに入れるんだよな?
曖昧なルールを自分の中で考える。目に入る情報と感覚で俺はそう思う事にした。
とりあえず、ゴールがある。そしてボールがある。
そこから導き出された俺の答えは『サッカーみたいな感じで得点を奪い合う』というものだった。
合っているかどうかは分からないが、とりあえずそれで頑張ろうと意気込んだ。
――ピーッ!
遠くの男子側からホイッスルも聞こえた。どうやらサッカーが開始された合図ようだ。
「――っ!」
俺は体育の授業が動き出した事を嫌でも実感すると、気合を入れてラクロスに臨む。ルールは分からないが、分からないなりに感覚でやろうと思った。
「――はっ!」
そしてラクロスの試合も開始される。開始と同時に、相沢さんがラクロスの道具の棒……、『ステック(仮名)』を使用して、先端の網の部分にボールを入れてダッシュ。
それを合図にゲームが動いた。
俺もそれにつられて走るが、まずは様子見をするために適当に観察する。
――とりあえず走っとこう。
役に立たない自分に反省しながら、俺は試合を見守る。
相沢さんは、なかなか身のこなしが早く敵陣でもいい動きをしていた。しかしすぐに相手チームに囲まれてゴールから遠ざかってしまう。
「――千歳!」
チームメイトの一人……、あれは九条さんだったか? まあその九条さんが、そんな孤立無援の相沢さんに声をかけた。
「――っ!」
次の瞬間、相沢さんは九条さんにボールをパス。
彼女達の背後からゲーム全体を観察していてすぐ分かったが、九条さんは運動神経が良いみたいで、彼女は見事にステックの先端に付いている網部分でボールをキャッチした。
キャッチした場所はゴールを狙えるポジションで、良い位置だ。
「――はっ!」
相沢さんからのパスを流れる動作でキャッチした瞬間、その動きを殺さずにシュート。
ボールは鋭くゴールに突き刺さった。
「――うまいもんだな……」
咄嗟に声に出る感想。
そこへ相沢さんが駆け寄って来て、
「――九条さんはスポーツ万能だから……。私も見習わないと」
九条さんを羨ましそうに見ていた。
――いやいや、相沢さんもかなり上手かったよ?
ボールを持って見事にステックを操って試合する姿は、様になっていた。
「――千歳も上手いじゃない?」
「そんな事ないよ。私はシュートが苦手なの。どこに飛ぶか分からないから……」
そう言いながら苦笑する相沢さん。
俺はそんな彼女と一緒に、試合再開前に定位置へと戻って行った。
それから試合は続く。
俺は案の定、活躍はしていない。ただ、ゲームが動くたんびに走り続けて傍観してるいだけだった。
このラクロスというスポーツは、バスケットボールと同じで何度も全力で走るから結構きつい。
「――はっ、はっ、はっ……」
走り続けて、息も上がってくる。……ついでに胸も揺れる。
――この身体は体力が無いなっ!
この程度で息が上がってしまう自分の身体に驚いてしまった。
そう言えば、この身体になって思いっきり動いたのは今回が初めてだった。
男時代なら毎日、鍛錬で身体を動かしていたから大丈夫だったが、こんなにも前の身体と差があると戸惑ってしまう。
今更だが、前の身体と比べて差があるのは体力だけじゃない。
一番びっくりした(胸のサイズは除く)のは肌で、俺はその感覚に慣れていなかった。
やたらスベスベしているミユキさんの肌。
――色々と感覚が敏感なんですよ……。
俺は男性と女性の身体の違いを、身を以て実感していた。
……ちょっと考えがずれてしまったのは置いておいて、とりあえず今はラクロスに専念する。
――いずれこの身体は鍛えよう。
俺は運動不足であるこの身体を普通の体力まで持って行こうと計画して、ラクロスの試合を続けた。
「――はっ、はっ、はっ……」
走る俺はゲームを続ける。
そんな所に、ついに来るべき時が来た。
「――小峰さん!」
そう、パスだ。
何人かのチームメイトを経由して、掛け声と共に俺にパスが回って来た。
「――うわっ、ととっ……!?」
何とかステックの網部分でキャッチできた。
ボールをもらった以上、ゴールを目指すという単純な思考が浮かんだので、俺はダッシュして相手ゴールを目指した。
ステックの扱いも不慣れだが、そこは頑張った。
「――行かせないっ!」
立ちはだかる相手チームの女子生徒は、ボールが入った俺の網を叩こうと迫ってくる。
――そんなのアリなのか!?
ルールが分かっていないので、相手の行動が分からなかった。
そんな俺の戸惑いも無視して女子生徒は俺からボールを奪おうと、ステックを振るう。『振るう』といっても、そんなに激しく振り回してくるわけでもなく、彼女は的確にボールの入った網を狙ってくる。
――ルールでありなのか!? サッカーで言うスライディングか!?
相沢さんや九条さんだけだと思っていたが、みんなラクロスが上手い。これがど素人との差と言うものだろう。
――マキも上手いのかな?
咄嗟にそんな考えも浮かぶ。
しかし今はそんな事を言っている場合じゃない。
「――っく!」
俺は必死になって女子生徒の攻撃を躱す。
要は、棒術の要領だ。
一応、小峰流にも棒術はあるので、この手の形状の得物は得意分野でもある。
俺は両手でステックを持って、操る事に専念した。
ボールが入っている網を叩かれないように、相手の攻撃を躱して翻弄する。
「――こ、小峰さん!?」
「なに、あの動き!?」
「あんな動きで『クロスチェック』避けた人初めて見た」
何だか周りが騒がしいが、俺は気にせず得物を操った。ボールを落とさず右へ左へ。この5、6センチのゴムボールは思っていたより重量があったので、網に入れながらの操作は結構しやすい。
調子に乗って回避運動しまくっていると、
「――うおっ!?」
気がつけば、三人くらいに囲まれていた。
――さすがにこれは無理だ!
数の暴力に圧倒されていた時、
「――小峰さん、こっち!」
声が飛ぶ。
「――く、九条さん!」
苦し紛れにチームメイトにパスをした。
「――もらいっ!」
「あっ」
しかし俺のパスが読まれていたのか、敵チームの女子生徒にパスをカットされてしまう。
やはりど素人。
得物は扱えても、その他の技術がヘボすぎた。
俺は責任を感じて全力で自陣のゴールへ戻る。
――間に合え!
俺からパスカットした女子は仲間にパスを回して確実に俺たちのゴールへ迫ってくる。
「――はっ、はっ、はっ!」
全力疾走も空しく、俺は間に合わない。
前の身体の感覚で動いていると、今の身体では無理があるようだった。
「――はあっ!」
そうこうしている間に、相手チームの女子がシュートを放つ。
俺は目の前でシュートが決まる状況を見ているしかなかった。
「――みんなごめん……」
試合開始前の定位置に戻る時、俺はチームメイトに謝った。
だけど、みんなは怒っている様子は無く、
「――別に体育の授業で怒ったりしないよ」
「小峰さんって真面目だよね」
「ホントにそうだね。それよりさっきのアレ、びっくりした」
「そうそう、あんな動きでクロスチェック躱した人初めて見た……」
逆に驚かれた。
というか、喜ばれていた。
「――ミユキって実はすごい?」
相沢さんも相沢さんで、驚いている様子だった。
――いかん、変に目立ってしまった……。
俺は苦笑いでその場をしのぐ。
そんな感じで、ゲームが再開されようとした時、
「――こんのやろぉおおおお!!」
男子側のグラウンドから奇声が木霊した。
「――!??」
俺は勿論、周りの女子生徒もみんな視線を奇声のした方向に向けた。
「――おりゃああああああ!!」
「死にさらせぇえええええ!!」
止まらぬ奇声……。というか咆哮?
よく観察してみると、サッカーをしているグラウンドが荒れていた。
更によく観察してみると、一人の男子生徒に悪意ある攻撃の嵐が降っている。
「――ちょっ、やめっ!!」
大声で叫ぶその男子生徒はすぐに誰か分かった。
――マキ?
集中攻撃を受けているマキは必死にボールをドリブルしながらスライディングの嵐を躱していた。
――器用だなアイツ。
ボールを蹴りながら、更に矢のように飛んでくる攻撃を避け続ける足捌き。やはり剣道をしているだけあって、いい動きをする。
……などと呑気に観察している場合ではない。
なにせマキは味方からもスライディングを受けていたのだから。
「――食らえ、必殺! シャイニングアタック(←?)!!」
意味が分からない。
とにかく光り輝くクラスメイトの攻撃に対し、マキにデンジャラスな瞬間が迫っていた。
「――ああっ!?」
足首を狙う姑息な背後攻撃……。
――アレはシャレにならん怪我になるぞ。もしかしたら命に関わる大惨事になるかもしれない。
幼馴染のピンチに、俺はいつの間にか駆け出していた。
「――っああああ!! 痛っ!!」
しかし、俺の不安も案の定的中し、マキは体勢を崩して倒れてしまった。
「――マキ!!」
恐らく足首を捻ってしまったのだろう。マキは自力で立ち上がれなかった。
俺は全力でマキに近づいて抱き起した。
「――おい……なんかヤベェな……」
「調子に乗りすぎたか?」
「ほ、保健室だ! 保健室!!」
慌てふためく野郎ども。
「――マキ、大丈夫か!?」
そこに慎二もやって来た。
「――し、慎二……。マキが挫いたみたいで……」
俺はそう言った後、マキに怪我を負わせた野郎どもを睨み付けた。
「「「――…………」」」
俺が心底怒っている事を察した野郎どもは、申し訳なさそうにしている。
そこへ、
「――お前ら、冗談も程々にしとけよな……」
慎二が珍しく怒りながら言葉を発していた。
その声は低く、迫力がある。
俺は慎二の予想外の怒り方に、自分の怒りを忘れた。
「――ミユキ! どうしたの!? あ、水鏡君!?」
相沢さんも、突然駆け出した俺を追って来てくれた。
俺を心配していたのもつかの間、すぐにその視線はマキに移った。そしてマキを一緒に介抱してくれる。
「――さ、小峰さん。小峰さんはマキを保健室に運んでくれ。相沢さんは先生を呼んできてくれないかな?」
慎二は俺と相沢さんにそう言うと、再び視線を男子クラスメイトに移していた。
――この場は慎二に任せるか……。
そう考えると、俺はマキの肩を担いで肩を貸した。
「――え? ヨシ……ミユキ?」
マキはふいに俺に担がれた事に目を白黒させていた。
俺がマキに肩を貸した瞬間、周りの男子から一斉に変な視線が飛ぶ。
これは俺に向けてではなく、マキに向けて放たれた視線で、何と言うか羨望と嫉妬が混じった眼差しに思えた。
「――わ、わざわざ小峰さんが運ばなくてもいいよ……。小峰さん女の子なんだし、無理しちゃだめだ。俺が運ぶ」
「そ、そうだな。怪我させたのは俺たちだし、俺らが……」
……なんというか、ムカつく奴らだ。
「――鬱陶しいぞ、お前ら。お前らはさっさと授業に戻れ。それともマキに故意で怪我させた事を先生に言ってやろうか?」
再び怒りがこみ上げたところで、慎二が怒ってくれる。
慎二の声にクラス男子どもは黙り込んで、そのまま引き上げていった。
「――…………」
その慎二も不機嫌な様子で授業に戻る。
普段はバカばかりしている慎二もこういう時は頼りになる。俺は本来の親友の後ろ姿に礼を言った。
「――痛っ……。ご、ごめんヨシユキ……」
「気にすんな。それより、大丈夫か?」
俺とマキはそのままゆっくりと歩いて保健室に向かった。




